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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第二章 王都の動乱
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第七話 閃剣巧剣

緋雪VSアシル王子の続きです。

とりあえずここで一区切りですね。

 頭上から振り下ろされた一撃を、色違いで同じ形をした剣で受け止める。

 受けた剣を持つ腕が重い感触に痺れ、体全体がきしむ思いがした。


「――なっ?!」


 アシル王子は強い。付加魔術(バフ)による肉体強化ブーストを施したいまのステータスなら、一部はボクに迫る数値があるだろう。

 だけどもともとの総合的なステータスポイントに大きな差がある以上、到底ボクには追いつけない。

 単純に正面からの力比べならば、どうしたってその壁が技量以上の差を持って圧し掛かってくる。


 だから、お互いの武器が互角である以上、剣と剣とのぶつかり合いでは、どうしたってボクはアシル王子を圧倒できる。それがボクの認識だった。


 だけどそれができない。一撃を受けて様子見――と甘く見ていたのは確かだけれど、数値に表される単純なエンジン性能とは異なる、王子のもつ剣の技量がその差を埋めている。


 それは、いまこの瞬間にも、受け止めた剣にさらに加えられる圧力によって、気を抜けば地面に膝を付きそうになっている自分の状態からも明らかだった。


 ――まずい!


 この体勢はマズイ。距離を置いて、ボク本来のヒット&アウェイの戦法にきりかえなきゃ。


 瞬間的に判断したボクは、スカートを翻して蹴りを放った。


 不意を打ったつもりだけれど、アシル王子は予期していたかのように片脚を上げてこれをガード。

 お互いの足が交差した瞬間にようやく力の均衡が崩れて、ボクは反動で後方へと跳んだ。


「可愛らしい下着ですね。――個人的には伝統を外され、ちょっと残念ですが」


「ご期待に添えなくて残念でしたね~。このとおり足癖も悪いものでね」


 余裕のつもりか追撃もしないでその場に立って、本当に残念そうに、ヤレヤレと首を横に振るアシル王子。

 ちなみにこの手のドレスを着る場合、貴婦人は下着をつけないのが通例なんだけど、さすがにボクはノーパンで歩き回るほど現代人を止めていない。

 なので、今回はドレスのインナーらしく、スリーインワン(ブラジャー、ウェストニッパー、ガーターベルトが一体になった下着)を装備している。 


「いやいや、足癖が悪いのはお互い様で――」

 その瞬間、アシル王子が足元の地面を蹴り、ボクの目前に爆発したように砕かれた大地が迫る。


 咄嗟に左手側にステップを踏んでかわした――その方向から気配が!


 と、感じたのはさらにフェイントで、四方から押し包むような殺気が迫り、判断に迷ったボクはその場で基本スキルの跳躍(ジャンプ)をして、前方へと空中で2~3回転しながら、その場から離れた。


 本体は――――――――真後ろ。


 いつの間にどうやって廻り込んだんだい?!


 疑問の答えを導き出す前に追い討ちが迫る。

 空中から地面に着地するその前に、アシル王子の姿が現前に迫り、斬撃が襲いかかる。


 それを迎え撃つべくボクも無理な体勢から剣を繰り出し、刃と刃が絡み合い、鮮烈な火花が散った。

 その勢いを利用して距離を取る。


 後手に回ったらマズイとは思うんだけど、さらに迫り来る刃を受け止め、弾き、かわしながら一方的に後退するしかなかった。


 ・・・なんなんだろうね、こう……こちらの本領を発揮できない土俵に持ち込まれて、じわじわと袋小路に追い詰められていくような、このいやらしい戦い方は。

 対戦ゲームってやったことないけど、あれの『待ち』ってこんな感じなのかねぇ。


 面白くないねえ。

 1発と思ったけど、2~3発殴るのを追加しないと気がすまないね。


 脚力差を生かして一気に距離を置く、と同時に猛烈な踏み込みで逆にこちらから王子に迫る。


 袈裟懸けの一撃――避けられた。


 手首で返しての剣士系基本スキル『燕返し』――これも上体のみ後ろに反らせて避けられた。


 さらに空中で軌道変更をしての剣士系基本スキル『横一閃』――孤を描くように振られた剣で弾かれる。


「――ええぃ、いいかげん観念して、殴らせないかい!」


「・・・いやいや、こんなもん受けたら死にますよ。そっちこそ少しは手加減してくださいよ」


「十分手加減してるよ!」

 なにしろこっちは基本性能だけで、付加魔術(バフ)は使ってないし、聖職者系の攻撃魔術は一切使わず、剣も同等かやや劣るシロモノを使い、使ってるスキルもプレーヤーの基本スキルと剣士系の基本スキル。

 要するにほぼ互角条件で戦ってるっていうのに、遥かに(レベル)下の相手に互角・・・どころかさっきからこちらが押されっ放しじゃないか!


