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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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第十話 予選前日

 さて、なんだかんだあってあれから2週間後、アスミナに貸しておいた連絡用の使い魔が、ボクの見学許可を伝える族長会の決定と、『獣王決定戦』の詳細について書いた手紙を携えて戻ってきた。


「――ほう。腰の重い族長どもにしてみれば異例の速さですな」

 と言うのは、このたび正式にインペリアル・クリムゾンの初代武術指南役を襲名した獣王の言葉。


「当然であろう。姫の言葉は天の意、万難を排して優先されるべきもの。これ以上ウダウダと待たせるようであれば、妾が直接乗り込んで国ごと焼き滅ぼしていたところじゃったぞ。そも獣の眷属たるもの、群れを守るために即断即決で動かずしてなんとする。――これ獣王よ、この堕落、この体たらくの責任はお主にもあるのじゃぞ?」

 いつもの巫女姿でボクの隣に立っていた空穂(うつほ)が、愛用の扇子で口元を覆いながら冷ややかな視線を獣王へと向ける。


「誠にもって汗顔の至りにございます、神獣・空穂様」

 深々と頭を下げる獣王。


「まあ集団に対して、一概にだれがどうこう言ってもしかたないし、それよりも問題の『獣王決定戦』の方なんだけど……えーと、アスミナの手紙によると、『前略、お元気ですかヒユキ様。獣王襲名のため里に戻った義兄(あに)は、毎日わたしと一緒にいられて嬉しい悲鳴をあげています』・・・前置きはいいか」


 で、内容を大まかに要約すると――



 戦いは今日から20~24日後、クレス王国の聖地『聖獣の丘』で行われる。

 参加するのは各部族から選ばれた16名のつわもの達。

 これに先立ち8名ずつ2組に分かれて予選会が、20日後から3日かけて『聖獣の丘』(ふもと)の東西にある、『魔狼の餌場』と『地竜の寝床』双方で執り行われる。

 双方を勝ち上がってきた勝者の決定戦が翌日『聖獣の丘』で行われ、勝者が『獣王』となる。

 戦いにはあらゆる武器、防具の使用が許可される。

 ただし、弓矢、魔法などといった己の肉体を直接行使しないものは反則とする。

 また『獣王』に相応しくないと思われる戦い、行為があった際は即座に失格とする。

 勝敗は相手が戦闘不能と判断されるか、負けを認めた場合に決定する。

 勝敗決定後はいかなる抗議も受け付けない。

 また、対戦では双方の生死は問わず、お互いに遺恨を残さないこととする。



 だいたいこんな感じだった。


「ガチで殺し合いするんだねぇ」


 ボクの感想に獣王は軽く肩をすくめた。

「まあそれくらいでないとお互いに納得せんからな」


 歯に衣着せぬ物言いに同席していた天涯(てんがい)が何か言いたげな顔をしたけれど、彼の持つボクの『武術指南役』という肩書きに、不承不承文句を飲み込んだみたいだった。


 獣王の言葉に空穂も当然という顔で頷く。


「途中で大怪我とかしたら大変じゃ……ああ、治癒魔術で治すのか」


「そうなるな。まあ、ある程度は巫女の癒し手――獅子(ン・ゲルブ)族だと、アスミナがかなりの使い手だが――その能力で治せるが、四肢の欠損等はどうしようもない。その場合に棄権するかどうかは本人の判断になるのだが、まあ普通はそのまま戦いを継続して死ぬな」


 不毛な民族だねぇ。逃げるが勝ちって考え方はないんだろうねぇ。


 ちなみに獣王本人はこういう大会とか経ずに、その強さと高潔な精神を認められ『獣王』の称号を冠せられるようになったらしい。

 なら、こんな大会意味ないんじゃね? これで勝っても単に乱暴者が『獣王』になるだけなんだから――と訊いたら、今回の大会はあくまで『次代の獣王』その候補を選定するもので、正式な『獣王』ではないとのこと。


