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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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幕間 男達之夜

レヴァンのお話では。

いちおう三部作でこれで終了予定です。

【第三夜:レヴァンside】


 また、夜が来る。


 レヴァンは沈む夕日を見ながらため息をついた。


 霊山(やま)の庵から里へ戻ってきて2日。

 戻ったというか、気が付いたら拉致されていた。

 前後の記憶が曖昧なのだが、義妹(アスミナ)の話では、真紅帝国インペリアル・クリムゾン国主――あのやたらと綺麗な少女――の前で話をしていたところ、突然具合が悪くなって倒れたらしい。


 いままでそんなことはなかったんだが、相手が相手だけに緊張していたんだろうか? 状況を思い出そうとすると、なぜかわき腹がジンジン痛み出すんだが……。


 そんなわけで、獣王の後継者たる資格が問われる大会前に、一人暮らしでは体調管理も大変だろうとジシスを始めとした里の者に懇願されて、止む無く里に留まったわけなんだが、いまになって大いに後悔している。


 いや、別に里での暮らしが居心地悪いとかではなく、周りの人間も次期族長ということで敬ってくれているし(ちなみに族長だった父は、4年ほど前に流行り病で母ともども亡くなっている。当事のオレはまだ成人前ということで、族長の座は空位にしてジシスが代行を行っているわけだが)、昼間、里の男達と獲物を狩りに行くのも面白いし、霊山(やま)では飲み水一つ確保するのも大変だったが、ここではそんな苦労もない。


 そう――普通に考えれば、わざわざ不便な霊山(やま)になんぞ行く必要はなかったんだが、唯一ここにはオレの自由にならず、そして俺の平穏と安寧を脅かす存在がいる。

 言うまでもなく、乳兄妹の義妹(いもうと)アスミナだ。


 いや、あいつがオレに好意を持って接して来るのはいまに始まったことじゃないし、子供の頃は微笑ましく思えたものだ。

 だが、ここ一年ほどでその傾向が、えらい勢いで加速して、人の洗濯物を頬ずりしたり、手製の『お兄ちゃん抱き枕』と鼻息荒く同衾しているのを見たときは、正直、ウザイを通り越してキモイと思えて、その足で発作的に出奔したのが、霊山(やま)へ篭った真相なわけなんだが……。


 で、里に戻ってきて、またそんな戦慄の日々が始まるのかと思ったが、幸い以前のようなあからさまな義妹(いもうと)の変態行為は見られなくなった。


 さすがに1年も経てばあいつも頭が冷えたか、節度を身に着けたかと、ほっと安堵したのだが………甘かった。ある意味変な方向へとグレードアップしていた。



 例えば朝――


「おにいちゃん、朝だよ~。早く起きないと朝御飯が冷めちゃうよ~」


 という言葉と共に、腹の上に重みを感じて目を開けると、アスミナが毛布越しに俺の上に跨っている。


「……アスミナ」


「なあに、おにいちゃん?」


「……なんで袴を履いてないんだ? 下着が丸出しなんだが…」


「きゃーっ、おにいちゃんのエッチー!」


 わざとらしく上着の裾のあたりを押さえ、なおかつチラチラオレの様子を窺う。



 例えば昼――


 仕切りで区分けされた部屋の中から、ガサゴソ音がするので覗きこんで見ると。


「きゃーっ、おにいちゃん。開けちゃダメー! いま着替え中なんだから! もう、おにいちゃん、本当にエッチなんだから」


 半裸のアスミナが申し訳程度に肌を隠して、プンプン怒ったフリをする。


 オレは半眼で問い返す。

「……なんで、オレの部屋でお前が着替えをしてるんだ?」



 例えば夕方――


 部屋の机の上にわざとらしく帳面が置かれていた。


 なにかの伝達事項かと思って、パラパラと捲ってみると、


『今日はおにいちゃんが帰ってきた。なんて嬉しいんだろう! 胸がドキドキして苦しい。

 おにいちゃん、わたしの気持ちに気付いてるかな…おにいちゃんのことを想っただけで胸が一杯で、ご飯も喉を通らない。

 おにいちゃんの傍に居られるだけで、幸せだけど、わたしだけのおにいちゃんでいて欲しい……』


「きゃーっ! おにいちゃん、見ちゃダメ! ――勝手に見ちゃダメなんだからぁ」


 タイミングを計ってたかのように(というか計ってたんだろう)、現れたアスミナがオレの手からその帳面を取り上げる。


「…み、見た、おにいちゃん?」

 頬を染めて、ちらちらとオレの顔を見るアスミナ。


「……アスミナ」


「な、なあに、おにいちゃん?」


「オレの記憶が確かなら、オレが帰ってきてから『レヴァン義兄(にい)様と一緒に食べるご飯は最高ね。飯うまー!!』と言って、朝からがばがばおかわりしていたと思うんだが?」


