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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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第十九話 獅子対虎

決勝戦となります。

 クレス王国の聖地『聖獣の丘』はその部分以外が、スッパリとナイフで削り取られたかのような垂直の崖で隔離された台地だった。


 形としては元の世界にあったテーブルマウンテンに近いかな? あれをもっと容赦なく――ぶっちゃけ、テーブルの上のホールケーキみたいに――切り取った感じで、台地の上は周囲の荒野とは打って変わって、緑が生い茂る自然豊かなジャングルみたいになっている。


 なんか見た目、デコレーションケーキみたいな場所だね。あと、関係ないけど、死ぬ前にいっぺんホールケーキ丸ごと食べたかったなぁ、10号くらいあるやつ。


 で、その中心部付近に白くて真っ平らの100m四方ばかりの岩があり、ここで神事とか奉納の舞とか、闘いとかが行われるそうで、今回の『獣王決定戦』の舞台ともなっていた。


 ちなみに、本来なら昨日はレヴァンVSキリルの予選最終戦の予定だったんだけど、(あの後、助け出した本物の)キリルが試合前に不戦敗を宣言して、あっさりとレヴァンの決勝進出が決まった。


「……なんかやりました?」

 と、レヴァンにすごーく不審そうに見られたけど、勿論ボクはなーんにもやってない…というか、助けたくらいなので、力一杯否定しておいたけどね。


「大丈夫、後ろ暗いことはなにもしてないから!」

 と、サムズアップ。


「ちなみに、後ろ暗くないことは、何かしたんでしょうか?」

 と聞いてきたのはアスミナ。


「えーと……」

 なんて言って誤魔化そうかな。


 大会で不正をやろうとしていたプレーヤーがいて、その陰謀を暴こうとしたら、なんか昔の知り合いらしくて、一方的にストーカーばりの恨みをぶつけられて、襲ってきたので逆にボコボコにしたら自爆して、結果的にそれの引き金になったのが昔のギルドのメンバーで、いまはなんか敵対勢力の一員となっていたみたいで捕まえる前に逃げられたんだ。――これを簡潔に言えば。


「顔も覚えていないような知り合いに襲われて、危なかったんだけどなんとか切り抜けて、そこでばったり昔、とても親しくしていた男に会って、詳しい話をしようとしたら逃げられた」


 あれ? なんか違うような気もするね。と言うか、アスミナの目が爛々と輝いてるんですけど?


「さ、三角関係のもつれですね! さすがはヒユキ様です。そのあたりもっと詳しくお話しましょう!」


 うん、これは完全に入力すべきコマンドを間違えたね。


 その後、やいのやいのと大きな…というか壮大なお世話のお節介を焼こうとする――まあ、恋する少女の同類を作りたいんだろうけど、この娘の場合は半分病気なので一緒にされたくはないなぁ――アスミナを適当にいなして、虚空紅玉城に戻ったところ、なぜか影郎さんが敵に回った情報が知れ渡っていて(いや、あの現場にいたのはボクと影郎さんと空穂しか居なかったんだから、消去法で犯人はわかってるけどさ!)、全員が腫れ物でも触るような感じで接して来るんだよね。


 いやいや、お嬢様と奉公人の秘められた恋とか、影郎さんが妄想した設定だからね!

 全然、そーいう関係はなかったんだからね!


 と、口を酸っぱくして言ってみても、『わかってますわかってます、姫のつらい気持ちは』と全然わかってない、優しい笑顔の返事が返って来るし。


 いや、ボクも普通にMMORPGをプレイするなら『なりきる』こと自体はとても正しい態度だとは思うよ。

 だけど、それを現実に持ってくるというのは……ああ、でも、彼らにとってはそれが『現実』なわけだったんだし、ややこしいというか、変なところで現実化の弊害がでてるというか。


