第一話 火中之栗
第二章の開始です。
とはいえ、まだアーラ市から出てないですけどw
「・・・困ったことになりました」
1週間ぶりに会ったアーラ市のコラードギルド長は、眉間に皺を寄せたまま深いふかぁ――いため息と共にそう言った。
「いや、なんか会うたびにいつも困ってる気もするけど?」
思わず、ポロリと感想を漏らしたボクの顔を、恨みがましい目で見るコラードギルド長。
「その8割方は陛下が原因なのですけれどね」
いつの間にかボクへの呼び名が『陛下』に変わっている。
最初この部屋に来て変装を解いた時には、平伏して「陛下におかせられましては、畏くもおんみずから――」とか始めたので、
「そういうのはいいから。いままで通り普通に喋ってくれればいいから」
と止めたんだけど、『陛下』のほうは変える気はないみたいだねえ。
それはそれとして、8割方って、そんな困らせるようなことしたかなぁ?
えーと、最初に会った時はボクがジョーイへ渡した報酬の件で困ってて。
次がボクとの密談の件で困って。
三回目は魔物の暴走の件で困って。
で、ボクに泣きついてきて交渉を断られて困り果てて。
魔物との戦いでけちょんけちょんに負け、困ったなんてもんじゃなくなって。
最後はボクが戦場に降りてきて困惑して。
つまり6回のうち4回くらいなんだから、えーと――
「私が原因なのって67%、四捨五入しても7割くらいじゃないかな?」
「7割が8割でもたいして変わりません!・・・っと、失礼しました」
慌てて咳払いをして居住まいを正す。
さすがに戦場でのヘロヘロ状態から1週間も経てば体力も戻ったろうけど、困ったという割には妙に元気で顔の色艶も良いんだけど・・・。
「――彼女でもできたの?」
――ぶほっ!
直球で聞いたみたら、ギルド長は口直しに飲んでいた香茶を気管に入れ、思いっきりむせた。
「げほっ…げほげほっ……な、なんでそうなるんですか?!」
「いや、なんとなく。前と違って、こう…全身から幸せそうな、リア充の気配が漂ってるものだからさ」
「む……っ」
威儀を正そうとしたが、次の瞬間、満面をこんにゃくみたいに崩すコラードギルド長。
「いやぁ、わかりますか? でふふっ、いや~、ギルドの窓口職員にモナって娘がいるんですけどね」
ああ、ギルド長が片思いしてたんだけど、本人は現在進行形で3人ぐらいの男と男女交際してる赤毛の娘ね。もっとも、そのあたりのショックな記憶は、魔眼でギルド長の頭からは綺麗に消してあるんだけど。
あと、どうでもいいけどいい年こいた男が『でふふっ』は、気持ち悪いからやめてもらいたいな。
「彼女から猛烈なアタックを受けまして、このたび正式にお付き合いをすることになりまして」
「4人目の餌食か・・・」
「は? なにか??」
「いや、別になんでもないので」
まあ本人が幸せなら、ボクがどーこういうことじゃないからねえ。
「というか、私に会いたがってるというので来てみたんだけど、そんな惚気話をしたくて呼んだわけ?」
こっちは生前から彼女なんていたことないのに。・・・ったく爆発しろ!
「そんなわけないでしょう!」
一転して憮然とした顔になるギルド長。
「魔物の襲来で生じた人的・物的被害の補填、風評による商人の往来の減――まあ、このあたりは時間を掛ければどうにかなるでしょう。問題は陛下の影響力です!」
お前が原因だと言われても、ボクはここ1週間ずっと城に篭っていて、「どうして自分を呼んでくれなかったんですか姫様!?」「姫、次の出番はいつですか!?」と陳情してくる部下たちの相手で大忙しだったんだけど。
で、気分転換にネットでも見る感覚で、魔眼を通してのバイパスで、コラードギルド長の様子を覗ってみたら、なんかボクと連絡を取りたがっていたようなので、コレ幸いにと下界へ降りてきたわけなんだけどね。
「・・・なんかしたっけ?」
「陛下が直接なにかをされたわけではありません。しかし、大森林や古代遺跡、白龍山脈に現れるモンスターが口をそろえて『ここは偉大なるヒユキ様の領土だ』『ヒユキ様のために死んでもらう』『ヒユキ様ハアハア』と陛下の名前で領土宣言を行い――」
最後のは何かの病気だと思うよ。
「挙句、なんですかあれは?! 一昨日、白龍山脈の一角が突如吹っ飛んでできた巨大な壊穴口は!? 噂ではあれも陛下が関係しているとかお聞きしましたが?!」
「ああ、なんかあそこの一部妖魔がうちの国に非協力的だっていうので、壱岐と双樹と凱陣――いや、なんかとりわけやる気があった部下が志願して、現地での説得を試みたんだけど、説得に力が入り過ぎちゃったみたいでねぇ」
「陛下の国では、説得というのはいちいち破壊活動を伴うのですか!?」
「いやぁ……できれば否定したいところなんだけどねぇ」
否定できない心当たりが多々あるなぁ。
「だいたい領土宣言といい、破壊活動といい、誰の許可を得て行なってるんですか?!」
なにそんなにいきり立ってるんだろう? ボクは首を捻りながら答えた。
「どれもその地の主から、どうぞと許可を得たものだけど? というかもう全員がうちの国の国民だからねえ。煮ようが焼こうが好き勝手じゃないの?」
「そんな理屈が通るわけないでしょう! どこも我が国の領土ですよ!」
