第二話 準備万端
申し訳ありません。
昨日(8/21)の更新内容(2~4話)の内容を修正をいたします。
私の準備不足のため皆様の混乱を招く事態となりましたこと、本当に申し訳なく陳謝いたします。
さて、ギルド長室から退出しようとしたところで、コラードギルド長から待ったがかけられた。
「ちょっとお待ちください。確認したいのですが、陛下は王都カルディアへはどのような手段で潜入されるお積りですか? あそこは基本フリーパスな自由都市と違って、出入りもかなり厳しく制限されていますが」
「そんなもの、ぴゅーとひとっ飛びだよ」
穴を掘るのも面倒臭いしね。
「ま、まさか、またあの派手なドラゴンに乗って行くお積りですか?!」
泡を食うギルド長に、ないないと手を振って見せた。
まあ日本の小さな県の面積にほぼ匹敵する空中庭園ごと移動して行くわけだから、どっちが派手かは判断に迷うところだけどさ。
「……とはいえ、まともな手段で潜入されるわけではなさそうですね」
「そりゃそうでしょう。私が正面から『こんちわ~っ』と堂々と入れるはずないしね」
名乗っただけで大騒ぎだよ。
そういうとコラードギルド長は諦め切った顔で、執務机から銀色の――以前ジョーイに見せてもらったギルド証に似ているけど、あれよりも二周りは大きく、縁のところに飾り模様が入った――金属板と、封がしてある手紙(ただしこちらはちゃんと裏にアーラ市冒険者ギルドの印と、ギルド長の宛名が入っている)を出してきて、応接テーブルの上にこちら向きに置いた。
どうやらまだ話の続きがあるみたいだと判断して、ボクもソファーに戻った。
「――なにこれ?」
取りあえず金属板の方を手にとってみた。
「通行許可証です。アーラ市で発行された正式のものですから、それがあれば王都へも問題なく入れる筈です」
「ふ――ん、でもいいの、ここまであからさまに私の支援をして?」
「・・・しかたがありません。誠に不本意ですが、いまやアーラ市は陛下の国土に三方を挟まれ、喉元に剣をつき立てられた状態です。そちらにわずかな動きがあっただけで致命傷を負う、いわば運命共同体ですから、王都で不要な騒ぎが起きないよう多少なりともリスクを回避できるよう努力するのが、私の務めでしょう」
おおぅ、コラード君も清濁併せ呑む度量ができてきたみたいだねぇ!
やっぱり逆境は人間を成長させるのかなぁ。
それともあれかな、彼女の出来た余裕というモノかな?
「・・・なんですか、その生暖かいような、蔑んだような微妙な目つきは?」
「べ~つーにィ。――まあ、ありがたく頂戴しておくよ。ところでこれ魔力が感じられるけど、なにか機能とかあるの?」
「ええ、誠に勝手ながら私の方で手を加えておきました。王都の門をくぐる際に右上の『☆』マークを指で触って、『開錠』と唱えていただくと特殊な結界が発生して、王都の防御結界を一時的に無効化できます。
まあ陛下のお力なら防御結界ごとき問題にはならないでしょうが、力づくで破られればそれだけで非常事態だと知らせるようなものですからね」
ああ、そういえば防御結界なんてシロモノもあったねえ!
全然苦労しないで破ったので記憶に残らなかったけどさ、どの程度の規模で張り巡らされているかわからないけど、最低限門や城壁の上くらいまでは覆ってあるだろうから、夜陰に乗じて城壁を飛び越えて王都に潜入しようとしたら、知らずに破ってあっさりボクの存在がバレてた危険性もあったわけだねぇ。
これは反省しないといけないね。
いきなり大きな力を持って万能感に浸っていたけど、人間どこで足元をすくわれるかわかったものじゃないからね。いまつくづく実感したよ。
やはり中身の身の丈にあったところから固めていかないと、あとあと取り返しの付かないことにもなったかも知れないねぇ。
それを思えば、そのことを教えてくれたコラードギルド長にも改めて感謝しないとね。
「ありがとう、コラードギルド長。重ね重ね感謝するよ」
そう言って頭を下げたボクを、まるで見知らぬ化物を見るような目で見るギルド長。
「――な、なんの嫌がらせですか陛下?! それともなにかの婉曲なイヤミですか!?」
「・・・いや、普通に感謝したつもりだけど?」
「陛下が? 私に! 感謝ァ?! ――ま、まさか私を殺すので最期の別れの挨拶ですか?!?」
慌てて腰を浮かせて逃げの体勢になる。
「ちょ、ちょっと待って! 私ってどんだけ物騒に見られてたのさ!?」
「ご自覚がなかったんですか!?」
ジト目で見られたけれど、なんかあれだね、うちの部下の非常識さを全部ボクのせいにされていないかい? ボク自身は無益な殺生もしてないし、基本対話路線で過ごしているつもりなんだけどねえ。
「・・・自分ではかなりの平和主義者のつもりだけど?」
うわっ、駄目だこいつ! という顔を掌で覆って天井を向くコラードギルド長。
「……まあ、お互いの認識に多少のズレがあるのはわかりました。それと補足としてソレの効果は30分間、1度使用すると半日使用不能になります。範囲はせいぜい半径1~1.5mほどですのでお忘れなく」
