第六話 月下苛刃
お陰さまで累計で100万アクセスとなりました!
思わず5~6回桁を見直しました。
こんなに見ていただけるとは、本当に感謝感激です!
皆様ありがとうございます。
馬車の中には沈黙が流れてた。
あの後、立ち塞がる憲兵――実態は、貴族院の遣わした刺客だろうね。殺る気満々の殺意と剣筋だったし、実際にアシル王子を見て、
「いたぞっ! 逆賊アシルだ、殺れ!!」
「討ち取れば褒賞は思いのままだ!」
「取り囲め。女を人質にしろっ!!」
とか口々に叫んで襲いかかってきたしね。
まあ、王子のほうは惚けて、
「王子? なんのことだか知らんなぁ。俺は国を憂える謎の仮面騎士だ!」
ってノリノリだったけどさ。
で、ボクのほうもついうっかり興が乗って、
「同じく、通りすがりの謎の女剣士、マスク・ザ・ローズ見参っ! 命の惜しくない者はかかってこい!」
って啖呵を切って、ポーズまでとってしてしまった。
・・・うん。いまは反省してるよ。
で、アシル王子と協力して難なくこれを突破して、仮面のまま敵地と化した歌劇場から脱出。
即座にカルロ卿が用意しておいて、自分で御者を務める箱馬車に、アンジェリカを抱え込むようにして飛び乗り、追っ手を食い止めるよう命都は指示し――まあ本人、王子との会見ではそうとう欲求不満が溜まってたんだろうねぇ嬉々としてたよ――彼女が追っ手と対峙(というか鏖殺)するその間に、ボクらは王都から一時脱出することにした。
・・・時たま後方で光とか爆発音とか聞こえるけど、たぶん知らない人が花火でもやってるんだろうねぇ。
ちなみに目的地は、当初の予定を繰上げにする形で、王家の保養所があるというフルビア湖を目指している。
夜中ということで替えの馬を用意できないため、途中から非常にゆっくりしたペースになったけど、おそらく今夜中にはたどり着けるだろう、というのがアシル王子の意見だった。
また、王都から脱出するのにあたり、1枚しかない結界無効化の通行証明書はボクが持ったままなので、命都は後から結界の張ってなさそうな上空まで昇って、迂回してこちらに合流する予定になっている。だいたいの場所も教えてあるし、ある程度の距離になれば主と従魔は、お互いの位置を確認できるので、この選択がベストだろうね。
まあ命都の脱出にあたり、万一王都の上空まで防御結界があったとしても、命都にとってはそれこそシャボン玉を割るようなものだろうから問題は無いし、こっちはもう逃げた後なので騒ぎが起きても関係ないところだね。
で、一息ついたところでボクらは仮面を脱いで、無言のまま――アンジェリカは襲撃のショックで青褪めているし、アシル王子はそんな妹姫の肩を抱いて落ち着かせている、そしてボクはそんな光景を馬車の対面のシートに座ってじっと見てたんだけど――いい加減、沈黙とボクの目つきに耐え切れなくなったのか、アシル王子はおどけた仕草で肩をすくめた。
「どうしました、ヒユキ姫。そのように険しいお顔をされては、せっかくの花の顔が台無しですよ」
「・・・3対7ってところかな」
「――はい?」
「馬車に乗るまでに倒した敵の数だよ。ずいぶんと差をつけてくれるじゃないか」
「いやいや、そこまでは差は無いでしょう。5対5か、まあ、俺の首が目当てだったんですから、2人3人多かったかも知れませんけど。……って、ヒユキ姫口調が変わってませんか?」
「こっちが地でねぇ。人数的には大マケにまけて4対6としたとしてもいいさ、だけどなんだいあれは? こっちがバタバタ斬ってる隣で、全員殺さないように手加減してる余裕は? ――なのでその分を加味して3対7なのさ」
「いやぁ、別に余裕というわけではなく、まあ…彼らも貴族院の命令に従っただけの我が国の国民ですからね」
困ったように頬の辺りを掻く王子。
「はん、金か名誉か知らないけれど、そんなものと引き換えに他人様の命を奪う連中なんだ、殺されるのが当然だと思うけどねぇ。そんな生業を選んだ時点で弁護の余地もないと思うし、いなくなったほうが世のためだと思うけどねぇ。――だいたい君、11歳の時に暗殺者を8人全員返り討ちにしてたんじゃなかったかい?」
「・・・ええ、あの時はアンジェリカを守るために無我夢中でしたし、守れたことには悔いはありません」
ここで一息ため息をついた。
「ですが、その後ずっと後悔してたんです。こんな殺し殺される殺伐とした関係が人の世なのかと、幼いアンジェリカに見せてしまった自分の弱さに、だから俺はアンジェリカを真に守れ、人の世のより良いもの、美しいものを見せられる強さを目指したんですよ」
その迷いのない目を見て、ボクは押し黙った。
いや別に気押されたとか、反論の言葉がなかったとかではなく、もうこれ以上話しても無駄。お互いに平行線になるのがわかったから――というかなんだね。そう言われると、隣で人間をスパスパ大根みたいに斬っていたボクが、まるで血も涙も無い殺人鬼みたいじゃないかい!?
