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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第四章 帝国の混迷
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第十一話 肉肉野菜

 どうにも変わり者の皇女様だな、というのがレヴァンのオリアーナに対する感想だった。


 まあ、自分の周りには義兄(あに)を好き過ぎて頭おかしい義妹(いもうと)とか、常識自体が迂回しているような非常識の塊の姫陛下とか、『変わり者』なんて言葉を遥かに置き去りにした双璧がいるので、いまさら驚くには値しない……というか、まだしも常識人の範疇なのかも知れないけれど。


 ――幸か不幸か、そんな風に考える彼の常識と非常識の垣根は、とんでもなく低くなっていることに気付かないレヴァンなのであった。


 彼女の話では、自分はあの雨の日にここグラウィオール帝国の帝都アルゼンタムの中心に位置する、宮殿の離宮、中庭のあたりに倒れていたらしい。


 そこを偶然通りがかったオリアーナ皇女――なんでも、「雨が降った直前とか、直後の緑の匂いが好きなのです」とのこと――が、仔ライオンのシンの鳴き声を聞きつけて様子を見に来たところ、血塗れで藪の中に倒れていた自分を発見したとのこと。


「迷い猫でもいるのかと思ったら、随分と毛色の変わった猫を拾ったものですわね」


 と、軽く口に出していた彼女だが、その時点で警備兵を呼ぶなりするのが普通だと思うのに、なぜか先ほどの侍女らと協力して、内密に自分の住まうこの離宮の客室へと運び込んで治療を行ったそうだ。


 理由を尋ねてみたところ、

「だって、どうみても貴方悪人ではないですし、獣人族の方と間近でお話しするのは初めてなので興味がありました。それに、こんな可愛らしいペットや人形を連れている理由とか、気になってしかたがなかったんですもの」

 という、実も蓋もないというか、剛毅な答えが返って来た。


 そんなわけで最初の1~2日は意識が朦朧としていてほとんど記憶にないのだが、3日目くらいにはずいぶんとマシになり、簡単な自己紹介をして、その後、ちょくちょく様子を見に来る彼女と、ぽつぽつ話をしていた。


 4日目となると口を開く分には問題なく過ごせたので、自分がアルゼンタムに来た理由。

 クレス自由同盟国で発見された転移装置の存在と、それを使った各国との自由貿易交渉。その下準備の為、帝国宰相ウォーレンから秘密裏の事前交渉を持ちかけられ訪問したこと、そこで暗殺者に襲撃されて随員は皆殺しになり、自分もあわやというところで、おそらくは緋雪が行ったなんらかの魔術でこの場へ避難してきたことなどを話した。


 オリアーナ皇女は、それを聞いた驚いた様子で――そもそも、転移装置のことも、クレス自由同盟国との交渉のことも、自身はもとより皇帝でさえ奏上されていないと言っていた――難しい顔で考え込んで、その日は退室したのだった。


 そして、5日目となる本日は、どうにか体を起こせるほどには体力も回復してきた。

 ベッドの脇に座って、自分が話す義妹(いもうと)の頭おかしいエピソードとか、姫陛下の非常識さを面白おかしく聞いていた――隣に立っていた侍女は、完全にホラ話だと決め付けて眉に唾つけていたが――彼女だが、一区切りついたところで、ふと、真顔になった。


「あの夜の件ですが、わたしのほうでも確認を行いましたが、諜報部等の動きはありませんでした。おそらくはウォーレンの手の者か、もしくは外部の協力者の手になる襲撃だと思われます」


「それは……失礼ながら憶測ですよね?」


 侍女が眉をしかめるが、オリアーナ皇女は出来の良い生徒を褒めるような顔で頷いた。

「確かに物的証拠はありません。ですが、そもそもあの夜に襲撃があり、ましてクレス自由同盟国の密使が来たことも、犠牲者が出たこともなかったことになっております。クレスから問い合わせが来ても知らぬ存ぜぬで通す(はら)のようですが、そんなことができるのは宰相のウォーレンくらいでしょうね」


「………」

 殺された仲間たちが闇に葬られたことを知り、暗い顔をするレヴァンの心中を慮ってか、しばらく無言で居たオリアーナ皇女だが、「そういえば」と思い出したかのように口を開いた。


「わたしはお会いしたことがないのですが、真紅帝国インペリアル・クリムゾンのヒユキ陛下が傾国の佳人というのは本当のことでしょうか?」

 言いつつレヴァンの枕元の『ちびちび緋雪ちゃん』を抱き上げる。


「――え…ええ。その人形に良く似た、もっと神秘的な麗人です」


「そうなんですか。一度お会いしたいものです。……とは言え現在の国内情勢ではまず不可能でしょうけれど」


 憂いを含んだ彼女の言葉に、レヴァンは首を捻った。

「それは、どういう?」


「……そうですね、いまさら隠すのもなんですから、素直に申し上げますが、現在帝国の勢力は二つに分裂しているのです」

 ため息混じりの声で言いながら、オリアーナ皇女はレヴァンの目を改めて見据えた。


「宰相派と抵抗勢力ですか」

 話の流れから言ってそうだろうな、と想像しながら口に出したレヴァンだが、オリアーナ皇女は首を振った。


「抵抗勢力には違いありませんが、正確には、旗頭を父とした皇帝派なのです」


「? 皇帝自らが宰相に反対して、それで国が二分するんですか?」


 当然と言えば当然の疑問に苦笑いを浮かべるオリアーナ皇女。

「恥ずかしながらその通りです。そもそも今上帝である父が皇帝に就かれたのは20年前、14歳の時に前帝が崩御されたからなのですが、その際に年若いということで、大叔父…わたしから見れば曽祖父の弟に当たる人物が摂政となったのですが――」