「………」


「………」


「……もう! やっぱり見たのね、お兄ちゃんのスケベ!」



 そして夜――


「……おにいちゃん、今晩は風が強くて怖いの。一緒に寝てもいい?」


 寝巻き姿で枕を抱いたアスミナが、おずおずと部屋の中へ入ってきた。

 ちなみに今夜は満月で、雲一つない天気。虫の音がよく聞こえている。


「じゃあたまには皆で雑魚寝でもするか。ジシスのところにでもお邪魔して――」


「ちょっと待ったーっ!」


 出て行こうとする俺の腰にしがみつくアスミナ。


「二人っきりで夜を明かして『いつまでたっても子供だな』とか『小さい頃を思い出すね、おにいちゃん』という思い出話にひたるイベントするのが、フラグ回収ルートでしょう!?」


「……なんだそれは」


 と、その時、興奮するアスミナの胸元から、夕方見た寝言が書いてあった帳面とは違う、ずいぶんと上等そうな紙でできている帳面が落ちた。


「――なんだこれ?」


 拾おうとしたところで、顔色を変えたアスミナが演技ではない必至さで、

「きゃあああっ、見ちゃダメ!」

 慌てて拾おうとしていたので、片手で押さえてもう片方の手で拾って中身を確認した。



『義兄妹での正しい恋愛マニュアル by緋雪』


『義妹が朝起こしに行くのは鉄板。その際はベッドの上に乗るか、寝てる義兄の上に跨って、パンツを見せること』

『さり気なく事故を装って着替えの現場に遭遇させること。自室・お風呂場などが有効』

『自筆の日記や詩集など、さり気なく義兄の目に付くところに置いておき、義妹の気持ちに気付かせること』

『夜寝る時は、「今日は風が強くて怖いの」とか言ってか弱さをアピールし、保護欲を誘うこと』

『寝物語に昔の思い出話とかして、距離感を縮める。ただし「もう、子供じゃない」ということを意識させるため、体を密着させることは必須』

  ・

  ・

  ・

『注意。いずれの方法もやり過ぎるとあざとくなるので、さり気なく不自然にならないように、時間をかけて行うこと。間違っても1度に全部やろうとはしないこと』



「あざといし、やり過ぎだ!!」

 オレは掌に通した気を『火気』に転化して、一気に手にした帳面を燃やし尽くした。


「ぎゃあああああああああっ!!」

 アスミナが悲鳴を上げるが無視する。

 というか、裏にはあの方がいたのか。余計な事を――!


「なんてことを! せっかくヒユキ様にお願いして書いていただいた、オトコゴコロを鷲掴みにする攻略本なのに!!」


「やかましい!」


 オレは掴みかかってきたアスミナの背中のツボを押さえて、しばらく身動きをとれなくした後、手近な荷物を持って、その足で再び夜の闇へと出奔した。


 やはりここはオレがいるべき場所ではなかった。獣王決定戦なんぞどうでもいい、オレは霊山(やま)で一人で暮らす!




 ◆◇◆◇




 と言うことで、走りに走って40分ほどで霊山(やま)の上がり口まで来たところで、ほっと息を吐いた。


 まあ、ここに逃げてきても、また義妹(いもうと)は追いかけてくるだろう。

 早めに罠を設置して、少しでも足止めをしなけりゃならんな――と、思っていたところ、つんつんと上着の裾を引っ張られて、正直、内心肝を潰した。

 このオレが引っ張られるまで全然気が付かなかったのだ。


「ねえねえ、お兄ちゃん、あたしの犬を見なかった?」


 見るとまだ5~6歳位だろう。狼人族らしい少女が、キラキラ光る目でオレの顔を見上げていた。


 なんでこんなところにこんな小さな子が?

 訝しげに思うオレを無視して、彼女は続ける。


「あのね、このくらいの茶色い子犬で、首のところにお兄ちゃんの頭みたいに赤い布が巻いてあるの。見なかった?」


 オレは反射的に頭に巻いている青いバンダナに手をやった。

 いつも巻いているので忘れかけていたけど、そういえば、こいつは『お守り』だって言って、糸の一本一本をアスミナが霊力を込めて編んでくれた、ちょっとした防具にも負けない頑丈なモノだったっけな・・・。


