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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第二章 王都の動乱
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幕間 否定告白

カルロ卿のお話です。


どーでもいい裏話なのですが、多少の本編の補足にと。

 私の本名はジャンカルロ・エリージョ・ベルトーニ。


 ベルトーニ家は貴族とはいえ下級の男爵家(バロン)ですから、本来であれば私ごときの身分で殿下のお傍に仕えることなどできなかったのですが、私の父が若い頃に現国王陛下の近衛を行なっていた関係で、父と陛下とは身分を越えた友誼を結んでいたと聞いています。


 私と殿下ですか? さあどうでしょう、私はあくまで殿下の忠実な臣下のつもりでいましたが。


 そんな関係でちょうど私を出産したばかりの母が、同時期に産まれた殿下の乳母となったようです。


 まあ、他にも何人か乳母はいたようですが、なぜか殿下は母以外の乳母を嫌がったそうで――そうですね、生まれつき女性の好みはうるさかったのかも知れませんね。


 ・・・正直申し上げて私もヒユキ陛下ほど美しい女性はお目にかかったことはございませんので、殿下が夢中になられたのも得心できます。、


 とはいえ母も産まれたばかりの私を放って、一日殿下にかかりきりになるわけにもいかず。

 ・・・そうですね、もともと庶民的な女性(ひと)でしたので、他の貴族の夫人であれば我が子を捨て置くのも躊躇わなかったでしょうね。


 結果、もの心付く前から王宮で殿下と一緒に育てられることになりました。


 本当の兄弟のようにですか? いえ気が付いた時には周囲から口を酸っぱくして、お互いの身分の違いのことは強く言われていたので、必要以上に馴れ合うつもりはありませんでした。

 そもそも私には他の兄弟がいますが、お互いに干渉することはありませんね。実際、貴族社会であれ、庶民であれどこも同じです。産まれた時から長子、次男、三男と明確な差があるものです。


 ――ええ、その通りです。殿下ときたらそうしたことには無頓着で、周囲の忠告にも耳を貸さずに、どこに行くにも連れ回されましたよ。


 そうですね。仰られるように、恵まれた者の鷹揚さというか、鈍感さと言えるかも知れませんが、多少なりとも私も楽しんでいたのは確かですね。


 そんなわけで幼い頃は殿下の遊び相手、もっと身も蓋もない言い方をするなら『殿下のオモチャ』という扱いでしたね。


 その役割が変化したのは殿下が11歳の時。ええ、暗殺者の襲撃後です。

 7歳になる頃には私も幼年学校に通うことになり、以前のように頻繁に殿下とお会いする機会もなくなっていたのですが、あの襲撃があった日から何日か経って、父と共に国王陛下の下へ呼び出され、内密の話として切り出されました、殿下の侍従となるように、そして殿下の行動を逐一報告せよと。


 おそらく国王陛下を始め王宮の皆様は恐ろしかったのでしょう、わずか11歳にして手練れの暗殺者8人を返り討ちにする殿下を。

 なので気を許している私に、猫の首の鈴になれという命令ですね。


 ええ、勿論断ることなどできませんでしたし、命令どおりその日あったことを逐一文書で報告していましたよ。


 ・・・殿下ですか? どうでしょう。ある程度私が侍従になった理由は理解していたと思いますが、素直に喜んでくれましたよ。

「また一緒にいられるな!」と言って、それは嬉しそうに笑っていました。


 それからは本当に毎日が目まぐるしい日々でした。

 殿下に付き合って冒険者の真似事までさせられ――ええ、いちおうCランクの冒険者証は持っています。


 いえいえ、とんでもない。半分以上殿下のおこぼれに預かった結果ですよ。


 なにしろ殿下ときたらわずか2年で、大陸にも50人といないSランクを得たのですからね。


 いえ、妬ましいという気持ちは一切ありません。

 逆に誇らしかったですよ、これほど素晴らしい人物とともに歩める自分が。


 私にとって殿下は羨望であり、見果てぬ夢の体現でしたから。


 とは言えそうして庶民と交わるうちに、いつしか殿下の心に貧富の差や身分制による弊害が重く影を落とすようになってきたようで、表にこそ出しませんでしたが心の奥には忸怩たる思いがあったのでしょう――そして世の中には、そうした臭いを嗅ぎ分ける(やから)がいるものです。


