第十話 鈴蘭皇女
「久しぶりだね、緋雪さん。元気…ぐああっ」
らぽっくさんの口上を無視して、天涯の雷撃が降り注がれる。
岩が砕け、大地は陥没し、イオン化した空気が鼻につくけど、天涯は一瞬たりとも攻撃の手は緩めない。と言うか緩めないよう前もって厳命してある。
なにしろ相手は最強のプレーヤー【独壇戦功】。
そして、彼の強みは実際のところ九刀流でも並列思考でもない、ボクみたいに速度特化とか、影郎さんみたいに暗殺特化とか、そういったピーキーな強さではなく、単純にすべてのバランスが良いところにある。
要するに付け入る隙が極端に少なく、弱点らしい弱点がない。戦う相手としては一番厄介なタイプになる。
だから、らぽっくさん相手は一瞬の油断が命取りになる。おちおちお喋りしてたら、その間に寝首を掻かれるかも知れない。
だから戦うなら最初から全力・最大火力をもって、力押しで行くしかない。
天涯の猛攻に、さすがにその場から退避するらぽっくさんだけど、その左手装備がいつの間にか大太刀『月』から、超レアドロップ装備『無敵』に変わっていた。
まったく……これだから油断ができない。あれは『風』と『雷』属性だから、天涯の雷撃にもかなりの耐性がある。その上――
「ちっ」
舌打ちする天涯の体のそこかしこが石化していた。『無敵』の中央に位置する眼球が放つ、石化光線の効果だろう。――ほらね、盾の癖に攻撃力まであるなんて矛盾も良いとこじゃないかい。
すぐさまボクは天涯に状態異常の回復魔法と抵抗力アップの補助魔法をかけた。
「申し訳ございません。姫の手を煩わせるとは、なんと不甲斐ない……」
「反省は後っ。兎に角、いまは攻撃の手を休めないで! ――命都っ、九重の治癒が終わったら、こちらを手伝って。九重、君も治り次第戦線に復帰!」
「はいっ」
「承りました、姫様」
ちらっと見たけど、九重も八割方回復しているみたいだ。
本当に危機一髪だったよ。偶然、アスミナのところに向かう途中でエウゲンたちに会って事情を聞かなかったら、絶対に間に合わないところだった。
九重には万一プレーヤーの襲撃があったら、無理をしないで撤退するように伝えてあったんだけど、やっぱり引かなかったみたいだね。
このあたりはボクの見通しの甘さが原因だ。最初は威力偵察程度だろうと高をくくっていた。
せめて複数人は魔将を配置しておくべきだった。
奥歯を噛み締めたところで、「姫!」と天涯の注意を促す声が掛かった。
見ればらぽっくさんの『絶』を抜かした8剣が、それぞれランダムな軌道でボク目掛けて襲い掛かってきた。
「防御はいらない! 攻撃の手を緩めないで!」
咄嗟に回避しようとする天涯を止めて、ボクは『薔薇の罪人』を構えて、迎え撃とうとした。
「「「「とうっ」」」」
その前に、空中で待機していた親衛隊の四季姉妹――権天使の『椿』『榎』『楸』『柊』――が、手にした聖槍で各々剣を叩き落した。
これで残りは4本! それが空中でドリルのように回転しながら、こちらに向かってくる。
――来るか!
腰を落とした瞬間、4本が一斉に空中でピタリと止まった。
「なんだと!?」
唖然としたらぽっくさんの声がするところを見ると、彼にも予想外のことだったのだろう。
「――うら~~っ!!」
陽気な掛け声と共に、頭に宝冠を被った巨大な三面六臂の白猿――十三魔将軍ハヌマーンの白夜が、上空から飛び降りざま残りの剣をひと蹴りした。
となると、いまのは彼のスキル『攻撃無効』だね。
「なんだいなんだい、天涯の旦那。まだ手間取ってるのかい!? 腕が鈍ったんじゃないのかい!」
「遅参しておいて何を言うか! さっさと手伝え!」
天涯の怒号に、「へいへい」と首をすくめる白夜。
それから目を眇めて、地上のらぽっくさんを確認する。
「おやぁ? ありゃ…ラポックの兄さんじゃないか。殺ってもいいのかい?」
「構わん。姫がなんとでもなされる! それよりも油断するな。ラポック様といえど、あの強靭さは異常だ。円卓メンバー4人ががりでまだ半分も生命力を残している」
見ればいつの間にか復調した九重が衝撃波を放ち、同じく命都も空中から聖光撃を連打、さらに刻耀が鍔迫り合いをしているけど、らぽっくさんのHPはまだ4割くらいしか減ってない。いくら『無敵』で相殺したり、躱したりしているにしても、確かにこのタフさとHPの量はあり得ない。
というか、天涯と従魔合身した時のボクのHPの7割近い数値じゃない!
これってひょっとして例の黒幕が、兄丸さんの弟分に施した処置と同じものじゃないの?!
