第九話 九剣襲撃
ついにあの人の戦闘となります。
「――っ。切れた・・・!」
私室……というか、どんだけ広いんだココ、山彦返ってくるんじゃね?という、生前ワンルームのアパート住まいだった身としてはまったく寛げない部屋の中央で、魔導人形№3『ちびちび緋雪ちゃんVer.3』(Ver.1は謎の紛失を遂げ、Ver.2は兄丸さんの弟分の・・・名前は忘れたナントカに壊された)の遠隔操作をしていたボクは、強制的にパスが切断された衝撃で、乗り物酔いみたいにクラクラする頭を抱えながら、占いに使う水晶球みたいなコントロール珠に再度両手を押し当て、魔力を流してみたけど、その先が糸の切れた凧みたいな手応えで、案の定まったく反応がなかった。
「あまり根を詰められると玉体に障ります。――まずは、落ち着かれてはいかがでしょうか、姫」
すかさず天涯がワイングラスに注いだ鮮血を差し出してきた。
長時間の集中と魔力の放出で消耗していたボクは、半ば反射的に駆けつけ3杯どころか、ワインだったら急性アルコール中毒になる勢いで、おかわりを繰り返してHP、MPともに満タンにした。
――よし、復調!
どこの誰かは知らないけど、献血してくれたおねーさんたちありがとう!今日も貴女方の血潮がボクの活力となり、肉となり、脂肪となって最近ウエストラインが……うん、少し飲みすぎたから明日からダイエットしよう。
と、心の中で複雑に感謝しつつ、ボクは勢いよく立ち上がった。
「それはそうと、そのご様子ですと、アルゼンタムでなにか変事でもございましたか?」
ボクの様子から大体の事情を察したのだろう。
天涯の問いかけに、軽く頷いて返した。
「レヴァンたちが影郎さんに襲撃を受けた。随員は全員死亡、レヴァンも行方不明になっている」
「なんとっ!」
天涯が軽く目を瞠った。――おや? 意外とレヴァンのことを気にかけて……
「では、あの魔導人形も失われたわけですか!? もったいないことを・・・」
……る、わけないよね。うん。
心底悲嘆にくれた顔で額に手を当てて苦悩している天涯を、なぜか命都が氷点下の眼差しで眺めていた。
「それはさておき、これからどうなさるお積りですか、姫様」
命都の問いかけに、即断で救助隊を出撃させようとしていたボクの頭が少しだけ冷えた。
他国の首都に勝手に武装した魔物の部隊を派遣したら、どー考えてもテロだよねぇ。
いや、別に軍事衝突を起こすのを恐れるわけじゃないけど、そんだけのことをして肝心のレヴァンが見つからなかったり、既に死んでたら本末転倒だし……つーか、ウチの連中ならボクの安否以外はどーでもいいので、勝手に暴れ回って街を破壊し、人々を襲い、下手したら虫の息で転がってるレヴァンに気付かず止めを刺す可能性もある。……いや、絶対に当初の目的を忘れる。
つ、使えない! ウチの連中って。大規模破壊活動以外は、自己啓発本よりも使えない!
こんなことなら魔眼でレヴァンにバイパス付けとけば良かった。でも、あれ本人の意識がないと無効だし、それにレヴァンに迂闊に下手な真似するとアスミナにバレそうだしねぇ……あ!
「そーだよ。アスミナは巫女なんだし、レヴァンのことなら千里眼みたいに勘がいいから、こっちからわかるかも知れないね」
兎に角、一刻の猶予もならない。
「――お出かけですか?」
予想していた口調の命都に頷いた。
「ウィリデ経由で、アスミナのところに行ってみる。速度重視。飛べる者で随行は構成して」
「かしこまりました」
◆◇◆◇
クレス自由同盟国の暫定首都ウィリデ郊外。
レヴァンたちが刺客に襲われていた同時刻(こちらは時差の関係でまだお昼前だが)。
先日発見されたばかりの巨大な転移装置――直径20メートルのストーンサークルに似た黒曜石とも金属ともつかないそれ――の周辺で警戒にあたっていた獣人族の戦士たちは、いささか緊張感の抜けた態度で軽口を叩き合っていた。
「しかし、こんなもんが本当に俺らの飯の種になるのかねえ」
「若大将とその上の姫様のお考えだ、俺たちゃ、言われたとおり、こいつをしっかり守ってればいいのさ」
「守るって言ってもなぁ。こんなでかいもの壊せるような奴も盗む奴がいるわけないだろう」
「確かになぁ、違いない」
「――おう。お前ら、ちょいと気を抜きすぎだぜ。ガチガチに緊張しろとは言わねえが、締めるところは締めとけよ」
すぱーっとハッカ笹を吸いながら、警備隊長を任ぜられた熊人族の『巨岩』エウゲンが苦言を呈した。
『も、申し訳ありません隊長』
「わかりゃいいってことよ」
一斉に頭を下げた部下たちに、気にするなと手にしたハッカ笹を振るエウゲン。