 言葉巧みに殿下に近づき、絵空事のような理想を吹き込み始めました・・・ええ、まったくその通りで、それほど立派な理想なら自分で努力すれば良いと思うのですがね。


 なんとか私もそうした輩から殿下を切り離そうとはしたのですが、一度心に根を張った理想は存外深く、殿下の心に食い込んでしまったらしく、私の目を逃れてまで連中と接触するようになる始末でして・・・。


 この辺りで王宮側も危機感を抱いたようで、より密な情報を収集するように言われました。

 やむなく私も表向き殿下の理想に共感したフリをして、行動を共にするようにしました。


 ここで得られた情報を元に、連中の構成やアジト、人員の詳細については詳細に報告してありますので、恐らく今頃は一網打尽でしょうね。


 ・・・ええ、特にどうとも思いません。もともと絵空事ですし、結局のところは自分たちの利権のために、殿下をそそのかした連中ですから。


 そしてもう一つ受けた命令が、これ以上殿下が政治に口出しするようなら、私の手で殿下を弑逆(しいぎゃく)せよ、というものでした。


 悩まなかったかと言えば勿論嘘になりますが、正直申し上げてそんなことにはならないだろう、こんなものは一時の熱病であり、英明な殿下であれば現実を理解してくださるだろうと思っていました。


 ですがその後も殿下は政治運動に邁進し、さらには事もあろうに、魔物の国と取り引きまでしようとしている。

 王宮のほうも大いに慌てましたよ。

 そして、後手に回っているうちにお二人の会見が決定し――まさかあれほどヒユキ陛下の腰が軽いとは思いませんでした――至急、伝えられた命令は、このまま殿下が外患を誘致するのであれば始末せよ、というものでした。


 私は殿下の無防備な背中を見ながらずっと悩んでいました。

 この手で、いま、殿下を弑逆(しいぎゃく)せねばならないのか。


 そんな私をかばって頭を下げ、私を『友人(とも)』と呼んで下さった殿下に、その場で全てを告白して許しを請いたい気持ちが爆発しそうでした。


「私は貴方にそんなことを言っていただく価値のない男なんです! どうか貴方の手で私を罰してください!」


 そう足元に取りすがれたらどんなに楽かと。


 ・・・ですが、できませんでした。私の失敗はベルトーニ家の失態。

 父個人が国王陛下と親しいといえ・・・いえ、だからこそ逆に、宮廷スズメたちはここぞとばかり責め立てるでしょうから、我が家程度の下級貴族はひとたまりもなく廃絶でしょう。


 そうです、私は殿下の信頼と我が家とを天秤にかけ、殿下を裏切ったのです。


 ですが、幸いインペリアル・クリムゾンとの共闘は白紙となり、これで幾ばくかの時間は稼げました。


 そこで私は殿下と政治運動とを切り離す最後の賭けに出ました。

 そうです、アンジェリカ様に犠牲になっていただくことで、殿下に理想と現実の違いを知っていただく。また、感情的にも自分が守ろうとしていた市民が、自分の最愛の者を奪ったことにより隔意を抱くようにと。


 保養所の人員の配置をして、もともと素行に問題のあったあの若者たちを行動に移させるのは実に簡単でしたよ。

 私の手の者がしたり顔で、

「君たちが1杯のスープを飲むのに苦労しているのに、王族はこうしてぬくぬくと贅沢をしている。これは君らの血税によって賄われたものだ、ならそれを取り戻すのは当然の権利じゃないかね?」

 そう言っただけでその気になりましたからね。


 ・・・その通りですね。あの手の輩は、大義名分を与えられればソレが正しいことと、疑わずにどんな非道なことでも当然のこととして行いますからね。



 ですが・・・・・・これは私が殿下を見誤っていたのでしょうか?


