第九話 霊山夜話
前回の終わりを見て今回、緋雪VSレヴァンを期待された方、申し訳ありません。
「クレス王国の現在の状況はわかってると思うけど、なんで『獣王の後継者』たる君が、こんな山奥で無聊をかこってるわけ? やることあるんじゃないの?」
ボクの言葉にレヴァンはぐっと唇を噛み締めた。
「それは、わかってます。……ですがオレにはまだ『獣王』の名は重過ぎます。だからここで自分を見つめ直していたいんです」
「?――もうちょい具体的に言ってもらえないかな」
「えーと、つまりですね・・・」義兄に代わってアスミナが口を開いた。「『獣王になると責任と義務がついてまわって面倒臭いから、仕事しないで一人で気軽に遊びまわれるこの場所から動きたくない』と義兄は言っています」
・・・それって「働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!」と言ってるニートの主張じゃね?
まさかそんなことないよね? とレヴァンに視線で問いかけると、
「・・・そんなことはないですよ。修行のためです」
と答えたんだけど、一瞬、その目が泳いだのをボクの目は見逃さなかった――をい!
そーいえば、アスミナが持ってきた夜食と朝食も普通に受け取っていたし、食べて寝て遊べる環境に順応しまくってる感がありありだし、マジで駄目人間かこの男?!
『――姫、このウツケを魂魄すら残さず滅してもよろしゅうございますね?』
空穂が質問ではなく、確認の口調でそう訊いてきた。
あー、なんかそれでも問題ないような気がしてきたなぁ・・・(ちなみに身体の欠損部分が大きいとさすがに蘇生できない)。
いいよ、と答えるより一瞬早く、アスミナの肘打ちが神速の早さで、レヴァンのわき腹――肝臓の辺りを的確にえぐるように打ち抜いた。
「ぐおおおっ――!!!」
「勿論、義兄は誠心誠意、獣王の大役を務める所存ではあります! そして近い将来、クレス王国のみならず、獣王を崇める全ての獣人の先頭に立って、陛下のお役に立つ、そしてわたしを妻に迎えて薔薇色の将来を約束してくれる――そう常日頃から公言しています!」
悶絶しているレヴァンを尻目にアスミナが一気呵成に言い放った。
「……妻とか…言ってねえ…ぞ……」
そしてなんか呻きながら反論しているレヴァンの首根っこを掴んで、無理やり起こして、
「それに間違いないですよね! レヴァン義兄様!」
力任せに頭を掴んで、腹話術の人形みたいにガクガク首肯させた。
「・・・ということで、おわかりいただけましたでしょうか、ヒユキ様」
やり遂げた漢のような、やたら良い笑顔のアスミナに向かって、ボクはうんうん頷くしかなかった。
――妹こわーっ、マジ怖い!!
『………』
さすがの空穂も絶句してる。
てか、いい加減頭を振り過ぎて、良い按配にレヴァンの脳内麻薬がダダ漏れで、半分魂が抜けかけてるんだけど・・・問題ないんかな。まあいいか、ツッコミ入れたくないし。
「えーと、じゃあ今後はクレス王国の連邦からの独立と、我が国への所属を行うということで問題ないのかな?」
来る前はいろいろ懸念してたけど、案外簡単に話し合いで決まりそうだね。……気のせいか肝心の旗頭が蚊帳の外のような気もするけど。
まあこの勢いなら問題ないだろうね。
「わたし…じゃなくて、義兄はそれで良いのですが・・・」
白目を剥いているレヴァンをさり気なく膝枕しながら――あまり羨ましくないのはなぜだろう?――そう答えるアスミナだけど、ここで若干歯切れが悪くなった。
「恥を忍んで申しますと、実はこの義兄がスカポンタンなせいで、他の部族から不安の声があげっておりまして」
スカの部分で思いっきりレヴァンの頭を叩くアスミナ。
「――ぐほっ」
潰れた蛙のような声をあげるレヴァンの顔を見て、まあそーだろうね、と納得した。
「さすがに現獣王である大伯父様の手前、表立って反対はしておりませんが・・・」
「大伯父?」
「あ、はい。私の祖父の兄に当たります」
「ほーっ」そういう関係か。
「その関係で乳兄妹である義兄は、小さい時から才能を見出されて稽古をつけらていたので、いつしか『獣王の後継者』などと呼ばれるようになったのですけど、中には色眼鏡で見る向きもありまして、そうした煩わしさから逃れるために、ここに篭っているのかもしれません」
『なんとも不甲斐ない男子よのぉ。獣の眷属であれば戦う気概を見せねば舐められるであろうに』
忌々しげに吐き捨てる空穂。
「そこへ振って湧いた、先日の大伯父のクレス=ケンスルーナ連邦からの脱退と、インペリアル・クリムゾンの属国への加入についての発言です。急遽族長会議を執り行い話し合いがもたれたのですが……最終的な結論としまして、『次代の獣王の判断に任せる』というものに決まりました」
