第十三話 鎧袖一触
「薔薇の罪人!」
ボクは右手に、漆黒の半ば透き通った刀身の愛剣――特殊クエストや、BOSSドロップ品以外では鍛冶スキルで生み出せる最高の攻撃力を誇る剣を1000本以上駄目にして10回の強化に成功し、やっと作れたサーバ中でも5本の指に入る攻撃力を持つ剣――『薔薇の罪人』を呼び出し、一振りしてそれを握る。
ちなみに世の中には大変な変態もいて、Lv120のBOSSが2000回に1回くらいしか落とさない超高レベルの剣を、なにトチ狂ったか8回強化に成功させたプレーヤーもいたり(うちのギルメンだけどね! さすがに9回目は全員で止めたけど)するので、3本の指とかうかつに豪語することはできない。
「戦火の薔薇!」
途端、いままでまとっていたドレスが消え、黒と薔薇をあしらったデザインは同じだけど(まあ職人が同じだからねえ)、鎖骨の辺りが露出したビスチェドレスで、足元も裾が膝上までのショートラインのものに変化した。
こちらも剣士系職業装備としては最高レベルの防具を元に、8回強化に成功した(さすがに途中で挫けた)逸品を元に、特に速度に関連するAGI=敏捷性と、命中確率に関連するCRT=命中を高めるよう追加効果を与えてくれる専用装備の『戦火の薔薇』。
「薔薇色の幸運!」
腰のポシェットが消え、代わりに漆黒の翼がボクの背中から生えた。
別に変身したわけじゃない。この『薔薇色の幸運』は、BOSSドロップ品である『蒼王のマント』を元に職人の手で、見た目を課金ガチャの『堕天使の翼』に変えてもらった背中装備で、同じくAGIと、DEX=器用さ、さらにMAG.A=魔法攻撃力まで底上げしてくれる便利アイテムだったりする。
「薔薇なる鋼鉄!」
左腕に二の腕まである、中指ひっかけタイプで、指は全部でている黒いロンググローブが現れた。
その表面には、生きた薔薇の花と蔦が這う形で意匠が施されている。
見た目はこんなだけど、分類上は盾装備にあたり、AGIとVIT=生命力を大幅に上げてくれる、こちらもボクの専用装備となる『薔薇なる鋼鉄』だ。
さらにヘッドドレス、イヤリング、ネックレス、靴もすべて本気装備に変えたところで、ボクの後に付いて歩いていた天涯が一声吼えると同時に、まばゆい光を放ち人間形態へと変化した。
ただし、いつものタキシード姿ではない、お前はどこの王様かと問い詰めたくなる、黄金の鎧と大剣を装備した(従魔装備の最高峰、『覇王』シリーズ)剣士の姿だった。
と、同時に上空から舞い降りてきた3つの影が、天涯に併せてボクを中心に四方の角を守る形で地上に落ちると、即座にボクに向かって跪拝した。
「遅かったな、命都、刻耀、空穂」
不満そうな天涯の声に、3人とももう一段頭を下げ、命都――さすがにいつものメイド服ではなくて、戦闘装備である銀色に輝く、布とも金属ともつかないレオタードのような鎧に、同じ素材のロングブーツ、二の腕の真ん中あたりまであるロンググローブに、金属製のカチューシャ、右手に身長より長い聖杖をもっている――が代表して口を開いた。
「遅参をいたしまして、まことに申し訳ありませんでした姫様」
「なにしろ100年ぶりの姫との戦じゃからのぉ。円卓の魔将どころか、話を聞いた城中のやつばらが、我も我もと名乗りを上げおってからに、話し合いが長引いてしもうた」
こちらもいつもの人間形態で(本気になると全長50mを越える九尾の妖狐になる)、巫女装束をまとった空穂――ただし頭から真っ白な狐耳と、着物の裾から真っ白い九本の尻尾が覗いている――が、愛用の扇を口元に当て、気だるげに天涯に答えた。
「ふんっ。被害はどの程度だ?」
こちらはいつもと変わらない暗黒の全身鎧に槍、さらに同色の1.5mの大盾を装備した刻耀を、じろりと見て確認する天涯。
てか、被害・・・?