気を取り直したか、開き直ったらしいギルド長の説明に、大いにモヤモヤするものを感じつつも、ボクは黙って頷いた。
「それと、差し出がましいようですが、その結界の大きさではお連れできる家臣の方は1人かせいぜい2人でしょうが、仮面舞踏会に参加されるのであれば、女性は女性同士連れ立つほうが自然ですので、女性の方を伴われたほうがよろしいでしょう」
「なるほど・・・」
と、なると命都かな。空穂は性格に多少難があるから。
「それとこちらの手紙は、王都の手前にある街道のファビオラ市のギルド本部宛です。中身については、陛下はクレス=ケンスルーナ連邦の貴人であり、今回お忍びでアミティア王国の貴族と密会するために訪問されている。そのため国際問題にならないよう、秘密裏に事を運べるよう協力するようにとの依頼文ですね」
そう言って、もう一方の手紙をボクの手元に押し出してきた。
「クレス=ケンスルーナ連邦? そんなのもあるの?」
「あるんですよ。アミティア王国は独立国ですが、どちらかと言えば連邦と対立しているグラウィオール帝国の影響が強いですからね。こう書いておけば、あちらのギルドと冒険者も深入りしようとは思わないでしょう」
「ふぅん。いろいろと面倒なんだね。というか疑問なんだけど、通行許可証があれば通過できるんなら、別に冒険者の手を借りる必要とかないんじゃないの?」
見知らぬ第三者の手を借りると、その分、こちらの正体とかバレるリスクも高そうなんだけど。
そう言うと、再びコラードギルド長は深い深いため息をついた。
「陛下、まさかとは思いますが歩いて王都の門をくぐるお積りではないでしょうね・・・?」
「・・・騎鳥くらい借りたほうが自然かな?」
「騎鳥だろうが、騎馬だろうが思いっきり不自然です! どこからどう見ても貴族か王族のお姫様なんですから、お忍びとはいえそれなりの馬車に乗って、警備を固めて行くのが普通なんです!」
唾を飛ばして力説され、なるほどねぇとボクは納得した。
足元を見ないといけないと思った矢先からこれだよ。
言われないと気が付かないんだから、ボクって奴は本当に間が抜けているね。
「それに比べてコラードギルド長は、本当に痒いところに手が届くねぇ。良いお嫁さんになれるよ」
「なんで私が嫁なんですか!? もらう立場でしょう!」
「いやぁ、ギルド長はどっちかと言うとお嫁さんの方が似合ってるよ。家事能力も高そうだし」
自覚があるのか、うっと唸るギルド長。
「そ、それはまあ、男も30まで独身でいれば家事くらいできますけどねえ・・・そういう陛下こそ、刺繍くらいは淑女のたしなみですので練習されたほうがいいですよ」
と嫌みったらしく言われたけど、あれ?ひょっとしてボクのこと、戦い以外できない箱入りだと思ってるのかな?だとしたら、ちょっとプライドが傷つくね。
「刺繍や裁縫、料理、洗濯くらいは普通にできるけど?」
なにしろ小学生の頃から小公女みたいに働かされて、その後も一人暮らしで全部やってきたんだし。・・・そう考えるとあれだね、『他人に頼る』という感覚が、そもそもないのがボクの最大の欠点なんだろうね。
「失礼ながら、正直意外ですね。陛下にそうした面があるとは」
本当に失礼だね。
「そうしますと当然、舞踏のほうもかなりの経験が――」
「全然経験ないけど、別にいいんじゃないの? 今回は名目だけで王子様と密談するだけなんだし、適当に壁の花になっておけば」
ボクの答えに一瞬ぽかんとしてから、なぜか血相を変えて立ち上がったコラードギルド長。
「じょ、冗談じゃありません! 仮にも舞踏会と銘打っているものに参加するのに、踊りの一曲も踊れないなんて恥なんてものじゃありません!!」
真っ赤になりながら、なぜか机や椅子、テーブルを部屋の隅のほうへ片付け始める。
「いや、私が恥なだけで、別にギルド長が焦る必要は・・・」
「知らずにいたならともかくっ、知ったからには紳士として黙って送り出すわけにはいきません!」
断固とした口調で言われ、勢いに押される形で聞き返した。
「そ、そういうもんなの・・・?」
「そういうものです! では、陛下、直ぐに立ってください。時間もないので基本のステップだけになりますが、早速始めます!」
そう言いながら部屋の化粧棚から取り出したオルゴールを開けて、音楽を流しだした。
「・・・あの、いまからここで始めるの?」
「当然です! 時間がないと言ったでしょう! さあ立って、体に覚えるんです!!」
「うわー・・・」
◆◇◆◇
アーラ市冒険者ギルドのギルド長室には、その晩は遅くまで灯が燈り。
オルゴールの音色と、人が複数で激しく動き回る足音。
そして――
「違います、4拍子のカウントです!」
「ステップが早すぎます! 音楽に合わせるんじゃなくて相手に合わせて!」
「タンタタタッタ・タッタ・タッタ、わかりますか!?」
ギルド長の怒鳴り声が一晩中響いていたとか、女の子の半泣きの声がそれに応じていたとか、その後しばらく噂になったのだった。