「――やはり、面白くないねぇ」
「と、言われても・・・困りましたね。どうすればご機嫌を直していただけるんでしょうか?」
その言葉に、ボクはふむと考えた。
どうにもモヤモヤするのは、この太平楽な王子が原因なのは明白だ。
ならうちの国のやり方でお話し合いするのが一番だろうね。
「そうだねぇ、いい加減街からも離れたし、追っ手もいまのところない。おあつらえ向きに周りは誰も居ない荒野、ちょっと暗いのが難点だけど、その辺りはお互いになんとかなるだろう? ならちょうどいい、降りて試合してみないかい?」
そのボクの提案にアンジェリカが息を呑んだ。
アシル王子も難しい顔で腕組みした。
「……それは後日とお約束したはずですが?」
「試し合いだよ、別に死合いをしようってんじゃないさ。ただ、どーにもその澄ました顔を、一発ぶん殴らないと気がすまない気分でね」
「レディのご不興を買ったのでしたら、この場で頬のひとつふたつ殴られるのは覚悟のうえですが・・・それではお気がすまない?」
「『さあどうぞ』と差し出されて殴ったら、それこそ、ただの女の癇癪じゃないか。対等な条件で殴らないと気がすまないね」
「どう違うのかいまひとつわかりませんが。・・・しかたないですね」
諦めた顔でアシル王子は窓から顔を出し、御者をしているカルロ卿にいったん街道から外れて止まるように指示した。
◆◇◆◇
荒涼とした大地を夜風が通り過ぎて行くばかり。
少し離れたところに止めてある馬車のランタンの光程度では、こちらの様子なんて見えないだろうに、アンジェリカとカルロ卿が心配そうにこちらを見ていた。
「そんな高価そうな格好のままで、本当によろしいのですか?」
5mほど離れた場所から、そう心配そうにいうアシル王子こそ舞踏会用の燕尾服のままなんだけどね。
「ご心配なく、慣れてますから」
・・・・・・。
うーむ、自分で言っといてなんだけど、ドレス着るのにも、スカートのヒラヒラにも、スースーにも本当に慣れたなぁ。
というか緋雪として転生してからは、一回もズボン履いてないねぇ。
……大丈夫かな自分。いろいろ心配になってきたよ。
「そうですか、では遠慮なく参ります」
言いつつボクが渡した『風の剣』を構えるアシル王子。
「――そのままでは勝負にならないんじゃない? 本気を出したら?」
途端、王子の顔に苦笑が浮かんだ。
「・・・お見通しですか」
再度、剣を構え直して半眼になり、体内の魔力を練り上げながら、淡々とした口調で魔術的呪文だか自己催眠だかわからない、その言葉を口に出す。
『我は無類無敵、我が剣に敵うものなし。――我が一撃は眼前の敵を討ち滅ぼす!!』
種族:人間(魔法剣士)
名前:アシル・クロード・アミティア
職業:アミティア王国第三王子/アミティア王国冒険者(Sランク)
HP:21,500→70,950
MP: 9,200→30,360
「これはこれは……さすがはSランク、この状態ならほぼ人間の上限に近いね」
あくまでただの無印の人間としては、だけどね。
とはいえ正直舐めていたかな、初期のステータスを見てこんなものかと思ってたし。
「それはお褒めの言葉と受け取ってもよろしいのでしょうか?」
「うん。正直魔法剣士って言うから魔術併用型かと思ったら、すべて肉体強化に使うなんて、思い切ったことするねぇ。いまなら当たれば私にダメージを与えられるだろうね」
「当たればですか?」
「うん、当たればね。――まあどうなるかわからないけど、致命傷だろうがなんだろうが私か、後から来る命都がいれば跡形もなく治るので遠慮はいらないよ」
頷いてボクも『水の剣』を構えた。
「そうですか、それを聞いて安心しました。――では、参ります」
刹那、気負いのない体勢から、アシル王子は一気にその距離を0にした。
同時に斬線が薄暗がりを鮮烈に切り裂き、鋼の輝きと共に容赦なくボクを両断せんと振り下ろされた。
緋雪と王子が劇場で大暴れするするシーンを期待されていた方には申し訳ありません。
王子も一般人相手には俺TUEEEE過ぎるので、そのチートっぷりを発揮する相手として、こうなりました。
あと王子が唱える言葉の元ネタは『影●』と『王●伝』ですね。