第十四話 同床異夢
まだ宮殿に潜入できてません><
大陸の東方に位置する最大国家グラウィオール帝国。
その帝都アルゼンタムの中心に位置する皇帝の御座所たる宮殿。正門前にある広場から窺い見える、その歴史ある壮麗なたたずまいに息を呑む田舎からのおのぼりさんたち。
そんな一団から離れたところで、雑談をしているらしき3人の男女がいた。
一人は、白いレースの日傘を差した、ウエストをギャザーで絞った黒の膝丈スカートのドレスに、赤を基調とした宝石と生きた薔薇のようなコサージュが映える見事な装束の、明らかに貴人らしき十代前半と見られる黒髪の美姫。
一人は、ボタンを一切使わない独特の赤と白の民族衣装をまとい、栗色の髪をしたいかにも活発そうな十代半ばと思える獣人族の少女。
一人は、黒髪に紺色のだぼっとした服を着て前掛けを下げ、帽子を被った商人らしき青年。こちらは見目鮮やかな女性陣と違い、年齢に関しては20歳と言われても30歳を越していると言われても納得できるような、とにかく茫洋とした雰囲気で存在感の希薄な人物であった。
◆◇◆◇
さて、前日の思いがけない再会から一夜明けた本日。
「今日は遅いんで、明日にしましょ」
という影郎さんの提案で、昨日はいったん別れたんだけど……同じ街中に影郎さんがいるのがわかったのでホテルなどは泊まらずに、安全の為、天涯たちの背に乗って(天涯がボク以外を背に乗せることを拒否したので、蔵肆を呼んでアスミナにはそちらに乗ってもらった)、上空で待機中の空中庭園まで移動して城の方で休んだ。
で、一夜明け約束の時間に戻ってきたのだけど、宮殿への進入ルートとして最初に連れて来られたのが下水道で、こちらは諸般の都合により断固拒否したため、次に連れて来られたのがこの宮殿正門前だった。
「……ヒユキ様、この人どー考えても信用できないんですけど、本当に雇うんですか?」
「……信用も信頼もしてないけど、ビジネスが絡むと賃金分の働きはきっちりする人だからねぇ」
「……後ろから刺されませんか?」
「……その懸念は高いけど、ビジネス中は多分やらないと思うよ。ただ精神的に後からバッサリやられるとは思う」
「……裏切るの前提ですか?」
「……いやぁ、そもそも裏切る以前に敵のままだから」
「……どーいう人なんですか?」
「……基本的にペテン師だね。節操の無さと逃げ足の速さは天下一品なので、騙されたと気が付いた時には手の届かないところにいるという。要するに煮ても焼いても食べられない悪党だよ」
「……本当に雇うんですか?」
気が付くと、昨日からアスミナと会話がループしていたりする。
「いや~、そこまで警戒せんでも、ホンマ給料分の忠誠は誓いますよ」
もちろん聞こえよがしに話してるんだけど、彼の鉄面皮は変わらずで、気楽にパタパタ手を振っていた。
「……ウソっぽいんですけど」
「……ウソだろうねぇ」
とは言え、放置しておいたら絶対に姿を隠してボクらを監視するだろう。
正直、暗殺者に四六時中ストーカー行為をされるのは精神的にキツイ。なら、まだしも目の届く範囲内に居てもらったほうがストレスも少ないというのが、今回妥協した理由の一つだったりする。
まあ、円卓メンバーは身代わりに魔導人形を使うことを提案してきたんだけど、同行するアスミナの安全の為には戦闘能力の無い人形では不安だし、レヴァンの時みたいにいざと言う時に対処しきれないと思う。あと、これは個人的な感傷だけど、アスミナとは友人だと思っているので、人形越しではなくきちんと生身で手伝ってあげたいって気持ちが大きい。
そんなわけで危険は覚悟のうえ――それと絶対に何らかの裏があるだろうけど、逆を言えばその目的を達成するにはボクらを利用するのが得と判断して接触してきたんだろうから、ある程度は利害が一致するってことで――周囲に親衛隊を配置したりして、最大限の警戒をしながら協力してもらうことにした。
ちなみに報酬は、「あの獅子族の坊ちゃんの安否確認と、お嬢さんが万一、皇帝派と接触した場合の会話の中身を聞かせてもらうってことでどうでっか? 情報は一番の財産ですから」ということで決まった。
あと『皇帝派』とか『宰相派』とか知らなかったので、
「なにそれ?」
と訊いたら、引っくり返られた。
「知らんで宰相に喧嘩売ったんですか!?」
驚愕したらしい影郎さんに、この国の情勢を聞かされたけど、今更だし、だからどうしたという感じだねぇ。
で、報酬については、美味しい話過ぎてかなーり怪しい条件だと思って、疑いの目で見たら、
「……でなければ、うちのボスが欲しがってるので、お嬢さんがいま穿いてる下着で手を打ちますが」
とか気色の悪いこと言い出したので、即座に前の条件でOKした。
「――というか、黒幕が私の下着欲しがるとか、影郎さん絶対ウソついてるよね?」
「嫌ですな~。自分がお嬢さんにウソついたことなんてありませんわ~」
そこがすでにウソだね。
「いや、でも、もしも…もしも、それが本当なら影郎さんたちのボスも変態ってことになるんじゃないの?」
「……いや、自分からはなんとも」
そう言葉を濁して乾いた笑いを放つ影郎さん。……をい、まさか?!
