第五話 自縄自縛
『自分は魔法使いとして半端な出来損ないだ』
そういって膝を抱えてうつむいたフィオレ。
そういやギルド内にもこんなタイプのメンバーがいたなぁ。
そのメンバーの場合は好んで生産職を選択してたんだけど、やっぱり生産職って戦闘では足手まといってイメージがあるみたいで、臨時パーティ募集とかに応募しても、けんもほろほろに断られて、中には悪し様に言われることもあったらしい。
けど実際のところは、生産職って意外と硬い(生命力を示すVITが高く)し、腕力だってある(同じくSTRも高い)ので、普通に戦う分には戦闘職と遜色はないと思うんだけどね。ただ、強力なスキルがないから殲滅力に欠けるって一点だけで、戦闘では不遇職に追いやられているけど。
「どうして生産職ってだけでこんなこと言われなきゃならないんだろう…」
と、よく落ち込んでたものなんだけど、本人は楽しい人だったし、ボク自身が非力・紙装甲剣士だったので、二人でよく数時間かけてダンジョン攻略とかやって、楽しかったものだけどねぇ(らぽっくさん一人なら20分で攻略できるダンジョンを2人で2時間半とかね)。
ボクとしてはいちいち他人と比較していてもしかたないと思うし、もっと自分を認めたほうが良いと思うんだけど、口で言っても多分納得はできないんだよねぇ、こういうのって。
そう言ってあげたいけど、そもそもボクと比較して落ち込んでるみたいなんだから、下手な慰めはかえって逆効果になりそうだし・・・。
そのあたりを察したのだろう。クロエが口を開いた。
「ねえ、お嬢ちゃん。あたしゃ魔法はからっきしだけど、あんた少なくとも水と火、それに攻撃魔術まで使えるんだろう?」
「……風と土をあわせた四大元素魔術と、古代語魔術も少しだけ使えます」
だからどうしたという口調で、膝に顔をうずめたままフィオレがぼそぼそと答える。
ひゅう、とクロエが軽く口笛を吹いた。
「その若さでたいしたもんだ。あたしが知ってる魔術師なんざ、1種類か2種類の魔法しか使えなかったのにねえ」
「……でも使えるだけです、実戦では役に立ちません。強力な1種類の魔術が使えるほうがよほど優れています」
「そうかねえ。――ねえ、姫さん。あんた使える魔術は何種類だい?」
「神聖魔術1種類だけだよ」
「――だってさ。それだけの種類の魔法を覚えたんだ、たいした努力と才能じゃないか。もっと自分の努力を誇るべきじゃないかい?」
「実戦でこそ魔術師は認められます。……誰にも認められない才能なんて無意味です」
「それでも、認められたいから努力したんだろう、お嬢ちゃん?」
「………」
図星なんだろう。黙り込むフィオレ。
「魔術だって使い方次第だと思うけどねえ。――武術だって地味で愚直な努力の積み重ねでしか強くはなれないんだし。あたしに言わせれば才能だの限界だの言うのは、死ぬ間際にやるだけやって、それでもダメだった時に言うべき言葉だと思うだけどね」
そう言ってこれで話はお終いだとばかりに立ち上がるクロエ。
一方、ボクは話の間ずっと空気だったジョーイを肘でつついた。
「――な、なんだ?!」なぜ顔を赤らめる?
……いや、なんだじゃなくてお仲間としてフォローすべきところだろう? と小声で囁くと、ジョーイは難しい顔で腕組みした。
「いや、なんか話してる内容がよくわからないんだけど」
相変わらず脳ミソがトコロテンだねぇ。
「俺は魔法なんて使えないからな。フィオレは凄くて、大助かりだから、なんで悩んでるのかわかんねー」
あっけらかんとした物言いに、クロエが吹き出し、フィオレも顔を上げて唖然とした顔をした。
何を言われたのかいまだに理解できない、そんな表情だった。
さんざん悩んで、励まされて、それでも納得できないでいたのに、こんな馬鹿馬鹿しいくらい真っ正直に「凄い」「大助かりだ」と手放しで賞賛されて、にわかには信じられないのかも知れない。
けれど。だからこそ、ボクは苦笑して言った。
「――ほら、ね。努力にはちゃんと成果がついてきてるだろう?」
「………」
フィオレは泣き笑いのような――だけど嬉しそうな笑みを浮かべて、こっくりと頷いた。
◆◇◆◇
一時の休憩を終えて、持ち直したフィオレともども9階へ降りた。
で、この9階だけど、床や小部屋が砂に覆われていた、これまでの階層から一転して、石造りの重厚な造りの迷路へと変貌したので、後衛のボクとフィオレとでマッピングしながら慎重に進むことにした。
