第十二話 決戦終結
開戦当初こそ、敵の魔物が放つ信じられない攻撃力と、大規模魔法に度肝を抜かされ、戦意を喪失しかけた諸侯連合軍だったか、続く攻撃がないことから、先ほどのものは連続しての攻撃が不可能な、勢いだけの鉄砲玉と一発だけの花火と判断――まあ、当の蔵肆や斑鳩が聞いたら、リクエストにお応えして連射しただろうが、現在当人たちはお酒飲んで戦場を眺めながら、やんややんやと喝采したり、憤慨したり、したり顔で解説したりと大忙しである――した。
そしてそれを裏付けるように、ここアクィラ高原に数日前から待機するばかりであった魔物の軍団が、ついに鬨の声をあげて一斉に動き始めたのだった。
このことからも、諸侯連合軍の指揮官たちは、敵は奥の手は使い切った状態で、通常戦力のみの白兵戦を仕掛けてきたと判断を下し、がぜん生気と勝機とを見出したのだった。
アミティア王国の残存勢力は28,000あまり、それに対して敵の魔物の数は10,000。
魔物1に対して人間3で戦うのがセオリーのこの世界において、ほぼ互角の戦力と言えるが、個人での戦いと違い、団体での戦いになれば数の差は等比数列的に増加するものである。
『勝てる!!』
そう確信した各諸侯は、まずはいくつかの隊に分けて各自の指揮下に取り入れていた義勇兵、これを最前線に投入することで自身直轄の持ち駒を温存する作戦へと出た。
数は多いが素人に毛の生えた集団――ましてや売国奴たる第三王子に肩入れして集結した潜在的反逆者ども、と見なしている貴族たちにしてみれば、ここで共倒れを狙って使い潰すのは当然のこと――それらが粗末な武器と防具とを持ち、なだれ込んでくる魔物たちへと必死に立ち向かうも、トロールの戦士になぎ払われ、怒涛となって突進してくるゴブリン騎兵に跳ね飛ばされる。
すさまじい混戦の中、目を覆わんばかりの阿鼻叫喚の地獄絵図が、そこかしこで展開された。
と、そんな無秩序かつ混乱状態にあった前線へ向け、満を持して待機していた諸侯連合軍の正規軍から、猛烈な勢いで弓兵による射撃が降り注ぎ、さらに魔術師による無数の氷の矢が、敵味方分け隔てなくその場に居たものを蜂の巣にした。
さらに、とどめとばかり騎兵による突撃で敵軍を消耗させ、後に続く歩兵が生き残りを駆逐する――似たような光景が戦場のあちこちで繰り返された。
勝負は決まった! 所詮は犬畜生にも劣る魔物ども、いくら数をそろえたところで問題にもならん!
勝利を確信して、にんまり笑みを浮かべる諸侯連合軍の指揮官たちだったが、予想外に粘る敵と時間の経過とともに消耗していく自軍の様子に、いらだたしげに眉根を寄せ、ほどなく冷や汗を流すようになるのだった。
なんだこれは?! 敵はどこから湧いてくるのだ!? しかもまったく戦意を衰えさせぬ。まるで連中には死というものがないようではないか!