「安心せい、死者はでないように手加減はしておいたわ」
「その代わり城の大広間と隣接する部屋や廊下、壁がほとんど崩壊しましたが」
ちょっと待て――っ!! あんたらの話し合いって、毎回拳での語り合いが前提なのかい?!
「そうか、その程度の被害なら問題は無いな」
いや、大問題だと思います!
そう思いっきり叫びたい、叫びたいけど・・・これからボクがやることを考えたら、ボクなら『お前が言うな!』とツッコむところなので、我慢せざるを得ないよ。
ちなみに悠長に喋ってるようだけど、その間にも大鬼王配下の魔物たちが飛びかかってくる。だけど、4人とも羽虫を追い払う感覚で、そちらを見もしないで瞬殺している。
ボクの全従魔中、最大火力を誇る天涯。
最大治癒能力を持つ命都(ただし従魔は完全蘇生を使えない)。
HPが天涯に次いで高く、VIT=生命力が飛び抜け、光以外の全属性に優位である闇属性であるため、総合的には最強の壁となる刻耀。
光と闇以外の全属性を使える万能型の空穂。
本気装備といい、この四凶天王といい、本来であればLv90以上の戦場で使用していたので、オーバーキルもいいところなんだけど・・・。
ま、まあ大は小を兼ねるって言うし、気にしないことにしよう。
「――では、久々の戦争だ。少々物足りない相手だが、大鬼王とやらを検分に参るぞ」
『――はっ』
一礼して立ち上がる四凶天王。
さて、お話し合いの大鬼王はどこかな~?
「………」
見てもわかんないから、適当にモンスターが密集している方へ行ってみよう。
10分後――
迷った。
というか無駄に広いんだよここ! ゲームなら歩いて5分でフィールドの端から端までいけたのに・・・てか、大鬼王も移動してないかなこれ?
『地図作成』があっても、相手の位置が表示されるわけじゃないからイマイチ意味がないんだよねぇ。
レンジャー系だったら探知スキルがあるので、もうちょっとなんとかなるんだけどさ。
・・・まあ無いものねだりをしてもしかたがない。こうなったらいつものパターンで行くしかないねぇ。
「――天涯」
「はっ――!」
「歩くのも飽きた。駆けるので討ちもらした分は頼むぞ」
『!!』
言った意味を理解した四凶天王に緊張が走るけど、返事も待たずにボクはその場からダッシュして、一気にトップスピードに乗った。
「さあ、死にたいやつはかかってこいっ!」
さて、基本的に現在のMMORPGではPKというのはできない仕様になっている(PKができるサーバとかもあるけどね)、対人戦は双方合意の試合形式で行なわれるか、領土を巡っての攻防戦で行なうかのどちらかだろう、だけどボクはあんましこれが好きじゃないんだよね。
モニターの前に居るのは人間同士なので、やっぱりたまに遺恨とか妬みとか出るからねえ。
なのでほとんどAI相手な、でもってある程度歯ごたえのあるボス戦を中心に行なってたんだけど、ボス戦でのプレーヤーに必須なのは、ずばり『どれだけ固いか』で決まるんだよ。
どんだけ相手の攻撃に耐えて、攻撃を加えられるか。
または複数のプレーヤーが協力して強力な敵を倒す場合は、その攻撃目標になって(タゲをとるという奴だね)全員の盾となれるプレーヤーがいるかいないかで、勝敗の鍵を握っていると言っても過言ではない。
これもすご――く暴論だけど、『盾』『回復』『火力』の3種類の役割がいるかいないかで、安定性が全然違う。まあ、そんなわけで他の職業ってのは結構不遇なんだよ。
で、ボクの職業は『剣聖』と『聖女』なわけで、一見『回復』か『火力』で役に立ちそうだけど、ここで『吸血姫』の種族特性が裏目にでるわけさ。
この『吸血姫』って種族は基本ステータスが完全に魔法職か、暗殺者向きで、MAG=魔力、INT=知力は天使に準じ、DEX、AGIは全種族中最高を誇っている。反面、強さに関わるSTR=力や、『固さ』に直結するVITは、通常の人間並みかそれ以下の非力・紙装甲だったりする。
なので『火力』としては使えない。そして『回復』として最も大事なことは、どんだけ死なないで仲間を回復できるかってことで、つまるところ『固さ』が重要になってくるので、こちらでも使えない。
なので考えた。
結局、攻撃なんて当たらなきゃ問題ないんじゃないの?
