番外編 冒険者は新婚を夢みる11
ボコボコに顔を腫らせたジョーイだったけれど、手持ちのポーションですぐに傷を癒して、スッキリシャンとした表情で、爽やかスマイルを浮かべてボクをねぎらった。
「気が動転していたんだね、仕方ないさ。それにギリギリ最後の一線は守れたことだし、野良犬にでも噛まれたと思って、ヒユキもさっきのことは忘れた方がいいと思うぞ」
「なんで君がそこまで詳しく状況を把握しているんだろうねぇ~!?」
口調と笑顔は爽やかだけれど、左手で作った丸の中へ、右手の人差し指の第一関節まで挿れて――もとい、入れて生々しくも思い出したくもない先ほどの状況を再現するジョーイ。
ノーパンでなければ、この場で飛び蹴りを食らわせたいところだ。
「あいつらは世界征服を目論む悪の秘密結社、『黒いチューリップ』の手下だろう」
ともあれ、ジョーイの拠点とやらに向かう道すがら(靴を履く習慣のある場合、裸足だと小石や木片で怪我をして地面を歩けない。そのためベトナム戦争で捕虜になったアメリカ兵は、脱走できないようにまず裸足にされたとか)、芝生がふわふわの絨毯のようになっているご都合主義極まる地面を歩きながら、ジョーイがさっきの黒いチューリップを頭に一輪挿しにした豚鬼のことについて説明をし始めた。
「……いや、世界征服してどーするわけ?」
実質、世界を征服しちゃったボクだけど、メンドイので統治なんてしてないよ。
人間なんて自分のことを最優先だからね。崇高な理想も力による統治も、なにしたところで不平不満はなくならないものだから、『勝手にやってろ』というのが真紅帝国のスタンスなわけ。
そんなボクの疑問に対するジョーイの答えは、
「さあ? だけど世界征服を標榜する悪の組織である以上、正義のために戦わなければならないんだ!」
無意味な使命感に燃えるジョーイの背中を眺めながら、「だめだこりゃ……」とため息をつくボクだった。
「それで先日、俺は『地獄の番犬』――『黒いチューリップ』の幹部である、四人いる四天王のひとりを追い詰めたんだけれど……」
「――ちょっと待て。なんで三つ首の魔犬の名を冠した幹部が四人いるんだい?!」
普通三人だろう!
「いるんだから仕方ないだろう。ヒユキのところだって『七禍星獣』とかいうわりに、メンバーが八人だか九人だかいるじゃないか」
ジョーイの意外な揚げ足取りに、思わずボクは「グッ……」と、続く言葉を飲み込んだ。
「それで、もうちょっと……ってところで、相手が奥の手で仕掛けていた落とし穴にハマって、そのまま陸鯨の腹の中へドボン、だ。――くそっ、四天王の『ジェノサイド・チワワ』め!」
「チワワに負けたのかいっ!?」
悔し気に握った拳を震わせるジョーイの背中に、思わずツッコミを入れる。
ちなみに他の四天王は、『ディザスター・プードル』に、『カラミティ・マルチーズ』、『デストロイド・キャバリア』だそうだ。
きっと『ジェノサイド・チワワ』は、四天王最弱とかなんだろうなぁ……。
なお、うちの四凶天王も、最近は暇なのか――。
『ぐああああああああああああっ!!!』
「刻耀がやられたようであるのぅ」
「ふふふ、奴は四凶天王の中でも最弱……」
「――いえ、無理やり渡された天涯殿の自作メドレー曲が詰まった音楽盤を、二時間以上も聞いていては当然かと(私と空穂は歌詞だけ読んで本体は聞いていませんから無事ですが、刻耀は馬鹿正直に耳から聞いては……)」
変な趣味とノリが流行っているからねぇ……と、ボクは生温かい眼差しでジョーイを見据えた。
◇ ◆ ◇
二時間ばかりかかってたどり着いたのは、清涼な小川が流れ、色とりどりのチューリップの花が咲き乱れる――つーか、どんだけ『花』という種類のフォルダが少ないんだ、ジョーイ! 『色とりどりの花』っていったら、ネモフィラとかクレマチスとかアマリリスとかマリーゴールドとか、いろいろあるもんだろう!!――オランダのお花畑みたいな草原の真ん中に一軒だけ建てられた、ちょっとした貴族の別荘みたいなお屋敷だった。
