番外編 冒険者は新婚を夢みる4
頭上には底抜けに青い空が広がっていた。
「阿呆みたいに青い空だ」
足元には緑の草原と色とりどりの花畑が続いている。
「よく見ると色違いなだけで、デザインは全部一緒だねぇ」
細かいところまではフォローしきれないんだろう。花は具体的に『コレ』というものではなくて、タンポポとコスモスと(腹が立つことに)チューリップを混ぜて間違えた……風で、たぶん自然には生えていない種類のものだろう。まあいいけど。
「ここが師匠の夢の中ですか?」
「まあ、それっぽいと言われればそれっぽいですけど……」
興味半分不安半分で周囲を見回すフィオレと、ボク同様に苦笑を浮かべているミーアさん。
気が付いたらこの何もない草原に三人揃って突っ立ってたんだけれど、前後の状況からあわせて考えてみれば、ここがジョーイの夢の中なのは確実だろう。
「あと、なんで三人ともウエディングドレスなんでしょうね? 着替えた覚えはないんですけど」
不思議そうに自分の服装――薄いピンクのエンパイアラインのウエディングドレス――を確かめるフィオレ。
戸惑いつつもはにかんだように目元と口元を緩めているのはやはり女の子だからだろう。
「そうですね、ブルーのマーメイドラインとか、自分の時ならせいぜい三回目のお色直しくらいだと思いますから、個人的な願望の反映ではないと思いますし」
こちらは薄水色のマーメイドラインのドレスを纏ったミーアさんが、苦笑ながら肩をすくめた。
「え……!? お色直し三回とか、ミーアさんのお相手って……」
同情を禁じえないという顔でフィオレが絶句するけど、口に出した当人のほうは「?」怪訝な顔で小首を傾げるだけ。
で、ちなみにボクもいつの間にかプリンセスラインのウエディングドレスに着替えさせられていたわけだけれど……。
「なんで私だけ色が黒なわけ!? 普通に白でしょうっ!」
漆黒のバルーンスカートを持ち上げて憤慨する。
と、そんなボクの叫びを耳にして、
「……この方って女子力を趣味と物好きに全振りしているのかと思ってました」
「やっぱり結婚には夢見る女子だったみたいね」
なにやらフィオレとミーアさんが感慨深げに耳打ちしながら、アイコンタクトで頷きあっていた。
「とにかく、なにがなんだかわからないけどジョーイが悪い! さっさと起こして帰ろう!」
そう結論付けて、その場から離れようとした――けど、周囲は360度見渡す限り草原ばかり。
「どうやってジョーイ君を起こすんですか、陛下?」
「その辺は本当なら陸奥にガイドしてもらう予定だったんだけど。――おーい、陸奥。聞こえる? 生きてる?」
呼びかけても肝心の〈白澤〉陸奥からレスポンスがない。これは完全に天涯のリサイタルで機能不全になっているね。
「……どうやら自力でなんとかしないといけないみたいだ」
「困りましたね。……まあ夢の中ですから、おなかが減ったり怪我をしたりすることはないでしょうけど」
と、楽観的に悲観するミーアさん。だけど、果たしてそれはどうかな……?
「――なんですかその目は、陛下?」
「いや、呼び名は緋雪でいいけどさ。こーいうパターンだと、精神が死んだら肉体も衰弱死するとか、デスゲームっぽく、精神の傷が肉体に還元されるとかありそうだなぁ、と」
「不吉なこと言わないでくださいよぉ、ヒユキ様~っ」
プロの冒険者らしく少し離れた場所で様子を見て回っていたフィオレが、ぎょっとした顔で小走りにボクらのほうへ戻ってきた。
「……つまり夢の中だと安易に考えずに、現実と同じと考えて注意したほうがいいということですね?」
「だねぇ。いちおう何が出来るのか、事前に確認しておいたほうがいいと思うよ」
そして体感時間で一時間後――。
「あたしの魔法はだいたい使えますね」
「眠る前にポケットに入れていた私物は消えています」
「私も同じ。なぜか《薔薇の罪人》は出せるけど他の装備は全滅。あとスキルも一部を除いて使用不能」
「ヒユキ様だけ弱体化が著しいですね。どういうことでしょうか?」
「ん~~っ、多分、ジョーイの夢の中だからじゃないかな?」
「???」
「ああ、なるほど。ジョーイ君の知らないモノや魔法・魔術の類いは再現できないということですね」
「そんなところだろうね」
ひととおりの検証を終えたボクたちはそう結論付けた。
ミーアさんはもともと戦闘に関しては埒外なので問題ないとして、ボクのほうは戦闘スキルがほとんど使えなくなっている上に、腕力や脚力、スピードも本来の2割程度しか出せなくなっている。
「ということで……」
「こうなった以上……」
「「切り札はフィオレ(さん)ということ(だ)ね」」
任せた。という風にボクとミーアさんがポンポン肩を叩くと、
「は? はあぁぁぁぁあああああ?!?」
フィオレが素っ頓狂な声を張り上げた。
