第十七話 歳月不待
今回はモンスター戦です。
向かい来る敵の飛行モンスター群と、地面を蠢く数キロにも渡る巨大な百足に似た移動要塞の威容を前に、斑鳩はその巨大な単眼を笑いの形に歪めた。
「うむ。これこそ戦いだ。せいぜい楽しませてもらおう」
それから凛とした声で名乗りを上げる。
「聞け、名もなき雑兵どもよ! 我が名は斑鳩、天上に魔光あまねく真紅帝国の円卓魔将にして、十三魔将軍を束ねる者なり! いと尊くも美しき我が唯一なる主、緋雪様の勅命により、汝ら逆賊を征伐するためにここに参った!! その威光を恐れぬというならかかって参れ!」
刹那、斑鳩の全身から放たれた虹色の光線――赤外線、紫外線、可視光線、X線、高周波、電磁波、自由電子など、ありとあらゆる波長のレーザー――が、迫り来る敵モンスターを薙ぎ払う。
半分がそれで消滅したが、残り半分がそれを耐えて、逆に斑鳩に反撃してきた。
「ふむふむ。さすがに人間どもよりは歯ごたえがあるか」
正直、一撃一撃はさほど威力のある攻撃ではないが、なにしろこちらは全長70メートル以上と的がでかいので、まとめて攻撃を受けるとダメージも大きい。
バリアーでこれを遮断し、さらに重力線で叩き落とす。
第一群の敵があらかた消えたのと入れ替わりに、第二郡とそしてついに移動要塞『百足』が動いた。鎌首をもたげて、一気に斑鳩へと迫り来る。
巨大な斑鳩も、この要塞の前では巨木の前のボールも同じであるが、特に慌てた様子もなく、その場に留まる。
「できればもう少し遊びたかったが。でかいのが来たしな。――さらばだ」
刹那、斑鳩の触手の先端に闇が生まれ、それが周囲の光や空間、重力さえも歪め始めた。
「次元断層斬」
次の瞬間、凝縮した闇が時空連続体すら破壊する爆発となり、辺り一体を綺麗さっぱり消滅させた。
挑んできた敵第二郡はもとより、有効範囲内にあった百足の前面もスッパリと削ぎ落とされたが、ブロック構造になっている移動要塞は、ダメージを受けた箇所を切り離して、やや寸詰まりになりながらも、再び鎌首をもたげ、ただし次元断層斬を警戒してか、やや距離を置いて砲撃や、ビーム、溶解液などによる遠距離攻撃にシフトしてきた。
「なかなかタフだな。とはいえ、そんな腰の抜けた攻撃では、私にダメージを与えることなど――むっ?!」
その瞬間、四方から迫ってきた光の渦が、斑鳩を飲み込もうとした。
咄嗟にバリアーと重力線である程度相殺したが、思いがけない(とは言えHPの1割弱が削られただけだが)ダメージに、斑鳩の目が真剣みを帯びて、周囲を素早く警戒した。
その目が、自分の周りを取り囲むようにして五角形を描いている、自分自身に良く似た――というか、種類的には同じヨグ=ソトースなのだろう。ただし、こちらは大きさが20メートルほどと、通常版の従魔としてのサイズとレベルしかない、ダウングレード版である――敵を捕らえて、不機嫌そうに目が細まった。
「・・・同類か。理念もなく、道具として使われる哀れな者たちよ。すぐさまその労苦より解き放ってくれよう。……いや、綺麗事だな。貴様らを見ていると歪な鏡で映された自身を見ているようで、我慢がならんのだ。なによりも我が名は『斑鳩』。姫様より賜りしこの名にかけて、我は唯一無二であればよい。――消えろ、粗悪品ども!」
再度、次元断層斬の光が瞬き、周囲のヨグ=ソトースを飲み込むが、最も近くに居た1匹が消滅した他は、同じ次元断層斬である程度相殺することに成功したのだろう、残り4匹がフラフラになりながらも健在であった。
「ふーむ、久方ぶりの戦いで勘が狂ったか。まさか一撃で倒せなかったとはな。とはいえ、もう一発――」
その時、天空より飛来した4つの流星が敵ヨグ=ソトースの単眼に激突する、その直前に花が開くように四方へと散開――だが、勢いはそのままに投擲されたオリハルコン製の聖槍が、敵ヨグ=ソトースの体のど真ん中を貫通して、たっぷりと運動エネルギーを開放した。
四散する同類の姿と、すぐさま別の聖槍を用意して、残りの敵に向かって行く4人の天使の姿に苦笑する斑鳩。
「『椿』、『榎』、『楸』、『柊』の四季姉妹か。彼女らの手腕に賞賛を贈るべきか、はたまた同類どもの不甲斐なさを嘆くべきか」
本来であれば、彼女たちは権天使。階級的にはさほど高い能力をもった種族ではないのに比べ、ヨグ=ソトースは強さ的には最上位に位置する。絶対的な戦力差があるはずなのだが、あっさりひっくり返してみせた。
「これが『名』と『志』あるものと、ないものとの差である。我らは幸せ者だな。あのような暗君ではなく、姫様の元にいられるのだから」
と、しみじみ呟くうちにもう1匹のヨグ=ソトースも四季姉妹の波状攻撃によって、空中にいられなくなり大地へと降り立った。
その瞬間、残像すら残さない神速で踊りかかって行った壱岐が、その巨体を真っ二つに叩き割る。
