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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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第二十話 月雲花風

今回で獣王編は終了です。

長々とお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。

 矢のように一直線にレヴァンがアケロンに襲いかかる。


 受けてたつ、という不遜な顔で腰を落としたアケロンがその攻撃に備える。一つの大きな音のように聞こえるほどの連続して繰り出されるレヴァンの突きと蹴りを、両腕と脛とで受けるアケロンだが、さすがにその威力を相殺できずに、数メートル後方へと押しやられた。


 ――勝機!


 守勢に回るアケロンに対し、さらに追撃を行おうとしたレヴァンだが、ここまでの攻撃は無呼吸であったため、いったん息を整える。だが、その隙を見逃すアケロンではなかった。


 一瞬、動きを止めたレヴァンに対して、自ら距離を縮め左右の拳から渾身の右ストレートを放つ。

 間一髪、身を翻したレヴァンの顔の脇をアケロンの拳が通り過ぎ、拳圧で肌がちりちりと焼けた。


 ――さすがは『豪腕』。


 そのまま半歩踏み込みながら、レヴァンは宙に舞った。跳びながら回転を加えて右の踵を相手に叩きつける大技――旋風脚がアケロンの顔面を捉える。


 ガキン!


 肉体ではなく鋼鉄同士をぶつけたような音がして、二人は弾かれたように離れた。

 すぐに両手をあげて構えの姿勢をとったアケロンに対して、レヴァンは脇腹を押さえていた。


 旋風脚を直前に十字交差させた腕で防がれた上に、おつりに膝をもらっていたのだ。


 ――油断もすきもない。まさに野生の虎だな。


 アケロンから放射される熱気に呼応するように、レヴァンの体内にも燃え立つ興奮が生まれて全身の血が沸騰するような感覚が駆け巡った。

 目の前の男は強い。ことによれば自分よりも遥かに強いかもしれない。


 だったらその強さを全て引き出して、その上で倒したい。


 その衝動のまま、体を突き動かす。




 ◆◇◆◇




 聖地の石舞台の上では、2人の男たちが互いのもつ力と技、そして信念をかけて一歩も譲らない闘いを繰り広げていた。


 どちらか一方が攻勢もしくは守勢に回ることなく、互いに攻守を入れ替えながら、まるで踊りでも踊るように石舞台の上を駆け巡っている。


 時折放たれる気合の叫びにあわせて、殴り、蹴り、投げにより叩きつけられる激しい格闘の音が周囲に反響して、ぴんと張り詰めた空気を震わせていた。


 石舞台の周囲に立つ獣人族たちは、目を瞠り、耳をそばだて、(しわぶき)一つなく、一様に胸の詰まるような思いで、どのような決着がつくのかわからない激闘を見守っていた。


「……レヴァン義兄(にい)様。…勝ちます、よね……?」

 隣に居るボクに質問する、というよりも自分に言い聞かせるような口調で、アスミナが小さく呟いた。

 レヴァンの身を案じているのだろう、これまでにないほど青ざめた目で義兄(あに)の姿を追っていた。


「……スピードと技はレヴァンの方が上、パワーと経験はあちらの方が上という感じだね」


 取りあえず客観的な感想を口に出したところ、アスミナはすがるような目で重ねて訊いてきた。


「それは…引き分けになると言うことですか?」


「いや――」

 躊躇うボクの胸の中で、空穂(うつほ)があっさりと結論を述べた。

『小僧の負けですのぅ』


 ボクの沈黙の意味には気が付いているのだろうけど、アスミナは辛抱強く続きを待っている。

 強い娘だね。

 だからボクも、素直に続きを口に出すことにした。


「…あと5年、いや、3年あれば確実に勝てたろうけど、いまのままなら、時間の経過とともに体力と経験の差で圧倒される。――もっとも、それは戦ってる二人とも理解しているだろうし、それを理解した上でレヴァンは恐らく体力のあるうちに起死回生の技を放つだろうから、それに対して相手がどういう返しをするのかで、ほぼ勝負は決まるだろうね」