そうしていったんはアミティア王国軍に傾いていた天秤の針は、時間の経過とともに徐々にインペリアル・クリムゾン側へと傾き、取り返しの付かない位置まで下がっていったのだった。
◆◇◆◇
「まあもともと8×8マスだった広範囲蘇生の範囲も、半径50mまで広がってたのは助かるんだけどさ……」
ボクは敵味方区別なく、血の海の中倒れている兵士たちの中央で、聖女系スキルの広範囲蘇生を放った。
淡い光がボクの持つ長杖・薔薇の秘事から優しく周囲に注がれ、死体であったはずの彼らが、息を吹き返して狐につままれたような顔で周囲を見回していた。
「敵味方判定なく全員生き返るってのは、便利なんだか不便なんだか・・ってゆーか、さっき巻き込まれて死んでいた得体の知れない鳥が生き返って、アホアホ鳴きながら飛んでいったのを見たときは、なんともMPの無駄を感じたもんだよ、まったく」
そう独りごちながら、スキルの範囲外だったところへ留まることなく移動して、再度広範囲蘇生を放つ。
ちなみにこの広範囲蘇生、完全蘇生と違ってHPの20%しか回復しないので、素早くボクの後についてきた命都が、自身の広範囲回復スキルの天使の慈雨を降らせることで、回復を賄っている。
生き返った連中は、なにしろもともと敵味方入り乱れてのごった煮状態だったので、慌ててまた戦おうとするんだけど、
「あー、復帰したインペリアル・クリムゾン兵士はさっさと前線へ戻って! とっくに戦場は前に動いてるんだからね、遅れないで! あと、アミティア王国義勇兵の諸君は、君らを後ろから撃った貴族軍に殉じて抵抗するなら容赦しないし、もう復活はないので念のため。逃げるんだったら追いかけないので、勝手に逃げてかまわないよ。以上」
言いたいことだけ言って(なにしろ蘇生可能なのは30分以内だからねぇ)、さっさとその場を後にした。
実際、あとから聞いた話では、義勇兵の大部分が魂の抜けたような顔で、ふらふらと戦場から撤退して行ったそうだけどね。
「・・・甘くなったと思うかい、命都、零璃?」
ふと、この戦場のどこかで戦っているであろう仮面の騎士を思い出して、ボクは2人に尋ねた。
「特には。――もともと姫様がお気になさるほどの事柄でもありませんから」
『……姫様もともと気分次第で助けたり、無意味に虐殺とかしてた。だから変わらなくて嬉しい』
「・・・そりゃどーも」
そーか、そうそんな風に思われていたのか……。
「まあ取りあえず、がんばってみようーっ!」
そう自分を鼓舞して、ボクは戦場を風のように駆け回った。
◆◇◆◇
もはや完全に雌雄は決した。
四方から迫り来るまったく無傷のインペリアル・クリムゾン兵士に対し、満身創痍で補給もままならないアミティア王国諸侯は個別に、しかも徹底的に蹂躙され、一兵たりとも見逃されることなく壊滅していった。
「――に、逃げる・・・いや、撤退するぞ!」
生き残りの諸侯軍の貴族が自分の軍馬に跨り、大慌てで戦場を後にしようとする。
陣幕に集っていた腹心の部下たちは顔を見合わせ、おずおずと確認した。
「しかし、まだ味方の兵士は戦闘中ですが、引き上げの合図を行ないますか?」
「馬鹿を言うな! 儂が撤退する時間を稼ぐのが、奴ら下々の者の役目であろう! 連中が化物を抑えている間に、さっさとこの場を後にするぞ!」
真っ赤な顔で怒鳴られ、腹心たちもお互いに頷きあい、我先にと自分の馬へと群がっていった。
「……いやいや、それはさすがに無責任ってもんじゃないかい?」
刹那、猛烈な爆風が陣幕を吹き飛ばし、驚いた馬たちが主を置いて一斉に逃げ出した。
「主が主なら馬も馬ってところか・・・」
風圧で馬から転げ落ちた彼らは、いつの間にかそこにいたのか、徒歩で歩いてくる、赤い鎧に赤い仮面をかけた騎士らしく男を困惑の目で見た。
――この男、どこかで見たような・・・。
全員の胸に淡い既知感が湧いたが、その答えが出る前に男は肩に乗せていた長剣を、こちらに向けて不敵に笑って言った。
