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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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第十四話 策謀袖裏

前にちょっと名前が出た人と、ちょっと出た人がメインのお話です。

 クレス=ケンスルーナ連邦の首都ファーブラーは、連邦の政治・文化の中心として、ケンスルーナ国のほぼ中心部に位置していた。


 ファーブラーがケンスルーナ国にあるのは、連邦の中核をなす双璧の片割れ、クレス王国がもともと遊牧民族である獣人族でほぼ100%構成されているため、基本的に定住した街をもたないことと(数百人程度の規模の町は点在する)、政治、外交などに興味を示さない獣人の気質が大きかったことに、大きな要因がある。


 それに対して、ケンスルーナ国は、人間、獣人、亜人に対して平等を謳った人間の国(、、、、)であることから、他国同様の政治形態を取り入れ、積極的な内政・外交を展開していた。

 そのため、本来ケンスルーナ国単体であれば、中規模国家程度の人口及び国力しかないのにも関わらず、クレス=ケンスルーナ連邦の首都という格式と権威付けのためだけに、無駄としか思えない巨大な都市と政治中枢を造り出していた。


 その首都ファーブラーに存在する連邦主席官邸。


 建前上は連邦の代表者の公邸に過ぎないそこだが、実質的には宮殿であり、連邦の真の中枢であった。


 現在の連邦主席バルデムは、ケンスルーナ国とも関係の深いユース大公国の国主であり、見た目はお世辞にもハンサムとは言えず、また中年太りしてきた体型は勇猛さとも無縁ではあるものの、どこか子供のような愛嬌があり、会う人に好人物との印象を与える――そんな人間族の男であった。


 1時間に及ぶクレス王国代表議員との会談が、結局のところ物別れに終わったばかりの彼は、相手のいなくなった応接セットの肘掛椅子に腰を下ろしたまま、淹れ直してもらったばかりのお茶を飲んで、喉の渇きを潤した。


 それから気を取り直して、秘書に別室にいる客を呼ぶように伝え、ついでに前の客が残していったお茶を片付け、新しい――より上等な――茶を用意するようにも付け加える。


 待つほどのこともなく、煌びやかな鎧を身に赤い裏地のマントをつけた(ただし国名など所属がわかるようなものは一切ない)金髪の美丈夫が姿を現す。

 こちらは予想通りだが、その隣に立つ頭からすっぽりとローブをかぶった小柄な人物の存在に、バルデムは密かに眉をひそめた。


 ――子供? 体格からいって後はエルフか……いや、まさかな。


 鎧の男の素性を考え、それはあり得ないと内心首を振る。


 そんなバルデムの疑問に斟酌することなく、鎧の男はさっさと、いましがたまでクレス王国代表議員が座っていたソファーに腰を下ろした。フードの人物も当然のような顔でその隣に座るが、そのどこか柔らかな仕草にバルデムの視線がわずかに細くなった。


 ――女か。


「会談の結果はどうでしたか?――と、聞くまでもないでしょうね、その様子では。所詮はケダモノ、目の前の獲物に襲い掛かる以外、なにもできない連中ですからね。国の大局を見るなどできるはずもありませんよ」

 鎧の男がにこやかに、いましがたまでここにいた獣人族をあざ笑う。


「……確かにな。奴ら何を言っても『獣王の意に従う』だ。まったく話にならん」

 忌々しげに吐き捨てるバルデム。


 彼自身を指して、野心家だとか、連邦の理念を忘れた変節漢などと陰口を叩く向きもあるが、彼から見てみれば、神だの神獣だのという胡散臭いものを祀り上げ、そこで思考停止したり、何もしない口実に使う連中は唾棄すべき弱者であった。


 現実主義者である彼は、どのような小さな決断でも常に自分で選び、実行してきた。

 無論のこと、そこには常に迷いと痛みがあったが、その迷いを叩き伏せ、痛みに耐えて、自分自身の選んだ選択に恥じることない、また悔いない生き方をしてきた。


 そんな彼から見れば、今回のことにしても他力本願に『獣王』に従うなどと繰り返す、獣人族の連中は実に甘いとしか言えなかった。


 ――そもそも奴らは上に立つ者に必要な資質がわかっていない。……正しい力と技、心が揃ってこそ『王』だと!? 馬鹿馬鹿しい! 真実、清廉な人間など無能なものだ。指導者は善良に見えさえすればいいのであって、実体などどうでもいい。ただ結果さえ出せばいいというのに。


 とは言え、連邦内での獣人族の影響力と戦闘力は脅威以外のなにものではない、現在は共同歩調をとってはいるものの、現在、彼が密かに目論んでいる帝国への逆侵攻作戦――帝国に奪われたかつての領土の奪還を強行すれば、文字通り国が二つに分かれるだろう。