いや、国の領土なんて言うけどさ、そんなのは人間側が勝手に決めたことじゃない? 先住民たる魔物の許可を得たわけじゃないんだから。
と言ったら、「魔物に先住権があるわけないでしょう」と返された。
「・・・ん~~っ、じゃあ別に問題ないじゃん。うちの国は魔物ばかりなんだから、人間側としては存在自体を認めないというスタンスだよね? なら魔物がどう言おうとガン無視すればいいんじゃないの?」
「通常であればそうなのですが・・・」
ここでコラードギルド長は、苦虫を10匹くらい噛み潰したような顔になった。
「陛下の影響力は圧倒的過ぎます。あの巨大なドラゴンは市街からも見えたそうですし、ましてや間近に陛下と部下の方々のお力を見た冒険者の中には、陛下に心酔する者まで現れ、市民や議会の議員の間からも、この際『インペリアル・クリムゾン』と手を結ぶべきではという意見も出る始末で、火消しに大わらわですよ。ガルテさんがいないのもその辺りの調整のためです」
ああ、なんか物足りないと思ったら、ガルテ副ギルド長のでかくて暑苦しい姿がなかったせいか。
とは言え、そんな恨み節をぶつけられても、ボクとしては所詮は他人事だからねえ、適当に慰めるくらいしかできないな。
「ふう~ん、大変だねえ。もともと向いてないんだから、ギルド長とか辞めたら?」
「ええ、私もとっととこんな仕事は辞めて、モナといちゃいちゃしたいところですが」
うん、なにげに本音がこぼれたね。
「誰もが尻込みして、後任になろうとしてくれません」
「最近は国の上層部や神殿からも、『自由都市アーラ市は表向きは国に従っているが、裏で魔物とつながっているのでは?』などと痛くもない――」
言いかけてちらっとボクを見て言い直した。
「――多少、痛い腹を探られる始末でして」
まあ実際にここでボクとナアナアの会話をしてる時点でアウトっぽいよねー。
「まあ確かに、面従腹背の腹芸ができるくらいなら、もうちょっと上手く立ち回れたろうにねぇ」
「ええ、まったくその通りです」
憮然と同意するコラードギルド長。
「・・・んで? 私にどうしろと? 私たちこんなに仲が悪いんです、というアピールのために街中で二人で戦う猿芝居でもする?」
「やるわけないでしょうっ! という陛下の影響力は高いんですから、そんなことすれば私が後ろから刺されます! 実際、訓練所で、陛下と親しく話をしたと口を滑らせたジョーイ君は、訓練時間を8時間から20時間に増やされ、日に日にやつれていく有様で・・・」
どこまでも阿呆…もとい、不憫な子だねぇ。
「なので、私からお願いしたいのは、しばらく陛下と部下の方々はアーラ市近郊で、表立った騒ぎを起こさないでいただきたい、というのが1点で」
「まあ、もともとしばらくアーラ市からは離れる予定だったからね。大森林とか周りの騒ぎのほうは、いままで通りに戻ると思うよ」
テリトリーに侵入した人間を襲うなとか、食うなとか自戒を促すつもりもないけど、今後は暴走のような無目的な侵攻は起きないだろうね、と付け加える。
「それを聞いただけでもお話できた甲斐がありました。ところでもう1点確認したいのですが――」
「なにかな?」
「陛下はこの後、王都カルディアへ向われるとミーアから聞いたのですが」
ああ、そういば今回の騒ぎの前にぽろっと言ったっけか。
「いちおうそのつもりだけど?」
「……正直、あまりお勧めできません」
苦悩をにじませるギルド長。
「なんで?」
別に喧嘩しに行くわけじゃないんだけどね。
その質問を最初から予期していたんだろうね、黙って執務机の引き出しから2通の封筒を出して、ボクの前に置いた。
どちらも素っ気無い白の封筒で、蜜蝋で封印されているけど、出所がわかるような宛名とか印とかは押されていない。
「――なにこれ?」
「どちらも非公式なものですが、片方は貴族院議会からのもので、もう片方は第三王子アシル・クロード殿下からのものです。なんらかの形で陛下にお渡しするようにとのことで、やはり国は私どもの関係を疑っているようですね」
「へえ」
取りあえず封を開けて中身を確認しようと、『薔薇の罪人』を呼び出したらギルド長が引っくり返った。
「――そんな物騒なもの使わないでください! ペーパーナイフくらい貸します!」
で、ペーパーナイフを借りて中身を読んだんだけど・・・。
「ふーん、貴族院の方は『国家を僭称する賊徒はすみやかに武装を解除して、国の管理下に入るべし』だってさ」
「まあ、予想通りですね。目当てはそちらの財でしょう。遺失硬貨の件も漏れているようで、国に献上するようずいぶんと横車を押されましたよ。――まあ適当に惚けておきましたけど」
悪い結果は予想はしていたけど、やっぱり悪い成績のテストが返されたような顔で頷くギルド長。
「そうだね。ところでこの国の軍隊って何人くらいいるの?」
「常備軍に傭兵、各貴族の家臣団を合わせるなら全軍合わせて5~7万といったところでしょう。――それがなにか?」
「なんだ意外と少ないんだね。そんなんじゃ円卓メンバー動員したら、手加減しても何分持つかなぁ」
「なんの話ですか?!」
ソファから飛び上がらんばかりの勢いで、慌てたコラードギルド長に訊かれたけど、この手紙の内容って要するに、あれだよね?
