番外編 昇級試験
お久しぶりです。
傘の直径が五メルトほどもある巨大なエチゼンクラゲに似た陸生の魔物『エンペラー・エレキ・マッシュ』(クラゲに似ているけどキノコの一種らしい)が、その鞭のような触手を縦横に振るう。
それを躱し、時には切り飛ばしながら、本体へ向かってじりじりと距離を縮めるボクとジョーイ。
見た目通り、コイツの弱点は高熱なので、ジョーイの炎の魔剣で切り裂けば、その時点で勝ちは見えたようなものである。
意外と素早い動きに物理攻撃に対する耐久度、触手を伸ばせば五十メルトの距離から忍び寄ってくる隠密性、さらに触手の先から流れる毒液と電撃という合わせ技を持っているために脅威度が高く、時にはBランクの魔獣でさえも捕食する『エンペラー・エレキ・マッシュ』だけれど、『炎に弱い』という明確な弱点が知れ渡っているために、冒険者ギルドの魔獣ランク付けではC級に位置している。
とはいえそれはあくまで炎で攻撃する手段を持っていた場合に限った話で、なにも準備をしないで、炎を使える魔術師もおらず、なおかつ水場で(大抵、水場に潜んでいる)コイツと遭遇したら、並の冒険者では逃げ出すこともできずにたちまち餌食にされてしまうだろう。
実際、すでに二組の冒険者グループが全滅したところで、Bランクのレンジャーが狩場にある水場に、コイツが巣食っているのを発見して、アーラにある冒険者ギルド本部に報告をして、緊急依頼として何組かのC級以上の冒険者を指名して、周辺を立ち入り禁止にして投入したわけなんだけど、運がいいのか悪いのか、そこそこ離れた森の中で森狼(三~四匹の群れでD級)退治の依頼を受けていたジョーイと、暇つぶしについてきたボクの目の前に、突如として件の『エンペラー・エレキ・マッシュ』が現れて、あれよあれよという間に森狼の群れを屠って、旺盛な食欲で捕食し始めた。
よくよく見ると触手の四分の一くらいが焦げ落ちていたので、多分、依頼を受けた冒険者と一戦交えて逃げてきたのだろう。迷惑な話である。
不足したカロリーを補うために、目についた森狼を狩ったのだろうけれど、当然ながらゼリー頭のコイツに相手を識別して選り好みをする頭はない。
ある程度知性と魔力を感知できる能力があれば、ボクに襲い掛かろうなんて思わないのだけれど、とりあえず〝食えそうなものがいるので反射的に捕まえたら餌だった”という感覚で、続く触手がボクとジョーイに向かって放たれたので、見学だけのつもりがなし崩し的にボクまで戦闘に参加することになったのだった。
「よ、っと……ほい」
この世界で二番目に強力な剣である、ボクの愛剣『薔薇の罪人』を使えば、こんな歩くキノコなんて鎧袖一触なんだけれど、せっかくなのでジョーイの頑張りに期待することにして、薔薇の装飾が付いた黒いロンググローブ『薔薇なる鋼鉄』で、触手を捌くことに専念することにした(それでも軽く弾いただけで触手の先端が消し飛ぶけど)。
やがて手を伸ばせば本体に到達する――という位置まで迫ったところで、
「これでトドメだ! てやーーーっ!!!」
「あ、ちょ……早い!」
血気に燃えたジョーイが炎の魔剣を上段に振り上げて、一気に勝負を決めようとした。
刹那、『エンペラー・エレキ・マッシュ』の残った触手の先端が青白い光を放った――と思った瞬間、苦し紛れに放たれた電撃が、狙い済ませたかのように……いや、まあ、金属製の剣を振り上げていたら当然の結果として、避雷針の役目を果たした剣の先端に電撃が集中して、ものの見事にジョーイの全身を高圧電流が流れ、
「あばばばば……ばば……れれれろれろ……」
白目を剥いて痙攣したジョーイが、剣を振り上げた格好のまま丸太のように仰向けに倒れた。
「ちょっ、ジョーイ。大丈……あ、死んでる」
焦げ臭い臭いを放っているジョーイの元へ駆け寄って脈と呼吸を確認してみたけれど、きっかりと感電死していた。
うっかりで死んだの何回目だろうねぇ、と思いつつ鬱陶しい触手をデコピンで払いながら、ボクは完全蘇生をジョーイに掛ける。
その後、「う~~、なんか体がピリピリ痺れるし、変なところ火傷している」というジョーイに、
「自業自得だよ。そのあたりは勉強だと思って我慢して戦うんだね」
それ以上の治癒はしないことを宣言して、目の前にいる『エンペラー・エレキ・マッシュ』に向かって背中を押した(というか、蹴りを入れた)。
「どうせなら怪我も治してくれればいいのに、ケチだなー」
「命を助けてもらった上で、吝嗇とか甘えるな!」
ブツブツ言いながらも手持ちのヒールポーションをがぶ飲みしながら、さすがに学習したのか、剣を下段に構えて、触手を避けながら逆袈裟の要領で『エンペラー・エレキ・マッシュ』本体を切り裂くジョーイ。
炎の魔剣で斬られた場所はケロイド上になって再生をしない。その部分を中心にさらに切り進めて、小一時間ほどかけて、ジョーイは『エンペラー・エレキ・マッシュ』の中心核を切り裂いて、討伐の証であるサンゴ色に輝く魔石を手に入れたのだった。