「――む」
と、離れた位置の岩の上で結跏趺坐をしていた真紅帝国からの助っ人――姫陛下直属の魔将・七禍星獣『九重』と名乗った三眼の僧が、緊張した面持ちで、とある荒野の一点に視線を定めた。
「どうかしやしたかい、旦那?」
やってきた当初から自己紹介以外は一言も喋らず、じっと瞑想しているばかりだった九重の態度の変化に、ただならぬものを感じてエウゲンが確認する。
「それがしの張り巡らせておいた使い魔の布陣が一瞬にして破られた。侵入者――それも只者ではない。おぬし等では相手にならん。至急本国に増援を要請せよ」
言われてその方向を眺めるが、これといった人影は見えない。だが、百戦錬磨であるエウゲンの本能が、迫り来る脅威を感じて最大限の警報を鳴らした。
並みの頭の固い指揮官であれば、『お前らは役に立たないから、逃げて応援を呼べ』と言われても、はいそうですかと素直に従うものではないが、余計な問答はせずにエウゲンは素直にそれに従った。
「わかりやした。聞いての通りだ! お前ら全員退避しろ、一刻も早く真紅帝国本国に知らせるんだ!!」
怒鳴りつけ、あたふたと部下たちが退避するのを確認して、九重に向かって深々と頭を下げた。
「ご武運をお祈りいたしやす」
全員が立ち去ったのを確認して、ひらりと金襴の袈裟を翻して岩から降り立った九重は、どこからともなく取り出した髑髏と背骨でできたような杖を振り上げた。
「いでよ、不死なる軍団よ」
その先端を地面に突き刺すと、そこから闇色の魔法陣が広がり……ポコポコと地面を割って各自武具を持ったスケルトン・ソルジャーが100体あまり現れた。
さらにもう一度魔法陣を発動させ、リッチーを10体。死馬に乗ったスケルトン・ナイトを5体。
そして最後に、巨大な骸骨で作られたモンスター、ネクロ・スコーピオンとボーン・センチピードを各1体生み出した。
この通常であれば一軍にも匹敵する軍団の前に、程なく……散歩の途中のような気軽な足取りで、白銀色の鎧兜をまとい赤い裏地のマントをつけた騎士が現れた。
「……やはり貴方でしたか、ラポック様」
「そういうこった。見たところかなりの実力者、それも緋雪さんの腹心のようだが、そこを通しちゃくれないかな?」
「通した場合、どうなされるのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「その邪魔な粗大ゴミを掃除することになるな」
転移装置を顎で指して、なんでもないような口調で『破壊する』と断言する、らぽっく。
「では、お通しするわけには参りませんな。それがしもこの地の守りを姫様から預かる身ゆえ」
「俺を相手に戦えるのかい?」
味方識別コードを指して言っているのだろう。試すように尋ねるらぽっくに向かって、九重は淡々と応えた。
「姫様から許可はいただいております。邪魔をするようなら、痛めつけても構わない。最悪殺しても生き返らせるので問題ない、とのことです」
それを聞いて破顔する、らぽっく。
「緋雪さんらしいな。――とはいえ、かつての仲間に、ちと薄情なんじゃないかね」
「先に裏切られたのは、そちらの方かと。それに――」
「それに?」
「姫様は貴方様を、本物のラポック様かどうかお疑いですので」
その言葉を耳にした瞬間、余裕の表情を崩さなかった、らぽっくに一条の亀裂が入った。
「……そうか」
呟くと同時に、らぽっくは両手で剣を引き抜いた。
右手に握るのは、最強剣『絶』。左手に握るのは、対アンデッド戦を考慮して光属性の大太刀『月』。
二刀で来るか、と九重が判断した瞬間、らぽっくの背に7本の剣が孔雀の羽のように広がった。
『花』、『鳥』、『風』、『夢』、『幻』、『泡』、『影』
各々が強力かつ、属性を付与した剛剣ばかりである。
「悪いが時間をかけられないみたいだからな。最初から全力で行かせてもらう」
「――ぬぅ」
もともとが通常希少モンスターであった九重である。その後の進化によりダンジョンボス並みの実力をもったとは言え、直接らぽっくと剣を交えたことなどなく、伝聞でしかその実力は聞いたことがなかった。そしてその逸話――あの十三魔将軍・斑鳩を単体で倒したという実力は、脅威の一言でしかなかった。
自分一人ではおそらく勝負になるまい。
――どこまで時間を稼げるかが真の勝負か。
らぽっくの殲滅力と自分の召喚力がどこまで拮抗できるかが勝負の分かれ目だろう。
増援――円卓メンバークラスが複数人集まれば、彼とてひとたまりもないはず。
勝負を急ぐのもそのためだろう。
ならば、自分は全力で時間を稼ぐのみ!