 現獣王及び各族長が、その強さ及び精神を見定めて、問題ないと認めて初めて正式な『獣王』になれる、というものだけど。それでも今回のクレス王国の件は一任するということで、『国の行く末<獣王の称号』という関係らしい。いい加減なものだねぇ。


「あと参加者名簿も添付されているけど、師匠の目から見てどうかな、レヴァンは勝てそうかい?」

 ボクは獣王の方へ参加者名簿を差し出した。


 この世界の獣人は基本3種類だった『E・H・O』エターナル・ホライゾン・オンラインと違って、種類が多すぎて、どんな能力を持っているか予測できないんだよね。


「勝負は水物ですからな。蓋を開けてみるまでなんとも言えませんな」

 言いつつ目を細め、命都(みこと)経由でボクから受け取った名簿に視線を走らせる獣王。


「ふむ、主だったところだと、虎人族の族長アケロン。確か部族間紛争では負けなしで、『豪腕』の異名を持つ男だったかな。これは手強い。馬鹿弟子の勝率は4割行くかどうか・・・。

 次に豹人族の勇者ダビド。槍の名手で、槍一本で地竜を葬ったとか。これも油断すれば負けますな。

 熊人族の『巨岩』エウゲン。3mを越える巨体と700kgの体重はそれだけで武器。正面から戦うのは無謀だが、はて、あの馬鹿がからめ手を使えるか。

 あとは、蛇人族の傭兵キリル。ただでさえ強靭な外殻と柔軟な動き、そして毒牙で恐れられる民族の蛇人族にあって、さらに傭兵としての実戦も豊富ときては、はてさてどうなることか」

 なんか不安材料を楽しそうに語る獣王。


「――それってレヴァン、けっこうピンチっぽく聞こえるんだけど?」


「実際かなり分は悪いな。――とは言え、初めから勝てるとわかっている勝負をしてもしかたあるまい?」


 そーか? ボクは勝てる勝負しかやりたくないけど? つーか、命をチップに博打とかするのは阿呆にしか思えないけどねぇ。


 首を捻ったボクの表情から大体察したのだろう、

『まったく、これだから女は……。所詮、男の浪漫をわからんのだなぁ』

 という風な眼差しで、「ふっ――」と軽く鼻で笑って、再び参加者名簿に目を落とされた。


 ・・・なんかすげー悔しいんですけど。


「あとめぼしい相手は………うん?」

 珍しく困惑の色もあらわにする獣王。


「どうかした?」


「兎人族だと? 冒険者クロエ・・・聞いたこともないが、女か?」


「珍しいの?」


「兎人族が参加すること自体普通ならあり得んのに、まして女となると前代未聞だな」

 どうなっとるんだ……と小声で呟きながら首を捻る。


 どうやら獣人族の感覚的には、横綱審査の対象に女性の力士が入っていた、というぐらい驚天動地の出来事らしい。

 ボクとしては『E・H・O』エターナル・ホライゾン・オンラインで普通に、ウサミミ女子キャラの剣士とかいたので、特に珍しいとは思えなかったけど……って。


「・・・まさか、プレーヤー?」

 途端、室内の注目がボクに集まった。


「そのクロエなる者、超越者(プレーヤー)の可能性があるのでございましょうか?」

 眉をひそめた空穂の質問にボクも首を捻った。


「名前は聞いたことないかな……少なくとも爵位持ちには居なかったけど、可能性はあるかなぁ。本来あり得ない種族のあり得ない性別の代表者が出てるってことは、よほどずば抜けた実力をもってるってことだろうからねぇ」

 プレーヤーなら十分可能だね。


 てっきりこうした直接的な手段は行使しないかと思ったけど、さっきの獣王の話しぶりからすれば、優勝さえすれば取りあえずはクレス王国の舵取りは可能になるわけだから、どこの馬の骨かわからない、そのクロエだっけか? が優勝しても問題ないってことだよね。


