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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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第五話 三王三様

 あの騒ぎの翌日、アーラ王宮にある王の私室には重い雰囲気が立ち込めていた。


 と言っても、深刻な顔で黙り込んでいるのは、コラード国王とボクの後ろに立っているタキシード姿の天涯(てんがい)の二人で、同席しているやたらでっかい獅子の獣人――大陸に5人しかいないSSランクの冒険者資格を持つという――『獣王』は、しらんぷりして香茶(こうちゃ)を飲んでるし、壁際に立って様子を窺っている稀人(まろうど)は面白そうに仮面の下でニヤニヤしてるし、ボクはボクで兄丸(あにまる)の血が不味かったのか、飲みすぎたのか、胃がもたれてイマイチ本調子になれていないし。


「……取りあえず、民間人に死者が出なかったのは幸いです」


 瞼の上から目を揉み解した後――事後処理で徹夜したんだろうね。目が真っ赤だし――眼鏡を掛け直したコラード国王は、自分に言い聞かせるように一同を見回して、話をまとめた。


「なにが幸いだと! 姫が襲撃されたのだぞ!? 貴様らいったい――」


 激高する天涯を右手を上げて宥める。

「そこまで。もともとお忍びということで護衛を断ったのは私だし、無防備に出歩いた責任は私にある。コラード君には罪はないよ。第一、アレが相手では護衛が何百人いても意味がないさ。民間人に死者が出なかったのは、確かに不幸中の幸いだね」


 まあ、ボクを密かに護衛・監視していた斑鳩(いかるが)の部下が何名か亡くなったそうだけど、これはウチの国の話だからここでは話題に出さない。


「……ぐっ。しかし……」

 不満げに唸るけど、自分たちも間に合わなかったという負い目があるからだろう――いや、実際再会した時は、責任感から憤死しかねない様子で、いきなり手刀で腹を掻っ捌いて自害しかけたからねぇ……。ただでさえMP(マジックポイント)が足りなかった上に、膨大なHP(ヒットポイント)を目の前で削られたので、手持ちのMP(マジックポイント)ポーションがぶ飲みしながらどうにか治癒したけど、危うくもう一回狂化するところだったよ――天涯は悔しげに唇を噛んで下を向いた。


「まったくその通りで、現場に獣王老師がいてくださらなかたらどうなっていたか……ぞっとしますね」


 まあその時はボクは誘拐さ(さらわ)れて、犯されて、好き勝手……てところか。んでもって、怒り狂った国の全員が、一切ブレーキの利かない状態でこの世界全てを破壊してでもボクを探したろうね。――うん、確かに二重の意味でぞっとする話だね。


「――まあ、儂が居たのは成り行きという奴だ。それに最終的にあ奴を倒したのは、お嬢さんだからな」

 カップを口から放して軽く肩をすくめる獣王。


『お嬢さん』呼ばわりに天涯の眉がピクリと跳ねるが、ボクの命の恩人ということで我慢したようだ。


「そのあたりも獣王氏のお陰でしょうね。先に兄丸(あにまる)HP(ヒットポイント)を削…いや、深刻なダメージを与えてくれたおかげで、短時間で決着をつけられたのですから」

 実際あの暴走状態はそう長時間は持たないからねえ。兄丸が五体満足で万全の状態だったら、恐らく戦ってる途中でガス欠になってたろうね。


 実際、初心者(ビギナー)時代はずいぶんと苦労したもので、周囲に能動的(アクティブ)受動的(ノンアクティブ)MOb(敵モンスター)が居る限り、暴れまわって、最終的にわずかに残ったHPを削られて自滅が常だったからねぇ。

