幕間 薔薇追想
今回は本当の番外編です。
本編のお話とは一切関わりませんので、読み飛ばしていただいてもまったく問題ありません。
私がその子に会ったのは、短期バイトで地元のスーパーに勤めた時だった。
中学生くらいだろうか?
栗色の髪に真っ白な肌、中性的な顔立ちに、線の細い体。
綺麗な男の子だな、というのがひと目みての感想だった。
もっともとっくに中学は卒業していて、現在は通信教育で大検を目指している、と後から聞かされて耳を疑ったものだが。
「身長とか、髪の色なんかは単に栄養失調のせいなんだよ」
そう自嘲して言った言葉を、私は最初冗談だと――この現代社会でそんな筈ないと根拠も無く思い込んでいたのだ――思っていたのだが、どうやらそれが本当のことだとわかったのは、随分と後になってからだった。
そういう目立つ容姿をした子だったから、興味をもって話しかけるバイト仲間は何人もいたが、愛想よく答えながらも、どこか一線を引いている彼のそっけない様子に、なんとなく近寄りがたい雰囲気を感じて、だんだんと積極的に話しかける人もいなくなっていったが、本人は逆に面倒がなくなったという風で、飄々としていた。
まあ、私は逆に俄然興味をもって、手の空いているとき、昼休み、帰る時などどんどん話しかけたのだけれど。
「君もたいがい変な人だねえ」
お金がもったいないから、と渋る彼を説き伏せて帰り際、誘ったファーストフード店――お金がないという言葉通り、彼は一番安いセットを注文した――で、面と向かって言われて私は首を捻った。
「――そう?」
「そうだよ。大抵空気を読んでボクには近寄らないものだけどねぇ」
「う~~ん、そう言われるとそうかも知れないけど、なんか興味があってさ。私の周りに君みたいに若いのに達観してる人っていないから」
「好奇心猫を殺すの典型だねぇ君は。まあそのバイタリティにはある意味、敬意を評するけど」
それから取り留め目もない話をした(というか、私が一方的に質問をして、彼が面倒臭そうに答えるというパターンだったけど)。
両親を亡くして一人暮らしでいること。
あのスーパーには身元保証人の口利きで2年前からバイトしていること。
休みの日は図書館で大検の勉強をしていること。
趣味はネットゲームなこと。
「ふーん、見事にオタクな生活ね~」
「ほっといてくれ、お互いに仮面をかぶってるネットの方が、人間関係のわずらわしさがない分、気楽だしね」
そんな話をして、帰り際に無理に誘ったのは私からなので、彼の分も一緒に支払おうとしたのだが、こればかりは頑として受け入れてもらえなかった。
「こうした貸し借りは大嫌いでね。自分の分は自分で払うよ」
「別にこの程度、貸し借りでもないと思うけど。だいたい私が誘ったんだから、先にこっちに借りがあるんじゃないの?」
「違うね」どこか冷たい口調で彼は断言した。「どんな場合でも、お金を出したほうが精神的に優位に立つんだよ」
それからも機会があるごとに、私たちは帰り際にお茶と雑談を楽しんだ(まあ楽しんでたのは私のほうだけだったかもしれないけど、彼も付き合ってくれたんだから嫌がってたわけではないだろう)。
とはいえお金がないという彼の懐を考慮して、毎回コンビニのコーヒーとか、公園のベンチで缶ジュースとかだったけど。
何回か話しているうちに、だんだんと彼のプライベートな部分も見えてきた。
「まあ生まれた時はけっこう裕福で、社会的地位もある両親もボクを可愛がってくれたんだけど、10歳になる前に事故であっさりとね」
「それからはあっという間だったかな。優しい祖父母や親戚だと思っていた親類縁者が、寄ってたかって両親の家屋敷、財産全てなんだのかんだの理屈をつけて奪っていってね」
「で、最終的に後見人を名乗る、一つ年上の従兄弟がいる伯父夫婦の家に引き取られたんだけど、まあそうなるとこれがよくある話で、肉体的精神的な虐待でねえ。13歳の時からぴたりと身長も伸びなくなってしまったよ」
「さすがに我慢できなくなって、学校や警察とかにも訴えたんだけど、まあ・・・子供の言い分よりも、社会的地位も地域の名誉も持ってる伯父とでは、行政もどちらの言い分を聞くかは明白でね。それからは虐待もなおさら酷くなったねぇ」
「それよりも参ったのは一つ年上の従兄弟でね。中学くらいになると色気づくだろう? で、ボクはご覧の見かけなのでね、肉体的精神的な虐待に加えて性的虐待もプラスされるようになってきてさ」
「まあ財産やなんかはボクが無知だったせいで、とられたのはある意味自業自得だけど、最後に残ったこの身と命くらいは守らなきゃと」
「あてもなく家出したところ偶然ケースワーカーに拾われてさ。最近はそういう虐待とか暴力とか社会問題になってたこともあって、隔離施設に連れて行かれて、いまにいたるという感じかな」
「ああ、別に自分が惨めだとか不幸だとかは思ってないよ、世の中には生まれつき難病の人も居るし、世界を見回せば7割近くが、その日飲む水にも苦労してるんだしね」
「うん、別に親戚や伯父がことさら悪人だったとは思わないなぁ。この世の中には博愛や無私の愛なんてない、人は自分の都合のいいように考え、行動するのに、それを期待してしまったボクが甘かったんだろうね」
「というか善人とか悪人とかあるのかな? あの日、両親が死ぬまでは彼らはボクにとっては善人だったし、いまでも他人からみれば善人なんだろうからね」
「だから君がボクを達観してるって言ったのも的外れでね。単にボクは臆病なだけなんだよ」
それから程なくして彼はあっけなく事故で亡くなった。
その後、程なくして彼がよく遊んでいたというネットゲームも終わったらしい。もともと会社としては5年を目処に運営していたが、最近のネットゲーム離れで廃止を決定したとかなんとか、ネットの書き込みで読んだ。
彼の葬儀が行なわれたかどうか、どこに葬られたかはわからない。
なので事故から1年後の今日、私は彼の事故現場に彼が好きだと言っていた赤い薔薇の花束を置いて、そっと手を合わせた。
「薔薇は好きだねぇ、特に赤薔薇は。知ってるかい、フランスとかでワインを作るブドウ畑には薔薇を植えるんだってさ。薔薇って病気にすごく弱いからねえ、先に病気が入らないかどうかの警報代わりに昔からそうしていたんだってさ。そんな弱いのに棘で身を守ろうとするなんて、健気じゃないかな?」
そんな彼こそが薔薇のような人だった。
知ってたかな君は。赤い薔薇の花言葉は『情熱』『愛情』だよ。
君は口では愛なんて信じないなんて言ってたけど、本当は信じたかったんじゃないかな?
それの答えはもう聞けないけど、私は君のことを愛していたよ。
緋雪の行動原理が矛盾しているのでは?
というご指摘が多かったので、ちょっとだけバックボーンを公開してみました。
「他人の命を奪わない」「他人の財産を奪わない」「他人の居場所を奪わない」というのが緋雪の考える人間同士の最低限の約束ですが、人はしばしば自分の都合でそれを行なう、だから信じられないし自己防衛するしかない、だけど本当は信じたい、という矛盾そのものな行動をしたためその矛先がコラードギルド長へ向かったという感じでしょうか。
また、ゲームを始めたのは隔離施設に連れて行かれてからなので、ネトゲの定石を無視したステータスの振り分けとかしちゃったわけです。
8/21 誤字修正しました。
×中世的→○中性的