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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第三章 辺境の獣王
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第二話 剣拳相克

今回はほぼ対人戦闘メーンです。

戦闘シーンは難しいですね(;´Д`A

 その男のことしか目に入っていないのだろう。

 無意識のうちにジョーイの手を放した緋雪は、ふらふらと男の方へ近づいて行った。


「他の皆さんもいらっしゃるんですか……?」


 いままで握っていた手のぬくもり。その喪失の痛みに軽く胸を痛めるジョーイの視線の先で、狼人らしい青年の笑いが一段と深くなった。

 

 ――いや違うっ、これは獲物をいたぶるチンピラか魔物の目だ!


「やばいっ、ヒユキ、そいつから離れろ!」


 咄嗟に剣を抜いての警告に、緋雪はまったく意味が理解できないという顔で、きょとんとジョーイを振り返った。


「いやー、緋雪たんとは積もる話もあるんだけどさ。その前に――」


 男――兄丸(あにまる)のつり上がった口元から鋭い牙が覗いた。


「――一発やろうぜ!」


 刹那、踏み込みと同時に下から、空気を切り裂き、突き上げるような一撃――拳士系スキル『爆砕拳(ブロウ)』――が緋雪の胸元で炸裂した――が。

 その直前、ジョーイの警告もあって、半ば反射的にバックステップで回避できた緋雪の目前で、拳が空を切り、衝撃波が近くの民家の屋根を吹き飛ばした。



 一瞬の静寂。



 続いて通りのあちこちから悲鳴があがり、通行人たちは我先にとその場から逃げ出した。


「惜しい惜しいっ。ノーブラじゃなかったのか」

 周囲の混乱や喧騒もどこ吹く風で、間一髪避けたとはいえ、余波で裂けたサマードレスの左胸から剥き出しになった緋雪のチューブブラを見て、兄丸は残念そうに舌打ちをした。


 そんな兄丸を前に、驚愕と困惑もあらわに次の行動を決めかねる緋雪。


「じゃあ次はブラといってみよーか!」

 そう舌なめずりしながら一歩踏み出そうとした兄丸の背中へ向けて、「でやああ!」ジョーイが斬りかかった。


「・・・なんだ、このガキ?」

 振り向きざま、右拳でその渾身の一撃を受け止め、さらに押し返す――拳士系スキル『発勁(ノックバック)』――それだけで、ジョーイの新品の剣が砕けて、拳圧に押されてその体がゴム毬のように跳び、無人になっていた露天の一つを巻き込みながら、地面に叩きつけられた。


「ジョーイ!?」

 この暴挙に及ぶに至り、眼前の兄丸が敵だと認識した緋雪は、収納スペース(インベントリ)から愛剣『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』を呼び出した。


 ほとんど丸腰に近いいまの格好(サマードレス)では心細いことこの上ないが、この男(兄丸)が相手では、他の装備を呼び出す時間も隙も与えてくれないだろう。

 ジョーイが稼いでくれた、この一瞬の時間を無駄にできない。


 咄嗟にそう判断した緋雪は、自分から先に動いた。


 ダッシュからの前傾姿勢から、すくい上げるような一撃が兄丸の胴を狙った。だが、届かない。かわされたのだ。そのまま下がる兄丸。下がりながらの拳の弾幕――拳士系スキル『連打拳(バニシング)』――が、追撃を阻む。


 十分距離をとったところで、今度は逆に兄丸が踏み込んでくる。狙いは、宣言通り薄布一枚でガードされた左胸。右拳が一直線に衝撃波を伴って迫ってくるのを、相手の左側面に身をかわしながら、カウンター気味に迎撃する。


 その剣先が止まった。

 兄丸の左手の手甲がこれを阻んだのだ。


 一瞬の均衡状態だが、じっとしていれば今度は蹴りが襲ってくる。

 密着しての接近戦は相手の独壇場で、自分にとっては圧倒的に不利。

 そう判断した緋雪は離れ、同時に兄丸も離れた。


 ふと気が付くと、胸元にむず痒いような痛みがあった。ちらりと視線を落とすと、ブラの側面に3条の切れ目が走り、浅く皮膚が切られて血がにじんでいた。

 拳はかわせたが、切っ先までは読み切れなかった結果だ。


「やるねえ緋雪たん。ハッピーマウンテンの頂上が拝めるかと思ったのに、ギリかわすとはたいしたもんだ。『E・H・O』エターナル・ホライゾン・オンラインでは一度も対人戦には参加しなかったけど、でてたらTOP20には入れてたんじゃないかな?」

