幕間 環堵雑話
久々の幕間です。
時列としては、ダンジョンを攻略して、転移魔法陣でアーラに帰ってきてから、2~3日後くらいになります。
女は謎だ。と言うか別な生物だと思えと、既婚者の先輩冒険者にも言われたけど、本当に謎だ。
特にこいつは謎がドレス着て歩いているようなもんだよな、と緋雪の無防備な寝顔を見ながらジョーイはしみじみ実感した。
上等のドレス――と言ってもいつものズルズルした奴じゃなくて、動きやすいミニスカートだけど、それでもふんだんに使われてるレースや宝石からして、とんでもない価値だってのはわかる。たぶん買ったら凄い値段がするんだろう――しかし、それが皺になるのも気にしないで、勝手に人のベッドでぐーすか横になってるってのはどーいう了見なんだろう?
仮にも男の部屋なんだけどな。こいつ俺のこと男として見てないのか……見てないだろうな。
と、戻ってきたジョーイの気配に気が付いたのだろう、緋雪がぱちりと瞼を開いた。
「……やあ、お帰りジョーイ。勝手にお邪魔させてもらったよ。――いつの間にか寝てたみたいだけど」
ふぁと口元に手をあて、可愛らしく欠伸しながら、挨拶をする緋雪。
「お前なぁ……寝るなら普通に自分の家で寝ろよ」
「いやぁ…城だとなかなか落ち着かなくてねぇ。だいたい寝室もほぼ日替わりだし、ベッドもキングサイズどころか中央にたどり着く前に挫けそうなくらい大きいし。――このくらいの狭い部屋の狭いベッドのほうが気分的に落ち着けるんだよねぇ」
かと言って、さすがに古式ゆかしく棺桶で寝るのは勘弁だけどね、と一人ごちる。
「狭くて悪かったな」
「いやいや、なんでも大きければ良いってものじゃないよ。だけど確かに……これは、私も迂闊だったかも知れないね」
言いながら、ほとんど付け根付近までずり上がっていたスカートを直す緋雪。
反射的にその細くて真っ白い素足に視線が釘付けになるジョーイ。
「お…おう……!」
なんだ、意外とこいつも恥じらいとかあるんだな。
「こんなとこミーアさんか、フィオレに見られたら、君があらぬ誤解を受けたところだからねぇ」
「お…おう……?」
ん? なんか違うような気がする。
「そーいえばさ、あの二人ってどこで暮らしてるんだい? ミーアさんはともかく、フィオレは弟子なんだからってっきり同室か隣部屋かと思ってたんだけど違うみたいだね」
「だから弟子じゃねえって言うの……ミーアさんは3年前からガルテ先生のところに下宿してるって言ってた。あとフィオレは中央市街に自宅があるって言ってたな」
「へえ、お嬢様なんだねぇ」
軽く目を瞠る緋雪を見て、お前が言うなと呟きつつ続けるジョーイ。
「なんか魔術師の名門とか言ってたな。親は両方とも国家一級魔術師とか、兄弟も全員国家資格持ってるとか」
「ますます大したものだねぇ。それがなんで、冒険者なんてヤクザな商売をしてるんだい?」
「ヤクザで悪かったな。……えーと、確か国家魔術師の一番下の試験に落ちて、ああ、なんかヒッキは問題なかったんだけど、ジツギで駄目だしされたとかで、ジツギを磨くためって言ってたな」
初めて出会って自己紹介をした1ヶ月ほど前の護衛依頼を思い出しながら、ジョーイは答えた。
確かあの時は数人のソロの冒険者と、1組のチームが共同で依頼を受けたんだっけ……。
◆◇◆◇
「きゃう――!?」
小さな悲鳴をあげて『魔術師』と自己紹介していた女の子が、ポイズンドッグに突き飛ばされ、尻餅をついたのが見えた。
なんで後衛の魔術師を誰も守ってないんだ!?
