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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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幕間 美食礼賛

前回の後日談的なものです。

「豚肉が欲しいんだけど」


 開店前にいきなりやってきて、不躾なお願いをしたボクの言葉に、ラーメン『豚骨大王』の店主こと、オークキングの従魔・凱陣(がいじん)は、すっと目を細め、全てを悟った表情で重々しく頷いた。


「わかりやした姫様」


 それから隅の方へ控えて、成り行きを見守っていた従業員のハイ・オークへと顎をしゃくって指示を出した。


「おう。暖簾を閉まっておけ、あと休業の看板を出しておけ。――まだまだお前は半人前だが、店のことは頼んだぞ」


「……へい、親方!」

 涙ぐんで応える従業員。


「――? なんで豚肉貰うのに今生の別れみたいになるのさ?」

 この時点でかなり嫌な予感がひしひしとしていた。


「それは無論」打てば響くような感じで答えが返って来た。「豚肉――つまりオークキング(あっし)の命が欲しいと仰られたからです」


 あらかた予想通りの答えに、ボクはカウンターに突っ伏しそうになった。

「なんでそうなるのさ! じゃあこれが牛肉が欲しいって言ったらどうなってたの?!」


「斜向かいの牛丼屋の主人のミノタウロスか、鍛冶屋の蚩尤(しゆう)をぶち殺してこいという意味ですな」

 一転の曇りもない目で答える凱陣。従業員のハイ・オークもうんうん頷いている。


「なら、野菜が欲しいって言えば!?」


「城の裏の世界樹の森を焼き払って、植物系モンスターと戦争とは、腕が鳴りますな」

 凱陣の目が光った。ちなみに世界樹は課金ガチャの景品だったのをオブジェクトで5~6本植えていたら、気が付いたら目を瞠るばかりの巨木の森と化し、植物系モンスターやハイ・エルフの聖地みたいになっていた。

 あと1本だけ植えた『伝説の樹』というわけのわからん由来の大木は今頃どーなってるんだろうねぇ。カップルの告白場所になってたら、地道に腹立つんだけどさ。


 つーかその森を焼き払うとか下手したら内戦だよ!? ボクが野菜が欲しいとか言っただけで、内戦が起きるのかこの国は!!


 ・・・なので、やけくそで尋ねた。

「それじゃあ、羊肉が欲しい場合は?!」


 凱陣が難しそうな顔で腕組みした。

「人間ですかい? ここには居ないので下まで獲りに行く手間がかかりやすが・・・」


「なんで羊肉だと人間になるわけ?!」


「おや、ご存知でない? とある国では人間のことを『双脚羊』、二本足の羊と言って喰ってたそうで・・・まあ、あっしは普通の動物の肉の方が好きですなぁ。どうも人間は環境で味にバラつきがあるので、好みが分かれやす」

 この場合、「普通に羊の肉はないの?!」か、「全部同レベルで語るな!!」か、「なんで私も知らない知識を持ってるの!?」か、どこでツッコミを入れればいいんだろうねボクは。


「んじゃあもう・・・鶏肉を探してる場合はどーなるの!?」


「表通りの肉屋をご紹介しますが?」


「なんで鶏肉だと普通に答えるわけ!? てゆーか、お肉屋があるなら最初から教えてよ!!」


 思わずここのところいろいろとあったストレスが爆発して、その場で椅子を振り上げて地団太踏んだ。その途端に、顔色が変わった凱陣が、

「いかん、姫様がまたご乱心だ! 手伝え、押さえるぞ!」

 従業員に声をかけると同時に、スキル『オーク召喚』でその場にオーク兵を1ダースばかり呼び出した。


「乱心じゃな――――い!!!」


「血だ! 血を用意しろ!!」

「豚の血ならバケツ5杯分ありますが!」

「なら、そいつで構わん! 俺らが抑えるから、お前はそれを姫様に頭からかけろ!」


「かけるな~~~っ!! てゆーか臓物も浮いてるよそれ!!」

 というボクの叫びも虚しく、寄ってたかって取り押さえられたボクは(狭い店の中、単純な腕力で勝てるわけないので)、そのまま豚の血と臓物まみれにされたわけなんだけどさ。

