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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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幕間 男達之夜

第二夜、ジョーイ君が主役の回です。

【第二夜:ジョーイside】


 ヒマがあったので夕方の4時頃、いつものように首都アーラの冒険者ギルドの本部へ行くと、珍しくガルテ先生――ギルド長だけど、こっちのほうが呼び慣れているので、たいていこう呼んでる――と、その秘書をやっているミーアさんが1階の受付の傍にいた。


 もう一人、自分より1~2歳年下だと思える、金髪の冒険者らしい少年もいて、3人でなにか話し込んでいた。


 邪魔しちゃ悪いかと思って、軽く頭を下げて通り過ぎようとしたところで、ガルテ先生に呼び止められた。


「おう、ちょうどいい。ジョーイ、お前さんにちょいと頼みがあるんだが」


「はあ・・・なんですか?」


 こっちこいと手招きされたので行ってみる。


 見慣れない少年はいかにも新人という感じで、傷ひとつない真新しい革鎧に高そうな長剣を腰に下げていた。

 にこにこと妙に親しげな笑顔を向けてくる顔は、男とは思えないほど整っていて、全体の印象としては苦労知らずのお坊ちゃんが、遊びで冒険者始めてみましたって感じだった。


「実はこのへいか…いや、こいつは今日、冒険者登録したばかりの新人なんだが、いきなり討伐依頼を受けたいなんて言ってるんでな。悪いがお前さん、ちょっと手伝ってやっちゃくれないか?」


「はあ?!」思わず素っ頓狂な声が口から出た。「今日、登録したばかりでいきなり討伐依頼とか、なに考えてるんだお前!?」


 思わず説教するような感じで、初対面の相手に怒鳴りつけてしまった。


「――まあ、そういう無茶はお前さんも他人のことはいえねぇが」

 ニヤニヤしながらガルテ先生がまぜっかえしてるけど、聞こえないフリをして続けた。


「いいか、俺たちがやってるのは遊びじゃないんだぞ! 仕事なんだ。『できませんでした』じゃ済まないし、その上、討伐依頼なんて言ったら命に関わるんだぞ! 甘く見るなよ!」


 その剣幕に驚いたように少年が目を丸くした。

「……驚いた。ずいぶん立派なことを言うんだねぇ」

 声変わり前の女の子みたいな声だった。


「……いや、まったくなぁ」

「……この調子で自分のことも鏡で見てくれるといいんですけどね」

 ガルテ先生とミーアさんもうんうん頷いている。


「茶化すな! あと二人とも、俺のことよりこいつのことですよ。なんで依頼を取り消さないんですか!?」


「いや、その……」


「すでに依頼を受けた後だから、取り消すとなると違約金を払わないといけないのよ。だけどそのお金がないっていうから困ってたの」

 なぜか歯切れの悪いガルテ先生に代わって、ミーアさんが説明してくれた。


「ちっ……!」

 一番駄目なパターンじゃないか!


「そんなわけでな、いきなり実績のない新人が借金できるわけもないし、悪いが骨を折っちゃくれねえか? その分のギルド・ポイントはお前さんの実績に加算するから」

 なんとか頼む、と先生に頭を下げられちゃ断るわけにもいかない。


「しょうがねーな。その討伐対象と、討伐期間はいつまでなんですか?」


「アーラから南へ行ったところに台地に古い墓地郡があるでしょう? あそこにスケルトンが1体現れたっていうから、これをできれば今晩中にお願いしたいの」


「今晩中か・・・」


 場所はわかるし、そう離れたところでもない(とは言っても騎鳥(エミュー)の足があればだけど)、スケルトンは剣で相手をするのはちょっと厄介だけど、手こずるって程の相手でもない。