もちろん現実だったらあり得ない。
魔術的な結界も物理的な堀や石壁もなしに、人里離れた場所に一軒家が成り立つほど世界は甘くない。一晩で魔物に潰される。
だが、見たところ魔術的な結界はおろか生垣すらない。
この家自体があり得ない産物だけれど、いちいち揚げ足取りをしていては話が進みそうにないので、ボクはジョーイの案内に従って屋敷の中へと足を踏み入れた。
見た感じ冒険者ギルド総本部の二階から上にある、上級冒険者や来賓の相手をする施設のような、それなりに華美な屋敷だけれど、どっかで見たよーな感じなのは所詮はジョーイの空想の産物だからだろう。
逆にさっきの豚鬼がやたら生々しかったのは、ジョーイが冒険者として日頃から接する機会が多かったためと考えられる。
ペタペタと豚鬼の涎と体液まみれのまま、素足で廊下を歩き着いた部屋の扉を開けたジョーイに従って入ってみれば――。
「ミーアさん! フィオレっ!」
「姫陛下っ!」
「ヒユキ様!?」
暖炉の熱で暑いくらいに温まった部屋の中で、ジョーイのマントにくるまったミーアさんとフィオレが、頭の先から爪先まで謎の液体でヌルヌルになって床にうずくまっていた。
マントの隙間から見える感じでは、ふたりとも例のウエディングドレスどころか下着まで着ていない素っ裸みたいである。
「「「その姿は――っ!?!」」」
当然のようにボクら三人の声が同時に放たれたのだった。
「んじゃ、俺は風呂の支度してくるから~」
衝撃のあまり凝固するボクたちを尻目に、ジョーイがそう言って扉を閉めて部屋から出ていった。
扉が閉じた音で我に返ったボクはふたりのところに行って、お互いの状況確認をする。
「気が付いたら粘々の粘液に包まれていて、身動きが取れないところへ、なぜか全員、頭に黒いチューリップを生やした小鬼の集団が現れて、無理やり手籠めになりそうなギリギリのところでジョーイ君に助けられて、御覧のありさまです」
と、ミーアさん。
「同じく、べたべたで森の泉の近くにいたので、魔術でどうにかべたべたを取って、泉で体を洗おうとしたところ、泉全体が頭の天辺に黒いチューリップを生やしたスライムの巣で、あっという間に取り込まれて、着ていた下着を溶かされて(以下同文)」
これはフィオレ。
「私の場合は頭チューリップの豚鬼に襲われて(ry」
「「「…………」」」
お互いのこうなった状況を突き合わせると、明かに作為的なものを感じる。
「性癖か!? 隠していた性癖が暴露されたのかぃ!?」
「引くわ~~、現実に戻ってからもジョーイ君とは距離を置きたいわね」
「いや、あの、もしかすると師匠も混乱して暴走しているだけかも……」
思わず激昂するボクとミーアさんを必死になだめようとするフィオレだけど、アイツに限っては甘えさせちゃ碌な結果にならないのは火を見るよりも明らかだ。
「とりあえず夢の中で殴っても無駄みたいだから、目が覚めたら三人がかりで――」
「タコ殴りにするということで、承りました」
「えぇ~~~~~」
こうしてボクたちの共通の目的が生まれたのだった。
「あ、そうそう。姫陛下。私の傍に落ちていました。生憎と私には使えませんでしたけれど」
そう言ってミーアさんが取り出したのは、失くしたと思っていたボクの《薔薇の罪人》だった。
「ああ、《薔薇の罪人》は個人ロックが掛かっているから、私以外は扱えないんだよねぇ」
なんでこんなところだけ原典準拠なんだろうと思いながら、ボクはありがたく受け取った。
久々に2日連続で書いて見た感想。
目が疲れて、気持ち悪いです。さすがに昔みたいに連日投稿とかは無理ですねぇ。