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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第四章 帝国の混迷
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第七話 帝国宰相

今回は緋雪はいるんだかいないんだかの状態ですw

 いまにも泣き出しそうな曇天の雲がここグラウィオール帝国の首都アルゼンタムを覆っていた。


 大門をくぐった当初こそ快調に疾走していた馬車であったが、中心市街に近づくにつれ人通りが増え始め、どんどんとその歩みが遅くなり、王城が見え始めた頃には人波に揉まれるような有様となり、その足取りは亀よりもひどいものになってしまった。


 一応、貴族・貴賓とわかる仕立ての馬車なため、通行人は道を譲ろうとはするのだが、所詮は焼け石に水で、気の短い獣人族の同行者は、さっさと降りて走ったほうが早いのでは、とイラついた口調で主張する者もいたが、さすがにそれは礼儀に反するということで、どうにか諌めて落ち着かせる。


「……それにしても、すごい人ですね。なにかのお祭りですかね」


 窓の隙間から見える佃煮のような人の数に、半ば呆れ、半ば感心した口調でレヴァンが思ったままを口に出すと、その隣に座っていた薔薇のドレスを着た2.5頭身の美幼女――魔導人形『ちびちび緋雪ちゃん』――が、苦笑気味の顔になって応じた。


「いやいや、これだけの規模の都市なんだから、ウィリデやアーラとは人口密度が違うよ。それに時間帯もちょうど一仕事終わった帰り、その上この天気だからね。早めに買い物を済ませようってことで、これだけ混んでるんだと思うよ。逆に雨が降っていれば出歩く人もいなかったんだろうけどね」


 染色技術が未発達なこの世界では、水に濡れると服の染料が落ちるので、ある程度上等の着物を着ている人間は、雨の時は出歩かないのが普通である。


「マズイ時にぶつかったってわけですか」


 時間に縛られた仕事や天気に応じた買い物といったことはほぼ頓着しない獣人族の習性で、あまり考えないでこの時間、この天気での訪問――と言うか獣人族の性急さと真紅帝国インペリアル・クリムゾンの機動力を使って半ば無断で国境線を越えて帝国に進入し、帝都に入る直前に宰相へ連絡するという非常識なやり方――となったが、失敗だったかも知れないなとレヴァンは内心ホゾを噛んだ。



 事の発端は、先日、緋雪たちが発見した転移装置――転移魔法陣と違って、ある程度の移動は微調整可能とのことで、いったん所有者である緋雪が収納スペース(インベントリ)に収納して、地上に持って帰って設置し直した――これの処遇を巡っての協定を、追加で執り行いたい旨を書簡に記して、帝国宰相宛に送ったことに始まる。


 その内容(転移装置の存在と、これを用いた自由貿易)は当然ながら帝国でも相当波紋を呼んだのだろう。程なく、文書でのやり取りではなく直接事前協議を、できれば至急・秘密裏に行いたいという内容の返事が帝国宰相から戻ってきた。


「秘密裏だったら、私も参加」

「「「「駄目です!!!」」」」

 ほいほいと腰の軽いことを言いかけた緋雪を、その場にいたコラード国王、自分、天涯(てんがい)様、命都(みこと)様の4名で封殺して、結局、装置がある当事国家の代表者で、なおかつ比較的動きやすい立場の自分が赴くことへとなったのだが・・・。


「……あの、姫陛下。このまま協議にもついてくるお積りですか」


 見かけ通りの幼女のような態度で、もの珍しげにアルゼンタムの街を見物している緋雪人形に尋ねてみた。


「そうだけど? 直接、来られないならこれで妥協するしかないでしょ」

 振り返って、若干不満そうに頬を膨らませる。


 ――いや、別に来なくていいので、城でどっしり構えて報告だけ待ってて欲しいんですけどね。


 そう喉元まで出かかった言葉を飲み込むレヴァン。

「……普通、幼児連れで事前協議に臨むことはないと思うんですけど」


「ん~、じゃあ協議中は人形のフリしてるから、誰か抱えて歩けばいいんじゃない? 獣人族の伝統だとでも言えば、あっちはそーいうもんかと納得するよ、きっと」

 一般の認識では、獣人族って裸で槍構えて、バナナ食べながらウホウホ言ってる程度なんだし、と付け加える緋雪。


 ――貴女、獣人族をなんだと思ってるんですか?!