ちなみにボクのスキル『地図作成』は、通常のダンジョンなら自動で頭の中に歩いたところの地図が描かれるけど、こういう迷路型のダンジョンだとリミッターがかかる仕様になっていて、それはこの世界に来ても健在だった。……まったく変なところで使えないものだねぇ。
さらにクロエ曰く、踏み床とか、落とし穴とか、回転扉とか罠も満載ということで、ここは経験豊富なクロエに先導をお願いして、その後ろにジョーイがついて歩いて罠の見分け方とか解除方法とかを実演で学んでもらうことにして、その後ろにボクとフィオレが横に並んで歩く形になった。
んで、途中にでてくる石造りのゴーレムはクロエが如意棒で粉砕。
砂で出来たサンド・ゴーレムは、ジョーイも手伝って、ザクザク削って本体の核を探して、これを破壊するという形で倒す――こんな感じで、意外なほど順調に進むことができた。
それと、ここで役に立ったのがフィオレの魔法で、ゴーレムは土系統の魔法で一瞬でも足止め。
サンド・ゴーレムはもっと単純に、水の塊をぶつけて粘性を高めることで、本来であれば物理攻撃が効きにくい体を破壊するのに非常に有効だった。
やっぱり使い方だね。
フィオレもここでの経験でずいぶんと自信を取り戻したみたいだし。
ところが、ここらへんが罠だったみたいで、1時間くらい経過したところで、石の壁や床がガコンガコンと轟音を立てて、まるで積み木を並べ替えるようにして変形をして、気が付いたら入り口のところ。
そして迷路もさっきと全然違う形へと変貌していた。
「……つまり、時間制限つきってことね」
どうりでMAPが白紙になってたわけだわ。
取りあえず相談のうえ、ここのダンジョンはタイムアタックを優先することにして、途中の罠やモンスターはひたすら無視して、出口を探すことにした。
「この中で一番速度と反射神経が良いのは私だと思うので、私が先頭に立つから遅れないでね」
まあ本気で走ったら一瞬で全員を置いてけぼりにしちゃうので、充分に手加減はするけどさ。
そんな感じで、右手の壁に沿う感じで進むことにして、分岐とかで迷いながらも、どうにかトータルで約2時間ほどで9階を突破することに成功した。
◆◇◆◇
そしてボス部屋の10階。
ここは上の階に比べてずいぶんと小さな(と言っても300メートル四方くらいはあるのでかなりの大きさだけど)フロアで、なおかつ全体が一部屋になっていた。
古代エジプトの神殿みたいな柱が立ち並ぶ先、巨大な台座の上にそれに見合った大きさのスフィンクス――ライオンの身体に人間の女性の顔、鷲の翼を持つ怪物――が寝そべっていた。
その台座の向こうに通路が見えるので、おそらくその先に転移魔法陣があるのだろう。
スフィンクスはボクらに気が付くと、気だるそうに顔を上げた。
「ほう、また侵入者か。まったく、最近は眠るヒマもないな」
意外と穏やかな口調で一人ごちつつ、彼女(?)は続けた。
「では、招かざる侵入者たちよ。汝らに問おう。この質問に答えられれば、我の後ろを通って早々と戻るがよい。ただし、答えを間違えれば我の食餌となってもらう」
おや、このパターンってアレ……かな?
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か?」
思わず顔を見合わせるボクたち。
『……これって、アレだよねぇ』
『……アレだね』
『……有名なアレですね』
なるほどねぇ、ボスが『スフィンクス』ってわかっていれば、戦闘を回避して先に進めるってわけか。
道理で情報が少ないわけだわ。10階にまで来られれば、ほぼ問題なく転移魔法陣を使えるわけだからね。
取りあえず転移魔法陣さえ使えればいいので、無駄な戦闘は回避することでお互いにアイコンタクトで同意し、頷き合うボクら。
そのまま、なんとなく目で促されたので、代表をしてボクが答えることにした。
「答えは、にん「お化け?」」
「「「「………」」」」
一瞬早く、首を捻りながら馬鹿な答えをしたジョーイに、スフィンクスも含めたこの場にいる全員の、信じられないものを見るような視線が集中した。
「――間違えたな人間! 汝らは全員、我のエサだ!!」
一転して、怒りの形相も猛々しく立ち上がったスフィンクスが翼を広げ、四肢に力を込めて襲いかかる体勢をとった。
「あれ? 間違えたか…」
ポリポリと頭を掻くジョーイに向かって、
「し……師匠の、馬鹿ーっ!!」
フィオレの本気罵倒の声がフロアに響き渡り――それを合図にスフィンクスが咆哮をあげ、台座のを蹴って上から飛び掛ってきたのだった。
答えは「人間」ということで。
ちなみに答えられない場合は、その場から引き返すことも可能です。