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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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幕間 薔薇乃棘

番外編として書いたものですが、本編に係わり合いが深いので8.5話というところですね。

今回は獣王対緋雪です。

 アミティア共和国の首都アーラ。その後背にそびえる白龍山脈の麓にある高原で、大小二つの影が踊るように攻防を繰り返していた。


 片や濃紺のローブを着た身長2mを越える(いわお)のような堂々たる肉体をもった獅子の獣人。雪のように白くなった髪と髭、そして厳しい顔に刻み込まれた皺の数々が年輪を感じさせるが、衰えという印象は一切無く、より重厚さを増すアクセントと化していた。


 片や薔薇のコサージュをあしらった黒のドレスを着た12~13歳の少女。漆黒の髪に緋色の瞳、白い肌はまるで芸術品のような美しさであり、ただ立っているだけでも華やかな輝きを放って周囲の視線をひき付けずにはいられないだろう、恐ろしいまでの美貌の少女であった。


 その少女が片手に薔薇の花を装飾とした細身の長剣を持ち、老獅子へと立ち向かっている。


 傍目には無謀な対決としか思えない。身長差で60cm、体重に至っては3分の1にしか満たない少女が、百戦錬磨と思える獅子と対峙しているのである。

 一瞬にして散らされる――そう誰もが思うところであろう。


 だが、その予測に反していまのところほぼ互角――いや、見た目には少女の方が一方的に押しているようにすら思えた。




 ◆◇◆◇




「……こっちはほぼフル装備で、補助魔法(バフ)までかけてるっていうのに、この有様かい。舐めていたわけじゃないけど、さすがは兄丸(あにまる)さんを圧倒しただけのことはあるね」


 ヒット・アンド・アウェイで、前後左右上下まで使って攻撃を加えているというのに、全身に目があるように躱され、拳の先で両刃の剣である『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』の腹を弾かれベクトルを変えられ、さらにカウンターで攻撃がくる。

 ちょっと隙があると、軸足やら手首やらを掴まれ、一瞬にして投げ飛ばされる。


 一瞬たりと油断できない獣王の戦いっぷり。

 この試合を始めてから何回目になるかわからない投げを食らって、空中で姿勢を制御して地面に足をつけると同時に、踏み込みで距離を置いたボクは、自分でもうんざりした口調で話しかけた。


 こんなことなら気楽に、

『そういえば、私は意識がなかったんで見てないんだけど、どうやって兄丸さんをあそこまで追い詰めたわけ?』

『どうと言われてもな。普通に戦っただけだぞ。なんなら手合わせでもしてみるか、お嬢さん?』

『あ、いいね。じゃあやってみよう』

 なんて調子で試合するんじゃなかったよ(で、なるべく人目のつかない、お互いに手加減なしで戦えるここにしたんだけど)。


「それはこっちの台詞だな。まるで四方八方から襲ってくる(いしゆみ)と戦っておるようだわい。しかもお嬢さんは体重が軽すぎて、儂の投げもほとんど威力を殺されてしまう。おまけにほとんど集中を切らさないから隙もない。あのタワケ者なんぞより、よほど手強いわ」


 やれやれという感じで肩をすくめる獣王。


「まあその辺りは相性だろうねぇ。兄丸さんも接近戦メインだったから噛み合ったんだろうし、あとは経験の差と慢心、未知のスキルに対応できなかった応用力の足りなさが敗因ってところかな?」


 いままでの獣王との試合の流れから、ボクなりに兄丸さんが敗れた要因を推測してみた。


 それに対して獣王は察しの良い生徒の回答を聞いた教師のような顔で微笑した。

「これだけでそこまで理解するとは、たいしたものだ。――どうだお嬢さん、この試合が終わったら正式に儂の弟子にならんか? いや、儂の方から頭を下げてお願いする立場か」


「ん~~っ、正直、私は強くなりたいとか、そーいうのは、あんまし興味ないんだけど……」

 強さなんて相対的なものだし、いちいち上を見たらきりがないし、現状この世界で生きていく分には十分過ぎる能力もあるしねぇ。


 その内心が顔に出たのか、獣王は出来のよい生徒に満足した顔で頷いた。


「そうだな。強さを遮二無二求めるのは強さを持たない弱者であり、真の強者はそうした渇望からは無縁なところに存在する。お嬢さんの選択は正しい……とはいえ、目の前に荒削りの宝石があるのは、どうにも我慢ができんところだな」


