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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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第十三話 勝利条件

今回はちょっと短めです。

あとクロエ姐さんが大人気ですねw

今回は女の豪腕対男の細腕です。

 地面に転がった姿勢から、ひょいと起き上がったレヴァンは、(こん)が顔面に被弾する寸前、咄嗟に十字交差させた両腕に装着された手甲、『干将(かんしょう)』の表面に傷ひとつ付いていないのを見て、改めて緋雪に感謝した。


「早速、役に立ったか。まったく…確かにオレはいい女に恵まれているな」


 と、緋雪(ほんにん)が聞いたら、大いに悩むようなことを呟いて、改めてクロエに向き直ると同時に、


「はっ」


 前日、緋雪に使ったのと同じ、震脚(しんきゃく)から地面を滑るような独特の動きで、その差を詰める。


 (こん)の弱点である懐へ入れじと、クロエの攻撃が上下左右正面から縦横無尽に振るわれるが、特に脅威になる動きではない。

 いや、その動きはフェイントを取り混ぜた緻密なものではあり、なおかつ距離感を狂わせる例の攻撃も織り込まれ、たとえ一流の技量を持った戦士であってもダメージを受けるのは必至な、クロエを中心とした暴風のような圏内が形作られている。


 だが、『間合いが伸びる』という特性さえわかれば、レヴァンの目で充分に対応できるものであった。


 易々とその懐へ飛び込んだレヴァンの右手が掻き消え、次の瞬間、複数の打撃音がほぼ同時に響き渡った。試合を凝視していた観客のほとんどの者の目にも留まらぬ、閃光のようなジャブであった。


「ちっ」


 この密着した間合いでは棍は使えない、そう判断したクロエは右手で棍を持ち、左の裏拳をレヴァンの背中に放つ。無論、この程度の大降りの攻撃が当たるとは思っていないが、この場合は相手が避けて距離を置くよう、突き放すのが目的なので当たり外れは考慮に入れていない。だが――


「はっ!」

「ふんっ!!」


 その攻撃をかいくぐり、レヴァンの渾身の左肘が、ガラ空きになったクロエの胴体へと吸い込まれた。


「…!」


 激しい打撃音に、観客は勝負は決まったかと思ったが、攻撃を決めたはずのレヴァンが驚愕に目を見張り、弾かれたようにクロエから距離を置き、左肘を押さえて、わずかな苦痛の呻きをもらした。




 ◆◇◆◇




「なんですか、なんですか、あれ?! 攻撃したレヴァン義兄(にい)様の方が、苦しんでるように見えるんですけど??」


 攻撃を決めた瞬間の喜色満面から一転して、血の気を失い騒然としているアスミナへ、やや呆然とした面持ちで緋雪が説明をした。


「攻撃が当たる瞬間に全身の筋肉を硬直させて、逆に相手の攻撃部位の自滅を誘ったんだ。…にしても、どんな肉体強度してるんだろうね、あのおねーさん。いや、ほんとこの世界も広いわ…」


「だ、大丈夫なんですか、義兄(にい)様は?」


「鋼鉄を力任せに殴ったようなものだからねぇ、拳だったら砕けてたかも知れないけど、人体で一番丈夫な肘だから、多分砕けてはいないと思うけど・・・」

 そう言いつつも首を捻る緋雪。




 ◆◇◆◇




「ふふん、なかなか鍛えてるじゃないか。所詮は男の細腕、一発で砕く自信があったんだけどね。――まぁ、でもしばらくは左手は使えないだろう?」


 クロエの言葉に苦笑で返して、レヴァンは痛む肘から右手を離し拳を握って構えを取った。


「片手でまだやる気かい?」


「勿論、右手も両足も無事ですからね。それに、貴女のような『いい女』を相手に、惨めな姿は見せられませんよ」


「はん、まあ…お世辞でも礼をいうべきかねぇ」


 若干白けた顔で肩をすくめるクロエに向かい、レヴァンは大真面目に返した。


「お世辞なんてとんでもない。生命力に溢れ、鮮烈な生き方を信念を持っている、獣人族本来の姿を体現したような貴女は、とても美しいです」


 その言葉に今度こそ上機嫌にコロコロと笑うクロエ。

「嬉しいこと言ってくれるねぇ! いい女ってものがわかってるじゃないか。あんた、まあまあの男から、そこそこいい男に認めてやるよ」


「それは、光栄ですね。――では、行きます!」


「あいよ!」




 ◆◇◆◇




「なんですか、あれは! 他の女のことを美人とか!! 筋肉ですか!? 筋肉が問題なんですか?!」


 アスミナが隣の緋雪の肩を掴んでガクガク揺さぶっていた。ちなみにジシスを始めとする他の獅子族の人間は、係わり合いを恐れて二人の周りには近寄ってこない。


「いやぁ……どうなんだろうねぇ…」


「わかりました! わたしも今日から筋肉つけます! 肉ですね肉! あと、ヒユキ様、手っ取り早く筋肉付ける方法とかありませんか?!」


「え…えーと、プロテインとか、ステロイドとか」


 なんか不毛かつ不穏な発言をしている二人がいた。




 ◆◇◆◇




 再び、クロエの猛攻をかいくぐり、その懐へと入ろうとするレヴァンだが、攻撃の中心は現在死角となっている左手側に集中している。


 ――手堅いな。


 だが、相手の弱点を攻めるのは獣人族においては、なんら恥じるものではない。弱点をあからさまに出すほうが悪いのだ。


 このままではジリ貧だと判断したレヴァンは、一か八かの賭けに出た。

 足元を狙ってきた棍の先端を、躱し際、震脚で踏み抜き、伝わった震動に一瞬だけ両手の自由を奪われたクロエの懐へと飛び込む。


 ある程度予想していたのだろ、瞬時に戻された棍が大気を裂いて、レヴァンの左側面へと襲いかかってきた。


 これを左手の手甲で受け止めるも、もともと力の入らなかった左手は衝撃を殺せずに、鈍い音を立てた。


 ――折れたか。


 だが、これは織り込み済み。怪我をした左手をかばいながら動くと、どうしても体捌きが不自然になり、そこに隙が出来る。また、重心が安定しないと他の攻撃にも切れがでなくなる。なので、左手の怪我はないことにして、普段どおりの動きで受けたのだ、こうなる結果は予想していた。