  ・

  ・

  ・

  ・

  ・

 その後、お風呂を借りて着替えたボクは、改めて凱陣に一から説明をした。


「・・・だから普通に料理をしたいだけで、変な意図はないんだけど。ああ、できれば料理する場所も貸してもらえるとありがたいかな」


「はあ……。姫様が料理ですかい」


 なんでみんなボクが料理すると言うと、犬が逆上がりすると宣言したみたいな顔するんだろうね?

 普通にリアルでは3食(バイトがあるときはバイト先のスーパーの2階にある社員食堂で食べてたけど)自炊してたし、ゲーム中でも無意味に料理スキルは上げてカンストしてたんだけどさぁ。


「別に姫様が料理されなくても、一声かければドラゴンの姿焼きだろうが、小妖精(ピクシー)の踊り食いだろうが、たちまち用意してご覧にいれやすが? つーか姫に食われるんなら、全員喜んでまな板の上に乗りやすが?」

 この国の住人はあれか、全員昔話に出てくる火の中に飛び込む兎かい?


「いや、誰かに用意してもらうんじゃなくて、お見舞いなので自分で料理したいんだけど」


「お見舞いですか……?」

 難解な方程式でも聞いた顔で首をかしげる凱陣。まあこの国の住人には縁遠い概念だろうね。風邪とか絶対引きそうにないし。


 取りあえずボクはついさっきあった出来事を話した。




 ◆◇◆◇




「本当にすまなかった。なんと言って謝ればいいのか・・・」


 何回目になるかわからないボクの謝罪の言葉に、ジョーイは宿のベッドに上半身を起こした姿勢で、同じく何回目になるかわからない返事を返した。


「だから気にするなって、元はといえばあの獣人野郎が悪いんだし、護衛を受けながらろくに守れなかった俺が一番悪いんだし」


 実際、そのことではガルテ先生にずいぶんとこっぴどく怒られた、と言って苦笑いするジョーイ。


『「守る」って言うのは、何も勝てねえ相手に無策で立ち向かうことじゃねえ。俺たちは何でも屋だ、戦う以外のどんな方法でも使って、依頼主の身の安全を守ることを考えるべきだったんだ。地の利を生かして逃げ回るとか、さっさと俺たちに知らせるとかな』


 そのあと、やっぱりDランクは早すぎたかな、と言われたから降格させられるんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ、つーか、また今回も依頼が途中でできなくなったなぁ、と気楽に笑う。