 まあ他には本命は別に居て、手強そうな相手をプレーヤーが倒しておいて、最後に出来レースで本命に勝たせるとか。


 或いはボクが見学に訪れるのが判明して、わざと目立つポジションにそれを配置して、こちらの注意を向けさせて、なにか仕掛けてくるか。


 ・・・いまの段階では、どうにも判断がつかないね。


「どちらにせよ一筋縄ではいきそうにないねぇ。レヴァン君大丈夫なのかな?」

 まあ駄目なら駄目でわりとどうでもいいんだけど。




 ◆◇◆◇




 そして予選会前日、各部族の天幕(テント)が点々と並ぶ『聖獣の丘』の麓、『魔狼の餌場』の一角に見慣れた獅子(ン・ゲルブ)族の天幕(テント)があった。


「やあやあ、調子はどうだい二人とも? 予選会はこっちの組に決まったんだねぇ」


 密かに訪れた天幕(テント)の中、ジシスさんに案内してもらったその先に、馴染みの顔があった。


「あ、ヒユキ様お久しぶりでーす! わたしは元気ですよ!!」

 いつもの格好で、いつもの快活さでボクの両手を取って、ぶんぶん振り回すアスミナ。

 後ろでジシスさんがアワアワいってるけど、当然のように聞いちゃ居ない。


「ただ――」

 ここで言いにくそうに視線を投げた先、天幕(テント)の隅のほうでレヴァンが黄昏ていた。


「……なにあれ?」


「えーと、ですね。今日、予選の組み合わせが決まり、義兄(あに)の対戦相手が決まったのですが、1回戦第一試合で相手が兎人族の女戦士となりまして・・・」


 ほうほう、いきなり本命とぶつかったわけだね。


「それを聞いてやる気がなくなり、ああしてやさぐれているわけです」


 ・・・・・・。

「――いや、別に種族や性別は関係なく、強い人は強いよ?」

 仮に相手がプレーヤーだとしたら種族や性別とか関係ないし。


「そう説得したのですけど、どうにもやる気が起きないようで・・・」

 ほとほと手を焼いた、という風なアスミナ。


「………」

 むっ、なぜか胸の辺りがむかむかするものがあるねぇ。


『姫、あのタワケ者に女子(おなご)がいかほど強き者か、しつけ直したほうがよろしいかと?』


『うん、そうだね』

 ――あ、いやいや、この場合は女子の立場じゃなくて、見た目とか先入観で決めて掛かる相手が気に食わないという意味なので、悪しからず。


「ほう、ずいぶんな自信だな」


 と、ボクが口を開くよりも先に、天幕(テント)の入り口の布を押し上げて、見慣れた巨体が堂々と入ってきた。


「――大伯父様!!」

「――師匠っ!?」

「――獣王様!」


 慌てて立ち上がって礼をする三人。


 いつもの濃紺のローブをまとった獣王は、いつもの自然体でそれを流し、じろりと弟子(レヴァン)の顔を見た。

「ちょうど良い。儂が居ない間にどれほど腕を上げたか確認の意味も込めて、お前、緋雪陛下に少々揉んでもらえ」


「はあ――?!」

 なにを馬鹿なという顔で、ボクと獣王の顔とを見比べるレヴァン。


 一方、アスミナの方は薄々ボクの力量を感じ取っていたんだろう。まだ気が付かないのか、この義兄(ボケ)は! という顔で額を押さえて天を向いた。


「陛下を相手に3分もったら合格。それ以下だったお前は破門だ。この大会に出ることもまかりならん。――よいな? 陛下もよろしいでしょうか?」


「いいよ~」


 頷くボクと、まだ意味がつかめず目を白黒させているレヴァン。

 こういう天狗の鼻をへし折るのが楽しいんだよねぇ。

う~~ん、妹ちゃんは動かしやすいんですけど、スカな兄貴は個人的に嫌いなタイプなので動かし辛いですね(`-д-;)ゞ

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