幕間 魔将軍衆
番外編です。
今回は十三魔将軍の内訳をちょっとご説明回です。
例によって本編には関係ありません。
これは、彼らインペリアル・クリムゾン全住民が敬愛する主・緋雪が、お供に命都を伴って王都へ向かう前日のことであった。
この数日間、すでに虚空紅玉城には浮き足立った空気が流れていたが、Xデーとも呼べる今日は、その緊張が最高潮に達し、朝から臣下の者たち――特に男性陣――は落ち着きがなく、逆に殺気だって、疑心暗鬼の目を、緋雪という同じ天を戴く同僚たちに向けていた。
ついに円卓の魔将同士でさえ、意味もなく肉体言語による話し合いを始めるに至り、静観を決め込んでいた四凶天王の命都と空穂もさすがに看過できないと判断し、偉大なる主であり、今回の凶事の収束をつけられる唯一の人物であろう緋雪の裁決を仰ぐこととなった。
◆◇◆◇
相談したいことがあるので是非に――ということで、猛烈に気が進まなかったんだけど、臨んだ謁見の間には、すでに十三魔将軍が勢ぞろいしていた。
もちろん全員跪拝してるけど、小さくなっているどころか、もともとのスケールが違う上に、中には不定形で常時大きさが変化しているのもいるので、普通に見てても遠近感が完全に狂いまくってクラクラしてしまう。
ちなみに十三魔将軍は全員がLv110~130クラスのダンジョンボスばかりで、対するプレイヤーのレベル上限がLv99(まあ実際は0→1→2→3次転生に伴いステータスの上昇幅も上がるので、3次転生後は無印の実質Lv250くらいに相当するんだけど、もともとこのクラスのボスは対カンスト組用なのであまり意味が無い)なので、強いなんてもんじゃない。
文字通りの化物。
だいたいにおいて、一般Mobなら=プレーヤーのレベルで、ソロでも普通に倒せるけど、基本ソロで倒せるボスというのは、安全マージンを取ってLv20~30下なのがセオリーだったりする。
ということで、こいつらはソロではなくてプレーヤーが集団でボコるのが前提(なので捕獲には当然仲間以外にも知り合いの協力を仰いだ)なわけで、仮にボクにソロで戦えといわれれば、一番格下の相手なら、完全装備でポーション使い放題なら数時間かければ倒せるんじゃ? いや…どうかな? まあ、取りあえずがんばってみよう! ・・・でも途中で他の雑魚モンスターが1匹でも攻撃してきたら確実に死ぬけどね!!
という実に厄介な、しかもほとんだが16×16マスの即死・全体攻撃とか使ってくるので、紙装甲でヒット&アウェイを繰り返してチマチマ削る、ボクの戦い方とは非常に相性の悪い相手だったりする。
――まあ廃人の中にはソロで全ボス撃破して、運営から『独壇戦功』なんて称号をもらった変態もいるけどね! 例によってうちの仲間だったけどさ!!
……なので苦手意識が強いんだよね~。
いくら味方と言われても、デコピン感覚で一撃入れられたら一発で死ぬし。
だいたい見た目もダンジョンボスに相応しく、馬鹿でかくておどろおどろしいしさ。
なにしろ一番小さい奴でも全高(全長じゃないよ!)10m。一番大きいのは50m(さすがに部屋に入らないので、今回は小型化しているけど)という巨大さで、百鬼夜行どころかどーみても人類殲滅に現れた邪神軍団です。本当にありがとうございました。
というか、運営もこのあたりでネタに詰まったのか、双頭の狒々の頭と触手を持つ爬虫類の姿をしたデモゴルゴンとか、触手をもった霧であるプニーフタールとか、人面蛇身に朱色の髪を持つ共工とか、世界各地の神話にでてくる邪神・魔神を題材にしてるので、実体化したいまは本気でシャレにならない。
てか、クトゥルフ神話の邪神とか、見ただけでSAN値がごりごり下がるはずなんだけど、大丈夫なのかね、ボクの精神? 知らないうちに壊れてないだろうかね。
そんなわけで、取りあえず部屋に入って数段高くなった壇上の椅子に座りながら、いつでも逃げられるように素早く非常口のチェックをした。
ちょうど椅子の後ろが馬鹿でかい観音開きの扉になっていて、ボクが出入りする時に使用するんだけど、開けるのに天涯と刻耀が一人一枚ずつ、両手を使って開けていたから――扉を見たときは『この扉をくぐる者は一切の希望を捨てよ』ってフレーズが頭に浮かんだよ――たぶん咄嗟に逃げる際には、ボクの腕力じゃ追いつかないね。
となると廊下のあるボクから見て左側の扉か。
視界に入ったところで3箇所。
一番近いところまでは、ボクの逃げ足なら2秒とかからないだろうけど、まずいことに今日は5cmのヒールを履いている。
この不安定な足場では全力疾走は不可能。靴を脱いではだしになるまでのロスタイムが、生死を分けるかも知れないね。