 そうなっては本末転倒。彼としてもそれは避けたい事態だ。


 それを考えると目前の男が全ての鍵を握っていると言える。


「――本当に、イーオンは今回の件に横槍を入れないのだな?」


 バルデムの確認に飄々と答える――イーオン聖王国の密使を名乗り、実際に大教皇のサインと印が押された密書を携えていた――男。

「無論です。我が国は常に中立ですから、一方的にどちらかに肩入れすることはありませんよ。戦が長引いてグダグダにならないところ……そうですね、あなた方がかつての領土を解放した時点で、仲介の名乗りを上げるようにします。ただし、条件としては開放した国家は、国教としてイーオン聖教を信奉すること、獣人、亜人の定住を認めないことが、最低限必要になりますがね」


「ふん。その程度の条件なら訳はないが。……他にもあるだろう?」

 あまりにも美味い話には裏がある。人間の善意など一片も信じていないバルデムは、底光りする目で男を見た。


「これは話が早い。現在の連邦内の問題、これを可及的速やかに解決していただきたいのですよ」


 朗らかな言葉の裏に隠された意味――つまり武力行使をして鎮圧しろ――を理解して、バルデムはあからさまに顔をしかめた。


「連邦が分裂しないためにさっさと実績を作って、主権を完全に掌握しようって時に、先に泥沼の内部抗争に持って行ってどうする。それこそ本末転倒だろうが」


 反対するバルデムの目を、男が覗き込んだ。

「もともと頭が二つあるのが問題なのでは? 一つしかなければ胴体はどこに行くか選びようがないでしょう。実質、連邦はあなた方が主権を握っているようなものですし、肝心の胴体が真っ二つにならないうちに手を打とうとしたのはあなたでしょう」


「それは、そうだが……」


「ならば打つ手は早ければ、早いほど良いのでは?」

 躊躇うバルデムに、男の助言が悪魔のささやきとなって届く――が、


「いや、やはり駄目だ。連中はこれを見越してか、真紅帝国インペリアル・クリムゾンと手を結んでいる。真紅帝国インペリアル・クリムゾンの戦力が未知数な以上、下手な手出しをしてしっぺ返しを食らったら目も当てられん」

 現実主義者である彼の克己心がこれに打ち勝った。


「なるほど、確かにその通りですね」


 身を乗り出していたイーオンの密使を名乗る男は、ソファーに再び背を預けると――にやりと、悪戯をしかける子供のような笑みを浮かべた。


「ですが、その問題もすでに片付いている、と言えば?」


「なに……?」


 バルデムの不審の声に答えるように、いままで黙って二人の会話を聞いていた第三の人物が、かぶっていたフードを背中に下ろした。


「――ばっ……ばかな!?」


 その下にあったのは予想通り女――というより、緋色と漆黒に彩られた少女のものであった。

 年は12~13歳といったところか、絹糸のような長い黒髪を結わずに背中に流し、宝石のような緋色の瞳をし、完璧なバランスで目鼻立ちの整った、総毛立つほど美しい少女であった。

 それもただ面立ちが美しいだけではなく、女神と見まごうほどの気品と神秘性を備えた絶世の美姫である。


 だが、バルデムが驚愕したのは少女の美貌に対してではなく、その特徴的な容姿が報告書にあった一人の人物と完全に符号していたからである。すなわち、真紅帝国インペリアル・クリムゾン国主、緋雪であると。


「そんな馬鹿な…魔国である真紅帝国インペリアル・クリムゾンと、イーオンが手を組んでいただと……!?!」


 その様子に、男は悪戯の成功した子供の顔で笑みを浮かべる。

「表面では剣を交えるポーズをしていても、水面下では握手をしている、などというこは往々にしてあるものでしょう? 神の教義も大切ですが、パンと水がなければ人間生きていけませんからね」


 なるほど。その考え方はバルデムにとって、非常に納得のできるものだった。

 ちらりと緋雪の方に視線を向けると、彼女も軽く肩をすくめて同意した。


「まあねえ、私たちとしては協力するにしても勝ち目のある方に協力したいからね」

 思ったよりも低い、成人女性のような声で応える緋雪。


「すると、クレス王国に肩入れする気はない、ということですかな陛下」


「いまのところないよ。取りあえず獣王を決める試合の方は面白そうだから見学に行ってるけど、それだけで他意はないね」


「……なるほど」


「どうですか? 問題はないかと思いますが」


 にこやかに話をまとめた男の言葉が、最終的な決断の後押しをした。




 ◆◇◆◇




 応接室を退室した大小二つの影が、主席官邸の廊下を歩いていた。


 大きいほうの煌びやかな鎧をまとった男が、傍らを歩く小柄な少女に話しかけた。


「ヒヤヒヤしましたよ。どうにか『物まねカード』の時間内に終わって助かりましたけど」


「まあ、無事に済んだんだからいいんじゃないのぉ。――それよか、どう、緋雪ちゃんに似てた似てた? なんかいつもは、もっと丁寧に喋ってた気もするんだけど?」

 先ほどまでと違い、ずいぶんと砕けた調子で、右手をうなじのあたりに当て、(しな)を作る少女。


「いや、仲間内で話すときはそんな感じでしたよ。…喋った内容も、本人が言いそうなことですしね」


「そかそか。じゃあ成功かな」

 にやにや笑って頷く。


 そんな彼女の姿かたちに、若干複雑な表情を浮かべて問いかける男。

「そういえば、どうでした、緋雪さんの様子は? 変わりありませんでしたか。俺はこの間会えなかったもんで・・・」


「ん~~っ、どうかな? あたしも遠目から『物まねカード』に姿を覚えこませただけだから、あんまし傍で見たわけじゃないけど。……う~~ん、思ってたよりも可愛かったかな。思いっきり女子に溶け込んでたわ」

