第八話 獣王後継
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「……失礼の段、まことに申し訳ありませんでした」
地面に直接獣毛が敷いてあるだけの床は、座るとお尻がごつごつ痛いので、手頃な木箱を椅子代わりにしたボクに対して、狭い天幕の入り口近くの下座に正座した獅子族若長のレヴァンが、どことなくやつれた顔つきで深々と土下座した。
ちなみに着ているものは、さすがにタオル一枚ではなく――まあ、それもあの後、怒り狂った空穂と刻耀によって、ボコボコにされる途中で脱げて、見たくないので顔を背けたけどさ――現在、当然のような顔で隣に座ってる、義妹と良く似た民族衣装になっている。
ただし義妹が白と赤を基調としているのに対して、こちらは白と青で、あとワンポイントで頭に青いバンダナをしているところが違いといえば違いだろう。
これに併せて、アスミナも一緒に頭を下げた。
「ヒユキ様、常識知らずで粗忽な義兄で、本当に申し訳ございません」
『お前が言うなっ!!』――と喉元まで出かかった叫びを、大事なお客様の手前、プルプル震えながらギリギリ押さえたらしいレヴァン。
まあ、気持ちはわかるよ。ボクも危うく同じツッコミ入れるところだったからねぇ。
「うぐぐぐぐ・・・」とレヴァンは喉の奥で呻き、歯軋りしつつアスミナを横目で睨んだ。「・・・元はといえば覗きに誘ったお前が原因じゃねーか。さっきはマジで死に掛けて、お花畑の向こうで手招きする、死んだ親父たちが見えたぞ」
いや、死に掛けたというか・・・手加減抜きで空穂と刻耀が殴る蹴るしたせいで(上空の出雲とその他はさすがに止めた)、100%死んで温泉に土左衛門みたいにぷっかりと浮いてたのを、ボクが完全蘇生したんだけどねぇ。
とはいえさすがは『獣王の後継者』。あの二人相手に瞬殺されず、20秒近く全裸で頑張ったのはたいしたものだね。そこには感心したよ。あと義兄がそういう事態になっているのに、原因を作った当人が鼻の下伸ばして、かぶりつきで覗き続けていたのにも、ある意味感心したよ。
「そもそも誰が来るかわからない山道に、はた迷惑にも罠を仕掛けるレヴァン義兄様が原因でしょう」
そこらへんは馬耳東風で、さらりと受け流すアスミナ。
「お前が変態行為をしなきゃ、あんな真似もせんわ!」
小声で毒づくレヴァン。
義兄の入浴を覗くため、毎日2時間近くかけて山登りする義妹と、それを阻止するためにいたるところに罠を仕掛ける義兄・・・なんか、どっちもどっちだねぇ。
「――まあその辺りは身内の話だからどーでもいいんだけどさ」
というか関わりになりたくない。
なので別の角度から――来る前から気になっていた質問をレヴァンに投げかけてみた。
「基本的な質問なんだけど、なんで君こんな山奥に暮らしてるの?」
「頭のおかしい義妹から身を守るためですっ」
きっぱりとした答えが返ってきた。
……いや、それは理解できるんだけどさ。
「レヴァン義兄様、ヒユキ様は真面目な質問をされてるのですから、いつものふざけた冗談ではなく、きちんとお答えしてはいかがですか?」
嘆かわしい、という顔で窘めるアスミナの態度に、さすがに堪忍袋の緒が切れたのか、人目もはばからずに怒鳴りつけるレヴァン。
「冗談ではない! 里に居た時は勝手に俺の食器を処分して夫婦茶碗にするわ、必ず布団に枕を二組用意するわ、24時間、霊獣で見張って、道端で他の女と世間話しただけで攻撃法術飛ばしてくるわ! 俺が居なくなったお陰で、やっとお前がまともに日中修行をするようになったと、ジシスも喜んでたぞ!!」
「どれも可愛い義妹の邪気のない戯れじゃない」
「邪気も下心もありありだろうが!!」
なんか会話がまたもやループしてきたねぇ。
「・・・いや、私が聞きたいのはそういう個人的な理由ではなく、この国の現在の情勢に対する君の立場としての問題なんだけど?」
韜晦してるのか、あえて話題の核心から目を背けようとしているのかは知らないけれど、ここ――『獣王の後継者』としての彼のスタンス――を聞かないことには話にならない。
数日前の獣王との対話を思い出しながら、ボクはずばり直線で訊いてみた。
◆◇◆◇
『クレス=ケンスルーナ連邦の中核をなすクレス王国が連邦を脱退し、インペリアル・クリムゾンの傘下に収まる』
さらりと爆弾発言をした獣王の言葉に、コラード国王は目を剥き、稀人は再び面白そうなニヤニヤ笑いを浮かべ、天涯は「だからどうした、世界は姫様のモノだ」と言わんばかりの表情で軽く受け止め、ボクは――首を捻った。
「――なんで?」
「どうしてと言われもな。・・・身も蓋もない言い方をすれば、それしかクレス王国が生き延びる道がないから、と答えるしかないな」
なるほど、わからん。
「クレス=ケンスルーナ連邦って大陸最大国家なんじゃないの? その中核をなすクレス王国がなんで崖っぷちみたいな言い方をするわけ?」
おじいちゃん、ボケたか?
