第一話 邂逅奇縁
新章開始となります。
アミティア共和国の首都アーラ。
もとは自由都市として名をはせていた街だが、アミティアが王国から共和国へ名を改めたのにあわせて、交通の便にいささか不便があった旧王都カルディアから遷都を行い首都となった。
通常、遷都となれば数年がかりの作業となるが、飾らない人柄であったコラード国王の意思により、王宮の建設などは行わず、都市議会棟をそのまま流用する形で政治機能の移転を主目的としたため、通常ではあり得ない短期間での遷都が可能となった。
ただし、いざ国王が拠点とする新首都へ凱旋(もともとアーラ市の出身ということで都市民としてはその意識が高かった)した際に、予定していなかった王宮――赤いトンガリ屋根のお伽噺の王様が住むようなお城――を目にして唖然とした。
これは宗主国であるインペリアル・クリムゾン国主(国によっては『魔女帝』とか『魔皇』などと呼ぶ向きもあったが、その容姿から一般的には『姫様』で通っていた)の肝煎りで、密かに建造されていたものであり、資材、人材、費用など全てインペリアル・クリムゾンが負担し、正式に下賜されたものであったことから、受け取ったコラード国王はその場でがっくりと両手をついて、「意趣返し仕返しされた……」と呟いたとも言われている。
結果、半年余りで街の規模、人口ともにアミティア最大の街へと変貌したのだった。
とはいえ民衆にとっては国王が替わろうが、国の名前が変わろうが、魔物の国の傘下に収まろうが、明日の小麦の値段が変わらないほうがよほど重要事項であり、そうした面から言えば現体制に不満はなく、人々は日々の平穏な生活に追われ日常を過ごしていた。
多少、以前に比べ変わったところといえば、貴族という身分が無くなったことだが、もともと自分たちの生活に直接関わるものでもなく、関わるとすれば徴税の時くらいで、現在は代わりに国の官僚である徴税官がその仕事を賄っているため、特に変化を感じることもなく、逆に地方ごとにバラバラだった徴税率が均一化されたため、貴族の圧制に苦しんでいた地方にとっては朗報以外の何ものでもなかった。
また、目に見えた変化としては、宗主国であるインペリアル・クリムゾンの要望により、人間社会に順応した魔物に人権を認めるようになったため、街のそこかしこで値段交渉をするゴブリンや、オークなどどいった以前では考えられない光景も見られるようになったことがあるが、当初危惧された魔族の特権階級化ということもなく、彼らに対しても通常の市民同様、納税の義務や犯罪を犯した際の罰則を周知徹底したことにより、以前の貴族社会に比べよほど公正かつ、平等、平和な社会が成り立ったのであった。
◆◇◆◇
首都の大通りに面した公園の席のひとつに腰掛けながら、街行く人々の流れを見ていたジョーイは、ずいぶんとこの街も変わったなぁ、と漠然と思った。
目に見える範囲でも、通行人に獣人やエルフなど、西部地域では亜人と呼ばれる人種が増えて(地域によっては魔族扱いされる)、そればかりか以前は魔物として討伐することしか考えなかった大森林のゴブリンや、古代迷宮のオーク、白龍山脈の一つ目巨人が我が物顔で街中を闊歩している。
身近なところでも、ギルド長だったコラードさんがどーいうわけか国王陛下になったり。
「どーいうわけなんでしょうかね? 私が訊きたいですね、あはははは・・・」
ギルド長の引継ぎのために久々に逢ったコラードさんは、なぜかうつろな目でそんなことを言っていた。
新ギルド長になったガルテ先生――ギルドの訓練所ではずいぶんとしぼられた――も苦笑いしていた。
「ところで、ジョーイ。お前さんをここに呼んだのには2つ理由があってな。ひとつはこれだ――」
ガルテ新ギルド長の合図で、傍に控えていたミーアさん(今度受付から正式にギルド長の秘書になった)が、見慣れた金属片――ギルド証を持ってきて、ガルテ新ギルド長に手渡した。
「ちょっと早いかとも思ったんだがな、うちの大将が国王陛下になった…まあご祝儀ってところだ。――Dランク昇進。これでやっと卵の殻が取れたな」
渡されたギルド証を見て目を丸くしているジョーイの胸を、ガルテ新ギルド長がどんと叩き、その痛みにじわじわと実感がわいてきたところで、ミーアさんが満面の笑みを浮かべて拍手してくれた。
