第十話 交渉決裂
本日でこのお話の更新を始めてちょうど1週間!
こんなに反響をいただけるなんて夢のようです!!
なお第一章はもうちょっとで終わる予定です。
2度目だけど見慣れた感のあるギルド長の部屋には、応接セットを挟んでコラードギルド長と、25歳くらいの冒険者らしい革鎧をつけた男性がいて先に座っていた。
難しい顔をしていたコラードギルド長だが、部屋に入ってきたボクとガルテ副ギルド長をみて、少しだけ緊張を解いた。
「――よかった、これで全員揃いましたね」
今回は必要ないと思われたのか護衛の姿は見えないので、全員といっても4人だけだけど……なんだろう? いまから麻雀しようって雰囲気でもないけど。
「取りあえず座ってください。少々込み入った話になりますが――」
言いつつ席を立ったコラードギルド長は、まめまめしく用意してあったカップにポットの香茶を淹れ――こういう気配りはガルテ副ギルド長にはできそうにないし、これも適材適所なのかなぁ?――ボクの席の前に置くと、続いて執務机の上に置いてあった大き目の紙(ゲームと違って紙の普及率はけっこう高くて、羊皮紙なんて過去の遺物らしい)を机の上に広げた。
広げた紙はこの街を中心とした周辺の地図みたいだった。
かなり簡略化されている上に地形の縮尺や位置がズレてたりするのは、測量の技術が未発達なのか、それとも軍事機密ってやつでわざとこうしているのか、そのあたりはわからないけど、まあ大筋では間違ってないかなぁ。
もっともボクにはプレーヤー必須スキルの『地図作成』(歩いた場所を中心に半径500mほどの地図を作成できる。一部ダンジョン等では使用不可)があり、アーラ市に来る前に周辺を軽く天涯に飛んでもらったので、ほとんどGPS並みの地図が頭の中で展開されてるんだけどさ。
とはいえ、わざわざ手の内は明かす必要は無いので、見かけ上は興味深そうに地図を眺めることにした。
「先に紹介しておきますが、こちらの冒険者は当ギルドに所属するCランク冒険者のフランコ氏です、冒険者グループ『アストラ』のリーダーです・・・いえ、リーダーでした」
ギルド長のその紹介に、フランコって人の顔が悔しげにゆがんだ。
よく見れば鎧のところどころには真新しい、爪で引っ掻いたような傷があちこちにあり、見える肌や顔の部分部分の皮膚の色が違うのは、治癒魔法で治したばかりの傷跡なんだろう。
「フランコさん、こちらのお嬢さんは・・・現在、当市に滞在中のやんごとなき身分の姫君です。非常時ということで、この場に同席をお願いしました」
当たり障りの無いその紹介に、フランコは胡散臭そうな目でボクを見ながら無言のまま、義務的にほんの気持ち頭を下げた。けど、ボクの方は見えなかったフリをしてガン無視した。
だって挨拶とか礼儀とかって、それを受ける気のある相手にしないと無駄だもんね。無駄なことはしてもしかたないじゃない。
そんなボクらの非友好的雰囲気に軽くため息をつきながら、コラードギルド長は話の矛先をボクのほうへ向けてきた。
「ところでお嬢さんは『暴走』という現象をご存知でしょうか」
プロレスの技以外には知らないなぁ。
首を傾げると、予想していたのかコラードギルド長は続けた。
「この大森林で時たま――平均で15年に1度、短い時には数ヶ月で起こった記録もある、魔物たちの集団移動現象です」
そういって地図の一点、アーラ市から北北東にずいぶんと離れた場所、ほぼ地図の端にある、木を示すマークで覆われた地点を示す。実際にはこれより角度が7度ほど東寄りで、距離も森の外れまでこの地図より30kmほど近いんだけどね。
「ふぅん、原因はわかってるの?」
「ええ、大体のところは。――主な理由は3つですね。
一番多い理由は食糧不足によるもので、森の食物が不足したか、逆に魔物たちが増えすぎてあふれたか。
二番目が森の中での権力闘争によるもので、破れた勢力が放逐され周辺の村などを襲うもの、まあどちらも所詮は烏合の衆なので、こちらもある程度まとまった数で戦えば、問題なく倒せる規模なのですが。