 言いつつ、見せ付けるように右手の爪先、緋雪の血がついたそれを、長い舌で舐め取る。


「常時、TOP3に君臨していた方に言われても、嬉しくもなんともないですね」

 左手でその部分を治癒(ヒール)しながら、ぶ然と応酬する緋雪。


 少なくともいまの一瞬の交差でわかったことは、目の前の男が『E・H・O』のプレーヤーでなければ使えない技を使い、『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』の一撃を受けてもものともしない装備――兄丸の専用装備だった手甲『干将』と足甲『莫耶』――と同等のものを持っているということ。つまり、幻影やドッペルゲンガー(知り合いの姿に化けるそういうモンスターがいる)でないのは確かだということだ。


 緋雪の言葉に、兄丸は若干苦笑めいた表情を浮かべた。

「TOP3か・・・ナンバーワンでないところが残念というか」

 その瞬間、同時に動いた。


 剣聖技『七天降刃』。分裂した七連突きを兄丸がかわし、両手で弾き、それでも足りない分は拳士系スキル『金剛剄アタック・ディフェンス』で防御する。だが、防御しきれない。『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』の攻撃力がそれを上回ったのだ。


 兄丸がのけ反るようにして宙返りする――と同時に、不吉な予感を覚えて、緋雪は体をひねった。その一瞬前まで自分の顎があった位置を、爪先が駆け抜けていく。


 空中にありながら物理法則を無視して兄丸の縦の回転がさらに速くなり、そこから手足が飛び出してきて、その余波だけで通りの石畳や露天を粉々に砕いた。

 拳聖技『阿修羅降龍拳』。


 これに対して緋雪は横の回転で迎え撃つ。

 剣聖技『天覇凰臨剣』。

 生まれた竜巻が斬撃となり、周囲の瓦礫も巻き込んで空中の兄丸を飲み込まんとする。


 お互いの回転が拮抗するが、空中にいた分、姿勢が不安定だった兄丸の体が一瞬、コントロールを失う。

 それを見逃すことなく緋雪の『刺突(スラッシュ)』が、兄丸の体を両断せんと迫る。


 だが、兄丸の目はその攻撃をとらえていた。

「でやっ!!!」

 気合の叫びと共に――拳士系スキル『爆裂掌(バースト・アタック)』――その両掌がこれを迎撃する。


 圧縮した大気が爆発を呼び、周囲の瓦礫や粉塵をさらに巻き込んで視界を奪う。


 ――はずした!


 或いはかわされたのか、剣が空を切った感触に緋雪は内心ほぞを噛みながらも、大至急その場から退避した。

 もうもうと吹き荒れる砂塵の中、素早く兄丸の気配を探して左右に視線を走らせるが、気配を捕らえられない……。


 ふと、緋雪は以前にも似たようなことがあったのを思い出した。


 アシル王子。闇の中。四方から迫る気配。咄嗟に上に逃げて――『上?!』


 ドミノのように、連鎖的につながった思考が最適の答えを導き出し、緋雪ははっとして上を見上げた。


 いた! 爆発の勢いを利用してさらに上に跳んでいた。そしていま、その跳躍の頂点に到達しよとしていた兄丸と視線が合った。

 煤と自身の血で汚れた顔に凄惨な笑みを浮かべ、兄丸が空中から重力落下分の勢いをつけ、弾丸のように迫り来る。

 HPの半分を犠牲にする代わり回避不能の攻撃を加える拳聖技『気功剛影弾』。

「でやああああああああああっ!!」

 兄丸の雄叫びが空気をビリビリと震わす。


 ここで決める。そう決意して緋雪も跳んだ。

 全てのMPを消費して敵に大ダメージを与える剣聖技『絶唱鳴翼刃』。

「はああああ――――っ!!」

 迎え撃っての気合。


 あちらの攻撃が届くのが先か、こちらの攻撃が相手の残りHPを削り切るのが先か。

 とはいえお互いのHPの残量及び技の特性上、こちらがかなり有利なのは確か!