ちらりと今回の冒険者たちのまとめ役を買って出た、チーム『赤巾旅団』リーダーを見たが、自分の仲間だけで固まってポイズンドッグの対応をするのに手一杯で、全体への配慮や指示などとうていできる様子ではなかった。
手にした杖にすがって必死に立ち上がった少女だが、ポイズンドッグの爪や牙には麻痺毒がある。
おそらく突き飛ばされた時に、爪がかすったのだろう、明らかに足元がふらついていた。
恐怖に震えながらも呪文を唱えようとする少女へ向かって、ポイズンドッグが踊りかかる。
「ひっ…!」
思わず呪文を中断して、ぎゅっと目を閉じる少女。
「おいっ、転がれ!」
駆け寄りながらのジョーイの叫びに、少女は咄嗟に身を捻って、落ち葉や腐葉土の堆積した地面に倒れ込んだ。
間一髪、一瞬前まで少女の首があった辺りで、ポイズンドッグの牙が空振りした。
その隙に、走る勢いをそのままにジョーイは剣を振り振り下ろして、少女を狙っていたポイズンドッグの頭を叩き切った。
「すごい……」
呆然とする少女の背後に、もう一匹ポイズンドッグが突進してくるが、気が付いている様子はない。
「おいっ、もう一匹くるぞ! 立て!」
慌てて立ち上がった彼女が、杖を構えて呪文を唱えようとする。
「馬鹿っ、死ぬ気か!? 俺の後ろに来い!」
「は、はい」
駆け足で彼女が自分の後ろに隠れたのを確認して、「よしっ」と頷いたジョーイは剣を構えた。
「俺が前衛で戦うから、お前は適当にサポート頼む!」
「わ、わかりました」
こくこくと少女が頷くが、正直あまり期待しないで、ジョーイは迫り来るポイズンドッグに向かって、大きく踏み込みながら剣を薙ぎ払った。
「ぎゃん!」
脇腹を切られて距離を置くポイズンドッグ。そこへ背後から赤ん坊の拳くらいの火の玉が投げつけられた。
咄嗟に躱したポイズンドッグの前脚の一本を斬り飛ばすジョーイ。次の呪文を唱えようとしている少女に向かって、同時に指示を飛ばす。
「火だと火事になる! 他の魔法に変えろ!」
「は、はいっ」
はっとした顔で呪文を中断する少女。その一瞬の隙を突いて、残った3本足で跳躍してきたポイズンドッグの牙を剣で押さえ、捻りを入れて突き飛ばしたところへ、人差し指くらいの氷柱が矢のように飛んで刺さった。
ダメージ自体はそれほどではないようだが、不意打ちに怯んだところを、返す刀で鋭い剣の一撃をその胴に叩き込んだ。
それで、二匹目のポイズンドッグも息絶えた。
◆◇◆◇
その後30分ほどで、どうにかポイズンドッグの群れを撃退することができた一同は、負傷者の確認や護衛対象の商人や荷物に被害がなかったか確認するため、小休止をとることになった。
「すごい、すごいです。あっという間に5匹もポイズンドッグを倒すなんて!」
戦闘終了後、少女が歓声をあげてジョーイに抱きついてきた。
その拍子に、汗混じりの少女の甘い体臭と、豊かな胸の膨らみが革鎧越しにでもはっきりと感じ取れた。
「お、おいっ」
慌てて体を引き離すと、少女も我に返ったようで、たちまち顔を赤くして小さくなった。
「……ご、ごめんなさい」
「いや、いいんだけどさ。ああ、さっきは援護サンキュー。助かったぜ」
そう言うと、なぜか少女は驚いたような顔でジョーイの顔を見た。
「あの……役に立ったんですか、あたしの魔法で……?」
信じられないという口調に小首を傾げながら、ジョーイは思ったままに答えた。
「ああ、ずいぶんと戦闘が楽だったぞ。やっぱり魔術師が後ろにいると、安心感が違うよな」
そう言った途端、大きく目を見開き……なぜか、泣きそうな顔で目を潤ませた。
「お、おい。俺、なんか変なこと言ったのか?!」
『――君もつくづく情緒がないひとだねぇ』以前、緋雪に言われた台詞がありありと甦った。
「…違うんです。……嬉しくて」
はあ?なんのこっちゃ、と聞き返そうとしたところで、横合いから野卑な声がかかった。
「おいおい、駄目じゃないか坊主、女の子を泣かせちゃ」
「そうそう、女は可愛がるもんだぜ」
「ひひひひひっ」
見るとチーム『赤巾旅団』のリーダー、シュミットが取り巻き2人を連れて近づいてくるところだった。
「シュミット…さん」
戦闘中はろくに指示も出さないで、今頃のこのこと、よくもまあ恥ずかしげもなく。
そう思いながら呼びかけたジョーイを無視して、シュミットは少女に呼びかけた。
「よう、お嬢ちゃん。ソロは辛いだろう、なんなら俺たちのチームに入らないか? そのほうが便利だぜ」
「そうだぜ、新人は優しく教えてやるからなぁ」
「手取り足取り、な」
その視線が少女の豊かな乳房に注がれていた。
怯えてぷるぷる震える少女の前に、ジョーイが進み出た。
「ん? なんだ坊主、文句があるのか?!」
凄むシュミットだが、ジョーイは気圧された風もなく、真っ直ぐその目を睨み返した。
「シュミット…さん。その前に彼女に謝るのが先だろう。さっきアンタがきちんと指示を出さなかったから、危うくポイズンドッグにやられるところだったんだ」