◆ ◇ ◆
一巡週後――。
アミティア共和国の首都アーラにある『大陸冒険者ギルド本部』。総長室のソファに座って歓待を受けているボクがいた。
「お忙しいところご足労頂いて申し訳ございません、姫陛下」
ガルテ初代総長が厳つい頭を下げた。
であった頃に比べて白髪が増えて頭部が後退したかな……と思ったので、そのまま口にしたところ、
「……誰のせいで苦労する羽目になったかと……」
なんか聞こえよがしにブツブツを文句を言われたけど、偉くなったんだから有名税みたいなもんだよ、有名税。
ボクも最近は迂闊にアーラ近郊を歩けないので、なるべく僻地を『謎の美少女聖女スカーレット・スノウ』と名乗って、聖女装備『薔薇の秘事』を手にして徒然なるままに放浪するようにしている。
死ぬほど仕事が忙しいので、気晴らしにトンズラしているわけではない。決して。
「ああ、なんか評判になってますな。北部のほうでは現地の土着信仰と融合させて、名前も『聖女教団』とか名乗る宗教も生まれたとか」
「あー、あれね。もともとは鄙びた田舎国家シレント国の首都リビティウムの土着カルト教で、なおかついかがわしい邪神を奉じていたのを、『過去を払拭するためにもぜひ姫様のお力添えとお名前を!』と、巫女姫のエレノアに土下座して頼まれてさぁ、まあ以前にジョーイともども迷惑をかけたわけだから、それくらいしょうがないか、と仏心を出して了承したんだけど、マズかったかなぁ?」
「いや、まあ、それに関しては俺も一枚噛んでいるので(※もともとガルテが副ギルト長だった時に依頼を出した経緯がある)、とやかくは言いませんけれど、大丈夫ですかね。もともとイーオン聖王国のすぐ隣で邪神を信奉するくらい思い込みが強い連中なわけですから、思いっきり暴走しそうでちと心配ですな」
「だ、大丈夫じゃないかな。念のためにいまのシレント国からは離れたところに、教会だか神殿だか作るように言い含めておいたし」
なるべく不便な山の中の廃墟を選んで与えておいたけど、
「聖女様の思し召しとあらば!」
「もともと私たちは山岳地帯で教えを広めていたので、絶好の地形です!」
なんか逆にテンションが上がっていたような気がする。
なるべくあそこには近づかないようにしよう、とボクは密かに心に誓ったのだった。
「それはともかく」嫌なことは棚上げすることにして、ボクは今日ここに呼ばれた理由を尋ねた。「今日はこの間のジョーイの討伐に関する報奨金や素材を売った代金を貰いにきたんだけど、なんで私だけ別に連れてこられたわけ?」
ちなみにジョーイはいまだに一階の待合室で、ミーアさんが相手をしている。
「ああ、そのことなのですが」
表情を変えてガルテ総長が、周りに誰もいないのに声を潜めた。
「マズいことになっているんですよ」
「なにが?」
「今回、『エンペラー・エレキ・マッシュ』をジョーイが斃したとなると、ギルドポイントが規定に達して、ジョーイをC級へ推挙しなきゃならんのです」
「へー?」
それがどうしたわけ? と、視線で問えば、ガルテ総長は深々とため息をついて、説明を続ける。
「B級で一流と言われる冒険者ですが、C級といえばそれに準じる実力の主です。比較対象としては適切ではないですが、単純な戦闘力なら騎士見習い程度の実力がなければなりません」
対人戦や戦争のスペシャリストである兵士と、魔物相手になんでもありで『命大事に』がモットーの冒険者では、求められる性質がまったく違うので単純な比較はできないらしいけど。
「そのための目安としての実績に応じたギルドポイントですが、現在のジョーイが単独でD級上位、フィオレがD級下位で、ジョーイが普段組んでいるグループが全体としてE級中位につけています」
「へー、で、それのどこに問題が?」
「あの年齢としてはかなりの高ランクと言えるでしょう。ま、フィオレは魔術師ですから平均的かやや低いくらいの評価ですが、剣士であるジョーイがそのランクというのは実のところかなりの快挙です」
「ははは、当人を前にしたらにわかには信じられないよねぇ」
思わずボクが失笑を漏らすと、ガルテ総長が大真面目な顔で「それです!」と頷いた。
「それ?」
「昔からジョーイを知ってる者や、ある程度事情を知っている者から不満の声があがっているんです。『あいつにそんな実力はない』『姫様の恋人だから下駄を履かせてもらっている』『俺が同じ境遇なら、とっくにA級に上がっている』などという意見ですな。実際、報告書を見せてもらいましたが、『エンペラー・エレキ・マッシュ』を斃したといっても、真っ先に不注意で死んでて、姫様のお陰で蘇生してますよね? その時点で失敗しているわけで、インチキじゃないのかと言われたら、俺も擁護できかねますなぁ」
「う――っ!」
それを言われると言葉に詰まるなぁ。
というか、誰が恋人だ、誰が!!? 変人ならともかく、どこのどいつが吹聴しているんだ!?!