ということで、わざわざ貴重なステータスポイントを使ってVITに振るよりも、吸血姫本来の長所であるDEX、AGIに振ってLv99まで上げ、さらに装備で底上げをした結果、ボクの速度と回避率はトンデモナイ数値になった。
ちなみにモンスターのステータスってのも、ほとんどHP、MPの多さと、ATK=物理攻撃力とMAG.Aの強大さに依存していて、レベルが上がってもここいらへんは意外とたいした事なかったりするので、全員確認したわけじゃないけど、多分現在でもボクが『インペリアル・クリムゾン』最速だと思う。
とは言えいくら数値が早くても、使いこなせなければ意味が無いわけなんだけど――。
ボクの目の前に大鬼の群れが立ち塞がり、咄嗟に後方から追いかけてきた天涯の手から雷光が、命都の手から光輪が放たれるが――遅い!
届くより先に集団の中に飛び込んだボクは、『薔薇の罪人』を瞬時に翻し、手近な数頭を一撃で葬り去ると同時に、剣聖技『七天降刃』(剣先が7つに分裂して一撃で複数の敵を倒せる)を繰り出し、走り抜けたところで雷光と光輪がやっと目標に命中した。
「おおっ、さすがは姫! 在りし日、天上人150名の中でただ一人、私めの雷光を全て躱しただけのことはございます!」
天涯が感嘆の声をあげた。
うん、もともと『E・H・O』は当たり判定とか、弱点破壊とかけっこうシビアだったんだけど、ボクにはこの戦い方がすごく合ってたみたいで、『黄金龍襲来イベント』では、3次転生カンスト組が150人以上の中でただ一人、上空から雨あられと降り注ぐ雷光を全て躱し切ったりもしたんだ。
まあ参加者からは、「お前は宇宙世紀の人間か?!」とか「動きがあり得なくて変態的」とか「公式チート乙」とかさんざんな評価だったけどさあ・・・。
なのでマラソン勝負をかければ、大抵のボス級には勝てると思うんだけど(天涯は無理。『薔薇の罪人』の攻撃力と回復量がほぼ均衡するので、ボクの集中が持たない)、紙装甲なのは変わらないからねえ、1~2発ボス級の攻撃を喰らったら死ぬので、城に居る時は戦々恐々として心の落ち着くヒマもないよ、まったく。
で、そんなことを――よーするに殲滅だね――やってたら、なんか周りを偉そうな大鬼、いやステータスウィンドウで確認したら『大鬼将』って表示されたので、大鬼王の側近てところかな?に囲まれた、そいつらよりも二周りは体の大きな、角を5本生やして、胸鎧をつけた、いかにも偉そうな大鬼がいた。
間違いなくこいつが大鬼王だろうね。
まあ、いちおうステータスウィンドウで確認し・・・て・・・
「――ど、どうされました、姫?!」
ぐらりとよろけたボクを慌てて天涯が抱きとめる。
いや、なんてゆーか・・・。あり得ないものを見たので、眩暈がしちゃったよ。
オーガプリンセス
種族:大鬼姫
名前:ソフィア
HP:1800,000
MP:520,000
※プリンセスは未婚の場合。結婚後はオーガクイーンとなる。
「――あの、君ひょっとして女の子?」
するとその5本角の大鬼が、厳つい顔を歪め轟然と叫んだ。
「あたりまえだ! あたしのどこをどう見ればオトコに見える!!」
・・・すみません。その厳つい顔といい、岩のような筋肉といい、どこからどーみても男女の区別はつきません。