「あん?! 小僧がいっぱしの口を利くな! 俺は俺でやることがあったんだ!」
「へえ、リーダーが指示も出さないでやることってなんだい? 仲間と固まって震えることかい?」
ふと、あいつだったらこう言うんだろうな、と緋雪の顔を思い出し――結果、浮かんだ思い出し笑いが――相手から見れば嘲笑するような顔つきに見えた。
「なんだと、てめえっ」
怒声をあげて剣を抜く三人組の沸点の低さに内心呆れながら、ジョーイは腰の魔剣を抜いた。
「おい、魔法で援護できるか?」
「…は、はいっ」
シュミットたちから目を離さないままのジョーイの指示に従い、背中越しに少女が杖を構えて呪文を唱える声が聞こえてきた。
やや怯んだ態度を見せながらも、
「けっ、こっちは3人だぜ。半人前が2人でなにができる!」
虚勢を張るシュミット。
だが――。
「二人だけじゃないぜ。周りを見てみろよ」
言われて周囲を見ると、今回ソロで参加して、ポイズンドッグの襲撃に際しても何の指示も受けずに、各個で戦わざるを得なかった冒険者たちが、恨みの篭った目でシュミットたちを取り囲んでいた。
さすがに不利を悟ったのだろう。
「けっ、餓鬼相手にしても仕方がねえ。行くぞお前ら。――小僧、ギルドへに報告の時は覚えておけよ」
小物臭い捨て台詞を吐きながら、シュミットたちはそそくさとその場から退散した。
ほっと肩の力を抜いたジョーイたちに向かって、周りの冒険者たちが、
「言わせとけ。俺たちが証人だ、あいつ等こそペナルティを与えてやるさ」
「心配すんな、任せておけ」
「嬢ちゃんをしっかり守れよ!」
口々に労いの言葉をかけてくれた。
「どうもすいません」
「…あ、ありがとうございます」
慌てて頭を下げるジョーイと少女。
やがてひとしきり囃し立てられた後、二人きりになったところで、少女がなにか決心した顔でジョーイの顔を真っ直ぐ見上げた。
「あ、あの、あたしフィオレっていいます」
「ああ、そういえば自己紹介してなかったな、俺はジョーイだ」
「ジョ、ジョーイさん……ですか。あの……あたしを弟子にしてください」
そういって深々と頭を下げるフィオレ。
「は……はああ???」
いきなりのことに困惑するジョーイの目を、必死な面持ちで見つめるフィオレ。
「ご迷惑なのはわかってます、でも、あたしはもう誰かの足手まといや、負担になるわけにはいかないんです。ですから」
少女はその場で膝をつき、両手を地面に置いて、頭を下げた。
土下座である。
「どうか、あたしを弟子にしてください」
なんと答えていいかわからず、ジョーイは救いを求めるように頭の上を見たが、そこには快晴の空が広がっているだけだった。
◆◇◆◇
「まあ、あいつも実家じゃミソッカス扱いらしいから、いろいろと切羽詰ってたんだろうな」
「なるほどねぇ、それで冒険者修行で腕を磨くということか。見かけによらず意外と行動力があるんだねぇ」
「まあなあ。なんか危なっかしくて見てらんないから、取りあえず師匠とかはなしで、組んでるんだけど……」
「ふぅん、君も相変わらずだねぇ」
喜んでいるような呆れたような緋雪の口調に、なんとなくほっとするものを覚えながらも、ジョーイはぶっきらぼうに「悪かったな」と返した。
「それにしても、そのチーム『巾着軍団』だっけ? そっちから嫌がらせとかはなかったのかい?」
「『赤巾旅団』な。まあその後不正とかなんとかいろいろ発覚して、ギルドを追放になったからよくわかんねーけど」
「ふむ。そういう下種な連中はしつこいからね、充分気をつけたほうが良いよ」
と言っても、ジョーイにその手の気遣いは無理そうだから、後でガルテギルド長にでも話しておこう、と思いながら緋雪は話を締めくくった。
「――さて、すっかり時間も遅くなったし、そろそろ帰らせてもらうよ」
ベッドから降りて靴を履く緋雪。
「……なにしに来たんだ、お前?」
「昼寝と雑談だろう? ああ、そうそう、この間のダンジョンのお宝は本当に私が預かってもよかったのかい? 別に4人で山分けで問題なかったんだけど?」
「そーいうわけにはいかないだろう。スフィンクスはお前に『やる』って言ってたんだし、あの獣人族の姐さんも『あたしゃお姫様の護衛で来たんでね。受け取る権利はないよ』っていうし、お荷物だった俺らが受け取るわけにはいかないだろう」
「そんなに堅く考えなくてもいいと思うけどねえ。まあ、気が変わったら言ってくれればいいさ」
軽く肩をすくめて、緋雪はドアを押し開けた。
「それじゃあ、また」
「おう、またな」
ヒラヒラと後ろ手に挨拶して出て行く緋雪を見送った、ジョーイは『狭い』と言われた部屋が、急に広くなったような気がして、ため息をついた。
まったく、ヒユキもフィオレもミーアさんも謎だよなぁ。
この後、ジョーイは眠ろうとベッドに入ったところで、緋雪の残り香で悶々として一睡もできませんでした(≡ε≡;A)