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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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第三話 獅子咆哮

今回は緋雪ちゃん台詞なしです。

 痛みが全身を支配していた。全身に裂傷ができて、ボロボロになった軽革鎧(ライトレザーアーマー)の下で濡れた感触が広がっている。


 視界の端に炎とは違う赤が見えていた。だが、それがどうした――!


 あの男がさっきまで自分の隣で笑っていた女の子を打ちのめして、下種な笑みを浮かべて連れて行こうとしている。


 許せるわけないだろうっ!!


 自分を見下した目で、ごちゃごちゃ言ってるあいつを倒してヒユキを取り戻す!


 それだけを考えて振り下ろした剣よりも先に、あいつの拳が目前に迫る。

 周りの惨状を見るまでもない、この一撃を受けたら自分の首から上なんて石榴(ざくろ)みたいに弾けるだろう。

 だけど絶対に目は閉じない、最後の瞬間まで、たとえこの命が尽きてもあいつに一太刀浴びせてやる!


 だが、ジョーイの決意も虚しく、手にした緋雪の剣『薔薇の罪(人ジル・ド・レエ)』が空を切った。


 ――だめだったか。ごめんよヒユキ。


 覚悟を決めながらも、決然と瞳を開くジョーイの視界の中で、刹那、あいつの体がボロキレみたいに宙を舞った。


 剣を振り下ろした姿勢のまま唖然とするジョーイ。

 いつの間にか自分の前に、壁のような男の背中が立っているのに気が付いた。


 ……誰だ?


 かすむ目を必死に瞬いて、その背中の主を見る。

 その男――というより老人と言うべきだろう――濃紺のローブを羽織った、身長2mを越える白髪、白髭の厳しい顔をした、獅子としか表現し得ない獣人は、剣呑な光をたたえた視線で兄丸を見据えたまま、いつの間に取り返したのか、緋雪の小さな体をそっとジョーイに渡した。


 慌てて、『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』を放して、両手で緋雪を受け止めるジョーイ。


「・・・意地を通し、剣を捨て、女を取ったか少年。――男だな」


 老人の厳しい顔に、初めて好意的な笑みが浮かんだ。


「誰だ、手前?! ふざけた真似してくれるじゃねえか!」

 瓦礫を跳ね飛ばしながら起き上がった兄丸(あにまる)が、怒りに燃えた形相で牙を剥き出しにした。


 再び表情を変え、冷然とその顔を見返す老人。

「――こちらは人間の屑というところか」


「・・・んだと、手前。誰に向かって言ってるのかわかってるのか?」


「知りたくもないし知る必要もないな」

 その一瞬で距離をつめた老人の拳が兄丸の顔面に飛ぶ。


「はん、こんな遅い攻撃――がああああっ!?!」

 余裕を持ってかわした兄丸のかわしたその位置に、まるで映画のコマ落としのように、カクンと一瞬にして移動した老人の拳が炸裂する。


 顔面を捉えられ、地面にバウンドした兄丸だが、あり余る体力と耐久力にものをいわせて、その場から立ち上がり老人から距離を置いた。


「死ねや!」

 ダッシュしての拳の連打『連打拳(バニシング)』が老人の全身に振るわれるが、視界に納めていたはずの老人の姿がふっと消えて、

「なに!?」

 目標を見失った拳が虚しく振るわれる。その瞬間、いつの間にそこへ移動していたのか、死角になる側面に移動していた老人の足が、兄丸の軸足を払い、無防備になったそのこめかみへ渾身の肘が打ち込まれた。


 轟音とともに、半ば地面にめり込む形で叩きつけられる兄丸。

「ガ・・・ハ・・・!」


 なんとか立ち上がったが、脳震盪で足がぐらつく。

「馬鹿な、俺の方が数値的にも圧倒的な筈・・・それが、こんなジジイに」


 追い討ちをかけることなく、老人は淡々と言葉を繋いだ。

「フム…先ほどの戦いも見ていたが、お主、力は強いが、強さには程遠いな」


「なんだと……!?」


「お主の戦い方は圧倒的な力で相手を押し潰すやり方だ。いままでそれが通用してきたのは、恐らく自分に都合の良い状況で戦ってきたか、常に弱者をいたぶってきたかのどちらかだろう。より強い相手と命がけで戦った経験がないため、自分より強者と対峙した時にどう戦えばいいのかわからず、ゆえに戦い方に創意工夫がない。違うか?」


 磁力すら感じるその視線に、わずかに気圧されるものを感じながら、兄丸は口の中に溜まった血と唾を地面に吐いた。


「――手前がその強者だって言うのか? 何者だ?」


「さて、名は捨てた。ただ人は儂を『獣王』と呼ぶな」

 その名乗りに、緋雪を抱えたまま状況を見ていたジョーイの喉が、ヒッと軽く鳴った。


 ――獣王って、世界に5人しかいないSSランクの?!