 そう自分に言い聞かせて、防御を捨てた緋雪の剣と、兄丸の拳とが交差した――一瞬、兄丸の拳が開手へと変化した。


 そんな?! スキル発動後にキャンセルするなんて不可能――!!――まさか、あの叫びも含めて、ブラフ!?


 愕然と目を見開く緋雪の前で、『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』の剣先が、兄丸の両掌で止められた。

 拳聖技『白刃取り』。

 これは完全にプレーヤーの技量によるもので、成功率はけして高くはないが、TOPプレーヤーともなれば、繰り出される技とタイミングがわかれば、かなりの高確率でできるのも確かである。


 緋雪の技の余波で手がズタズタに裂けるのを無視して、兄丸はにやりと笑った。

「――まっ、このあたりが対人戦に慣れてる者と慣れてない者の差だな」


 ほぼ同時に繰り出された回し蹴りが、空中で定まっていない緋雪の体を捕らえた。


 緋雪の小さな体が爆発したように吹っ飛んだ。

 石畳の通りを滑り、何かに引っ掛かって跳ね、ゆっくりと転がった。

 その手から『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』が離れ、地面に突き刺さった。


「……くぅ……」

 帽子はとっくにどこかに飛んでいき、薄汚れボロボロになり、ろくに下着を隠す役割を果たせていないサマードレス姿の緋雪が、辛うじて意識を繋ぎとめ、ふらふらと立ち上がりかけた。


「よっ、と」

 その鳩尾(みぞおち)へ、兄丸の拳士系スキル『寸勁(スタン・ブロウ)』が打ち込まれ、一瞬にして意識が刈り取られた。


「おっとと・・・!」

 崩れ落ちる華奢な体を、左手一本で支えた兄丸は、意識のない緋雪の顔を覗き込んで、それから全身を舐めるように眺めた後、右手を下着(ブラ)の下に差し込んでその感触を確認した後、ぺろりと舌なめずりをした。


「ハラスメント規制とかはないみたいだな。なら、この場でつまみ食いしてもいいんだけど、まあマグロは面白くないからなぁ、持って帰ってじっくり美味しく食べることにするわ」


 一名様お持ち帰りでーす、と鼻歌を歌いながらその場を後にしようとしたところで、背後から瓦礫の地面を踏む足音がした。


「……待てよ。ヒユキのこと置いていけよ」


「――ん?」


 見ると先ほど殺したと思ったジョーイ(ガキ)が、満身創痍で肩で息をしながらも、熱い闘志を燃やした瞳で兄丸に対峙していた。その手には緋雪の愛剣『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』が握られている。


「なんだガキ、まだ生きてたのか? 殺したと思ったんだが、意外とさっきの剣の防御力が高かったか・・・」


「うるせえ! ごちゃごちゃ言ってないでヒユキを放せよ!」


 激高するジョーイとは反対に、白けた顔で見返す兄丸。


「あのなぁ、ガキ。その剣はLv99装備だぞ、お前みたいなガキが握ってもただの棒と変わらんねーんだ。だいたいお前程度の腕でどうにかなると思ってんのか?」


 爆撃でも受けたかのような周囲の惨状を顎で指しても、ジョーイの決意には一瞬の迷いもなかった。


「だからどうした! 女いたぶって喜んでるような卑怯者に負けるかよ!!」

 そう雄叫びをあげなら兄丸に向かって、全力で斬りかかるジョーイ。


「ば~~か」

 ゴミを見る目で一言呟き、あいている右拳で無造作にカウンターの一撃を加える兄丸。


 ジョーイの剣と兄丸の拳とが交差し、拳で肉を叩く鈍い音がこだました。


 次の瞬間、猛烈な勢いで弾き飛ばされた兄丸の体が、石畳が破壊され剥き出しになった地面に溝を作って転がった。

「なっ――なんだとォ?!」

ということで、次回は激しい怒りで覚醒したスーパージョーイ君の無双・・・はい、ウソです。


今回、緋雪ちゃんのピンチに間に合わなかった面々が、どーしていたかとかの説明になるかと思われます。

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