 う~~む……ある意味、らぽっくさん以上の難敵になったかも知れないね、影郎さんは。




 ◆◇◆◇




 そんなわけで、本日はいよいよ獣王を決定する決勝戦。

 予選会場『魔狼の餌場』からは、獅子族の次期族長にして、現獣王の弟子であるレヴァンが。

 もう一方の『地竜の寝床』からは、下馬評通りの強さでもって、虎人族族長である『豪腕』アケロンが勝ち上がってきた。


 神聖な戦いということで、アスミナをはじめ何十人かの各部族から選ばれた巫女が聖獣に捧げる舞を踊り、その幻想的な踊りに観客も釘付けになっていたところで、


『――おや、姫様。いま上空で待機していた蔵肆(くらし)が、小腹が減ったと申して生きの良さげな獲物を捕らえたようですが、喰ろうても構いませぬか、と尋ねてまいりました』


 従魔合身中の空穂が、かなり投げ遣りな口調で口を開いた。


『それが……?』

 お弁当はないんだから、別に現地調達でパクパク食べればいいと思うけど……って。


『――まさか人間じゃないよね?』


『それこそ、まさかでうのぅ』

 即座に否定の言葉が返ってきて、ほっと一安心した。


『なら別に好きにすれば?』


『あい。どうやらこの地の主の聖獣らしいですが、餌は餌ですからのぅ』

 付け加えられたその意味を理解したボクは、周囲が石舞台に注目している中、慌てて頭上を仰ぎ見た。


 吸血姫(ボク)の視力でどうにか見えた遥か先で、全長10メートルを超える翼を持った虎――七禍星獣(しちかせいじゅう)の蔵肆が、角の先端までなら5メートルはあるような青い光に包まれた牡鹿を口に咥えて、ゴキゲンな様子で空中に立っているのが見えた。


『わわわわわっ! まずいよ。いくらなんでも聖獣を食べちゃ! リリースリリース! ポイして、ポイ!』


 嫌そうな顔をする蔵肆。


『足の一本くらいなら、どうかと尋ねておりますが?』


『……んーっ、どうなんだろう。聖獣なんだしまた生えてくるかな? ちょっと確認してみて』


 すると聖獣が思いっきり首を横に振った。嫌みたいだねぇ。


『嫌がっておるようですな。――これ、この地の主よ。我らが姫様に忠誠を誓うのであれば、このまま放しても良いぞ』


 空穂の提案(というか脅迫だね)に、ブンブンと首を縦に振る聖獣。


『――そういうことである。蔵肆よ、そ奴もただ今より姫様の臣、食餌とすることはまかりならん。放してたもれ』


 そう言われて、しぶしぶ聖獣を元の場所へ戻す蔵肆。


 危ない危ない、オヤツ感覚で聖地の要がうちの蔵肆()の胃袋に収まるところだったよ。

 バレたらえらい事になってたなぁ、と密かに胸をなで下ろしたところで、いつの間にか巫女舞も終わっていたらしく、アスミナが獣人族の巫女の格好と化粧のまま戻ってきた。


「どうでした、ヒユキ様。わたしたちの踊りは?!」


「…き、綺麗だったよ、とても」

 密かにドタバタしていて、途中から見てないけどさ。


「ありがとうございます! 聖獣様にも喜んでご覧いただけたら幸いなんですけど」


「ソ、ソーダネ」

 聖獣はその時、死ぬか生きるかで、それどころじゃありませんでした。とは言えないよねぇ。あとドサクサ紛れにボクの子分になったとか。


 つくり笑顔のまま、背中に冷や汗を流し、ボクは頷いた。




 ◆◇◆◇




 長い式典が終わり、いよいよ決勝戦が始まろうとしていた。


 レヴァンは自分の前に立つ長身の男、虎人族族長である『豪腕』アケロンを見やった。

 男に対してこういうのは語弊があるが、実に『(はな)』のある人物だ。

 無駄のない筋肉に手首、足首、心臓、肩、腰を守る必要最低限の防具をつけただけで仁王立ちしている、その姿には気負いはないが、黙って立っているだけでも凄まじい威圧感を放っている。


 年の頃は25歳前後というところか、金髪の非常に男臭い顔立ちには常に不敵な笑みが浮かんでいる。難点を挙げるなら、その目の光が非常に剣呑で、そこに魅力を感じるものと、危険さを感じるものとに分かれるということだろう。