この危険な話題から離れるためか、それともいいかげん埒が明かないと判断したのか、影郎さんは、ひょいとボクの前には右手を、アスミナの前には左手を差し出してきた。
「……なんの真似?」
動脈でも切れという意味かな? えーと、日傘をしまって代わりに『薔薇の罪人』を出して……。
「お嬢さん、なんか物騒なこと考えてません?」
「気のせいだよ」
「……ま、いいですけど。手を握って貰えますか。忍び込むのにあたって『隠身』を使いますので」
そういいながら一瞬、影郎さんはすうっと透明になって、すぐまたその場に現れた。
ちなみに『隠身』は『隠蔽』の上級スキルで、『隠蔽』がその場から動けないのに比べ、自由に移動することができる(攻撃を受けると解けるけど)。
当然、影郎さんはこのスキルをMAXまであげているんだけど、実際に現実として目の前で使われるとその凄さが良くわかる。目の前にいたのが一瞬で目に映らなくなったのは勿論、気配も体温も呼吸の音すら感じなくなるんだから。確かに、これなら宮殿の中に忍び込むなんて簡単だろうけど……。
「凄いけど、どう考えても覗きに使うしかない技ですね」
「まあコレが覗き魔の変質者なのは確かだね」
アスミナが眉をしかめ、ボクも即座に同意した。
「――なんかさっきから自分、フルボッコですなぁ……」
さすがの厚顔な影郎さんも、若干笑顔が引きつり気味だった。
「で、手を握るとあたしたちも透明になるんですか?」
「そういうことですわ」
ゲーム時代では、パーティメンバーに登録して5マス以内なら『隠身』の効果を共有できたけど、こっちだとそういった形に設定が変更されているらしい。
「そういうことで、手を繋いでもらえますか」
再度促されて、ボクとアスミナは顔を見合わせた。
「……この人の手を握るんですか、ヒユキ様」
「……でも握らないとGの大群に突っ込まないといけないし」
「……Gとどっちがマシでしょうか」
「……究極の選択だよねぇ」
「あれぇ!? なんか自分と手を繋ぐの油虫と天秤に掛けられて悩むレベルなんでっか?!」
今回ばかりは素でショックを受けた顔をする影郎さん。
その後、アスミナと話し合った結果、「どっちも同じくらい嫌だけど、下水道よりはマシ」ということで、影郎さんと手を繋ぐことになった。
見た目は両手に花状態だけど、上機嫌なのは影郎さんだけで、ボクもアスミナも『うえっ』という顔をしていた。
「ほんじゃ行きます」
その言葉を合図に、ボクの体は、すうっと透明になっていく。
自分の体なので確認し辛いけど、少なくとも目に見える範囲はすべて見えなくなっていた。
「ヒユキ様、ちゃんとあたしも消えてますか?」
なにもないところからアスミナの心配そうな声が聞こえてきた。
「大丈夫、全部消えてるよ。……だけど、お互いに姿が見えないと不便だね」
「ええ、『隠身』するとお互いに視認できなくなりますので、気をつけてください。万一手を放したらその場で術は消え、再度全員姿を現して掛け直さんといけないもんで、ちょいとリスクがあります。それと声も聞こえなくなりますけど、そのあたりに触った音とかは聞こえますんで、余計なところに触らなんようお願いします」
ふむ、結構制限があるもんなんだねぇ。
確かに姿が見えなくなるのは利点だけど、お互いの姿が見えない以上、誰がどんな失敗をするかわからないのでリスクも多い。けど……。
「姿が見えないって、影郎さんからも私たちの姿は確認できないの?」
「ええ、なのではぐれないようお願いします」
握った掌越しに頭を下げる感じがした。
「そっかー、見えないのか…………ほれっ」
『ぶふぁ――――っ!!!』
その瞬間、影郎さんがおもいっきり息を吹き出す気配がした。
「……やっぱ、そっちからは見えてるじゃない」
気管に唾が入ったらしく、ゲホゲホむせ返ってる影郎さんが居るあたりを半眼で睨みつける。
「え?! なにがあったんですか……??」
見えていないアスミナの戸惑った声が聞こえるけど、まあ話すようなことでもないので無言を通す。
「げほ…げほほ……お、お嬢さん。いまは女の子なんですから、慎みもってくださいよ。いきなりなんちゅう破廉恥な……」
「実験だよ実験。君の言うことは信用できないんでね。実際、ウソだったし」
まあ、多少は牽制になったかな。
「まったく……確かに、正直なとこ自分からはお二人とも半透明で見えますけどね。細部はやっぱよく見えないんで、ホントに余計なことはせんでくださいよ」
「わかったわかった、さっさと行こう」
「そうですね、早くこの手も放したいですから」
ボクとアスミナに促されて、ため息をつきながら影郎さんは歩き出した。
ちょっと歩いたところで、思い出したように、
「――それにしても、あんなちっちゃい布でよくケツ入りますなぁ」
と呟かれたので、当てずっぽうで拳を振ったら、「あたっ!?」顎に当たった手応えがあり、フレンドリーファイアで『隠身』が解けたけど、多少は溜飲が下がったので気にしないことにした。