「やれ!」
九重の指示に従いまずはリッチーが各々魔法を放つ。
まずは接近させないよう距離を置いて……と判断した九重は目を疑った。
7本の剣を盾にして、意に介さず突っ込んできたらぽっくが、スケルトン・ソルジャーの群れの只中に突っ込むと同時に、風車のように両手の剣を振ると、たちまちスケルトン・ソルジャーたちが木の葉のように粉々に砕け散った。
仲間に攻撃が当たるのを躊躇うリッチーに向かって、
「構わん、撃て!」
指示をすると同時に、素早く追加のスケルトン・ソルジャーを召喚する。
さらに突っ込んできたボーン・センチピードの巨体を交差させた剣で受け止めると、残り7本の剣が巨体の脚を切り飛ばし、自分の体重を支えきれずに倒れたところで、唐竹割りに頭蓋骨を粉砕する。
――なんという男だ!? これほどか!!
呼び出す端から消滅させられる軍団の姿に、時間稼ぎどころではないのを悟った九重は、残ったネクロ・スコーピオンたちとともに、らぽっくへと直接攻撃を敢行した。
押し寄せる有象無象のスケルトン・ソルジャーやナイトを相手取る傍ら、ちらっとこちらを向いたらぽっくの元から、3本の剣がジグザグの機動で跳んでくる。
これの対処はネクロ・スコーピオンに任せ、ある程度距離を詰めたところで、
「はっ!!」
九重の衝撃波が全開で放たれた。
「――ちっ」
あおりを食らってスケルトン・ソルジャーたちが粉砕されるが、らぽっくにもある程度のダメージを与えたようで、苦痛の声がその口から漏れた。
さらに追加の攻撃を加えようとしたところで、7本の剣が空中で輪を描き、凄まじい勢いで雨あられと放たれた。
咄嗟にネクロ・スコーピオンの巨体を盾にして、これを防ごうとするが、ザクザクと豆腐でも切るようにネクロ・スコーピオンの体が切り刻まれた。
「――奥義・バーストライトニング」
「しまった!?」
そして、防御のために一瞬動きを止めた九重に向かい、らぽっくのスキルが発動した。
「ぐううっ」
輝く剣から振り下ろされた雷光が、飛び退ろうとした九重を捉えて串刺しにする。
――だが、まだだ。この程度ならまだ耐えられる。
最強剣『絶』の攻撃力も加算され、1撃でヒットポイントの2割程度を持っていかれたが、逆に言えばまだ2割。しかも奥義スキルは一度放てばある程度のクールタイムが必要な筈、充分に取り返しが効く。
そう判断した九重だが、すぐさま考え違いをしていたことを悟った。
確かに一つの奥義スキルを放った後に同じ奥義を発動するにはクールタイムが必要だが、別系統の武器で別の奥義スキルを使う分には関係ないのだ。
そして、『絶』が大剣であるのに対して、左手の『月』は太刀である。つまり――
「――奥義・疾風迅雷の太刀」
強風を伴う斬撃が九重の体を切り刻み、吹き飛ばした。
さらに追撃の剣が襲い掛かり、九重のHPを危険領域近くまで削り取った。
「これで、決まりだ」
らぽっくが再度、右手の『絶』を振りかぶり、九重に止めを刺そうとしたその瞬間、雨あられと降り注ぐ雷撃が、その体を吹き飛ばした。
「があ――っ!?」
さらに追撃してくる雷撃を円形にした剣でどうにか防御するが、それでもじりじりとHPを削られて行く。
――この威力には覚えがある。
焦りを覚えた、らぽっくの周囲が急に暗くなった。
はっと顔を上げたそこにいたのは、
「やはり黄金龍。……緋雪さんか」
瞳をこらすその先で、天涯の背に仁王立ちした姿で、不機嫌そうにこちらを睨みつける緋雪の姿があった。
らぽっくの顔が、歓喜とも後悔ともつかぬ複雑な色で歪んだ。
ちなみに戦闘自体はけっこうがんばって十数分もったというところでしょうか。九重はいちおう円卓の魔将でも後方支援タイプなので、こんなものですね。あれです、「あやつは我々の中でも最弱(ry」という。
その代わり死者を呼び出したり、死人を拷問したりもできます。
9/19 誤字修正しました。
×らぽっぷの周囲が急に暗くなった→○らぽっくの周囲が急に暗くなった
※それと「らぽっく」はキャラクター名ですので、地の文や緋雪が呼ぶ場合には平仮名で呼んでいますが、第三者が呼びかける際は「ラポック」とカタカナで呼びかけてます。