ならマズイかも知れないね。またHPが危険領域に突入したら、自爆する可能性があるってことだよ。さすがに跡形もなく消えたら完全蘇生もできない。それに、九重の死霊交信も高レベルプレーヤー相手には無効だから使えないし。
ある意味本人を人質に取られたようなもんだけど……どうする? なんとか危険領域ギリギリで拘束かな――と、指示を出す前に手加減抜きで魔将たちが波状攻撃を仕掛ける。
「かあああっ!!!」
天涯の口元に丸い雷で出来た円盤が生まれ、その中心部に穴が開くと同時に青白い光となって一直線にらぽっくさんに向かった。
天涯の必殺技・崩滅放電咆哮。
三千兆電子ボルトを超える円形粒子加速器を生成し、直撃した物質そのものを消滅――素粒子崩壊により、どんな物体でも電磁波に変えられてこの世から無くなる――させる大技に、慌てて他の魔将たちが軸線上から避難する。
「――ちいいいいいっ!?」
咄嗟に躱そうとするらぽっくさんだけど、次の瞬間真っ白い光が視界を埋め尽くし、最後までその動きを追いきれなかった。
「……うわーっ、すごい」
視界を取り戻したボクの目に、全身から煙を噴き上げるらぽっくさんの姿と、地平線の彼方まですっぱり断ち切られた大地。そして一片の雲もない空が映った。
どうやらもぎりぎり直撃は躱されたみたいけど、かなりのHPを削り取ったようだ。
「――さすがにこのままじゃあ分が悪い。今日のところは退散させていただきますよ、緋雪さん」
苦笑いする、らぽっくさん。
「逃がすと思うか!」
まさに逆鱗に触れた勢いで、再度、天涯が円形粒子加速器を生成しようとする。
……さすがにオーバーキルでないかな?
その瞬間、「危ない、姫様っ」命都の叫びに、反射的に左手の盾装備『薔薇なる鋼鉄』でガードしたその部分に、どこからともなく飛んできた矢が直撃して、その威力に天涯の背中から転げ落ちそうになった。
――これは、アーチャー系のスキル、レイジング・アロー?!
伏兵がいたのか、と歯噛みした。そんなボクへ魔将たちの注意が一瞬逸れた瞬間を狙い、らぽっくさんが転送石を起動させた。
「それじゃあ、また今度。――それと仕事は果たせていただきましたので」
その捨て台詞に、はっと転移装置を見ると、地面を突き破って、らぽっくさんの8剣が現れ、装置をズタズタに切り裂いたところだった。
完全に消えたらぽっくさんと、原型を留めていない転移装置に、ボクはため息をついた。
「……してやられたってところだねぇ。まったく」
「これからいかがなさいますか、姫?」
天涯の問いかけに、ボクは軽く頭を掻いた。
「取りあえず当初の予定通り、アスミナのところへ行って、レヴァンの行方を捜してみるよ。こっちの後始末は、引き続き九重、君に頼めるかな?」
「……承知いたしました」
「まあ、さすがにもう襲撃はないと思うけど……白夜、君も残って警戒しておいて」
「――なんでぇ、俺っちは留守番かい」
不満げに口を尖らす白夜。
「貴様っ、姫の指示に従わんつもりか!?」
「んなことはぁ、言ってねーだろ。ホント石頭だね、旦那」
どーもこの二人はとことん馬が合わないみたいだねぇ。やっぱりここで別行動にした方が良いだろう。
◆◇◆◇
ぎゅっと右手を握ると痺れはあるものの、問題なく拳は握れた。
――3割方は回復したってところかな。
天蓋つきのベッドの上で、上半身を起こしてため息をつくレヴァン。
「あらあら、もう起きられるようになったなんて、さすがに次期獣王ですわ」
そんなことをいいながら12~13歳と思えるフリルたっぷりの白いドレスを着た端正な容貌の少女が、この客室へと入ってきた。
「これはオリアーナ皇女…!」
慌てて威儀を正してベッドから落ちようとするレヴァンを、「お気になさらず、ゆっくり寝てらして」と鷹揚に手を振り、押し留める少女。皇族の証だという膝まで届く銀の髪が輝いて見える。
その足元に、ベッドの下で休んでいた仔ライオンのシンが嬉しそうにまとわりつく。
「あなたも元気そうね、シン。本当はもっとあなたと遊びたいんですけどね」
そういって、ポケットから取り出したビスケットを食べさせる。
「姫様、またこのようなところへ」
そこへ20歳を幾らか越えたと思しい年恰好のメイドが、彼女を追いかけて部屋へと入ってきた。
「このようなところ、とは何事です。この方はクレス自由同盟国の盟主。本来であれば国賓として遇すべき立場ですのよ」
叱り付けられたメイドは、ベッドに横になるレヴァンを胡散臭そうに見た。
「……そうはおっしゃられましても、この者がクレス自由同盟国の盟主という証拠はありません。血塗れで庭園に倒れていたなどど怪しすぎます。宮殿に忍び込んだ曲者と言われた方がよほど辻褄が合うかと」
その言葉に、少女は可笑しそうに足元のシンとレヴァンの枕元に置いてある緋雪人形を見て、ころころと笑った。
「どこの世界にペットとお人形を連れて、忍び込む間者がいますか。同じ荒唐無稽でも、まだしも、この方の証言のほうが説得力がありますわ。なにしろこの方の背後についているのは、噂の姫陛下その方だというのですもの。なにがあっても可笑しくはありませんわ」
「ですが……」
なおも渋るメイドに向かって、少女は凛と告げた。
「兎に角、この方の身柄については、わたしグラウィオール帝国皇女オリアーナ・アイネアス・ミルン・グラウィオールの名において保証をすると宣言いたします。それ以上なにか必要ですか?」
オリアーナ・アイネアス・ミルン・グラウィオール皇女。
現皇帝の唯一の実子にして、その可憐な容姿から『鈴蘭の皇女』と謳われる、グラウィオール帝国次期皇位継承者であった。
ちなみに緋雪が棘がある薔薇で、オリアーナは根に毒のある鈴蘭という対比ですw