 あれは反則だわね、と続ける少女。


「はあ……。そうなんですか」


「ん?――あんま、意外そうでもないけど、前からそうだったわけ、もしかして?」


「いや、もともとあんまり性別とか感じない人で、そんなところも含めて魅力だな…って仲間(ギルメン)内でも話した記録があるので、そういうのもアリかな、と」


 へえ、と首を傾げた少女は、次の瞬間、にやりと淫靡な笑いを浮かべた。


「だったらこの体で抱かれてあげよか?」


 そんな相手の顔を、一転して冷ややかな表情で見据える男。

「そういう対象に見たことはありませんし、その姿で緋雪さんを侮辱するような発言は、やめてもらいたいですね」


 底冷えのする口調に、少女は悪びれた風もなく肩をすくめた。

「そりゃ、すまんかったね。――ボスは喜んで抱いてくれたんだけどね」


 ――もっとも、終わった後で、つまらなそうに舌打ちしてたけどさ。


 続く言葉は彼女の自尊心にかけて口には出さなかったが、その言葉に、男の顔が歪み、何かに耐えるように両手が強く握られた。




 ◆◇◆◇




「――くしょん!」

 なぜか猛烈な悪寒がして、突発的にくしゃみが出たボクを、隣のアスミナが心配そうに見た。


「風邪ですか、ヒユキ様?」


「いや、なんかいま急に鼻の奥がムズ痒くなっただけで、収まったから大丈夫」


 場所は昨日と同じ予選会場『魔狼の餌場』。かぶり付きで見ているボクらの前で、いよいよ2回戦第一試合、レヴァンVS熊人族の『巨岩』エウゲンの試合が始まろうとしていた。


「さて、相手は700kgの巨漢だって話だけど、どういう試合展開をするんだろうねぇ」


「大丈夫ですよ、レヴァン義兄(にい)様は、普通に1000kgを超える魔物でも、素手で倒してますから!」


 自信満々でアスミナが答える。

 なるほど、体重差はあまり関係ないのか――てゆーか、普通にゲーム内のMobとか、あの大きさならどれも1(トン)超えてるよねぇ。言われてみれば、その程度はハンデにならないのが当たり前の世界なんだっけね。


 で、昨日と同じく審判役の合図で、双方の代表者が試合会場の中央に進んだけど――


「……なにあの熊?」

 思わず自分の口から呆けた声が漏れる。


「なにって熊人族ですよ。――ああ、熊人族は見た目が完全に獣そのものですからね。見慣れない方には珍しいかも知れませんね」


「いや、それもあるけど、あれって……」


 それはまさに『巨岩』の名に相応しい巨大な男だった。

 アスミナの言うとおり見た目は完全に直立した熊そのもので、頭の先から足の先まで硬くて脂ぎった獣毛に覆われている。

 ぴんと立った耳に、鋭い眼光、巨大な口にはずらりと並んだ牙が覗き、ごつい両手に生えた爪は鋼鉄でも引き裂きそうな凶悪さだった。

 ただし獣人らしく、空手着に似た白い厚手で袖なしの胴衣を着て、革のベルトで前を閉め、下も同じ色・素材のズボンを履いているところが知性を感じさせるが、正面から向き合ったプレッシャーはどう見ても野獣のそれだろう。

 そしてなにより特徴的なのは、その体毛の色で、全身の毛は白いのに、耳と目の周り、両手、両足は真っ黒という――


「パンダじゃないかいっ!!」

 思わずボクは絶叫していた。


「はあ……? でも、熊ですよね?」

 ボクの勢いに当惑した様子で、首を捻るアスミナ。


 ――え、なに、もしかして驚くほうが変で、アレが常識なの!?

 

「そりゃそうだけどさぁ! でも、1回戦といい、獣人族って全員ネタに走らないと生きていけないの!?」


 ボクの素直な感想に、アスミナがますます困惑の表情で首を捻った。

バルデム主席は政治家としては有能なんですけどね。

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― 新着の感想 ―
[一言] かつての仲間たちは悪い部分が強調されて表に出てる感じですかね? アーッな兄貴の方は傲慢さで、多分唯一女性だった人は京楽?らぽっくんはよくわかんないけど、きっと黒幕はあの人だね 催眠や人格掌握…
2021/07/21 10:59 退会済み
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