 準備に時間がないのが痛いけど、日帰りできる場所なので手持ちの保存食とかでもなんとかなるだろう。


「――わかりました。でも、こういうことはこれっきりにしてくださいよ」


 そう言うと二人ともホッとした顔を見合わせた。


 どことなく妙な雰囲気に、俺が内心首を捻ってると、


「いやぁ、無理を言ってすまないね、ジョーイ」


 その無理の原因が、悪びれた様子もなく頭を下げた。なんだこいつ、いきなり呼び捨てとか、馴れ馴れしい奴だな。


「しょうがない。新人を助けるのも先輩の役割だからな。ところでお前の名前はなんて言うんだ?」


「そりゃ勿論、ひゅ――ああ、いや、えーと…ヒューだよ」


「ヒューか・・・」

 俺はふと、ちょっと前に一緒にいた、似たような名前をした女の子のことを思い出した。


 思い出すと胸がぽかぽか温かくなって、同時に痛い思い出に耽っている間に、なんか3人集まって小声で話をしてたみたいだけど、断片的にしか聞こえなかったので無視した。


「……そのままですなぁ」

「……しょうがないだろう、咄嗟にでたんだから!」

「……というか、なんでこれで気が付かないんでしょうね?」

「……そりゃ」

「……当然」

「「「ジョーイだから」」」


「ん? なんか呼んだ?」




 ◆◇◆◇




 そんなわけで俺はヒューと一緒に、ギルドを出たその足で、スケルトンが出るという墓地まで、南の街道を騎鳥(エミュー)で下って行った。


 驚いたのは、気難しい俺の騎鳥(エミュー)がヒューをひと目で気に入ったみたいで、嬉しげに喉を鳴らした鳴き声を出していたことだ。

 ヒューのほうもどこか懐かしげに、騎鳥(エミュー)の腹の辺りを撫でて、

「元気だったかい?」

 なんて言ってたし。


 ただ俺の後ろに座る時に、女の子みたいに両足を揃えて座ろうとしたのには参ったけど。


「ああ、すまないね。つい前の癖で…」

 って言ってたけどどんな癖だ? そういえば妙に仕草や歩き方も可愛らしいというか、女みたいなところがあるし、こいつ変な趣味ないだろうな?――と思った通り言葉に出したら、「えっ……」と絶句して、もの凄い落ち込んでたから多分大丈夫なんだろう。


 そういえば騎鳥(エミュー)に誰かを乗せるなんて、あいつ以来だなぁ。まあ、あいつはこいつ(ヒュー)みたいにゴツゴツしてなくて、もっと柔らかくて良い匂いがして……って、仕事前になに考えてるんだ俺!

 さっきこいつにも説教したろう。きちんと仕事をこなさないと。


 で、1時間ばかり街道を下ったところにある台地に、今回の依頼の墓地が20基くらいにあり、こうした忘れられた墓地とかでは、たまにこうしてゴーストとかアンデッドとかが生まれることもあるので、Eランク、Fランクの新人が定期的に草刈とか管理の手伝いをしてるんだけど、今回は運悪くスケルトンが生まれてしまったらしい。


 こういうのは神聖魔法の使える神官とかいれば一発なんだけど、なんかいまこの国は魔物の国の支配だとかなんとかで、ほとんどの神官が国外に退去してしまったそうだ。よくわからないけど。


 まあ神聖魔法は別に神官でなくても使えるのが、最近はわかってきたので――だいたいあいつも、もの凄い神聖魔法使ってたしな――民間の使い手も増えてはきたけど、やはり絶対数が少ないのが現状だ。


 なので最近は、こうしたアンデッド狩りの依頼も増えている。


「そういや、お前ど新人の癖によく、スケルトン退治とか受けるつもりになったな?」


 目的に着いた時にはずいぶんと陽も傾いていたので、俺は急いで騎鳥(エミュー)を適当な場所に繋いで、キャンプできそうな場所を選びながら、隣をついて歩くヒューに訊いてみた。


「ああ、いちおうボクが持っているこの剣には、光の魔法がかかっているからね。スケルトン程度ならかすっただけでも一発だと思ってね」

 そう言って鞘からズラした刀身から、白々とした光が夕闇の中へこぼれた。


「――魔剣か! すげえな!」

 思わず羨望の目で見てしまう。俺の剣はついこの間、買い換えたと思ったら粉々にへし折られたので、いまは新人の頃使ってた安物の剣だっつーのに!