 ふむ――まあ確かにらぽっくさんも敵に回ったみたいだし、多少はアレに対抗できるくらいの努力は必要かも知れないね。

 同時に稀人(まろうど)やジョーイ、まだ見ぬ獣王の後継者などといった、今後まだまだ伸び(しろ)のありそうな(いや、ジョーイはないか?)面々の顔が浮かんだ。


「んじゃ、クレス王国の件が片付いたら、私の個人的な師匠ではなくてインペリアル・クリムゾンの武術指南役ってことでどうかな? 何人か他に教えて欲しい相手もいるし」


「よかろう、その条件で。ああ、クレス王国の件は成功しようが失敗しようが、すでに儂の手を離れた話だからな。どちらにせよその役は受けるぞ。せいぜい給料を弾んでもらうか」


「宮殿だろうが、ハーレムだろうが、金銀財宝だろうが好きなだけあげるよ」


「この年齢(とし)でそんなものは邪魔なだけだな。まあ、せいぜい三食美味い飯と美味い酒があればあれば十分だわい」


 その言葉に、動物園の檻の中で寝転がってるライオンが連想された。

「……そんなんで牙や爪は錆び付かない?」


「そんな柔には鍛えておらん」


「じゃあそのあたり本当かどうか、そろそろ奥の手も含めて見せてもらおうかな・・・」


 ボクの挑発を受けて立つ、という顔で獰猛な笑みを浮かべた獣王が、初めて自分から動いた。

 跳び込んでの中段突き。

 早いことは早いけど対処できない速さじゃない――というか、吸血姫(ボク)の目にはかなりスローモーに見える。


 余裕を持って躱したところで――いきなりカクン、とコマ落としのように拳の軌道が変わり、退避したその場所に待っていたかのように伸びた突きが、ボクのわき腹に当たり、

「――覇っ!」

 さらにそこから未知の衝撃が体を突き抜け、一撃でボクの体を数m吹き飛ばした。


 ゴロゴロと草叢を転がり、どうにか立ち上がったけど――ダメージが抜け切らない――足が震える。


 慌ててステータスウィンドウを見ると、いまだにじりじりとHP(ヒットポイント)が削られている。ステータス異常はないので、毒とかは使われていないけど・・・そうなるとこれは貫通継続ダメージ?