 再度、必死に叫びたいのを堪えるレヴァン。一方、随員の獣人族たちは自分たちにトバッチリが来ないように、一斉に顔を逸らせた。

『絶対にそんなお人形抱えて、会談に行きませんよ。行くくらいならこの場から逃げます!』

 と、全員が無言のまま拒絶していた。


 そうなると消去法で自分が連れ歩くしかないのか!? 帝国宰相との密談現場に、幼女のお人形さん抱えて!! どんな罰ゲームだ?!


 暗然と頭を抱えるレヴァンの肩を、一見無邪気な笑みを浮かべてポンポンと気楽に叩く緋雪。


「まあまあ、妹でも連れて観光に来たとでも思えばいいんじゃないの、お兄ちゃん♪」


義妹(いもうと)なら一匹でもうお腹いっぱいです」


「古い妹のことは忘れて、新しい妹を可愛がってよ、お兄ちゃま♪」

 そう言ってレヴァンの腕にしがみ付いて、すりすりするちびちび緋雪ちゃん。


「――うっ」

 冗談でやってるのはわかるのだが、見た目の可愛らしさが圧倒的なので、思わず抱き締めて頭をなでなでしたい発作に駆られる。




 ◆◇◆◇




 同時刻、獅子族の移動集落にて――。


 瞑想して、義兄(あに)の無事を祈っていた巫女アスミナの脳裏に天啓が走った。

「――っ!!」


「どうされました、アスミナ様?」


 ジシスが眉をひそめるのを無視して、猛烈な胸騒ぎに襲われ仁王立ちになるアスミナ。

「危険だわ! レヴァン義兄(にい)様へ危険が迫ってるわ!!」


「――なんですと!」


「強敵が迫っているわ! なんか、このままだと、(わたし)のポジションが奪われる気がする!!!」


「……なんですと?」




 ◆◇◆◇




「例の特使――獣人族の『獣王』でしたか。街へ入ったそうですね」


 執務机に向かって書類の決裁をしていた鷲鼻で壮年の男――グラウィオール帝国の侯爵であり、宰相でもあるウォーレンが、いったん手にしたペンを置いた。


 彼が手を休めるタイミングを見計らっていたのだろう。来客用のソファーに座っていたその男――いや、青年と言うべきか――商人のような格好をし、どこにでもいそうなやたら存在感の薄い彼の言葉を耳にして、『そういえば居たな』という顔でウォーレンは顔を上げた。


「正確には『獣王候補』だ。まあ、どちらでも大した違いはないが」

 そんな余計なことを考える時間はないという顔で、積みあがった書類に再び目を通す。


「非公式協議の予定なのでは? いちおう準備くらいはしておいた方がよろしいんじゃありませんかね?」


「必要ない。どうせこの屋敷にはたどり着けんのだからな。まったく、もう帝都とはな……もう少し時間的余裕があれば強硬手段をとらずに済ませられたものを。――それとも、始末する自信がないか?」

 一瞬だけ、書類から顔を上げて、相手の顔を睨みつける。


「いや~。もちろん仕事はきっちりこなしますけど、多少はアリバイ作りしとかんと、勘繰る連中も出てくるんと違いますか?」


「ふん。皇帝派か。連中は何かあれば全てこちらの陰謀だと騒ぎ立てるからな。いちいち相手にしていても仕方あるまい。同じことなら無駄を省くに越したことがない」


 人の命も会談のための設営も等価値であり、後は効率の問題である。

 酷薄――というよりも、徹底的に命を軽視しているからこそ言える物言いに、青年は「そういうもんですか」と、これまたどうでもいい口調で応じた。


「それと最終確認ですけど、例の『転移装置』――ホントに壊しても構わないんですか? あれば随分と役立ちそうですけど」


「いらんよ。余計な火種を抱える暇はない」


 確かに一度に大量の人員・物資を移送できる転移装置は魅力的である。意見を求めた参謀達の中にも、クレス自由同盟国から奪取すべきとの意見が多々あった。

 だが、明確な武力侵攻となれば、間違いなくクレスの宗主国である真紅帝国インペリアル・クリムゾン全体との総力戦となるだろう。


 いまだその本国がどこにあるかも不明な真紅帝国インペリアル・クリムゾンを、張子の虎と軽視する者たちも多いが、ウォーレンは、わずか半年足らずで巨大な版図を持つようになった相手の力を侮るようなことはしなかった。