 ここで盛大に顔をしかめて、吐き捨てるように続ける。

「これがまたどうにもならない愚物で、国を私物化してただでさえ傾きかけていた屋台骨を腐らせ、挙句、聖王国に多額の負債を肩代わりしてもらう代わりに、無駄な戦争を起こし獣人族を迫害し、その上、父が成人後も摂政を続け、3年前に98歳で亡くなる――憎まれっ子世にはばかるの典型ですわね――まで最高権力者の座に居座り続けたのですから」


 なるほどねぇ、グラウィオール帝国の拡張政策の裏にはそういったドロドロがあったわけか、と納得するレヴァン。

 それとこの皇女様、見かけによらずさらりと毒を吐くな、と思った。


「とは言え17年間も国の中枢を掌握していた摂政の息の掛かった者共はすでに政・官・軍に多大な影響を及ぼしています。基本的には彼らのスタンスは、イーオン聖王国のご機嫌伺いをして、なあなあでぬるま湯に浸ろうというものです。そうした不正や腐敗を取り除くために、改革が必要であるというのが皇帝派の一致した見解なのですが……」


「旧摂政の流れを組む宰相派が、その障害になっている、と」


 レヴァンの相槌に、微妙な表情を浮かべるオリアーナ皇女。

「最大の障害なのは確かですが、ウォーレンはもともと摂政とは関係ありません、それどころか改革を推進する父の右腕だったとも聞きます」


 意外な話に困惑するレヴァン。

「それがなんでまた、旧摂政派の旗頭に?」


「……結局のところ、見限られたのでしょう。父である今上帝の元では改革は断行できないと。より現実的な力による改革を推し進めるためには、旧摂政派やイーオン聖王国の力を借りたほうが有効であると。現在、表向きは皆、皇帝に忠誠を誓っては居ますが、実際には政・官のほとんどがウォーレンに掌握されています。辛うじて軍の3分の1が皇帝に従っているというところですね」


 それから熱の篭った目でレヴァンの目を見た。

「時間がありません、わたしたちは何としてもこの均衡を崩さねばならないのです。たとえ外部からの力を借りても」


 言いたいことはわかる。結局、連邦時代の自分たちがやったことと同じだろう。だが、問題もある。

「皇女のお話は大変興味深いです。ですが、我等が宗主国、真紅帝国インペリアル・クリムゾンが手を貸すのはあくまで自身の身内のみ。本国からの派兵となると、この国を差し出すという意味になります。それができますか?」


 途端、表情を曇らせるオリアーナ皇女。

「……到底飲める条件ではありません」


「ならば、残念ですがオレから言えることはありません」


 レヴァンの言葉に唇を噛んで無言になる彼女。




 ◆◇◆◇




 グラウィオール帝国の首都アルゼンタムの下町に近いとある焼肉店で、二人の少女が火花を散らしていた。


 鉄板の隅でじゅうじゅうと肉汁を滴らせる牛肉(ちなみに食用の肉牛というのは存在しないので、基本牛肉は働けなくなった老牛か乳牛である。そのため、肉のランクとしては、豚>羊>牛となる)に、少女二人の視線が集中する。


 程よく焼けたところで、獣人族らしい目の大きな栗色の髪をした少女が、再度肉をひっくり返そうとしたところで、こちらは場末の焼肉屋にまったくそぐわない黒いフリルとリボンで飾られたドレスを着た、長い黒髪のとんでもない美貌の少女の右手が、目にも留まらぬ速さで動いた。


 カキン!!


 逆手に握ったフォークが獣人族の少女が手にするフォークとナイフを弾いて、焼肉の中央に突き刺さった。

 そのまま手元に引きようとする黒髪の少女だが、すかさず両手のフォークとナイフで押さえ付ける獣人族の少女。


 そのまま数秒間、膠着状態に陥る。


「ヒユキ様、これはあたしが育てていた肉なんですけど?」


「育てるも何も、注文したのは私のほうだけど?」


「別にこれを食べなくても、他にも食べるものは一杯あるんじゃないですか?」


「それはこっちの台詞だよ。さっきから見てたら、君ってお肉を食べすぎだよ。私が『肉肉野菜肉野菜』のペースで食べてるのに、そっちは『肉肉野菜肉肉肉』なんだから、これは私の分だと思うんだよね。野菜食べないと体に悪いよ」


 そのまま綱引き状態が続いたが、最終的に6:4の割合で獣人族、黒髪の少女が妥協した。


「ところで」食後のお茶を飲みながら、黒髪の少女――緋雪がなにげない風に尋ねた。「レヴァンは本当に宮殿にいるの?」


「間違いありませんっ」大きく頷く獅子族の巫女アスミナ。「あたしの勘と占いでは、義兄(あに)はこの街の中心にいるとでています!」


 ビシッと窓から見えるこの街の中心――アルゼンタム宮殿を指差す。


「あと、あたしのアンテナが、義兄(あに)に近づく他の女の影を捉えています! さっさと行って確保しましょう、ヒユキ様っ」


 う~~む、そのあたりが微妙に信頼性を損なってるんだよねぇ。と若干不信感の混じった目で謎の電波を受信しているアスミナを見るが、本人はいまから殴り込みかける気120%である。


 ――他国の宮殿かぁ。また面倒臭いところを指定したものだねぇ。


 どーしたもんかと考え込む緋雪であった。

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