 しかしなんだね、死にかけたのはこれが2回目だっていうのに、冒険者を辞めることなくまだ続ける気でいるのはある意味、大器と言えるかも知れないね。


 とは言え、

兄丸(あにまる)の件はともかく、その後、私が君にしたことは完全な過失だよ。獣王が処置をしてくれなかったら確実に殺しているところだった」

 ボクは軽く首を振って足元を見た。薔薇のコサージュを散りばめたバルーンスカートと床の境目が目に入る。


「いや、だってあれも病気みたいなもんなんだろう? だったらお前が悪いわけじゃないさ」


 いちおう吸血姫の特性とか説明はしたんだけど、どうやらそういう理解をしているらしい。この無邪気さが逆にいたたまれないというか、罪の意識を増加させるというか・・・。


「……そうなる可能性があったのに適切な処置をできなかったのは、やはり私の過失だよ。やはり私の気が済まない。――せめて一発殴ってくれ!」


 顔を上げて言った途端、ジョーイは目と口をぱかっと開けて、続いてあたふたと首を横に振った。

「無理無理無理! できるわけねえだろう。だいたい女を殴るなんて――」


「別に女だと思わなくていいよ。気楽な男友達とか、憎い相手――あの兄丸でも目の前にいると思って、思いっきり殴ってくれれば」


「どーいう理屈だ?! つーか、絶対むり!」


 うーむ……確かにボクは見た目、まるっきり女の子だからねぇ、そうは言われても難しいかも知れない。


「・・・困ったねえ」


「困ってるのは俺のほうなんだけど……」

 ジョーイがなにか言ってたような気もするけど、考えに沈んでいたボクの耳を素通りした。


 所在投げに視線をジョーイが泊まっている部屋のそこかしこに向ける。Fランクの時に泊まっていた場末の安宿とは違って、ここは中の下程度の宿らしい。部屋の大きさも一回り大きく、机や椅子(現在ボクが座っている)、備え付けの衣装箪笥まで置いてある。

 ベッドもそこそこ良いもので、枕元には小さなサイドチェストが置いてあり、そこにはボクのお見舞いの薔薇の花束が花瓶に入れられ飾られてあった(花瓶は宿の女将さんが貸してくれた上、生けてくれた)。


 ふと、その隣に食べ残しの食器が置いてあるのを見て、ボクは首をひねった。

「食欲がないのかい? まだ半分くらい残ってるけど」


「ああ――」その視線に気が付いて、ジョーイが苦笑した。「病人だからっていって、毎回リゾットを持ってくるもんで、いい加減飽きちまって……ちょっと眩暈がするくらいで、別にどこも悪くないのにな」


「眩暈は血が足りないからだよ。体力が戻っても失われた血は戻らないからねぇ」

 とは言え確かに育ち盛りに毎回これでは飽きがくるのも当然かな。


 ふむ、血が足りない――となれば血を増やす食事が必要だね。血の原料になるのはたんぱく質、となるとお肉だね。あとは乳製品、チーズとか。それと野菜も血管を丈夫にするし、手っ取り早いエネルギーは穀物や油、お砂糖とかかな。と、なるとアレがいいかな。食べやすいし。


「――なら、お詫びの意味を込めて、明日食べやすい料理を作ってお見舞いに持ってくるよ」


 ボクの提案に、微妙な表情になるジョーイ。

「料理……。お前が?」


「……失礼だね。食べて腰を抜かしても知らないよ」




 ◆◇◆◇




「はあ、なるほど・・・」

 わかったようなわからないような顔で相槌を打つ凱陣。

「で、姫様はなにを作られるおつもりで?」


「肉、チーズ、野菜、パン、脂ときたら決まってるじゃないか、チーズバーガーだよ!」


「ハンバーガーですか? それなら表通りに『昇天バーガー』『バーガー・イン・モンスター』『フン転がし(スカラベ)のバーガーショップ』と競合店が軒を連ねてやすが?」


 どれも不安を覚えるネーミングのお店だね。


「……いやぁ、こういうのは市販品でなく手作りじゃないとね」

 お見舞いで今度こそとどめを刺したら目も当てられないからねぇ。




 ◆◇◆◇




 ということで、翌日緋雪が持っていったチーズバーガーを食べて、その美味しさに感激したジョーイが、

「美味っ! なんだこれ!?」

 宣言通り腰を抜かさんばかりに喜んで食べているのを見て、緋雪はふふんと胸を張った。


「どうだい、なかなかのものだろう?」


「すげえ美味い! 毎日こんな料理食えたら最高だろうなァ」


 ちらっと意味ありげに見られた緋雪だが、まったく気が付かずに眉根を寄せて小首を傾げ、

「毎日だとカロリーがきついかな? まあたまに食べるくらいなら問題ないと思うから、後で宿の女将さんにでもレシピを教えておくよ」

 そう答えて、密かに少年の心にとどめを刺したのだった。

この後、この宿のハンバーガーが話題になって、大陸全土にハンバーガーが伝わったとか。

そういうこともあるかも知れませんけど、たぶんどこかでインスパイヤされて別な料理になるんでしょうね。


12/18 脱字修正いたしました。

×適切な処置をできなかたのは→○適切な処置をできなかったのは

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