 兄丸の眉がぴんと跳ねた。

「ああン?! 獣王だぁ? そりゃ俺のこったぜ!」


「違うな、貴様如きチンピラが王を僭称するなど片腹痛いわ」


 ようやく体調が戻ってきたらしい、兄丸が改めて構えをとった。

「だったら手前をぶち殺して、どっちが本物か教えてやるぜ!」




 ◆◇◆◇




 首都アーラ近郊の大草原を、猛烈な勢いで土煙をあげながら疾走する一団があった。


「どういうことだ?! 姫と連絡がつかぬとは!?」

 邪魔するものは人間だろうと魔物だろうと神だろうと蹂躙する勢いで、先頭を走る龍人形態となった天涯(てんがい)が、苛立ちもあらわに傍らを併走する白髪の青年、斑鳩(いかるが)(正確にはその本体(ヨグ=ソトース)の分身)に問いかけた。


「不明です。周囲を固めていた見張りの者どもが、ほぼ無抵抗で倒されております」


「無抵抗だと?! 馬鹿な、今回送り込んだのは確かに戦闘よりも諜報に優れた者ばかりだが、彼らも我が国の精鋭、この国の人間如きに無抵抗で倒されるなど……」


 唸るような天涯の言葉に、斑鳩はしばし考え込み、自身でも半信半疑という口調で言い添えた。

「確かにこの国の人間には不可能でしょう。――ですが超越者(プレーヤー)の放つ技ならば、あるいは」


超越者(プレーヤー)だと?! そんなことが――」

 とは言え可能性として決してゼロではない。それどころか、以前に遺失硬貨と喪失世紀について緋雪と話し合った際に、そんなことも話題に出したはずだ。


 ――もっと本腰を上げて調べておけば。いや、姫の反対を押し切ってでも私も現場にいれば!


 なぜと後悔しても始まらないが、奥歯を噛み締め思わずにはいられなかった。


 そもそもこんなまだるっこしく地を駆けるより、さっさと飛んで行きたいところだが、アミティアとの協定の中で事前連絡なしに、飛行して主要な街の近辺に降りることが制限されている以上、無理を通せば姫の顔に泥を塗ることになる。


 じりじりと焼けるような憔悴を押し殺して、天涯は駆ける足に力を込めた。

 どちらにせよこのペースなら、1分もしないでアーラに到着するだろう、その後は――


「急げ、諸君! 姫の身の安全を確認、確保するのだ! 邪魔する者は容赦するな! 邪魔になるものは破壊しろ! たとえアーラ全てを破壊し、皆殺しにしても構わん!!」


 100%本気の鼓舞に、一団が怒涛の雄叫びをあげる。


 と、彼らの進行方向に一人佇むきらびやかな鎧兜をまとい、赤い裏地のマントをつけた剣士らしい人間が立っているのが見えた。顔は下向きになっていて見えない。


 なぜかその姿に懐かしいものを覚えながらも、

「邪魔だ! どけぃ!!」

 天涯が咆哮を放つが、男はピクリともその場から動かなかった。


「どけ――っ!!」

 一団の中から人面のライオンの形態をしたマンティコアが、コウモリに似た翼を広げて踊りかかる。


 刹那、男の持つ大剣(グレートソード)が閃光となり、マンティコアを切り裂いた。

「がはあ――?!」


 全身を切り裂かれ大地に転倒するマンティコア。

 辛うじて息はしているが、このまま放置すれば確実に死亡する。


 慌てて治癒能力を持った小妖精(ピクシー)が飛んでいって、その治療を行った。

 マンティコアはかなりの上級モンスターで、なおかつ今回同行した個体は3回の転生経験がある、いわば七禍星獣にも準ずる強さをもった者であったはず。

 それをこうまで容易く倒すとは・・・!