 この状態になる時は、体に矢や弾丸が残っているのが前提なんだけど、そうしたものが刺さっている様子はない。

 と言うことはさっきの攻撃も含めて、これが獣王の奥の手ってことか。


「――どうかな、剄を使った攻撃を受けての感想は?」


「面白いねぇ。やっぱり積み重ねられた技術ってのは侮れないわ」

 うん。学ぶだけの価値はありそうだね。


「他にも応用はいくらでもあるぞ。もう少々後学のため受けてみたらどうかな」


「えーっ、痛いのは嫌だねぇ。それに――」


「うん?」


「・・・一発受けて、大体の原理と対処方法はわかったよ」


 ボクの言葉の真贋を判断しかねてか、獣王は軽く目を細めた。

「ほう、どうやるのかね?」


「ん~~と、とりあえずは……『薔薇の棘(ソーン・オープン)』」


 キーワードを唱えると、ボクの左手装備『薔薇なる鋼鉄アイゼルネ・ユングフラウ』の表面に巻き付いていた薔薇の蔦が蠢き、離れてボクを中心に大地へと円状に広がった。


「――ふむ」

 その輪の中に一歩踏み出そうとした獣王の爪先を掠めて、薔薇の蔦が生き物のように跳ねる。


「ああ、それ棘には毒があるから気をつけたほうがいいよ」


 ボクの警告に渋い顔をする獣王。

「まさか距離を置けば問題ないとでも思ったのかね?」


「………」

 ボクは答えない――いや、いまは答えられないと言うべきだろう。


 失望したような顔で軽く肩をすくめる――フリをすると同時に、鉄釘に似た投擲武器を一瞬にして5本バラバラの軌道で投げつける獣王。


 それを素早く跳ね上がった蔦の壁が弾き返す。

 だけど、一瞬視界が閉ざされた間隙を縫って、密度が薄くなった正面から獣王が踊り込んできた。


 それを迎え撃とうと、無数の蔦が鞭の嵐と化して襲いかかる。だが獣王のフェイントを取り混ぜた動きに対処しきれず、全て空を切った。


「終わりだな」

 獣王の右拳がボクの鳩尾を貫いた――いや、正確には薄皮一枚を触った瞬間、

「――なに!」

 獣王は息を呑んだ。自分が打ち抜いたはずのボクの体が、一瞬で消え、直線状に伸び切った自分の腕の上に立っているのを見て。


 同時にその姿勢からボクの爪先が獣王の顎を捉える。


 だが、それが届くよりわずかに早く、後退しながらボクを払い落とした獣王が、「しゅっ!」という気合と共に、突きを放つ。

 素早く躱したボクの移動先へと、再びコマ落としのように動いた拳が――何もない空間に踊り、「!?」一瞬の驚愕の隙を突いて、ほとんど地面に着くほど水平に両足を広げた姿勢で、それを躱したボクはそこから両足首のバネのみを使い、下からすくい上げるような一撃でもって獣王の胴体を薙ぐ。


 ギリギリ胸元のローブを真一文字に裂かれた獣王が、ボクから距離を置いて、感嘆のため息をついた。


「ハッタリかとも思ったが、確かに儂の技に対応しておる。どうやった?」


「んー・・・まあけっこう力技なんだけどね」

 ボクは痛む頭に眉をしかめながら種明かしをした。

「『並列思考』だよ」


「ほう、お嬢さんのお仲間だったとかいう九刀流の騎士が使うというそれかね?」


「真似事だけどね。以前にらぽっくさんにコツを教わって練習したんだけど、私じゃ使うまでに数秒間、準備に時間がかかるのと、使っても数分がやっとってところなんだよね」


 なので、あんまし実戦向きじゃないんだけど、今回は使わないと対処できないのがわかったからねぇ。


「――で、さっきの『剄を使った攻撃』っての。あれって要するにインパクトの瞬間ではなくて、超密着した間合いからやたら『重い』攻撃を打ち込んでくる技だよね?」


 ばれたか、という顔でにやりと笑う獣王。


「なのでわずかにラグがあるから、そのラグを利用して反撃したわけ。あとあのカクカク動く攻撃は、こっちの動きを先読みして、無駄を省いた最小限の動きで対応しているみたいだったから、本来の動きとは別方向に動いてみたんだ」


 そう言うと、今度こそ獣王は破顔した。


「わずか一当てでそこまで見抜いたか! たいした才能だ!」


「いや、どうかなぁ・・・? らぽっくさんみたいな本当の生まれつきの天才と違って、私の場合は努力してもこの程度なんだし」

 単に器用貧乏なだけの気がするんだけどね。


「ふん、天才なんぞ面白みも教え甲斐もないわ。……それよりもどうするね、まだ続けるかな?」


「いや、やめとくよ。これやると頭がパンクしそうになるからねぇ。続きはクレス王国から戻ってからにするよ」


 ボクは手にした『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』その他を、収納スペース(インベントリ)にしまい込んだ。

 それからふと気になって、獣王に訊いてみた。


「その『後継者』ってのも、同じくらい強いの?」


 その質問に、「ふむ」と厳つい顔の額の辺りの皺を深める獣王。


「将来性はあるのだがな。いまの段階では普通に戦っても、お嬢さん相手だと・・・まあ、2分保つかどうか、というところかな」


「ふ~~ん。まあ、判断に迷うようなら手合わせしても良いかもね。3分保ったら一応認めるとか」


 冗談で言った言葉に、獣王が重々しく頷いた。


「うむ。確かにその程度の腑抜けでは、儂も後継者に認めるわけにはいかんな。存分に痛めつけてくれてかまわん」


 ありゃ、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすを地で行くんだねぇ。


「まあ、なるべく平和的にお話し合いで終わればいいんだけどねぇ」


 とは言え、相手は弱肉強食の獣人族。どう考えても話し合いとか難しいんだろうなぁ、と思って肩をすくめた。

ご感想の中で獣王を緋雪の師匠に、というご意見がありました。


いちおう当初からその構想はあったのですけど、作中でも言ってますが緋雪の性格があまりガツガツした戦い向きではないので、どちらかというとその他の戦力の底上げ要員という形になりました(ジョーイとかジョーイとかジョーイとか)。


ちなみにこの二人、相性的に緋雪が有利なので、本気の死闘となると高確率で緋雪が勝ちます(緋雪は短期決戦より時間をかけてのマラソン勝負が本領ですので、高齢の獣王がもちません)。


9/4 誤用がありましたので修正しました。

×平行思考→○並列思考

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