 つい、思い出にひたったオレの沈黙を、犬のことを知らないと受け取ったのだろう、女の子はがっかりした様子でその場から立ち去ろうとした。


「おい、ちょっと待て。お父さんかお母さんは一緒じゃないのか?」


「おかあさんと山をお参りに来たんだけど、チコがいなくなったから探してたの。そうしたら、おかあさんも居なくなっちゃって……」


 犬(チコというのが名前だろう)を探しているうちに親と離れて迷子になったわけか。こんな小さい子供がいなくなったら、母親もどれほど心配していることか・・・。


「わかった。チコはオレが明日の朝探してみるから、君……ええと、お名前はなんて言うんだい?」


「ナタラ!」

 元気よく答える女の子――ナタラ。


「ナタラちゃんは、まずお母さんのところへ帰ろう。お兄ちゃんが送っていってあげるから」

 オレは屈み込んで視線をナタラにあわせた。


「…でも、チコが」


 躊躇するナタラに、オレはなるべく優しく言い聞かせた。

「チコのことも心配だけど、ナタラが居なくなったお母さんはもっと心配しているよ。まずはお母さんを安心させないと。チコは必ずオレが見つけるから、どのあたりで居なくなったかだけ教えてくれるかな?」


「んー…とね、こんな風におっきくて尖った白い石が2つ、並んでたところ」


「双牙岩か……」

 特徴的なその造形は間違いようがない。


「お兄ちゃん知ってるの?! だったらお願い、そこにチコがいるの、連れて行って!」


 必至に懇願するナタラを前にオレは考え込んだ。本当ならすぐにでも親元へ届けるべきだろうが、子犬が一晩無事に過ごせるとも思えない。明日の朝、その事を知ったらこの子の幼い心にどれほどの傷をつけることか。

 幸い双牙岩はっこからそう遠くはない。オレの足なら20分もあれば着けるだろう。


「わかった。それじゃあ一緒にチコを探しに行こう。それじゃあ、お兄ちゃんの背中に乗って」


 オレはナタラに背中を向けた。


「うん。ありがとうお兄ちゃん!」


「ちゃんとつかまっておけよ!」

 子供の体温と重さを確認して、オレは立ち上がるとそのまま走り出した。


「わあっ、高い! 早い! すごい、お兄ちゃん!」

 ナタラの歓声に口元を緩めながら、なるべく背中を揺らさないよう、なおかつ大至急双牙岩へと向かう。


 夜とは言え満月なのが幸いして、オレの目にはほぼ昼間のように見える。

 程なく双牙岩へ到達して、周囲を素早く見渡すが、生き物の気配はない。


「ナタラ、どのあたりでチコはいなくなったんだい?」


「……ん? えーと……」

 背中から眠そうなナタラの声が聞こえてきた。この時間だ、無理もない。それに相当歩き疲れただろうし。


 と、ナタラが不意にしっかりした声で、

「――チコ!? いまチコの声がしたよ、お兄ちゃん!」


「? そうか、オレには聞こえなかったけど」


「間違いないよ、チコの声だよ。その下のほうから聞こえたの!」


 言われるままに、オレはちょっとした崖の下を覗いた。

 すると崖下、5mほどのところに出っ張りがあり、赤い布が揺れているのが見えた。


「あそこか。よし、ナタラ、しっかり掴まってろよ!」


「うん!」


 一瞬だけ呼吸を整え、オレは一気に崖下へと駆け下りて行った。




 ◆◇◆◇




「………」

 崖下の窪みには、古びた赤い布切れと、バラバラになった子犬のものと思しき骨が散乱していた。


 ただし、どれも昨日、今日のものではなく、相当な年数が経過していると思われる古さだった。


「……どういうことだ。ナタラ、これってチコのものかい? ナタラ?」


 眠ってしまったのかと思って、オレは屈み込んで、背中に回していた手を慎重に下ろした。


「――ナタラ?」

 振り返って確認すると、そこには子供の姿はなく、代わりに古びた石の塊が転がっていた。


「………」

 なぜかその石にナタラの笑顔が見えた気がして、オレはもう一度大事にその石を抱き上げ、散乱していた犬の骨と布切れを集めて、一つにまとめた。




 ◆◇◆◇




 最初にナタラに会った場所、そのすぐ傍の藪の中に、古びた石塔があった。脇には墓碑銘があり『ナタラ』と彫られていた。亡くなったのはもう7年も前の日付だ。


 オレはその石塔の上に、持ってきた石を載せ――誂えたようにはまった――石塔の隣に穴を掘り、持ってきた犬の骨と布切れを埋め、その上に近くにあった石を持ってきて立てた。


 それから二つの墓に軽く手を合わせた。


「さて、と。帰るか――」


 すっかり遅くなったがアスミナの奴は待っているだろう。いや、追いかけてきている頃か?

 まあ、しかし、帰らないで心配かけるわけにはいかないからな。


 オレはもう一度二つの石碑に頭を下げて、もときた道を戻るため走り出した。

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