 思わず立ち止まった一同の間に戦慄が走る。


 一方、男のほうも本気で感心した口調で、

「ほう。たいしたもんだ、あの攻撃で即死しないとは」

 大剣(グレートソード)を一振りして腰に収め、顔を上げた。


 その顔を見て、殺気立っていた一団に冷や水が浴びせかけられた。

 と言っても顔色が変わったのは、インペリアル・クリムゾンのある程度の上位階級の者ばかりだったが。


 その男をもっともよく知る天涯が、大きく目を見開いて確認した。


「……ラポック様」


 金髪の20台半ばと思えるその青年は、軽く鼻を鳴らしてそれに応えた。


「そういうこった。どうやら自己進化したらしいが、味方識別コードはまだ生きてるみたいだな」


「なあ、あいつ誰なんだ?」

 事情を知らない大鬼姫(オーガ・プリンセス)のソフィアが、天涯同様に息を呑んで青年を凝視している斑鳩の袖を引っ張った。


 それでいくらか我に返ったのだろう、斑鳩は困惑もあらわな顔で口を開いた。

「あの方は姫様同様に天上人であらせられる超越者(プレーヤー)のラポック様だ」


「? よくわからんけど、邪魔するみたいなので倒していかないのか?」


「それはできん!」断固とした口調で首を振る斑鳩。「あの方は姫様の副官、我がインペリアル・クリムゾンの全国民にとって姫に次ぐお立場の方、刃を向けるなどできようはずがない」


「そういうこったな」

 その声が耳に届いていたのだろう、らぽっくが肩をすくめて頷いた。


「ラポック様。現在、姫の身にただならぬ事態が迫っている可能性がございます。そこをどいていただけませんでしょうか?」


 焦りをにじませる天涯の懇願に、らぽっくは申し訳なさそうに首を横に振った。

「悪いな、俺も緋雪さんには世話になったし、できれば味方したいんだけどな。お前たちを足止めしろって命令なんだ」


「――命令とは? あなた様は姫の副官、しかし姫は一度たりとあなた様に命令はしたことはなかったはず。誰の命令なのですか?」


「なかなか鋭いな。・・・そうだな、この世界の神様とでも言っておくか」

 どこか自嘲する口調でそう答えるらぽっく。


 一方、本国の連中が手出しできないなら自分たちが・・・と身構えたソフィア以下の面々だが、それに気付いた斑鳩が素早く制止した。


「よせ、無駄に死ぬだけだ」


「相手は一人だ。やってみなきゃわかんねぇじゃないか?」


「やらなくてもわかる。姫に【天嬢典雅(てんじょうてんが)】という別名があるように、あの方にも別名がある。【独壇戦功(どくだんせんこう)】。この俺の本体を唯一たった一人で倒した男。天上人中最強の男なのだ」

 その言葉に唖然とする一同。


 斑鳩の真の姿と力は前回の戦争で全員が目の当たりにしている。あれを一人で倒すだと!?


「――そいつはちょっと楽しめそうだ」

 その時、一人の男がふらりと一団から抜け出て、らぽっくに歩み寄って行った。


「・・・誰だ?」


 怪訝そうに眉をひそめるらぽっくに向かい、その男――稀人(まろうど)が剣を構えた。

「姫様の眷属にして家臣の一人、稀人(まろうど)。まあ新参者だ」


「ふん、眷属か。緋雪さんの廉価版ごときが、緋雪さんより強い俺に勝てるつもりか?」

 言いつつ腰の剣を抜くらぽっく。


「まあやってみないとなぁ」

 気負いのない様子で相対する稀人。


「稀人――」

 止めようとするつもりかと、稀人は天涯にちらりと視線を投げかけた。

「ラポック様の剣は姫の『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』をも上回る剛剣だ。お前のオーガ・ストロークでも長時間は保たんぞ。気をつけろ」


 らぽっくの命に逆らうわけにはいかないが、緋雪の安否を確認しに行かないわけにはいかない。

 それゆえ、現状、出来うる限りギリギリの決断だったのだろう。


 苦悩の色がありありと覗える天涯に向け、にやりと笑った稀人は親指を立てた。

 

獅子の獣王さんは、しぶい大人の男を出したいので登場させました。基本的にはそれだけです(ヲイ

味方識別コードは緋雪が「らぽっくさん? 殺していいよ☆」と言えば解除できますが、現状では攻撃不能です。本気の天涯相手なららぽっくも負けますが、多分この国壊れると思います。

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