「うおおおっ! 俺は緋雪様の第一の臣下、壱岐だ! 最も最初に姫様から賜りしその名において、貴様ら下郎は、一歩たりとも姫様に近づくことは許さん。全員、俺が叩き切ってやる!」
叫びつつ、全身の刃の長さを更に伸ばして、敵の軍勢の中に単騎で飛び込んでいく。
慌てて攻撃しようとする敵モンスター群だが、混戦の中その速度に追いつけずに、また目の前に来た瞬間には細切れとなるほどの早業に、半ば同士討ちのような状況になってきた。
さらにそこへ、召喚したオーク兵100名ほどを引き連れて、凱陣が雪崩れ込んでいく。
「おらおらっ! 俺の名は凱陣っ。畏れ多くも姫様よりその名を受けた、ラーメン屋『豚骨大王』店主でぇ! てめーら、ヒョーロク玉なんざ出汁にもならねえ、全員生ゴミにしてやるぜ!」
オーク兵と敵の生き残りとでさらに混戦がひどくなり、ふと気が付くと4メートルを越える凱陣より頭一つ大きい、ゴーレムが目の前に居て殴りかかってきた。
一発、顔にクリーンヒットをもらった凱陣だが、
「……なんでぇ、このヘナチョコは」
効いた風もなく、両手の骨をぽきぽき鳴らすと、腰を落としてそのゴーレム目掛けて右ストレートを放った。
咄嗟に両手を上げて防御するゴーレムだが、その腕ごと一発でゴーレムをバラバラにする凱陣。
「手前らの拳には根性がねえんだよ、根性がっ!」
それから、じろりと周りを取り囲むモンスターたちを見回し、コキコキと肩の鳴らして右手を振り回す。
「言っとくが俺の拳には、俺の根性と姫様の愛が篭って2倍どころか100倍増しで硬いぞ。覚悟しろや」
そして、仕上げにやや離れた場所に居た双樹が、
「ふむふむ。若い連中は血気が盛んで結構なことよのぉ。どれ、ひとつ儂は取りこぼしの清掃と行こうか…」
そう呟き、その場で大地に根を下ろす。
たちまち大地の養分や水、魔力を吸い上げて、15メートルほどの大木のような姿に変じた。
「……荒野であるし、この程度が限界であるか。では、緋雪様の第二の家臣にして、双樹の名を賜りし者。その名を辱めぬよう参る」
そのまま大地を滑るように移動する、その足元から槍状になった根が四方八方、槍衾のように大地から飛び出し、正確に敵のモンスターのみを射抜き、さらに体内で生成した植物性の毒を流し込む。
モズの早贄のように体を突き刺されて息絶える者、辛うじて急所は外れたものの、毒を流し込まれて痙攣して息絶える者、慌てて距離を置いて双樹本体に攻撃しようとするものには、全身に生えた棘を矢のように飛ばし、さらに口から猛毒の息をあたり一面に霧の幕のように放射する。
一方的ともいえる殲滅速度を上空から眺めながら、やれやれ私の出番は残りの同類と、あのでかい要塞くらいか、と思った斑鳩のその目の前で、残り2匹の敵ヨグ=ソトースが、地面にリンゴを落としたように爆散した。
そこから涼しい顔で飛んできた命都が、斑鳩に治癒をかける。
「大丈夫ですか、斑鳩殿。少々傷を負ったご様子ですが?」
「こんなものはかすり傷であるな。それに多少は手傷を負った方が、戦いの意気が上がるというもの」
「そうでしたか。では、余計な手当てでしたか?」
「いや、助かった。礼を言おう。それに第一、地上の方はああまで乱戦になると、我ではうかつに攻撃できんからな。もはや手出しもできぬだろう」
嬉々として動き回っている、壱岐、双樹、凱陣の様子を、若干羨ましげに見る斑鳩だが、ふと、気が付いて命都に尋ねた。
「そういえば、刻耀の姿をみていないな。どこにいる?」
困ったような顔で、下に視線を投げる命都。
「刻耀殿の狙いに雑魚はありません。狙うは本陣のみです」
その意味するところを悟って、斑鳩が敵の本陣――巨大な移動要塞に視線を戻した瞬間、
ガンッ! という猛烈な突き上げが、移動要塞『百足』の中央部分で起こり、その衝撃に耐え切れずに『百足』の数ブロックが吹き飛ばされ、空中で爆発した。
「――始まったようですね」
見れば、左手に装備していた大盾を押し上げた姿勢で立っていた刻耀が、右手に持った暗黒色の大槍を構え、そのまま分断された『百足』の後部へ向け、今度は縦に引き裂く形で突進して行く。
慌てて上半身に当たる片割れが攻撃してくるが、なんら痛痒を感じた様子もなく、数キロに渡る『百足』を、まるでバターナイフでバターを切るように分断していく刻耀。
「……やれやれ。これでは、本格的に我の出番はもうなさそうであるな」
「そのようですね」
微笑を浮かべて同意する命都。
「あとは姫様の首尾の方であるが……」
緋雪の居る方向へ視線を向ける斑鳩。
「空穂も憑いていますし、あの程度の小物であれば問題はないかと思いますよ」
「ふむ。我もそう思うが、相手は超越者、どんな裏技を使うか油断はできぬ」
「そうですね」
頷いた命都も、斑鳩が向いている方向へ視線を向けた。
あらかたの方が「勝負にならないんじゃ?」と予想されてましたけど、はい、勝負になりませんでした(笑