 ボクのプライドはもうメタメタだよ。


「なんか手加減するのもアホらしくなってきた。ちょっと本気を出すよ」


「それは怖いですねぇ」

 目を細めて身震いする真似をするアシル王子だけれど、その瞳はさすがに笑っていなかった。


「まあ死んでも30分以内なら蘇生できると思うから、痛いのは最初だけだ――よッ!」


 剣士系の基本スキル『刺突(スラッシュ)』!

 剣と剣とがぶつかり合い、ボクの突きがいなされる――けど、これは織り込み済み。その勢いを利用して王子の背後にあった岩を蹴って三角跳び。


 上から王子に向かって放つボクの本気、剣聖技『七天降刃』!

 まやかしや残像ではない、実体のある分裂した7つの剣先が、かわせないタイミングで同時に王子の全身を襲う。


「くっ――!!」

 咄嗟にもっとも手薄な左手方向へ逃げることで、そのうち3つまではかわすことに成功したみたいだけど、残り4つはかわせない。

 そう判断したアシル王子は――ボクが言うことじゃないけど――どんな反射神経をしてるんだい?!


 1本の剣で2刀を同時に受け止め、もう1本を強化した左手の拳で弾き、最後の1本――ボクが握った本体に対しては、自分から体ごと飛び込んでくる形で、剣の鍔元のもっとも威力が弱いところを左肩で受けた!


 軽く肩が斬られて血がにじんだけど、所詮はその程度。


 とは言え、こちらからみれば目の前に首が差し出されたのと一緒。


 半ば反射的に切っ先を返して、その首を薙ごうと剣を繰り出し、アシル王子の剣がガードしようとするが――遅い!

 完全に捕らえたと思った瞬間、王子の剣が手元でくにゃりと曲がったような動きをして、逆にボクの手首が浅く斬られていた。


「――ッ?!?」


 さらに変化した鎌首が追いすがり、かわせないと悟った瞬間、ボクは全速力でバックステップをかけた。


 勢いで、つま先が接触した地面に二条の溝を掘りながら、その場から一気に20mほど離れる。


 そんなボクに向かって、呆れたような声をかけるアシル王子。

「まったく・・・なんでもアリですね。とんでもないなぁ」


「それはこっちの台詞だよ。なんだい今のは?」


「まあ、俺の奥の手のひとつの『浪之霞(ナミノカスミ)』って技ですね。普通なら相手の手首の腱を切ってたところなんですけどね」


 治癒(ヒール)する必要もなく、夜間の吸血姫の身体能力ですでに塞がり、傷跡ひとつない手首を見ながら、ボクは憮然とため息をついた。

「・・・まったく、これだから対人戦は嫌なんだよ、どんな意表を突いてくるかわからないからねぇ」


「まあ非力な人間が勝つための小細工ですからね。卑怯と言いますか?」


「言わないよ。もともとこっちの基礎能力が卑怯なんだからね」


 それにしても、ここまでスペックに差があっても技で無効化してくるなんて、ずいぶんと甘く見てたよ。もちろん完全装備で、付加魔術(バフ)やら魔術やら使い放題だったら、ほとんど問題にならないレベルだけれど、逆に言えば同じ条件――この世界に『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』に匹敵する装備やらがあるとすれば(ボクは3大強国クラスにはあるんじゃないかと睨んでいる)――なら、ボク程度を倒す相手も存在するってことだよね。

 実際、この王子様も言っちゃ悪いけど中レベル国家のお山の大将なんだから。


 そう思えばずいぶんと収穫があったねぇ。


 さて、続きを……と思ったところで、上空から接近してくる馴れた気配と、遥か遠く闇の彼方からこちらに近づいてくる複数の馬車が奏でる騒音とが、ボクの耳に聞こえてきた。


「――姫様、お待たせして申し訳ございません」

 案の定、上空から降りてきたのは3対6翼の翼をあらわにした熾天使の命都(みこと)だった。


 初めて見るその姿にアシル王子は目を丸くしていたけど、こちらは無視して命都に向き直った。

「ごくろう。追っ手は始末したのか?」


「はい、あの場にいた者はすべて排除いたしました。ただ、さきほど上空から確認しましたところ、別口の追っ手らしき集団がこちらに接近しつつあります。姫様のご命令があればこちらも対処いたしますが?」