「おめでとう、ジョーイ君。これで晴れて一人前ね」
その言葉に思わずガッツポーズをしたところで、コラードさんが、こほんと咳払いをした。
「おめでとうございます、ジョーイ君。私も離任するにあたり懸案が一つなくなり安心しました」
その言葉に神妙に頷く。
「――ところで、Dランクということで、もう一つの用件ですが、例の約束を覚えていますか?」
『約束』――その刹那、忘れた事などない少女の美貌が鮮やかに甦った。
「も、もちろんです! 俺、あいつを案内するって・・・!」
意気込んで言った台詞に、なぜか眼鏡のつるを押さえて、コラードさんがため息をついた。
「……まあ、それについては、駄目もとというか、陛下に世間話のついででお話したんですが」
再度、大きくため息をつく。
「『あ、行く行く! ちょうど退屈だったし』って、我が国との協議や他国との交渉が山積みになってるこの時期に、どこにそんなヒマがあるんでしょうね、あの方は……」
「はあ・・・」
適当に頷く。そういや、ヒユキの奴って国王になったコラードさんより偉いとか聞いてるし、きっと大変なんだろうなー、などとのん気に考えるジョーイ。
じゃあそうなると、街の案内とか簡単にできねえのかなー、と続けて思っていたところへ、ジョーイの前に一葉の封筒が差し出された。
「こちらに落ち合う場所と日時が書いてあるそうです。――字は読めますね?」
「あ、はい、訓練所で習いましたから、だいたいは・・・」
これって、つまりあいつに会えるのか! ジョーイの顔が一瞬で輝いた。
「よろしい。では、せいぜい騒ぎを起こさないよう、しっかりあの方の手綱を握っていてください。――名目上はあくまで『一般人のお嬢さんが観光するのを、ギルドの冒険者が護衛と案内をする』という形ですから。国としても余計な手出しはしない方針です」
真剣な顔で釘を刺され、ジョーイはあいまいな顔で頷いた。
「――でも、いいんですか?」
とはいえ本能的になんかヤバイんじゃないかな?と思ったので確認したところ、またでっかいため息をつかれた。
「いいわけはないんですけどねー。下手に騒ぐと藪をつつく形になりますし、ならこちらとしても『なにも知らなかった』という姿勢を貫くほうがマシというものです。なのでお願いしますよ、ジョーイ君」
「はあ」
ジョーイの頼りない返事に、ああ、こいつ意味わかってねーな、と全員が悟った。
「まあお前は余計なこと考えないで、しっかりエスコートしてこい!」
不安を振り払う意味で、ガルテ新ギルド長がその肩を強く叩いた。
で、手紙に書いてあった時間と場所で待っているんだけど、あの目立つ女の子の姿は見えない。
なんか間違えたかな?
そう思ってズボンの後ろポケット――護衛の役目もあるので、今日は愛用の軽革鎧を着て剣を下げているため、使えるポケットがこれぐらいしかない――から手紙を取り出し、しかめっ面で中身を確認する。
「・・・間違いねーよな。なにやってんだあいつ」
そう独りごちたところへ、懐かしい涼やかな声が掛けられた。
「――やあ、ごめんごめん。すまないね、遅れて」
遅いぞ!と言いかけて、一瞬相手が人違いかと思い、もう一度顔を見て間違いないのを確認して、ジョーイは軽く息を飲み込んだ。
コットンの白いサマードレスに、薄い水色のリボンを巻いた白い帽子をかぶり、そこに一輪だけ赤い薔薇の花を差した緋雪が、笑顔を浮かべていた。
てっきりいつもの派手なドレスで来るものと思っていたジョーイは意表を突かれ、それにも増して新鮮かつ無防備なその格好に、胸が高鳴るのを覚えた。
「お、お前、その・・・いつものドレスじゃないんだな」
「さすがにあの格好は目立つからねぇ、あと『いつもの』って言ったけど、君と会った初日はAラインのドレスで、2日目はプリンセスラインで全然別だったんだけど、ひょっとして区別がついてなかったの?」
「………」
どちらも同じものだと思っていたジョーイは言葉に詰まった。
「まあいいけどさ。そんなわけで変装してみたんだけど、似合わないかな?」
そういって、片手で帽子を押さえながら、その場で一回転する緋雪。