 いや、相手の脅威よりも問題なのは自国の現状である。


 クレス=ケンスルーナ連邦が分裂し、そのドサクサ紛れに領土を割譲することに成功したものの、これすら危うい賭けであった。長期戦になればおそらく戦線を維持することができなかったろう。実際のところ、いまの帝国には大規模な戦を行えるだけの余力がないのだ。


 長い歴史と優美な伝統に裏打ちされた格式高い大国グラウィオール。

 そんな謳い文句も、ウォーレンから見れば外面を取り繕った、体のいい虚飾にしか聞こえなかった。

 結局のところ、現在誇るべきものがないから過去をことさら賛美して悦に入っているだけではないか。


 現実には貴族達は民衆を搾取し、官民の間では賄賂が横行し、役人は職権を乱用して私服を肥やし、民衆は何の努力もせず全ての責任を国へ転嫁する。

 伝統は悪弊となり、腐敗と怠惰、詭弁と責任転嫁ばかりの俗物を生み出す苗床となってしまった。


 なんとしてもこれらを駆逐せねばならない。だが、アミティア王国の例を見るまでもなく、急激な社会体制の変革は反発を招く。時間が必要だ。この国を立て直すための。


 ――新しいもの好きの帝のことだ、いまのところ私のところで押さえているが、今回の件が耳に入れば後先考えず、真紅帝国インペリアル・クリムゾンとの自由貿易交渉に乗り出すだろう。


 だが、それを行えばイーオン聖王国とのバランスを崩すことになる。

 ならば帝の耳に入る前に、手を打つしかあるまい。


 クレス自由同盟国の特使は『不幸な事故』により、非公式会談前に亡くなる。本来ここに居ないはずの人物だ。真紅帝国インペリアル・クリムゾンとしても公式に糾弾することはできないだろう。

 無論、可能性としては個人の死を拡大解釈して、宣戦布告――ということもあるが、おそらくそれはないだろうとウォーレンは考える。


 真紅帝国インペリアル・クリムゾンは、これまでのところ自ら率先して戦を仕掛けたこともなく、あくまで受けてたつ姿勢を標榜している。また、彼の国の国主――いまでは単に『姫』『姫陛下』と言えば彼女のことを指す代名詞となっている――の伝え聞く人となりや、送られて来た書簡――貴族社会にありがちな言葉遊びを排した、飾り気の無い文体で的確に用件のみを伝え、なおかつ無味乾燥にならない細やかな心配りの感じられる、いっそ小気味良いとすら感じられるそれ――からも、自分に似た合理性や整合性を感じられる。


 ならば、こちらとしては遺憾の意を表すと共に、次回の領土交渉で多少はあちらの言い分に色をつけて返してやってもよい。おそらくその辺りが双方の落としどころとなるだろう。


 そして、クレスの転移装置は『何者かの襲撃』により、破壊される。

 それでよい。

 もともと存在しなかったものが、元の状態に戻るだけなのだから。


 ふと、気が付くとソファーに座っていた青年が消えていた。

 毎度の事ながら、一言の挨拶もなく、また気配もなく消えた彼の神出鬼没さに軽く眉をひそめて、ウォーレンはふと窓硝子の外を見上げた。


 曇天はいよいよ分厚く、まるで夜のように街を覆いつくし、遠くに雷鳴も聞こえ始めた。強くなってきた風に窓枠がガタガタと鳴り出した。雨が振り出すのも時間の問題だろう。


「――今日は、荒れるかも知れんな」


 ぽつりと呟いたウォーレンは、再び溜まっていた書類を決裁すべく、ペンに手を伸ばした。

ちびちび緋雪ちゃん人形が同席するのは、いただいたご意見からアイデアをいただきました(いや、いただいたご意見では№2の替玉人形だったようですが、私が幼女人形を抱くレヴァンを想像して替えましたw)。

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