 審判役の注意事項が終わったところで、不意にアケロンが話しかけてきた。


「聞くところによると老師は、真紅帝国インペリアル・クリムゾンの後ろ盾…いや、属国になることでクレス王国の連邦からの脱退を計画されているとか」

 この場合の『老師』は現獣王を指す。


「ああ。その通りだ。正直、ケンスルーナと共同歩調をとる意味はないからな。――虎人族は反対かな?」


「半分はな。過度の干渉を行う連邦からの脱退は妥当だろう。だが、その代わりに真紅帝国インペリアル・クリムゾンの走狗と成り下がるというのはいただけん」

 断固とした口調で首を横に振るアケロン。


 その言葉に固唾を呑んで石舞台の上を注目していた観客がざわめき、ちらちらと様子を窺う視線が、貴賓席(さすがに聖地ということで、別棟の天幕が張られてた)の豪奢な椅子に座る、真紅帝国インペリアル・クリムゾン国主に向けられるが、当人は表情一つ変えずに(なにしろ替玉の人形なので)泰然と座っているだけであった。


真紅帝国インペリアル・クリムゾンの国主は、直接統治には一切の興味は持たないと確約しているが? 事実、アミティアは共和国となって発展している」

 ちらりと自分の妹がいる方向、その隣に居る頭からフードを被った小柄な人物に視線を送り、レヴァンは答えた。


 その視線に気付いたのだろう。「ん?」という顔で小首を傾げる緋雪の無邪気な姿に、知らず微笑が浮かんでいた。


「連邦を創設した当初の力なき時代ならば、その選択肢もあったろうが、もはや他者の保護は必要なかろう。自力で自由を勝ち取り、真実獣人族による、獣人族のための国を築き上げる番ではないのか?」


 アケロンの言葉には自分の部族のみならず、獣人族全体を思いやる感情が込められていて、知らず頷きそうになるが、レヴァンの中にはそれを容認できない感情があった。


「駄目だ。戦う者の後ろには弱い者もいる、彼ら彼女らへも戦えというのか? 弱い者を切り捨てる考え方ではすぐに行き詰る。そうした者たちを守る後ろ盾は必要なんだ。それに世界には獣人族以外の様々な人たちがいる、お前の考え方は獣人族を差別する聖教の鏡写しにしか思えない」


 髪と同じ金色の瞳でじっとレヴァンを見つめ、その言葉を吟味していたアケロンだが、残念そうに首を振った。

「お互いに自分の正しさは譲れないか。獅子族のレヴァンよ。決着をつけよう」


「ああ、受けてたとう。虎人族族長アケロン」


 開始の合図を待たずに、左右に跳躍して分かれた二人が、互いに低く構えを取って睨み合う。

 その途端、清涼な空気に包まれていた聖地の空気が、熱気と重苦しい緊張感に満ちたものへと変貌を遂げた。


 遅ればせながら、審判役が開始の合図をし、同時に二人が仕掛けた。


 互いにその姿がブレたかと思うほどの踏み込みから、一気にトップスピードに乗ったアケロンの蹴りがレヴァンの顔面を捉える。それを片手でガードしつつ、レヴァンはもう片手でカウンターの突きを放った。


 腹部に真っ直ぐな拳の一撃を受けた大柄な男の体が、後方へはね跳んだ――かに見えたが、アケロンは両手を床につけて回転する。

 滑らかな動作で立ち上がったアケロンにはダメージの様子はなかった。


「なかなかやるな」

 心底嬉しそうな口調で言って、コキッ、コキッと左右の肩の関節を鳴らすアケロン。

 レヴァンは卒然と理解した、この男は自分の打撃力を理解するためにわざと受けたのだと。


 ざわり、と背中に戦慄が走ると共に、心臓の鼓動が大きく鳴った。アケロンの強さが、レヴァンの中に眠る何かを呼び覚ました。


 その変化を感じ取ったのだろう、アケロンの笑みが太くなった。

「さて、挨拶は終わりだ。続きを始めようか」


 そう言って構えを取るアケロンと同じような笑みを浮かべたレヴァンが、構えを取って再び対峙した。


 決勝戦は始まったばかりである。

多分次で獣王編は終了の予定です(多少伸びる可能性もありますが(≡ε≡;A)…)。

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