「指揮官たるものが味方を犠牲にしてトンズラこくとはどうにもいただけないな。うちの姫様なんぞ、味方の一兵残らず助けるために戦場を駆け回ってるってのにな」
「貴様、何者だ?!」
たまりかねた貴族の配下の問いかけに、男は剣を構えて一言。
「インペリアル・クリムゾン、緋雪様の臣下の一人、稀人」
「な――ッ!?!」
顔色を無くす指揮官たちの間へ、稀人と名乗ったその男は、まるで滑るような足取りで踊り込んでくると、手にした剣を優雅に横に変化をつけて振り抜いた。
「――浦浪之飛沫」
その一撃で、剣を抜いて構えていたもの、剣を抜こうとしていた者、逃げようとしていた者、全てが物言わぬ骸と化した。
ただ一人、腰を抜かしていた貴族の男を抜かして。
「……まったく、こういう奴ほど悪運が強い。とは言え以前の俺ならともかく、いまの俺には手加減をする理由もないしな。そんなわけで部下の待つ地獄へ行ってもらうぞ、ヴィッロレージ伯爵」
そう言って近づいてく男の足の運び、姿、そして何より自分の名を呼んだ声に、すべての符号がピタリと合わさり、ヴィッロレージ伯爵は大きく息を呑んだ。
「…マ、マロードだと? 違う、お、お前…いや、貴方はクロード……アシル……」
「そんな名前の奴は死んだよ。ここにいるのは過去の残滓……それももうすぐ消え、ただの稀人が残るのさ」
その言葉とともに、大きく振りかぶられた剣が真っ直ぐに振り抜かれた。
・・・動く者の居なくなった戦場の一角。
戦場とは思えない森閑とした周囲の静寂の中で、ひとつため息をついた稀人は誰にともなく呟いた。
「こんないまの俺を見てお前は悲しむかな。いや、それよりも、お前を救えなかった俺を憎んでいるのかな……」
「――その答えは君が一番よく知っているだろう? 彼女の魂が君の幸せを願わないと思うのかい?」
澄んだ声がそれに応えた。
「・・・これは、姫」
薔薇の秘事を左肩にもたらせる姿勢で、いつからそこにいたのか緋雪が佇んでいた。
「悪いけど、泣くのは全てが終わった後にしてもらえるかな? こっちの戦争はどうやら終わったみたいだけど、王都の方で暴動が起きたみたいで、引き続きそっちの対応をしなきゃいけなくなってねぇ」
「暴動ですか・・・」
穏やかでない単語に稀人が仮面の下で顔を引き締めた。
軽く肩をすくめる緋雪。
「ああ、どうやらここの結果が逃げた義勇兵から伝わったみたいでね、これまで貴族に不満を持っていた民衆が一斉に蜂起したらしい。――まあ、誰かさんが撒いた種がやっと芽を出したってところかな」
「……そう、ですか」
小さく呟き、ほっと・・・やっと重い荷物を下ろした旅人のような、万感の思いを込めたため息をつく稀人。
「そんなわけで、これから全軍で王都に向かうんで君も遅れないように。遅れると君のやり残したこともできなくなるよ?」
「そうですね。まだやるべき事が残っていましたね」
なにを思っているのか、誰を思っているのか、どうするつもりか、訊いてみたい欲求に駆られたが、あえて聞かずに緋雪はその場を後にしようとした。
と、その背中に稀人の妙にサバサバした声がかけられた。
「姫、これが終わったら姫の胸を借りて思いっきり泣いてもいいですかね?」
「――な、なんでさ?! 一人で泣けばいいじゃないか!」
咄嗟に胸を抱いてその場から後ずさる緋雪。
「いやあ、男って生き物は、つらい時に女の胸の中で泣きたいものなんですよ」
「だ、だったらこんな薄い胸でない方がいいじゃないかっ。ソフィアなんてどうだい? 胸の大きさといい、量といい申し分ないよ」
「・・・あのオーガの姐さんですか? 絞め殺されそうですね」
想像してげんなりしている稀人を置いて、緋雪は風のように走り出した。
「やれやれ」頬の辺りを掻いて、稀人は王都の方角を向いた。「待ってるかな・・・」
誰かの名前を呟いたが、その声は誰にも聞こえなかった。
がんばって手を抜いて全滅させずに済みましたw
次回で王都編は終了予定です。