問題なのは三番目の理由、森の中に魔物たちを統率する個体が発生した場合です」
「統率者? よーするにフィールドボスみたいなものかなぁ」
「なんだそりゃ? 統率者っていうのは群れ単位ではなく、森全体をまとめ上げられるほど進化した魔物、つまりは『王』ってやつだ。その時々で種類はさまざまだが、どいつもこいつも一筋縄じゃいかねえ化物みたいな強さを持ってやがる。
実際、俺が若造だった時に起きた『暴走』の原因は、『妖樹』の『王』が元凶だったんだが、野郎は地下から伸ばした根っ子で一度に100人からの冒険者の血を吸ってたしな」
眉間に皺を寄せるガルテ副ギルド長の言葉に、ボクは少しだけ興味を覚えた。
「へえ、それを倒したの? よく倒せたねえ」
「まあ元が木の化物だからな。本体の動きはのろいし、火にも弱いってんで、ありったけの火薬と魔術師の火の魔法、精霊使いなんかも協力して、遠距離から根っ子とかチマチマ削っていって、最後はAランク全員で本体を叩いて燃やしてどうにか、な」
「ふぅん、まあ常道だね。ひょっとしてフィールドボス級なら、単体で倒せる猛者とか、伝説のSランク冒険者とか出張るのかと思ったけど」
「お前なぁ、Sランクなんて言ったら世界に何人いると思ってんだ?! 呼び寄せるだけで、どれだけ時間と金が掛かると思ってやがる!?」
あ、いるんだSランク! これはちょっと楽しみだねぇ。
「――ですが、今度の相手はそうした弱点がない上、機動力もあるため厄介この上ありません」
忌々しげにコラードギルド長が舌打ちする。
あー、やっぱし。
この話の流れからして、新たな『王』が生まれて『暴走』が起きているわけなんだねぇ。
「事の起こりは1ヶ月ほど前、大森林に隣接する開拓村からの連絡が、一切途絶えたところから始まります」
もともと辺境なので最初はあまり気にしないでいたみたいだけど、隣村から出立した行商人も戻らなくなり、なにかおかしいという話が周辺の村に広がりだした。
そのうち周辺の村からも連絡が途絶えるようになり、さすがにギルドも重い腰を上げてこのフランコがリーダーを務める『アストラ』を始め、3組の冒険者グループに現地調査を依頼したらしい。
その結果がこれ。フランコ以外、全滅。
「・・・地獄だった。必死に逃げても仲間たちは次々にモンスターに追いつかれ、生きたまま貪り食われ・・・俺が逃げられたのは奇跡みたいなもんだ・・・」
フランコが死んだ目をして、当時の状況をポツリポツリと語る。
「モンスターの数は数千匹、ひょっとすると万に迫るかも知れん。その中心になってたのは、大鬼だって話だからな。おそらく今度のは大鬼王だろう」
ガルテ副ギルド長の補足に、じゃあ文字通りの鬼ごっこだったんだねえ、という感想が浮かんだけれど、さすがに不謹慎なので口には出さなかった。
というかさぁ・・・。
「それで私にどうしろと?」
ハッキリ言ってボクには関係ない話だよね。今日にもこの街を出立するつもりだったんだから。
その言葉に、居心地悪そうに視線を交差させるギルドのお偉いさん二人。
「・・・ご意見をお聞かせ願えませんか。貴女ならこの状況でどうされるか」
コラードギルド長に訊かれ、ボクは「ふむ――」と顎の下に拳を当てて思案してみた。
「話し合いをしてみるとか?」
「バカを言うな! 化物と話が通じるわけがないだろう!!」
途端血走った目でフランコが絶叫した。
えーそうかなぁ。それだけの大群を統率するんだから、ある程度知能はあると思うし、言葉が通じるなら話し合いが第一だと思うけどなぁ。
「無理だろう。あいつらには人間なんざ餌にしか見えん。実際、被害にあった村では老人から赤子まで、骨のひとかけらすら残らず食い尽くされている」
ガルテ副ギルド長もにべも無く首を振る。
う~~ん、ボクみたいに話の通じる吸血姫も居るんだし、やるまえから諦めるのはどーかと思うけど。
てか、ちょっとシミュレーションしてみよう。
うちの配下が人間の街を攻めることになった。
そこへ白旗を揚げた特使がやってくる。
なんだあれは?