 なので、ああなった瞬間はモニターの前で、おわた!という感じで両手を上げるしかなかったよ。


「それにしても、我々の前にラポック様がお見えになるのと同時に、姫の前に兄丸さ…いや、兄丸が現れるとは――」


「まあ偶然じゃないだろうね。そもそもそっちは『足止め』って言ってたそうだから、どう考えても手を組んでいたんだろうね。――てか、そっちこそよく死ななかったねぇ」


 感心した視線を稀人(まろうど)に向けると、はははっと軽い笑い声が返ってきた。


「確かにありゃ化物ですね。逃げ回るので精一杯でした」


「――ほう。お主がそこまで言う相手か」

 獣王が稀人の仮面をちらりと見た。Sランク冒険者とSSランク冒険者、どうやらもともと馴染みがあったみたいで、ボクが稀人を紹介したら、意味ありげに「ふふん、マロードか」と鼻で笑ってたからね。


「なにしろ普通に振った剣圧だけで、地が割け、木がなぎ倒され、岩が砕けるんですからねえ・・・人間の姿をした災害と戦うようなもんで、姫からいただいたこの剣と鎧がなければ、数合も打ち合わずに真っ二つだったでしょうね。いや、もうちょい続いてたらやばかったですね。――『そろそろ時間だ』と言って引いてくれて助かりました」


「らぽっくさんとその最強剣『(ぜつ)』、アレを相手にまともに戦えただけでも賞賛に値するよ」

 心の底からそう思った。うちの円卓メンバー相手に稽古もしてるみたいだし、下手をしたらボクじゃもう勝てないかも知れないね。


「まあ相手も明らかに時間稼ぎで手を抜いてましたからね、なので余裕を見せてるうちに速攻で・・・と思ったんですが」

 ふむ。つまりは攻撃力不足か。オーガ・ストロークじゃそろそろ力不足かも知れないね。もうちょい上の装備に変えても……って、なにげに周囲に自分より強い相手が、ますます増えていってるような・・・。


 まあ余計な心配をしても始まらないだろう。取りあえず、いまは目前の脅威に対抗しないと。

「――なるほどねえ。まあ、確かに相当手を抜いてたのは確かだろうね……相手が使った剣は一本だけだったの?」


「そうですが。……もしかして本来は二刀流ですか?」


 嫌そうな顔で口元を歪める稀人に対して、ゲーム時代のらぽっくさんの戦い方を思い出して、ボクは首を横に振った。

「うんにゃ、本気だと九本同時に使う。九刀流だよ」


 ガクッとつんのめる稀人とコラード国王。獣王の方は、「ほう」と一言言っただけで特に表情は変えなかった。


「九本って、そんなもんどうやって使うんですか?!」

 唖然とした稀人の当然ともいえる質問。


「ん~~っ、まあ・・・剣を空中に浮かべて自動で攻撃する魔導具みたいなのがあってさ。それを改良して、使い手の意思で自由自在に動かせるようにして、七本バラバラに使うのと同時に両手に二刀を持って戦うって感じかな」

 言葉で言うと簡単だけど、こんな真似ができるのはボクの知る限りらぽっくさんしかいない。


 そもそも複数の剣を飛行させて、自動で攻撃するアイテムは背中装備なんだけど、動きが単調な上にAIの融通が利かず、攻撃して欲しい相手に攻撃せず、余計な相手に攻撃するとかで非常に使い勝手が悪かった。

 そのため後日、プレーヤーからの要望で手動で動きをコントロールできる胸アイテムのコントロール珠が追加されたんだけど、考えるまでもなく戦闘中にそんなもん同時並行でコントロールできるわけもなく、貴重な胸と背中の2スロットを塞ぐ価値がないと判断され、多くのプレーヤーからゴミアイテム扱いされたんだけど、唯一人らぽっくさんだけがこの不可能を可能にしていた。


 当時はボットを使ってるとか違法改造だとか、ずいぶんと陰口を叩かれてたんだけど、ギルドマスターとして断言できる。誓ってインチキはしていない。仮にインチキだとすれば本人のスペックということになる。


 多くの人が何らかのトリックだと思っていた空前絶後の九刀流。その秘密は『並列思考』――分割された作業を同時並行で進められる才能にあった(とは言っても両手足の数は限られているので、キーボードを増設しても全部同時には使えないので、メイン装備の『絶』以外の何本か――8本それぞれに『花・鳥・風・月・夢・幻・泡・影』の名が付けられている――には若干ラグがあるとも言ってたけど)。


