番外編 沈博絶麗
地上遥か彼方を揺蕩う巨大な浮遊島、空中庭園。
真紅帝国の本拠地にして不可侵かつ難攻不落の聖域でもある。
そこにひしめく十万を超える住民は、九割九分までが魔物――それも地上の基準では優にSS級以上、平均でも左足の小指の先で災害クラスを一蹴する実力を持った、ランク測定外の化け物ばかり――である(残りの数パーセントも「人類?」とクエスチョンマークが付く、超人・魔人・神人が軒を連ねている)。
そんな現世を超越した永遠の楽園にして、悠久たる楽園の揺籃の中心。地上にあるいかな大国の宮殿や王城も比較にならない――せいぜいが犬小屋か白アリの巣としか思えない――華美にして豪奢、壮麗にして絢爛なる真紅の城《虚空紅玉城》(ほぼ東京都二十三区に匹敵する巨大な城)が、その日もあらかた三割ほどが吹っ飛んだ。
ほぼ同時に城下町である商業区も半壊し、世界樹の森も将棋倒しのようにへし折れ、ついでに空中庭園の下層部分が爆発し、底基湖の水が滝のように地上へと降り注いだのだった。
◇ ◆ ◇
「……それで。今日の騒ぎの原因はなんなわけ?」
げっそりしながら謁見の間で玉座に座りながらボクがそう問いただすと、神妙な表情で片膝を突いて頭を垂れていた、金髪金瞳をして一部の隙もなくタキシードを着込んだ超絶美形――天涯が、「はっ」と言って立て板に水でスラスラと理由をそらんじ始める。
「虚空紅玉城における崩壊の原因は、定例会議中に欠伸をした列強を十三魔将軍の数名が諫めた結果、口論に発展してさらには肉体言語による殴り合いの熱が高まったためと聞き及んでいます」
「いつものことか。――オブジェクトは本来破壊不能なはずなんだけど、データじゃない三次元物質である以上、絶対はないにしても脆過ぎない?」
「城の素材は全面的に特殊加工を施した緋緋色金を使用しておりますが、現状ではこれ以上の強度を上げるのは不可能ですので、城の自動修復機能を補助する魔法の使い手と、修繕可能な技術を持ったエルダードワーフの匠や棟梁を、およそ二十四時間体制で馬車馬……いえ、水車の歯車のようにフル稼働させておりますので、ご懸念には及びません! ――仮に壊れたところで、命都の手で快癒させて即座に現場に復帰させておりますし」
「熱意の方向がはなはだしく間違っている! どんだけブラックなんだ!! つーか、それ以前に城を壊さないように自制するってことはできないのかい!?」
どこが『現世を超越した永遠の楽園』だよ!? 永遠に強制労働させられる地獄じゃないか!
と訴えるボクの主張に対して天涯が沈痛な表情で、
「真しかりし」
と、頷いて付け足す。
「姫のお膝元を騒がせる慮外者ども不忠臣者どもが! まったくもって度し難いにもほどがございます! 連中につきましては、私めがその場でまとめて制裁を施しておきましたが――」
ちょっとまて! 城が吹き飛んだ最終的な原因は天涯が原因じゃないのか!?! 絶対にそうだろう!!
「商業区域での騒動も、どこぞのラーメン屋の主人が暖簾分けをした弟子たちが、勝手に豚骨醤油ラーメンやら鶏ダシ醤油ラーメンやらを売り出し、『師匠の味は古い』『老害だ』などと批判したことから乱闘になり、最終的に商業組合の重鎮たちと若手との権力争いになり……」
阿呆らしい。でも豚骨醤油ラーメンとか鶏ダシ醤油ラーメンとかあるんなら食べてみたいねぇ――と思いつつ、他の事案もほぼ以下同文の内容をうだうだと続けている天涯の解説を聞き流しながら、ボクはため息混じりに嘆き節を口に出していた。
「なんでそう、些細な口論から毎度毎度の破壊活動に至るのかなぁ……。暴力はいけないって、いつも言ってるよねぇ?! 円卓の魔将にしたって、昔と違っていまでは世界を支配する立場なんだからさぁ、人類の規範とまでは言わないけれど、もうちょっと我慢を覚えてもいいんじゃないのかなぁぁぁ!?」
「御意。誠にもって嘆かわしい限りでございます」
打てば響く感じで相槌を打つ天涯。
一番堪え性のないお前が言うな! 百年経っても全然変わらないじゃないか!!
と、怒鳴りつけたいのを我慢して、傍らに佇むメイド服を着た銀髪、六翼の熾天使――命都に視線を巡らす。
ボクの意を酌んだ命都が一礼をして所感を口に出した。
「やはり手持ち無沙汰なのではないでしょうか?」
「あー、まあ、基本的に滅多なことでは地上へ介入することはないからねぇ」
「左様でございますな。地上の塵芥どもも、我が身の卑小さを自覚してか、ここ二二に飛び出して、止める間もなく瞬時に帝国の五分の一くらいを壊滅させた事件だよねぇ!?」
返す刀で危うく帝都を一掃しようとしたところで、慌てて現場へ直行したボクとオリアーナ――とっくに仙化しているので、若い姿のまま老化は抑えられているはずだけど、なんでわざわざ老婆の見かけにしてるんだろうね? 年を取ると丸くなるどころか年々偏屈になるという典型だよね――とが、どうにか激高していた天涯を落ち着かせて収束させたんだけど、さすがにあんなことがあれば他の国もビビッて、そりゃ大人しくなるわ。
「――ふっ。姫のご意志を体して即応したまででございます」
悪びれることなくいけしゃあしゃあと開き直――いや、誠心誠意本気で言ってのける天涯。
いやいやいや、ボクら一ミリだって理解し合ってないから!!
そんなボクらの胸中を察しているのかいないのか、命都が小考しながら続ける。
「地上には迂闊に介入できない。かといって戦う敵もいない。そうなると仲間内で覇を競うしかないわけですが、いままではお互いに実力が伯仲していたために無意識に自制をしていたのですが――」
ここで軽く嘆息が入った。
「幸か不幸か現在、真紅帝国の新たな住人として認められた、新顔の魔物やら何やらが増えていますので、古参の住人としては『ちょっと揉んでやるか』という対抗心が無きにしも非ずで、ちょっとした火種でそれが暴発するのではないでしょうか、姫様」
「ふん。所詮は下賎な土着の魔物ども。前々からあ奴らは、姫に対する敬意と忠節が欠けている……と憂慮しておりました。これを契機にまとめて滅ぼしますか?」
しれっと言い切る天涯。あー、これ魔将の筆頭が新顔の魔物をあからさまに下に見ているのが原因で、古参の魔物と軋轢が生じているわけだ。
つーか、これまでの話を総合して一言で表せば――。
『全員ストレスが溜まっている』
これに尽きるわけだねぇ。
「……力が有り余っている。住人同士の相互理解が進んでいない。いっそガス抜きを兼ねて、希望者をまとめて闘技場で一対一の試合でも開催したらいいんじゃない?」
思わず玉座のひじ掛けに右肘を突いて、頬に手をやって投げやりにそう呟いたボクのボヤキに、
「「――おおっ!!!」」
天涯と命都が目から鱗みたいな表情で、ポンと手を叩いた。
「え? いや……ちょっ……!?」
瓢箪から駒の展開に目を白黒させるボクをマッハで置いてきぼりにして、天涯と命都が本気百五十%で話し合いを始めるのだった。