「ギルド職員からも批判的な意見が多いですな。そもそもすこぶる評価が低いですし」
「低いわけ? 私が知っている限り、仕事は分け隔てなくやっているし、素行不良ってわけでもないだろう?」
「そういう意味での低評価ではなくてですな。野郎のグループとしての評価は上々なのですが、ヤツ単独になると一気に下がる形で……ご存知のように現在の冒険者ギルドでは、依頼を受けた冒険者もしくはグループは、事前に予定表と計画書を作成してギルドで承認しないと受理できないことになっています。――まあ、もともと姫陛下の発案なので、文字通り『聖女の耳に聖典』ですが」
最近流行ってきた慣用句を持ち出して苦笑いをするガルテ総長。
いや、実のところボクはあの聖女教団の持って回った分厚い聖典とやらを、碌に読んだことないんだよね~。せいぜいカップ麺の重しに使うくらいで。
なお、ボクが考えた事前予定表と計画書は、要するに登山をする人間が、前もってルートや人数、予定日数、食料、装備などを記載しておいて、その予定を過ぎても戻ってこない(もしくは予定の場所で確認できなかった)場合は事件、事故などがあったと見做して、すぐに救助活動を行えるようにする制度を明確にしたものである。
これによってこれまでの無計画な冒険者の帰還率が格段に上昇したらしい。
「グループで活動する場合には、フィリアあたりが書いているのでしょうな。事細かに計画を立てて、余裕を持った日数と装備を持って行くのですが、やっこさんひとりだと、計画書も最低限、装備もギリギリ……おまけに、思い付きで当初の予定にないルートを通って、予定にない魔物と鉢合わせというケースがちょくちょくありまして。どうしてそうなったのか、結果報告を出させても『なんとなく』とか『偶然』とかいう、フワフワした言い訳に終始しておりまして、ギルド員の頭の血管が切れそうな感じで」
「あ~~~……」
なんとなくわかった。
ジョーイはそういう星の下に生まれたとしか思えない間の悪さを、動物的直感と実力に関係ない悪運とで、どうにかしている人間だからねぇ。
『なぜ・どうして・そうなったか』を説明するお役所仕事とは、水と油だろう。過程をすっ飛ばして結論に至っているわけだから。
「そういうわけでして、いま奴をC級に上げるわけにはいかない。とはいえ、曲がりなりにも実績があるのに上げないとなると、これはこれで問題がある。まあ、そんなわけで俺としても板挟みなわけですよ」
「ふーん、でも、そういうことなら、書類上はOKだけど感情的に他の冒険者やギルド職員が納得できない。ってことは納得できる実績があればいいわけだよね?」
「まあ、そうですな」
「なら、次の依頼には私は協力しないので、ジョーイひとりでできるというところを見せれば問題ないわけじゃない?」
「ふむ……落としどころとしては、やはりそのあたりでしょうか。しかし、大丈夫でしょうかね……?」
明らかに疑ってかかっているガルテ総長。
いや、ジョーイは君にとっても剣の弟子でしょう? 信じないでどうするんだい。
「相手との相性もあるけど、まあ一対一でナンデモアリならC級の魔物相手でもどうにかできると思うよ」
魔剣の力もあるしね。
「なるほど、わかりました。ですが、くれぐれも姫陛下はご自制くださいますよう」
「大丈夫だよ、そうそう死ぬような――」
と、言いかけたところで急にギルドの外が騒がしくなった。
『暴れ牛だーっ!』
『子供が撥ねられそうになったぞ!』
『冒険者が割って入って跳ね飛ばされた!!』
『ありゃ、ジョーイじゃねえか?! ジョーイ・アランドだ!』
『し、死んでる!!?』
「「…………」」
思わず顔を見合わせるボクとガルテ総長。
しばし間を置いて、
「……えーと、この場合はノーカンということで」
「……まあ、人助けをしたようですしな」
そういう結論になったので、ボクはミーアさんが慌ただしくボクを呼びに走って来る足音を聞きながら、そそくさと席を立った。
ジョーイとシレント国の関係については、『吸血姫』の「幕間 勇者~」に記載されています。
ここから聖女教団とか巫女姫とか始まったわけです。