「いや、宣戦布告されたようなのでツブそうかと?」
締まりのない口をパクパクとさせて言葉にならない様子のギルド長。
「で、もう片方の王子様からは『麗しき姫君へ。後の世までこのつたない筆跡が残ろうともかまわない。愛しい薔薇のために書き残しておこう、この熱い胸のうちを・・・』ってなにこれ?」
「・・・恋文、のように思えますが」
どうやら少しは落ち着いたらしい、コラードギルド長の補足にボクは首を捻った。
「片方では宣戦布告しておいて、片方では恋文贈るなんて、この国の上層部は錯乱してるの?」
「いえ…ですから、別に最後通牒というわけではないのですから、一足飛びに宣戦布告とか理解しないでください。……それと第三王子は公人ではありますが、貴族院議会とはまったく関係がない、どころかどちらかというと煙たがられている存在ですので、別個に考えてください」
「王子が貴族に煙たがられているの?」
よほどアーパーなのか、貴族たちの既得権を侵害するほど有能なのか――いきなり会った事もない魔族の国の姫に恋文贈るとか、前者っぽいけど。
「なにしろ英雄ですから。11歳の時に避暑地で暗殺者8人に狙われた際に、5つ年下の妹姫を守ってこれを全て殲滅したのを皮切りに、年に一度王都カルディアで行なわれる武芸大会剣の部で12歳から5連覇。
また、実戦を積むためとして14歳の時に王都のギルドに自ら志願し、16歳の時に『Sランク』の称号を得ています。
言っておきますが、王子という肩書きや武芸大会の成績とは関係なく、純粋な能力と実績によるものです。
私にはよくわかりませんが、失礼ながらガルテさん曰く、純粋な剣技では陛下を上回るのではないかとのことです」
ボクは黙って肩をすくめた。まあ所詮ボクのは自己流だからねえ。
とは言え、そういう本格的な訓練を積んだ相手にどこまで通じるのか、試してみたくもあるかな。なにしろ相手はSランクらしいし。
「そんなわけで実力は折り紙つき、しかも若くてハンサムとあって男女問わずに大人気です。なので王族はお飾りとしたい貴族院としては、面白くないのでしょうね」
顔つきからして、ギルド長もどちらかといえば王子様寄りっぽいね。
「面倒なものだねぇ。・・・とは言え、王子様のほうは私に会いたいと日時、場所まで指定してきたし、一度会ってみるのも良いかもしれないね。万一罠なら食い破るだけだし」
そう言うと、コラードギルド長は諦め顔で訊いてきた。
「ふう・・・できれば聞かなかったことにしたいのですが、具体的な日時と場所をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「来週の3日、王都で開かれる仮面舞踏会会場だってさ。タイミング的にもちょうど良いかな」
手紙のその部分と同封されていた招待状とをひらひらさせて見せた。
「・・・なるほど、男女の密会としてはありがちですね」
「まあ、どうあっても色恋沙汰にはならないと思うけどねえ」
言いつつ、だいたい話は終わりかな、と判断したボクは席を立った。
そんなボクの背中へ、コラードギルド長が切々と訴えてくる。
「陛下、万一貴族院なりアシル殿下なりが無礼を働いたとしても、それは全ての貴族や王族の総意ではないのです、どうかそれだけはお心に留め置きください」
――ふむ? ボクはちょっと考えて問い返した。
「じゃあ一部とそうでないところはどう区別をつけるの? 黙って見てたらそれは肯定していたことだし、そこら辺の区別の付け方がわからないんだけど? というかさ、君は自分を刺した蜂が巣に逃げ込んだら、いちいち一匹ずつ選り分けるのかい? 巣ごと潰すんじゃないかな」
「………」
そうした答えが返って来るのを、ある程度予想していたのか、ギルド長は無言で目を閉じた。
ボクは貴族院からの手紙を指の間に挟んで振りながら続けた。
「自分は奪って、自分のものは奪われまいとするなんて、ずいぶんと虫のいい話じゃないかい? 私がやろうとしているのは、こいつらが理想としている世界そのものなので、ずいぶんと公平だと思うんだけどねぇ」
最後に、じゃあ恋人とよろしく~、と続けようかと思ったけど、それは止めておいた。
噂の王子様と対面、の前にもう一人の重要人物と遭遇予定です。
8/21 誤字を修正しました
×がいしん→○がいじん
×ボクがやろうとしているのは→○私がやろうとしているのは