 その言葉が終わらないうちに、石舞台での勝負に大きな進展が起こった。




 ◆◇◆◇




「はっ」

 アケロンの鋭い気合が響き、一気に距離が縮まった。そのまま左右同時の二段突きが迫る。腰の入った、全身の運動エネルギーが凝縮された連撃である。


 その突きをレヴァンが掌底で払い除けた瞬間、

「ふん」

 アケロンの神速の蹴りが繰り出された。だが、これを間一髪、体を横に反転させたレヴァンが躱す。その体勢が崩れかけた上体に向け、

「しゃっ!」

 有無を言わせず、右拳による速攻が襲い掛かる。


 レヴァンは両手首を重ねた十字受けでこれを受け止めると同時に、アケロンの右手首を極めると同時に、そのまま右手を巻き込むような形で回転の勢いをつけ投げを行った。

 その瞬間、レヴァンの体が弾かれたように真横に吹っ飛び倒れ、中途半端な投げを食らったアケロンも転がる。


 怪我一つない様子で軽く立ち上がるアケロン。

 対して、倒れたままのレヴァンの口から苦悶の声と、鮮血がこぼれた。


 苦しげに見上げるレヴァンに対して、アケロンが口を開いた。

「寸打と言ってな。密着しての間合いからの内部へ浸透する攻撃――お前も使うらしいが、俺にも似たような技がある。密着した間合いだろうが、ゼロ距離だろうが問題にならん」


 とは言え、予選を含めていままでその技を見せたことはない。この決勝戦を見越して温存しておいたというわけで、レヴァンは見事に裏をかかれたことになる。


 どうにか呼吸を整えて、立ち上がったレヴァンだが、その足取りはお世辞にも軽快とは言えなかった。

 無防備な状態で寸打を受けたせいで、内臓にもダメージを受けたせいである。


「そして次の一撃で決める。……いま負けを認めるなら死なずに済むが?」


「………」

 無言で構えをとるレヴァンの目に不退転の決意を読み取って、アケロンはこれ以上の言葉は無用、いや戦士の誇りを汚すものと判断して、構えをとった。


「行くぞ」




 ◆◇◆◇




 この時、石舞台の脇でもちょっとした騒ぎが起こっていた。

 アスミナがレヴァンの前に飛び出そうとしているのに気が付いて、緋雪が慌てて羽交い絞めにして引き止める。


「ちょっ! いま試合場へ入ったら反則だよ!」


「離してっ! このままじゃ、レヴァン義兄(にい)様が死んじゃう!」


 体格では遥かに小柄で細身ながら、全ステータスで圧倒的な緋雪を振り払えるわけもなく、駄々っ子のように暴れて泣き叫ぶアスミナ。


「勝負の途中だよ! まだレヴァンはやる気なのに、君が信じてやらないでどうするの! いま邪魔をするのは、レヴァンに対する裏切りだよ?!」


「裏切りでも、負けてもいい! 義兄(にい)さんさえ生きてれば!!」




 ◆◇◆◇




 その声はレヴァンにも聞こえていた。

 ふと、迫り来る圧倒的な死の足音を前に萎縮しかけていた自身の心が、不意に軽くなる。


 ――そういえば、ちょっと前にもこんなことがあったな。


 義妹(いもうと)の叫びと、それを宥める緋雪の声に、先日、師である獣王の立会いの元行われた試合を思い出した。


 ――まったく。オレも成長がない。


 そう思うとこんな時だというのに笑いが漏れそうになる。まるで霧が晴れたかのように心が澄み渡っていた。

 その穏やかな表情に、アケロンは一瞬怪訝な顔で眉を寄せ、だが集中を切らすことなくレヴァンの間合いに入ると同時に、


「はあっ!」


 全身の剄を凝縮させ、右手の掌を突き出した。


 内臓に深刻なダメージを負っているレヴァンにはこれを躱せるはずもなく、また仮に躱されたとしてもすぐさま、次の攻撃へと繋げられる自信があった。

 だが、アケロンの掌がレヴァンの胸に触れた瞬間、それは起こった。


 まるで空気でも押したかのような柔らかな手応えとともに、アケロンの攻撃が空を切った。

 レヴァンは反時計回りに反転したのだが、風に飛ぶ羽毛のように、アケロンに押されて回りましたと言わんばかりの自然な動きであった。

 そこから当たり前のように中段突きが伸びてくる。

 最も基本にして、師に最初に教えられた技。そこには迷いも無駄もなかった。あの日、緋雪に放ったあの時と同じように。


 とん、と軽く叩いたかのように決まった突きであったが、その場所から爆発したような膨大な衝撃波が発生し、さらに自らの渾身の技がカウンターとなり加算され、アケロンは成すすべなく数十メートル吹き飛ばされ、石舞台の上から落ちた。