「ところがその大陸最大が張子の虎もいいところでな。実態はクレス王国とケンスルーナ国を中核とした寄せ集め集団に過ぎん」
軽く肩をすくめる獣王。
「ちなみにクレスは王国を名乗っていますが、明確な国王というものは存在しません。幾つもの獣人種族が部族単位で国を構成し、なにか重要時には主要な部族長が集まり舵取りを行います」
コラード国王がすかさず注釈を加えてくれた。
「じゃあ『獣王』ってのは?」
「単なるお飾りの称号にしか過ぎんな」
軽く口元を歪めて笑って答えた獣王本人の言葉を、コラード国王が全力で否定する。
「とんでもありません! 『獣王』は獣人族最強の戦士に贈られる称号であり、基本的に強者に従う獣人族にとってはまさに『王』。その威光はクレス王国のみならず、獣人族が支配する周辺国にも及ぶ絶大なものです。仮に獣王老師の音頭の元、クレス王国が連邦を脱退するとなれば、周辺国の少なくとも10カ国は同調するでしょう」
その言葉を特に否定もせず、獣王はふと気になった・・・という風情でボクに訊いてきた。
「もともと『獣王』は喪失世紀以前に存在したという、神にも等しい伝説上の獣人に敬意を表して定めた称号なのだが。――そういえば、あのタワケ者も『獣王』を名乗っていたようだが、お嬢さんはあ奴と顔なじみなのだろう? なにか知っているかな?」
口調は軽いけど、こちらの反応を逐一確認するような鋭い眼光に、ボクは軽く肩をすくめて答えた。
「さあ? まあ伝説は伝説なんだし、いままで通り伝説上の初代『獣王』に敬意を表しておけばいいんじゃないの」
しばしボクの言葉を吟味するような感じで、黙ってこちらを見ていた獣王だけど、ふっ――と雰囲気を和らげて鼻を鳴らした。
「・・・違いない。まあ、過去の伝説はそれで良いとして、現在のクレス=ケンスルーナ連邦なのだが――」
ここで一旦、言葉を止めた獣王は再び爆弾発言をした。
「近いうちに滅びるな。グラウィオール帝国に敗れて」
「どっ――どういうことですか?!」
息を呑むコラード国王。
「どうもこうも言葉通りだな。現在の連邦の頭――主席のバルデムとか言ったかな。こ奴が帝国に奪われた、かつての連邦領を取り戻すために逆侵攻を計画している」
「そっ――そんなことを!?」
「元々帝国に奪われた国はケンスルーナに属する陣営だったからな。ここらで一世一代の博打をして、歴史書にでも名前を載せるつもりか、或いは一代名誉職の主席の座を磐石にして、名実共に連邦の最高権力者に居座るつもりか。・・・まあ、俗人の考えは推し量れんよ」
「なっ――なんてことを!!」
コラード国王の叫びを効果音替わりに聞き流し、驚愕の声にもいろいろバリエーションがあるなぁと思いつつ、ボクは獣王に気になった点を確認した。
「なんか負けるのが前提みたいだけど、勝てる可能性はないの?」
「ない」
きっぱり断言する獣王。
「理由は3つある。
一つが、そもそもこの逆侵攻のシナリオ自体が帝国の誘いなのは明白でな、バルデムは電撃作戦と称しているようだが、帝国は既に準備万端整え、手ぐすね引いて待っておるわ。
そして二つ目が、帝国とイーオン聖王国との密約だ。イーオンはもともと我ら獣人とは不倶戴天の敵、単純に帝国への後方支援に徹するか、最悪二面作戦で2国と戦うことになる。
最後の三つ目だが、これは簡単、我らクレス王国を始めとする周辺国がこの戦争に反対して、参加を見合わせるからだ」
「国の半分が反対してるんだかから、戦争なんてしなきゃいいのに」
こう言ったら大きく頷いて同意する獣王。
「まったくもってそのとおり。ところが、現在のクレス=ケンスルーナ連邦議会では人間の考えた『多数決』というやり方か? あれがまかり通るようになっていてな。もともと人口が少なく、政治にも無関心なクレス王国関係国の発言力はあってないようなものでな」
再度、それにフォローを入れるコラード国王。
「ちなみにクレス=ケンスルーナ連邦の代表者である主席は、各国代表者から選抜される一代限りの名誉職なのですが、ここ4代ばかりはケンスルーナの関係国からしか任命されていません」
「そういうことだ。人間族のやり方にウンザリして作られた連邦が、人間のやり方を真似して悦にふけるとは……」
「ふーん、ちなみにクレス王国では、意見が分かれた場合にどうやって決めるの?」
なんとなく興味本位で訊いてみた。
「そんなもん、族長同士の話し合いで決めるに決まっておるだろう」
「話がまとまらなかった場合は?」
「まとまるまで話をするぞ。たとえ何日、何週間かかっても」
ああ、それじゃあ確かに議会制とは馴染まないのも当然だねぇ。
「お嬢さんの国では違うのか?」
「我が国の意思は姫の一存に全て決定されるに決まっている!」
天涯が唸るように答えた。あとは殴り合いで決めるね。
「ほう。それもわかりやすいのぉ」
「そんな国の傘下に収まるのに問題はないの? 言っとくけどそれって私に絶対の忠誠を誓うことを意味するんだけど? まあ君臨すれども統治せずで基本不干渉だけどさ」
できればこれ以上、ボクの重荷を増やして欲しくないんだけどねぇ・・・。
これやったら大陸の5分の1くらい支配することになるんでない? 着々と世界征服が進行してる気がするよ。
「かまわんよ」
そうしたボクの懸念を無視してあっさり頷く獣王。そう言った後で、「だが――」と続けた。
「現在の儂は隠居の身なのでな、表立って動くつもりはない」
「じゃあ誰が音頭を取るわけ?」
ここで初めて獣王は、にやりと肉食獣めいた笑みを浮かべて言った。
「そんなもの、次代の獣王――儂の後継者に決まっておろう」
兄丸と現代の獣王の関係について、かなり鋭いご意見をいただきましたけれど、まあこんな関係ですね。
あと族長同士が全員の意見がまとまるまで何日でもぶっ続けで話し合うやり方は、アイヌのチャランケという会議を参考にしました。