「な、なんであたしなんですか!?」
「いや、だって、私の攻撃力は激減だし、自分の認識との乖離が下手をすれば命取りになるからねぇ」
「その点、フィオレさんは十全の力を発揮できます。さすがに同じパーティのリーダーとサブリーダーだけのことはありますね。お互いの技能は知り尽くしているというわけですね」
「妬けるね。ひゅーひゅー」
囃し立てると羞恥か怒りか真っ赤になるフィオレ。
「そ、そんなこと……って、そういえば小耳に挟んだんですけど、ヒユキ様は前に師匠の家に一時、同棲していたとか」
具体的には『吸血姫は薔薇色の夢をみる 4 ラグナロク・ワールド』の書き下ろしSSとか、P310~313あたりである。
「ど、同棲じゃないよ。同居だよ」
「あと、ミーアさんはたまに昼食や夕食を手作りして師匠を餌付けしているとか」
「だって、ジョーイ君ほっとくと平気で腐った肉とかでも食べるんですもの」
「もしかして、この機会にあたしを矢面に立たせて、恋敵を亡き者にしようとか考えているのでは?!」
「「いや、それはない!」」
恋する乙女の邪推を言下に切り捨てる。
それにしてもいまさらだけど、この娘ジョーイのどこがいいんだろう? 謎だ。一緒に冒険しているから吊り橋効果とか、ストックホルム症候群とかにかかっているのかも知れない。
そのうち精神科か、気分が落ち着く薬とか与えたほうがいいかも知れないなぁ……。と思案していたところで、その当人が、
「あっ!!」
と言ってこっちを指差したので、ちょっと驚いた。
「兎です」
その指先はよく見ればちょっとボクから外れていて、その先を辿って振り返って見れば、どこか間抜けた顔をした白兎が一匹(一羽?)、草むらから後ろ足で立ち上がってこちらを眺めていた。
「ウサギだね」
「魔物ではない普通のウサギですね」
「美味しそうですね」
フィオレの冒険者らしい身も蓋もない感想が聞こえたせいか、兎は文字通り脱兎の勢いで逃げ出す。
「……って。追わないと!」
はっと我に返ったボクが走り出すと、ほかのふたりも不得要領の表情ながら勢いに押される形で、後に続いて走り出した。
「な、なんですか、なんですか、ヒユキ様!?」
「そんなにお腹がすいているんですか、陛下?」
「違う~~っ! こういう不思議空間で白兎を見かけたら絶対にキーパーソンなんだから、なんだから追いかけないとマズイの!」
「――そうなんですか?」
「そうーいうもんだよ。だいたい、こんだけ何もないところでいきなり現れたウサギとか、胡散臭いにもほどがあるでしょう。絶対になにかあるよ!」
重ねてそう訴えかけると、フィオレは半信半疑で、ミーアさんはなるほどという顔になった。
それなりに本気になったふたりとともに、草原と花畑の中をひょこひょこ走る白兎を追いかけて、シンデレラが舞踏会の会場からトンズラする時みたいに、ボクたちは三人揃って長いスカートを両手で持ち上げて走るのだった。
◆◇◆◇
「アランド村へようこそ」
「……あの、ここってどこの国にある村なんでしょうか?」
「アランド村へようこそ」
「てゆーか、草原と花畑からいきなりワープしたみたいに感じたんだけど、どういう構造になってるわけ?」
「アランド村へようこそ」
「今日はよい天気ですね?」
「アランド村へようこそ」
「「「………」」」
白兎を追いかけていて、ふと気が付くと目の前に木の柵と土壁で囲まれた中規模の村があった。
入り口にいた、フルプレートで完全武装のお城の衛士みたいな門番に話しかけたところ、何を聞いてもテンプレの回答しか戻ってこない。
「……とりあえず、人間かどうか確認するのに斬ってみるか」
中身がいるのかどうか確認するのに、取り出した《薔薇の罪人》を振りかざしたところ、慌てたミーアさんとフィオレに取り押さえられる。
本当ならこのふたりに抑え込まれるわけはないんだけれど、弱体化しているせいで思うように振りほどけない。
「まあまあ、陛下。ここは押さえて中へ入りましょう」
「そ、そうですよ。それに『アランド村』って、いかにも師匠に関係ある村だと思いますよ。ほら、手がかり手がかり」
そうやって門前で騒いでいるというのに門番はピクリとも動かない。
「アランド村へようこそ」
なんとなく馬鹿にされているような気がしながら、ボクはしぶしぶ《薔薇の罪人》をしまって、ふたりに引き摺られるようにしてこの村――ジョーイと同じ苗字の――アランド村へと足を踏み入れた。
「まさかと思うけど、住人全員がジョーイと同じ顔とかいうオチはないよねぇ……?」
本物を探せ系のクイズだったらどうしよう思いながらそう呟くと、フィオレとミーアさんもそれを想像したのか、「うっ」と呻いて冷や汗を流す。
そうして重い足取りのまま、ボクらはのろのろと先へ進むのだった。