「つまり、コレ次第?」
ボクは相変わらず義妹の膝の上で意識不明で、時々「…やめろ、アスミナ、オレのパンツを…」と微妙に悪夢にうなされているらしい、レヴァンを指差した。
「いえ、コレではなく『次代の獣王』です」
「――? 他にも候補者がいるの?」
なんとなく頭の中に、本家だの次世代だの正統だの革新的だのといった獣王シリーズがずらりと並んだ光景が浮かんだ。
「いままではいなかったんですけどねー。義兄に『獣王』たる資格があるのかどうか、また他部族にも我こそ最強と自称する者も多いので、実際に戦って『獣王』を決定しようということになりました。あ、勿論、現獣王たる大伯父も承知しています」
聞いてないよ! あんにゃろ、さては面白がって黙ってたな。
「――それがいまこんな山の中に隠れてるってことは、自信がないので放棄したってことかな?」
『時間の無駄でありましたな、姫』
『そうだね』
「いえいえ、そうではなく。義兄としては、やるまでもなく――大伯父は別にしても――目に見えた勝負など馬鹿馬鹿しくて興味がもてないのです! でも実際はやる気十分です! そうですよね、レヴァン義兄様!!」
『――ウン、他ノ候補者ナンテボコボコニシテヤンヨ!』
死人踊りのような具合に背中で支えつつ、だらーんとしたレヴァンの両手を取って無理やりポーズをつけ、裏声で声帯模写をするアスミナ。
どんな反応すりゃいいのかね、この場合。
「・・・と、このように義兄も内に秘めた闘志で武者震いしております」
いや、それいま無茶な動きをさせたせいでの断末魔の痙攣。
「……まあいいけどさ、じゃあその『獣王決定戦』とかには出場して、優勝する自信はあるわけだね?」
ボクはレヴァンに治癒しながらアスミナに訊いてみた。
つーか、文字通りの傀儡だね、コレ。でも、まあこの子がいれば本人がポンコツでも、なんとかなりそうな気がするねぇ。
「はい、大丈夫です!――と言いたいところなのですが・・・」
意外なことにアスミナは若干、躊躇いをみせた。
「これはわたしの巫女としての直感なのですが、獣人族の守り神である神獣様の加護が義兄から離れているような・・・」
『まあ、確かにこんなウツケどうなろうと知ったことではないわな』
空穂が心底興味のない口調で同意した。
「そして、それ以外のなにか世界に渦巻く悪意の渦が伸ばされているような、そんな気がするのです」
世界の悪意ねえ。そういえばらぽっくさんらしき男が『この世界の神様の命令』って言ってたらしいけど、神様気取りの相手がいるとすれば・・・考えてみればこれって、絶好の機会だよね。
獣王になりさえすれば、合法的にクレス=ケンスルーナ連邦の半分を支配することになるんだし(まあやってることはボクも同じだけどさ)。
「ねえ、アスミナ。最近、他の部族――狼人族、猫人族、兎人族で見知らぬ強力な戦士が急に現れたとか聞いたことない?」
ちなみにいま上げた3つはいずれも『E・H・O』でプレーヤーが作成できたキャラクターの種族だ。
「狼人族、猫人族ですか? あまり交流がないので聞いたことはありませんね。兎人族はそもそも代表が出場しないと思いますし。――あ、ただ、最近、他部族の間に見たこともない強力な武具が出回っていると聞いたことがあります」
首を傾げたアスミナの言葉に、ボクも腕組みして考えた。
なるほど直接プレーヤーが顔を出すんじゃなくて、ワンクッション置いて強力なアイテムを与えて間接的に支配するつもりか。
考えてみれば『獣王』は獣人族の代表者。いくら強者に従うのが習いとはいえ、どこの馬の骨だかわからない相手に従うのは反発もあるだろうからね。
そうなるとどんなアイテムを使っているのか、現地で確認する必要がありそうだね。
「その『獣王決定戦』に私も見学に行きたいんだけど、それって大丈夫なのかな?」
「……微妙なところですね。基本的に参加する部族の者のみが見学を許されますので。ですが、ヒユキ様は今後、宗主国になるかも知れぬ国の盟主ですから、ジシスと相談して族長会へ取り図れば、あるいは」
「――ふむ。お願いできるかな?」
「はい、任せてください」
まあ駄目な時には空穂に登場願って、神獣のご威光で見学をお願いすることにしてもいいしね。
『わかり申した姫。――とはいえ、姫の希望を叶えぬなどと、たわけたことをぬかした時点で、族長会とやらの足りぬ頭の持ち主は全員くびり殺してご覧にいれましょうぞ』
う~~む、できれば平和的に済めばいいんだけどねぇ。
この後、アスミナが意識のないレヴァンを背負って集落へ戻り、いそいそと一緒の布団で眠りましたw
12/18 誤字脱字修正いたしました。
×ここに篭ってのかもしれません→ここに篭っているのかもしれません
×いままではいなかた→○いままではいなかった