 なので本気になった、らぽっくさんを相手にするということは同時に9人のレベル上限(カンスト)プレーヤーを相手にするのと同じことで、少なくともボクでは絶対に勝てない。まだしも遠距離から強力な攻撃の出来る手段を持った、魔法使い系のほうが相性はいいだろうね(とはいえ職業(ジョブ)が、もともと防御力に優れた神竜騎士なので『まだしも』だけど)。


「……とんでもないですね」

 感心するのも通り越した、という感じで首を振る稀人。


「まあアレは正真正銘の天才だからねぇ。――てゆーか、本当にらぽっくさん本人だったの?」


 振り返っての問いかけに天涯はしっかりと頷き、それから怪訝そうにボクを見つめ返した。

「間違いございません。――なにかご不明な点などございましたでしょうか?」


「不明と言うか、あのらぽっくさんが誰かの命令を聞くとか信じられなくてね。なにしろ【独壇戦功(どくだんせんこう)】だよ? 神様だかなんだか知らないけど、誰かに顎で使われるってのが、どーにも腑に落ちないね」

 とは言っても別にらぽっくさんの性格が破綻しているとかじゃなくて、好き嫌いがハッキリしていて嫌なことはキッパリ断る人だったってこと。

 で、特に嫌いだったのが上から命令するようなタイプだったはずなんだけどねえ。


「直接、私が話をできればそのあたり多少は違ったかも知れないけど、こっちはこっちで兄丸さんに似た相手の対応で手一杯だったしねぇ・・・」


「『似た』ということは当人ではなかったということでしょうか……?」


「ん~~~っ、そこらへんが微妙なところでねぇ。確かに回収した死体も、残されていた手甲と足甲も、鑑定の結果『干将』『莫耶』に間違いはなかったんだけど・・・」

 だけど、なーんか微妙な違和感があるんだよねぇ。


「お互い忙しかったから直接話す機会はあんましなかったけど、あそこまで頭のネジが吹っ飛んだ人じゃなかったと思うんだよね~」

 まあモニター越しではわからなかったけど、実際の中身は実はこうでした・・・ということかも知れないけどさ。


 だけど、それともまた若干違うような気がする。

「……なんてゆーかな、根本的に人間性に厚みがないというか」


「それは儂も感じたな。子供と話しているような、どうにもチグハグな印象を覚えたな」

 ボクの言葉に獣王も同意した。


「だけど、確かに兄丸さんとしか思えなかったし、なのでとりあえずは『本人に限りなく近い可能性がある』というところかな」

 まあボクとしても顔見知りの血を飲み干して殺しました、となるとさすがに寝覚めが悪いので、そういう形に持って行きたいというところもあるけどね。


「……そうなりますと、ラポック様も?」


「そうだね、取りあえずは『似た誰か』という形で周知してもらえるかな?」


「はっ! 承知いたしました」


 天涯が一礼したのを確認して、獣王が飲んでいた香茶のカップをテーブルに戻した。


「そちらの話も一段落したようなので、儂の話も聞いてもらえるかな?」


 その言葉に、室内の弛緩しかけていた空気が再度張り詰めた。

 周囲の視線を受けて、獣王はなんてことないような口調で、続く言葉を口に出した。


「別にそうたいした話ではない。儂の祖国であるクレス王国が現在のクレス=ケンスルーナ連邦を脱退するので、そちらのお嬢さんの治めるインペリアル・クリムゾンの傘下に入れてもらえないか、という話なだけだ」


「なっ――なんですってぇ!?!」


 コラード国王が絶叫した。

次回、やっと辺境へ旅立ちます。


9/4 誤用がありましたので修正しました。

×平行思考→○並列思考


9/5 誤字がありましたので修正しました。

×まるほどねえ→○なるほどねえ

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