「まあいいか。――さて、大鬼姫よ、私の名は緋雪、永久に魔光あまねく王国『インペリアル・クリムゾン』の主である。お前には2つの選択権を与えよう。私が与えるのは恐怖と力、すなわちこの私の剣の下に服従を誓うか、或いはこの剣の前に立ち塞がり無駄に命を散らすか」
「フザケルナ!!」
ボクの口上が終わらないうちに側近の大鬼将3匹全員が、いきり立って向かってきたけど、刻耀の槍の一振りで2匹は原型を留めないほど四散し、もう1匹は、
「無粋よのぉ」
空穂の扇子の一振りで真っ青な炎に包まれ、灰も残らず消え失せた。
ボクは再度、大鬼姫へ、『薔薇の罪人』の切っ先を向け直した。
「返事を聞かせてもらおうかな、大鬼姫よ。服従か、死か」
「ぐぐぐぐぐ………っ」
しばらく苦悩していた大鬼姫だが、ガランと手にしていた巨大な戦斧を地面に投げ捨てると、その場に両膝をつけた。
「・・・従おう」
「うむ、賢明な判断だ。私と我が『インペリアル・クリムゾン』は君らの参加を心より歓迎しよう」
あー、よかった。やっぱり話ができる者同士、お話し合いで決着をつけるのが一番だよねぇ。
・・・まあ、それ以前にこの辺り血の海のような気もするけど、正当防衛というやつだよね、うん。
「安心せい、我らが姫様に従う限り、お主らには常に戦いと勝利の美酒とが待っておろうぞ」
「うむ、この世界全てを制覇し、さらなる高みへと姫と共に至らん!」
空穂と天涯の言葉に半信半疑の表情を浮かべる大鬼姫。
うん、その気持ちはよ―――くわかるよ。ボクが一番信じたくないんだし。
「――しかし、せっかく四凶天王が地上に降りたというのに、この程度では、ちと食い足りないのぉ」
ぼやく空穂の言葉に同調して刻耀が大きく頷いた。
「ふむ、しかし人間相手はもっと歯ごたえがないしな。――いや、確かこの近辺にはダンジョンと、白龍が棲みついているという山があったな」
「ダンジョンとはまた懐かしいですね。それに龍種であれば多少は楽しめるかと思いますし」
「うむ、善は急げじゃ。早速行ってみようぞ。――そこな新入り、お主も来い。我らの言葉がウソやハッタリでないことを、その眼と魂に教えてくれるわ」
・・・なにこの急展開?
「さあ姫、参りましょう」
いや、参りましょうって、ボクも行かなきゃならないの・・・?
いい加減精神的に疲れたので休み――って城に帰るってことだよね。
なんか半壊して、仲間内でバトルロワイヤルやったらしい城へ。
・・・まだダンジョンとか、フィールドボス狩りしてた方がマシかな。
「――では、参ろうか」
ヤケクソでボクは先頭に立った。
その周囲を、いつものように四凶天王が固め、戦斧を拾った大鬼姫が、おずおずと付いて来た。
そんなわけで、この日の内にボクらはアーラ市近郊の古代遺跡と白龍山脈の主を制覇して、大森林も合わせた3箇所を、実質的に支配下に置いたのだった。
第一章はこれで終了です。
次回は王都編ですが、その前に後日談と前日譚のようなお話が一話入る予定です。
8/20 文章を一部修正しました。
×100回に1回くらいしか→○2000回に1回くらいしか
なんぼなんでも確率が高すぎるということで、言われてみればその通りですね(´・ω・`)