こんなことならハイヒールでの全力疾走の訓練しとけばよかったよ。
とか思っていたところで、十三魔将軍を代表してヴェールをまとった白髪で黒い肌をし人間の青年の姿をしたウムル・アト=タウィル(クトゥルフ神話に出てくるヨグ=ソトースの分身)の『斑鳩』が、一歩進み出てきた。
「天上人たる緋雪様のご尊顔を拝し奉り、我ら十三魔将軍一同、この上なき栄誉を得てございます」
恭しく挨拶したところ、ボクの横に立っていた――並びとしては、天涯、命都、ボク、空穂、刻耀――命都が、口を開いた。
「面を上げなさい、姫様への直奏を許可します」
はて・・・? 普通これって天涯の役目だと思ってたんだけど、なぜか今日は本人、えらく不機嫌そうな顔で突っ立てるね。
「では、失礼ながら姫に確認したい仕儀がございまして、十三魔将軍を代表してお聞きします」
その目がちらりとボクから見て右手側、天涯と命都が並んでいる方を見た。
「姫、此度の行事に、ある特定の者のみ恩寵を与えた、という噂はまことでございましょうか?」
あちゃーっ!! このタイミングで言われる行事っていったら、明日から訪問する王都への同行者の件だよね。
今回はコラードギルド長の忠告を受けて、命都を連れて行くことにして本人以下、四凶天王には知らせてあるけど、他の円卓メンバーからすればいい気がしないのも当然かも知れないね。自分たちの頭越しにそういうこと決められてるんだし。
だいたい前回のお供も天涯一人だったことで、ずいぶんと七禍星獣からも文句を言われたし・・・でもまあ今になってみると、それが良かったかも知れないねぇ。
あの後、七禍星獣の気晴らしと現地調査を兼ねて、前回ボクらが壊し廃墟と化したアーラ市近郊にあった古代遺跡――一階ずつ攻略するのは面倒臭いという空穂の我がままに従い、刻耀が一撃でダンジョンボス(ちなみに5つ首のヒドラだった)の部屋まで10階層をぶち抜いた結果――を、さすがに放置しておくのもマズイということで、修理・改良のために派遣しておいたので、現在は城内にはいないからねぇ。
いたらさらに騒ぎがエスカレートしたろうにね。
それにしても、どうしたものかな、今回は人数制限がある上に『人間型女性』というくくりがあるので、正直十三魔将軍の出番はないんだよねぇ。
でも、正直に言って暴れだしたらボク死ぬし。
「………」
どーしたもんかなぁ、と考え込んだボクに代わって、天涯が一歩前に出た。
「くだらぬ邪推に過ぎぬ! 諸君らの懸念はまったくの的外れだ!」
そういった天涯に、なぜか十三魔将軍の本気の敵意を込めた視線が一斉に注がれた。
「――――――――ッ?!」
こ、こわ……っ!! 邪神軍団が本気で殺気を込めた視線、その余波に巻き込まれて、ボクは久々にしばらく意識が飛んでいたらしい。
気が付いたら天涯と十三魔将軍とが喧々諤々と言い争いをしていた。
「だから、あれは姫様に飲んでいただくために用意した生き血だと!」
「普段であればあのような締まりのない顔はしておらんでしょう!?」
「とりわけ霊力の強い巫女の血だぞ、姫に喜んでもらおうと――」
「嘘をつけ! 貴様だけ姫からご寵愛をいただいたのだろう?!」
「だからもらってないと言ってるだろう!」
◆◇◆◇
「……なんの話?」
ボクの質問に命都が思いっきりため息をついた。
「今日は魔暦2月14日、バレンタインデーです。天涯殿が朝、手に箱を持って歩いていたのを見て、姫様からチョコをもらったのではないかと、十三魔将軍を始め、城の男たちが色めき立っておりまして・・・」
「ほんに男衆ときたら、かようなことでくだらぬ騒ぎを起こし寄ってからに」
呆れ果てたという口調で、空穂が騒ぎから目を逸らした。
・・・・・・はい?
バレンタインデー? なにかと思えばそんなことでこの騒ぎなわけ?!
というか、あんたら全員邪神・魔神じゃない? そんなのが十字教関係の行事のシロモノもらうのに血眼になるわけ?! なんか間違ってない??
頭を抱えるボクを余所に、議論はいよいよヒートアップして行こうとしていた。
そんなわけで、結局その後ボクは命都たちの助けを借りて、大量のチョコを作って配りまくってどーにか事を収めたわけだけどさ。
・・・これ来月のホワイトデーのお返しの中身が凄く怖いんですけど。
十三魔将軍は全員Lv110オーバーですが、当然99クラスはごろごろいます。ここら辺に来ると、実力的にはほとんど差がありませんが、110オーバーはゲームの最終UPデートで実装されたもので、この国では名誉称号のような扱いになってます。