 このへんの律儀なところは命都ならではだね。

 他の連中なら、『ついでに潰しとけ』ってお手軽に()ってから、事後報告になるからねぇ。


「・・・追っ手ですか」

 戦う意思はないという具合に、剣を鞘に収めたアシル王子が難しい顔をする。


「そうみたいだねぇ。まったくせっかく興が乗ってきたところだというのに無粋だね」

 ボクも剣先を地面に向けて、だらりと下ろした。


「いやぁ、これ以上はとても無理ですね。そろそろ肉体強化も切れる頃合ですし」


「はん。まだまだ奥の手を隠しておいてよく言うよ。だいたいまだ切れてないんなら、もうちょっと続きができるってことだろう? さっきの傷のお返しもしたいし」


 そう言って切っ先を向けたけど、アシル王子は肩の傷を指して、

「それを言ったらこちらも一太刀浴びてますしね、今日のところは引き分けということにして、続きはお約束どおり後日ということにしませんか?」

 やる気が無いという風に肩をすくめた。


 これは完全にやる気がないね。

「・・・仕方ないねえ、続きは君が勝った後にしよう。――でもやる前から貴族たちに勝つつもりでいるけど、浮かれてると足元をすくわれるよ? せいぜい注意することだね」


「ええ、気をつけますよ。ではその条件でよろしいので?」


「いいよ。じっくり高みの見物とさせていただくよ」


「そうですか。俺もそれまで腕を磨いておきますよ」

 そう朗らかに笑っていたアシル王子だが、ふと思い出したという風に真顔で訊いてきた。

「姫の『ヒユキ』というお名前は代々続く通り名のようなものなのでしょうか?」


「いや、私だけの名前だねぇ。まあ響きが同じ名ならあるかも知れないけど」

 重複した名前は弾かれるから、サーバにも一人だけだけど、読み方を同じにする漢字なんて幾らでもあるから唯一ってわけでもないだろうけどさ。


「そうですか。――実は以前、父に教えてもらった喪失世紀の記載に同じ名があったもので、偶然の一致か、それともなにか関係があるのかと思っただけでして」


『喪失世紀』――思いがけなく出てきた単語に、驚いたボクは無意識にアシル王子に詰め寄っていた。


「・・・それは、どういうことだい? 私の名があるって??」


 その勢いにちょっと気圧され、困惑した表情で眉根を寄せる王子。

「いや、アミティア王家に残されているのは本当に断片的なお伽噺のようなものばかりで、失われた時代には人々は神に迫る力を持っていたとか、死や飢えというものが存在しなかったとか、巨大な城が宙に浮かんでいたとか」


 うん、その城はいまも元気に浮かんでいるよ。


「そうした超越者たちを束ねる存在があり、そのうちの一人の名前が『ヒユキ』といったとか、その程度ですね」


 ふ~~む、まだまだ判断材料に乏しくて何ともいえないねぇ。

 とは言え、直接か間接的にかこの世界が『E・H・O』エターナル・ホライゾン・オンラインとかかわりがあるのはほぼ確実だろうね。


「『喪失世紀』についてもう少し詳しい記載・記録はないのかな?」


「難しいと思いますよ。話した父も子供に聞かせるお伽噺程度の口調でしたから。ただ、より詳しい資料が残された国があるとしたら、おそらくはそれはイーオン聖王国でしょうね」


「――イーオンか、確かがちがちの人間至上主義の狂信国家だったけかな?」


「ええ、しかも信者でない他国人に対しても排他的ですので、ここで確認するのは至難の技でしょうね」


 ふむ・・・と腕組みしたボクの耳に、いよいよ追っ手の馬車が迫ってくる音が聞こえてきた。


「まあ考えるのは後にしよう。私と命都はここで追っ手を食い止めておくので、君たちは先に行きたまえ」


「ヒユキ姫たちはどうされるので?」


 アシル王子の質問にボクはひらひらと片手を振った。

「聞きたいことも聞けたので、ここで追っ手を始末してお別れだ。――ああ、アンジェリカにはよろしく伝えておいてくれ。まあ、暇ができたら顔ぐらい出すってね」


「・・・そうですか。では、しばしのお別れですね。再会の日までお健やかで」


 そう挨拶して、またもボクの手を取り口付けするアシル王子。

 ま、また反応できなかったよ・・・。


 命都の目が、『やっぱり()りますか?』と言ってるけど、『あー、とりあええず追っ手で鬱憤晴らしといて』と、視線で答える。


「再会というか、再戦の日までなんだけどねぇ」

 言いつつ、ボクは王子の肩に手をやって治癒(ヒール)した。


「おっと、これは、まことにありがたき幸せ。――では、また!」

 そう言って颯爽とその場を後にするアシル王子。


 やれやれ・・・。


 アンジェリカとカルロ卿に二言三言喋りかけ、大急ぎで遠ざかっていく――アンジェリカは何度も心配そうにこっちを振り返っていたけどね――馬車を見ながら、ボクはわずかに寂寞を覚えていた。


「さて、いくか命都」

 ボクは『水の剣』の代わりに呼び出した『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』を構えた。


「承知しました姫様」

 聖杖を構えた命都がその後に続く。



 まあいろいろあったけど、楽しい兄妹だったねぇ。


 兄貴のほうの青臭い理想がどこまで達成できるのかはわからないけど、まあ成功するよう願うくらいはするさ。

アシル王子の身体強化魔術の効果は長くて30分。

全力で動き回れば15分というところですね。


12/18 誤字脱字修正いたしました。

×余裕のつもりが追撃もしないで→○余裕のつもりか追撃もしないで

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