 頭の隅でその事実を確認しながら、左手の痛みは『ない』ものと無視して、レヴァンはそのまま半回転しながら残った右肘に、全運動エネルギーを乗せてクロエの鳩尾付近へ叩き込んだ。


「でやぁ!」


 これを受けて、先ほどの二の舞とばかり、にっと笑うクロエ。


 刹那、とても人体の衝突とは思えない巨大な打撃音が辺り一円をこだまし、二人を中心にして土盛りした会場に、地割れのような亀裂が縦横に走った。


「……ふふん。なんだい、いまの技は? 体の芯を震動が通過していったよ」


「鎧の上から直接内部に衝撃を徹す技だ。――正直、右手もくれてやる覚悟だったんだけどな……」


「……そうかい。ところで、あんた最初から1回もアタシの顔を狙わなかったけど、手加減してたのかい?」


「そんなつもりはない。ただ、まあ、男の矜持って奴だ」


「……はん。馬鹿だね。だけど小利口な奴より、アタシは馬鹿の方が好きだね。まあ、これから先…がんばりな。アタシもいい男に倒されて満足だ…よ」


 その言葉を最後に意識を失い、崩れそうになるクロエを支えるレヴァン。


 一瞬の静寂を置いて、観客たちから耳をつんざくような歓声と、叫びが上がった。




 ◆◇◆◇




 一回戦、第一試合終了。勝者:獅子族レヴァン ― 敗者:兎人族クロエ


 その後も順調に試合は進み。一回戦の4試合が無事に終了したのだった。




 ◆◇◆◇




「一回戦の勝者は、『魔狼の餌場』予選の方は、レヴァンの他、豹人族のダビド、熊人族のエウゲン、蛇人族のキリルと、このあたり予想通りだねぇ。で、『地竜の寝床』予選では虎人族のアケロンが相手を瞬殺、と。――鉄板過ぎて面白くないね」


 城に帰って今日の結果を確認して、ボクはため息をついた。


「まあそんなものでしょう。ところで馬鹿弟子の怪我の具合はどうでした?」

 ソファーに腰掛け、美味しそうに珈琲(コーヒー)を飲んでいた――いまのところうちの国でしか飲めない――獣王が、なにげない感じで訊いてきた。


「アスミナの治癒魔術――法術だっけ? あれが効いてすっかり元通りだね」


 まあボクがその場で治しても良かったんだけど、関係ない第三者が治療したとなると、後で文句をいう奴も出てくるかも知れないので遠慮した。


 ちなみにアスミナは、治療に邪魔だからと言って、嬉々として義兄(レヴァン)を裸にひん剥いて、直接手で触れて治療してたけど、あれ意味あるんだろうか?

 前に治癒した時には、普通に服の上から効果があった気もするんだけど……。


 たぶん突っ込んじゃいけない部分なんだろうね。うん。


 そう思って、話題を変えるために獣王の鉄面皮を見た。

「――って言うか、弟子が心配なら見にくればよかったのに」


 誘ってもなんだかんだ理由をつけて来なかったんだよね。


「まあ、大会にしろ、馬鹿弟子にしろ既に儂の手を離れた話ですからな」


「ふん。まあいいけどね。ところで命都(みこと)。例の件は調べがついた?」


 脇に控えていた命都が、一礼をした。

「はい、例の兎人の冒険者が持っていた『如意棒』の入手経路ですが、流れの武器商人から購入したと、本人は語っておりました。嘘感知(センス・ライ)の魔法でも偽証の可能性はないと出ています」


「流れの武器商人ねぇ……。なかなか尻尾をつかませないねぇ」


 それからふと予選の時から気になっていた点を、獣王に訊いてみた。


「そーいえば、クロエは魔法の武器を使ってたわけだけど、それって大会の規則に反しないの?」


「問題ないな」

 あっさりと答えが返って来た。

「魔剣、神剣など魔法の武器は持てるのは、それに選ばれるだけの『格』があると見なされ、逆に賞賛の対象になる」


「結構いい加減なものなんだねぇ。魔法の使用は不可で、魔剣は良いなんて」


「まあそういうものとしか言いようがないな。だいたいそれを言えば、お前さんが『スキル』と呼ぶ秘術の類いまで使用不可になるだろう?」


「スキルは使っていいわけ?」


「当然だな。修行の果てに身に着けた秘技だ。誰はばかることもないわな。それと、今日の相手はさほど高度なスキルは使っていなかったようだが、明日からは違うぞ。どいつもこいつも一癖どこではない癖のある奴らばかりだ」

 楽しげに笑う獣王。


 レヴァンも大変だねぇ。せめて今日はゆっくり休んで明日の英気を養って・・・いや、無理か。同じ天幕(テント)にアスミナがいるし。


 まあ、頑張れというしかないねぇ。

9/8 誤字を訂正しました。


×体の心を→○体の芯を

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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしき作品なので悪い点なんぞない…… いいてんあげたらキリがないのでめんどい…… でも個人的にはブタクサを先に見てからのこれなので姫様の過去編見てるみたいでなかなか哀愁漂う作品…… ブタ…
2021/07/21 10:37 退会済み
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