ふわりと短いスカートがひるがえり、細くて真っ白い脚が目に焼きついて、ジョーイは慌てて赤くなった顔をそらせ、
「いや、似合ってると思うぞ。それに、俺も最初誰だかわかんなかったし」
早口に思ったことを口に出した。
「そうかい。なら変装は成功かな」
嬉しそうに微笑む緋雪。
とは言えその容姿は、黙って立っていても周囲の注目を浴びるには十分過ぎるもので、さすがにそうした周りの反応に気が付いたジョーイは、これ以上ここにいると騒ぎになると判断して、大急ぎで椅子から立ち上がり、有無を言わせず緋雪の小さくて華奢な手を取った。
「それじゃあ、そろそろ行ってみようぜ。どこか行きたいところとかあるか?」
「いや、そのあたりは任せるけどさ。……なんで手を握ってるわけ? ――しかも恋人繋ぎで」
最後の方は小声だったので耳に入らなかったらしい、ジョーイは怪訝そうに聞き返してきた。
「ん? ミーアさんから街を案内する時は、こうするもんだって教わったんだけど、なんか違うのか?」
あいている方の手で額の辺りを押さえる緋雪。
「あの人はまた……ってゆーか、あれから8ヶ月も経っているのに、ミーアさんとは仲良くなってないの?」
「いや、そんなことはないぞ。一緒に飯食ったり、俺が依頼を受けて外に出る時とかお弁当作ってくれたり、親切だよなミーアさん!」
一点の曇りもないさわやかな表情で言い切るジョーイを、様々な感情が入り混じり過ぎてなんとも言いがたい笑顔になった緋雪が見つめ直す。
「ミーアさんが晩生過ぎるのか、こっちが鈍すぎるのか……どっちもどっちな気がするねぇ」
「なんかよくわかんねーけど、行き先はどこでもいいんだな?」
「任せるよ。君が行きたいと思うところで」
投げやりなリクエストに、ジョーイは少し考えて答えた。
「んじゃ、俺の行きつけの武器屋にしよう」
「・・・相変わらず脊髄反射で生きてるね、君」
まあこの世界の武器とか興味あるけどさ。普通、女の子を連れて真っ先に行く場所かなぁ・・・? と、内心大いに疑問に思う緋雪なのであった。
◆◇◆◇
1時間後――
新品の剣を腰に下げ、ジョーイはホクホク顔で緋雪と二人、通りを歩いていた(もちろんまだ手は繋いだままである)。
「本当にいいのか、こんな良い剣買ってもらって?」
あいてる方の手で剣の柄を触りながら、何度目かになる確認をするジョーイ。
「構わないさ。昇進のご祝儀代わりとでも思ってくれれば。それに別に魔剣ってわけじゃない、普通の剣だし・・・だいたい前の剣を下取りに出したんだから、全部が全部、私が払ったわけじゃないよ」
軽く肩をすくめる緋雪に、そっか、でも悪いな、と言いつつもジョーイは嬉しげである。
「でも、武器屋のオヤジも『お嬢ちゃん良い目してるね。こいつを打った鍛冶屋はまだ若いけど腕はぴか一だ』っていってたし、やっぱお前って凄いんだな!」
「まあそれが同じ値段の剣の中で唯一+1で、耐久度も高かったからね。よく銘を覚えておいて、次に買い換える時も、その作者の剣を買うのをお勧めするよ」
ふ~~ん、と頷いたジョーイだが、ふと視線を感じて首をひねった。
「・・・なあ、あの獣人、お前の知り合いか?」
「――?」
つられて視線の先を見た緋雪の瞳が、
「!?!」
これ以上ないというほど大きく見開かれた。
「……そんな……馬鹿な……」
これまで聞いたこともないほど激しく動揺して、震える緋雪の声と握られた手とに、ジョーイは驚いてその相手を凝視した。
年齢は20歳前後だろうか、にやにや笑いを絶やさない黒髪で、前髪だけが金髪のメッシュが入った狼系と思われる獣人の若者。
服装は特に目立たない麻の上下で、目立つ特徴といえば両手足に手甲、足甲を付けている事位か。
その男が、まさに獲物を前にした狼のような顔で、緋雪の顔をみながら、ゆっくりと近づいて来た。
「よう、久しぶりだな、緋雪たん」
その挨拶に緋雪の口からかすれた声が漏れた。
「――ッ! あ、兄丸さん、貴方もここへ……?」
ギルド『兄貴と愉快な仲間たち』のギルマスにして、緋雪同様の爵位保持者【獣王無刃】たるその男は、その問いには答えず、楽しげに笑みを深めるのだった。
ジョーイ君は動かしやすいんですよね~。
アンチも多いのですけど。