 それほどの事があっても殿下は進むのを辞めなかった・・・。


 その結果がこれです。




 ◆◇◆◇




「・・・それで、君の告解は終わりかな?」


 面白くもなさそうな顔で、もとはアシル王子の使っていた椅子に、黒よりも赤を強調したパゴダスリーブのドレスを着て座っていた緋雪が、カルロ卿に確認した。


 アシル王子の私室、その中央に安置された遺体は明日には神殿の大司祭立会いの下、葬儀が執り行なわれ、王家の墓所に運ばれる手はずになっている。


 侍従として最後の別れの晩になる今夜、ただ一人遺体の傍で、まんじりともせずその顔を眺めていたカルロは、ふと夜風とレースのカーテンのざわめき、そしていつの間にか開け放たれた窓の下に佇む、月の化身のような美貌の主を確認し……驚くよりも先に、どこかほっとした面持ちで、尋ねられるまま自分の内面を吐露したのだった。


「はい。ヒユキ陛下、私を罰しますか?」


 むしろ罰して欲しいと懇願するような声音のカルロ卿に向かって、緋雪は小ばかにするように小さく鼻を鳴らして答えた。

「なんでさ? これは君らの内部の問題だろう。私がとやかく言う筋合いのことじゃないねぇ」


「しかし、貴族院は今回の事件をすべて陛下とお国へ擦り付ける腹です。私がその原因でもあるのですから、陛下には私を処断する十分な理由があるはずです」

 いつになく必死な表情で重ねて訴えるカルロ。


「いやぁ、別に君個人が絵を描いたわけじゃないだろう? なら裏で手を引いて虎の尾を踏んだ馬鹿どもに、責任を負ってもらうだけだね」


 暗にお前の命などどうでもいいと言われて、カルロは唇を噛んだ。


 その間にさっさと椅子から立ち上がった緋雪は、花で飾られた棺の中に眠るアシル王子の顔を覗き込んだ。

「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、最後まで馬鹿だったねぇ。馬鹿は死ななきゃ直らないって言うけど、直るもんかねぇ」


 後半は小声で呟いたせいでカルロの耳には届かなかったが、ここで顔を上げた緋雪は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「最後のお別れをしたいんで、ちょっと顔を背けてもらえないかな?」


「は、はい」

 律儀に立って壁際まで移動して、カルロは背中を向ける。


 その様子に目を細め、完全にこちらに背を向けているのを確認して、おもむろにアシル王子の顔に覆いかぶさるように口元を近づけた。


 くちゃっというわずかに湿り気を帯びた音がカルロの耳に届き――数呼吸の間を置いて、緋雪の上体が戻る気配がした。


「――まあ、こんなもんかな。あとは運次第だねぇ」


 同時に立ち上がる気配がして、カルロは慌てて振り返った。


「このままお帰りになるのですか?」


「まあねえ、これからいろいろと忙しくなりそうだし。長居もしてられないさ」

 そう言って不敵に笑った緋雪の口元から、常になく伸びた犬歯が零れ落ちる。


「・・・本当に私を処罰されないのですか? 私はその心積もりで全てを告白したのですが」


「だからそれは私の役目じゃないよ。話を聞いたのは、別れ際に王子に付けといたバイパスがいきなり切れた理由が知りたかっただけだしねぇ。まあ、君にとっちゃ一生罪を胸に抱えていた方がつらいんじゃないの?」


「………」


 それから緋雪はひょいと肩をすくめた。

「まあ運が良けりゃ、そのうち処罰すべき資格のある者が、君を処罰に訪れるかも知れないしね」


「――それはどういう?」


「可能性の話だよ。いまのところ3割ってところだろうし、後は君の信じる神にでも祈っておくしかないねぇ」


 混乱するカルロを置いて、緋雪は窓際へと進んでいった。


「それにしてもさ。君たちは良く似ているねぇ」


「――は?」


「逆境になると自殺したがるところとか、他人の手を借りたがるところとかそっくりだよ。君は友人ではないって言ってたけど、こういうのを類友って言うんじゃないかね?」


 その言葉に、カルロは呆然と目を見開いた。


 そして次に気が付いた時には、緋雪の姿は幻のように消えていた。


「友・・・」

 カルロの呟きが開いた窓から夜風に乗って、夜の闇へと消えて行った。

ちなみに作中で「カルロ卿」の場合は第三者視点、「カルロ」の場合は本人の心情に近い、という感じです。

それと「卿」というのはロードもサーも日本だと貴族の敬称は一括して「卿」で統一されてますので、卿をつけました。

ご指摘ありがとうございました。


それと吸血鬼の眷属化は、親になる吸血鬼が自分の血液を一定量相手に注がないと不可能です。口付けしたわけではなく、がぶっと首筋に噛み付いたので念のため。

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