 いや、安物なのが恥ずかしいんじゃない。せっかくあいつが買ってくれた剣をむざむざ無駄にした俺が情けないんだ・・・。


「どうしたんだい、急にしょんぼりして? 悩みがあれば聞くくらいはするよ」

 心配そうにそんなことを言うヒュー。


 世間知らずのお坊ちゃんかと思ったら、意外に気が利くなこいつ……なんか、あいつみたいだ。


 その後、キャンプ地も決めて、墓地にスケルトンが出てくるまでの間、手持ち無沙汰になった俺たちは、すっかり暗くなった台地で、焚き火を囲んでいろいろな話をした。


 いや、ほとんどが俺が話して、ヒューが相槌を打つだけだったんだけど、なんか昔からお互いに知り合いだったみたいに気楽に話すことができた。


 あいつのこと。守りたくても守れなかったこと。悔しくて情けなかったこと。


「……あいつ平気な顔をしてたけど、きっと俺のこと何も出来ない駄目な奴だと失望してたと思うんだ」

 だから、普通だったら口に出さない弱音も出ていた。


 だけどヒューの奴は、なんていうか…不思議な微笑を浮かべて言った。

「そんなことはないよ。君は最後まで逃げずに、全力で守ろうとしたんだろう? だったらその人も君を尊敬こそすれ、軽蔑するようなことはないと思うよ。それは絶対だよ」


 そう言われて、なんか心の重荷がストンと落ちた気がした。


「……そうか? そう思うか」


「勿論だよ!」

 力強く頷いた後で、なんか小声で「それにしても、意識のない間に胸揉まれてたのか…あっさり殺すんじゃなかったな…」ブツブツ言ってたけど、よく聞き取れなかった。


「そっか、よかった。ミーアさんからも似たようなこと言われたんだけど、お前にも言われてなんかスッキリしたな」


「へえ。そのミーアさんは何て言ったんだい?」


「いや、その後、あいつが見舞いに弁当を作ってもってきてくれたって話したら、『それは絶対好意を持ってるわっ。いいこと、10代前半の女の子がお弁当を作ってもってくるってことは、最大限の愛情表現なのよ! 「受け取ってもらえなかったらどうしよう」、「不味いって言われたらどうしよう」、「嫌な顔されたらどうしよう」という心の中の葛藤と不安を押し殺して、それでもなお相手に喜んでもらいたい、この気持ちに気付いてもらいたい、そう考え実践できる不屈の心を持った勇者だけが行われる神聖な儀式なの!! だから嫌われてるなんてないわ!』って言われたんだ、そんな弁当をパクパク食べて悪いことしたなぁ。……ってどうした、急に頭を抱えて?」


「――あの人は、なんでこう変なところで乙女を発揮するんだろ。自分でもうちょっと……あ、いやいや、なんでもないよ。てゆーか、それは考えすぎだよ! そこまで悲壮な覚悟完了でお弁当作る子なんていないよ。相手は普通にお弁当作ってくれただけだと思うよ。――うん、他意はないよ」


「? なんでお前が断言するんだ?」



 その後、夜中過ぎに現れたスケルトンをあっさり倒して(ほとんどヒューの剣が触れたら崩れた)、俺たちは一晩キャンプ地で夜を過ごしてアーラへ帰った。




 ◆◇◆◇




 さらに翌日。依頼を受けようと窓口に行ったところで、ガルテ先生が呼んでいるとということで、俺はギルド長室へ案内された。


「よう、ジョーイ。昨日はご苦労だったな」

 椅子に座ったガルテ先生に労われたけど、俺としては実際ほとんどヒューがスケルトンを倒したので、ついて行ったのは余計なお世話だったような気がしてしかたない。


 なのでそう言ったんだけど、

「いや、ヒューもずいぶんと感謝してたぞ。それでだ――」

 そう言って机の下から見覚えのある剣――ヒューの魔剣を出して、俺の前に置いた。


「ヒューから伝言だ。どうしても故郷へ帰らなけりゃいけない理由ができたので、冒険者は続けられないので、世話になったお前にこの剣を使って欲しい、てことだ」


 急な話に俺は息が止まった。

「ど、どういうことですか?! 昨日の今日でもう辞めるって!」


「詳しい事情は知らんよ。別れが寂しくなるからと言って、もうやっこさんは街を出た。だからこいつはお前さんのものだ」


「そんな……受け取れません。俺、なんにもしてないのに……」


「そう言うな。ヒューは本当に喜んでたぞ。お前と一晩話せて楽しかったって。だけど一緒には居られないから、こいつを代わりに残すってな。――なあ、お前がこの剣を使ってやれば、ヒューも一緒に冒険者を続けられる気がしたんじゃなねえか? だからその気持ちを汲んでやれ」


 そう言われてもう一度差し出された剣を、俺は両手で受け取った。


「わかりました。だけどこれは俺が預かるだけです。いつかヒューが戻ってきたら、きっと返します!」


 頷く俺をなんでか複雑な顔で見つめるガルテ先生がいた。




 ◆◇◆◇




 ジョーイが退室した後。


「……いいんですかい、陛下。こんな猿芝居までして」


 その声に応えて、別室へと続くドアが開いて中からいま話題になっていたヒューが顔を覗かせた。


「う~~む、なんで妙なところで頑固なんだろうねぇ。折れた剣のお詫びのつもりだったんだけど、普通に渡しても受け取らないと思ったから、ここまで迂遠な手段をとったのにねぇ」


「普通に陛下が笑って『あげる』と言えば問題なかったのでは?」


 様子を見ていたミーアも疑問の声をあげるが、ないないとヒューは手を振った。


「あそこまで罪悪感を持ってるのに、当の本人からもらえるわけないでしょ」


 それから自分自身の体を見下ろしため息をついた。

「――それにしても、この魔導人形やっぱり実用化は難しいみたいだねえ。ウチの国の技師が趣味で作ったんだけど、遠隔操作中は魔力を流しっ放しにしないといけないし、その間は本体が無防備になるし……」

だいたい獣王決定戦の日取りが決まるまでの暇つぶし期間中の出来事です。

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