人間だな。
じゃあちょっと味見してみよう。
・・・ごめん。話し合いとか無理。試食感覚で食べられるわ。
「じゃあ数には数で、こういう時のための軍隊なんだから、軍隊を要請して倒してもらえば?」
「無論、国へ支援の要請はしていますが、軍というものは簡単に右から左へ移動できるものではありません。議会の承認を経て、各地に散らばる部隊を集め、編成から出立まで最低でも数週間は掛かります。到底間に合わないでしょう」
うわー、めんどくさー。王国なんだから王様の鶴の一声で動かせばいいじゃない。
ウチなんて一声掛けないうちから、軍団どころか商店街のラーメン屋の店主まで戦争する気満々なのに。
「じゃあ、その軍隊がくるまで篭城して持ちこたえるしかないんじゃないの?」
「それも無理ですね、この街は自由都市の名の通り、申し訳程度の城壁しかない街なので」
「それじゃあ諦めて全員で逃げれば?」
「――貴様っ、さっきからふざけてるのか! 俺たちの仲間がこの街を守るためにどれほど犠牲になったのか!!」
激高したフランコが掴みかからんばかりの勢いで立ち上がり、慌てて止めようとしたガルテ副ギルド長ともども、ボクの目を見て息を呑み、そのまま腰を抜かしたようにソファーに沈んだ。
「……ふざけてる? ふざけてるのかって言いたいのは私の方だね。
何年かに一度起きる『暴走』、そんな場所にどうして開拓村なんて作ったんだい? 定期的に落石する崖や、氾濫する川の中州に家を建てるようなもんじゃないか。
――いや、どうしてもそうせざるを得ない理由があるんなら、最低限、毎日定期的に見回り、防御壁を作るとかしておくものだろう? 君たちはなにかしたのかい? いや、できる最善を尽くしたと胸を張っていたんだろうね。
でもね、そうした村々が犠牲になり、自分たちの番になってやっと偵察とかして・・・死んでいった村人たちに訊いてみたらいいんじゃないかい? お前たちの犠牲は俺たちの身に危険が迫るのを知る警報だったんだってさ。なんて答えるんだろうね」
ボクは正直いって腹の底から怒っていた。
こいつら他人の命をなんだと思ってるんだろう。
「・・・おっしゃる通りです、すべては私の不明とするところです。ですが、アーラ市の冒険者ギルド長として、私にはこの街を守る義務と責任があります。この際はっきり言います、どうか貴女のお力をお貸しください」
苦渋の表情で頭を下げるコラードギルド長だが、ボクの怒りは収まらない――というか完全にキレていた。
「それで私になんの見返りがあるのかな? 金銀財宝なら腐るほどある。地位も必要ない。お前たちがありがたがる名誉もいらない。――では、なにを差し出せるんだい?」
「……私の首一つで済むのでしたら差し上げます。どうかこの地に生きる人々をお守りください!」
こ・い・つ・は~~~~っ!!!
ボクがなんで怒ってるのか全然わかっていない。そんな簡単に命を差し出すとか、どんだけ価値が低いんだ!!
「・・・それは私人ではなく、アーラ市の代表者、冒険者ギルド長としての言葉か?」
「はい」
迷い無く頷くその姿にボクの覚悟は決まった。
「『薔薇の罪人』!」
刹那、立ち上がったボクの右手に、漆黒でなおかつ半ば透き通った刀身の長剣――ボクの愛剣『薔薇の罪人』が握られていた。
目を剥く3人を無視して、ボクは剣先をコラードギルド長に向けた。
「コラードよ、改めて名乗ろう。私の名は緋雪。天壌無窮に魔光あまねく王国『インペリアル・クリムゾン』の永遠なる唯一の主にして、神祖とうたわれし者っ! この私に貴様ごときの細首ひとつが釣り合うと思ったか? それとも情に訴えればなびくと? 私も甘く見られたものよ」
蒼白になるコラードに向けていた『薔薇の罪人』の刀身を横にする。
「選ぶが良い。私が守るは我が臣民のみ! ならばこの街、人、命をこの剣の下に差し出すがよい。ならば全身全霊を持って守り抜こう。しかしそれができぬのであれば、それはすなわちこの剣を向けるべき相手。どうなろうと知ったことではないな」
「……………………」苦悶の表情を浮かべていたコラードだが、弱弱しく首を横に振った。「できません。この街は自由都市、たとえ貴女様が神であろうともその下につけません」
「そうか」
高揚していた気持ちも一気に冷めた。というか正気に戻った。
・・・なんか勢いですごい恥ずかしい中ニ病じみた台詞を喋った気がするけど、きっと気のせいだろう、うん。心の黒歴史フォルダに入れて二度と解凍しないことにしよう。
『姫のご厚情を無にするとは愚かな』
天涯が胸の奥で嘲笑を漏らすけど、や~め~て~、蒸し返さないでっ!
と、そこへ慌てたノックの音とともにギルド職員が飛び込んできた。
「た、大変です! ここから2日ほどの距離に、信じられない規模のモンスターの大群が!!」
その言葉にはっと生気を取り戻すコラードギルド長とガルテ副ギルド長。
フランコの方は・・・ありゃ、完全に白目剥いてるわ(きっと仲間が死んだショックで心労が溜まってたんだろうねぇ)。
『薔薇の罪人』を消したボクは、開けっ放しになっていたドアに向かった。
「逃げる時間もなさそうだねえ。まあこの地のモンスターと冒険者の力も見たいので、高みの見物とさせてもらうわ」
じゃあねー、と手を振って部屋から出た。
前回のあとがきを受けて、ジョーイ君とくっつかなくてよかった、ジョーイざまぁ、というご意見がエライ数きてます。
ジョーイ君、不憫な子・・・。
なお、『薔薇の罪人』は緋雪の本気装備の一つで、鍛冶スキルで作れる最高レベルの長剣を1000本以上駄目にしてできた10回の強化MAX剣です、これを鍛冶と彫金スキル持ちが寄ってたかって見た目を改造し、金の柄にルビーの意匠と薔薇の飾りが付いている見た目もゴージャスな専用装備です。
8/18 修正
×シュミレーション→○シミュレーション
×難しい顔でをした→○難しい顔をした
8/20 修正
大森林までの具体的な距離をなくしました。