 必死に起き上がろうとするアケロンだが、いまの衝撃で体中の骨がいかれたのは明白である。内臓にも折れた骨が刺さっているかも知れない。

 そんなアケロンに向かって、レヴァンが頭を下げた。


「ご指南ありがとうございました、族長アケロン。あなたのお陰で大切なモノを改めてこの身に刻み付けることができました」


 その言葉に、一瞬目を丸くしたアケロンは、続いて愉快そうに噴き出した。

「勝って礼を言うか。たいしたものだ。俺なんざ勝っても有頂天になるばかりだが。……まったく、おれの負けだ」


 会場全体にまで響くその声に、次の瞬間、はち切れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。


義兄(にい)さん!!」

 感極まったアスミナが涙を流してレヴァンに駆け寄る。


 石舞台の下では、完全に拘束していた筈が、力任せに振りほどかれた緋雪が、「え?! どうやって??」とあり得ない事態に唖然としていた。




 ◆◇◆◇




 こうして正式に『獣王の後継者』と認められたレヴァンは、大会終了後、各部族の族長を集めてクレス王国の連邦からの脱退と、真紅帝国インペリアル・クリムゾンとの正式な同盟の樹立を訴えた。


 そうした中、クレス王国に謀反の疑いありとのことで、連邦政府(というかケンスルーナ国を中心とした関係国)から、鎮圧の名目で軍事派遣がされるに至り、獣人族の不満が爆発し、クレス王国派とケンスルーナ国派とでほぼ国内が二分される事態となった。


 当初、個々の戦闘力はともかく国単位で戦うには不利と見られていたクレス王国側だが、旗印である獅子族の若き族長レヴァンの下、虎人族を始めとする有力な部族の戦士が終結し、また補給等の間接支援及び民間人の保護を真紅帝国インペリアル・クリムゾンが担ったことにより、人員、物量において圧倒するケンスルーナ国と互角以上の戦いを行い、戦線は一時硬直するかに見えた。


 だが、この機を逃さずイーオン聖王国の後押しを受けたグラウィオール帝国がケンスルーナ国に侵攻を開始。


 多方面での戦局の勃発に対応しきれず、辛うじて支えられていたクレス王国との戦線も押し返される形となり、中立を守っていた連邦内の各国もクレス王国側に寝返るなどし、最終的にケンスルーナ国及びユース大公国等数カ国が帝国に割譲され、これによりクレス=ケンスルーナ連邦は事実上崩壊することとなり、連邦主席バルデムは帝国内に永久蟄居(ちっきょ)となる。


 このままあわや帝国と、連邦の残党たるクレス王国(改めクレス自由同盟国)との間で全面戦争の火蓋が切って落とされるかと思われたが、クレス自由同盟国と真紅帝国インペリアル・クリムゾンとの間で正式な帰属に関する条約が締結され、先のアミティア同様にクレスがその属国と化したことで、戦争の長期化・拡大化を懸念したグラウィオール側から和解案が勧告され、これに従い双方ともに矛を収める形となった。




 以上、一連の流れはわずか1ヶ月半ほどで終結し、これにより大陸三大強国の1位の座からクレス=ケンスルーナ連邦が消え、№2であったグラウィオール帝国が持ち上がり、代わって(国土面積から)真紅帝国インペリアル・クリムゾンがその座に収まる、2大帝国+イーオン聖王国という図式へと変貌するようになった。


 ちなみに属国であるアミティア共和国のコラード国王から、現在の国際情勢を聞かされた真紅帝国インペリアル・クリムゾン国主の緋雪は、


「――早まった。なんでこうなったんだろう……?」


 と、頭を抱えたとも言われるが、真相は定かではない。

次章は、若干国内に目を向ける(と言っても基本他人任せですが)のと、グラウィオール帝国と関わる形になる予定です(全面戦争には発展しません)。

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