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番外編 冒険者は新婚を夢みる3

 天涯の「ついカッとなってやった、後悔はしていない。むしろ物足りない」的な衝動で砕け散ったベットの残骸を手分けして片付けた後、動かせる家具や荷物をどかせて空いたスペースにマットを敷いて、その上に昏睡というか熟睡状態のジョーイ(寄生チューリップ付き)を適当に転がした。


「周りがこんだけ大騒ぎしているのに、当人がのほほーんと寝ているだけっていうのは、不可抗力だとわかってはいてもムカつくもんだねぇ」


 そんなボクの愚痴をあざ笑うかのように、ジョーイの頭の上の妖草チューリップが、『ケケケケケケッ!』と身をくねらせた。


 ああ、引っこ抜きたい!

 この際、ジョーイの脳味噌がトコロテンになっても構わないんで、もう一度力任せに引っこ抜いてみたい。もともと容量の小さいジョーイのオツムならさほど変わらないかもしれないし!


「うううううっ……師匠、なんて不憫な姿に」


 そんなジョーイの姿にヘイト値を貯めまくっているボクとは対照的に、フィオレは肩を落として悄然とジョーイの前髪を手櫛で整えたり、パジャマの皺を延ばしたりと甲斐甲斐しく動き回っている。


 そういえば、ジョーイがこの状態になってから数日経過しているそうだけど、こうして血色も良くて割と元気そうなのはフィオレが、上から流動食を食べさせたり(口移しではなく、普通に食べ物をスプーンで口元へ持っていくと、無意識のうちに意地汚く食べるとのこと)、あとオムツで下の世話までしているお陰だとか。


 文字通りの世話女房だねぇ。余すところなくすべてを赤裸々にフィオレに見られていたと知った時のジョーイの反応がいまから楽しみだ。


「とは言え、さすがに流動食だけでは体力と健康が維持できませんので、専用の霊薬を併用して現状維持に努めています」


 ミーアさんがついでとばかり補足してくれる。


 ああ、なるほど。現代地球なら生命維持装置とか点滴とかが必要な処置をポーションで担っているわけだね。


「へーっ、ポーションってそういう使い方もあるんだね。てっきり冒険者御用達だけかと……いや、むしろこっちの方が本来の使い方かな?」


「ええ、そうですね。ですが問題もあって……いちおう冒険者割引は適用されていますが、いまジョーイ君に使われているのは本来は上位冒険者がダンジョンに挑む際に、保険として二~三本購入するほど高額なものです。ですから、それを連日使用しているジョーイ君の貯金はすでに底を突いて借金生活に突入しているわけで……」


 薬ひとつで生命維持ができるんだから、そう考えるとこの世界の医学も捨てたものじゃないけど、効果に見合った代金は掛かるのは現代医療と一緒か。世知辛いねぇ。


「……いや、まあ、足りないお金は私が立て替えておくけどさ。てか、以前預けた虹貨がまだ残ってなかったっけ?」


 いろいろあってコロッと忘れてたけど、あれって当初はジョーイに報酬として渡したものなんだから、こーいう時にこそ使うもんじゃないかな。


「いいんですかい?」


 躊躇しながらも、どこかほっとした態度で確認するガルテ副ギルド総長に向かって、ボクは「いーのいーの、どうせ使わないお金だから」と気軽にパタパタ手を振って答えた。


「……ここで緋雪様のお金に手をつけると、また師匠との繋がりが増して、今度こそ師匠がとられることに……」


 その隣でフィオレが複雑な表情でブツブツと呟いていた。

 いや、別にとらないけどさ。


「とりあえず対処療法は当面それで何とかするとして、根本的に原因を取り除かないと、どちらにしてもジリ貧だよね?」


 最後を締めくくるようにそう発言したボクの言葉と視線とに促されて、集まった全員の視線が腹ばいになった白い(ばく)――七禍星獣ナンバー六・陸奥(むつ)の横っ腹を枕代わりにして、高鼾をかくジョーイを見下ろす。


「「「「「う~~む……」」」」」

 途端、めいめいが眉間に皺を寄せたり、腕組みしたりして慨嘆した。


「――で、その為には外からでなくて内側。つまり同じ夢を見て、夢の中で元凶を倒せばいいってわけ?」


 腹ばいになったまま、陸奥が眠そうな口調で、

「はい~、そ~なりますねえ~。で~も、他人の精神の中に入って~干渉するわけですから、当~然っ、この夢を見せている元凶が~なんらかの形で妨害しますし~、また~、夢を見ている当人も~、異物の精神への侵入には~、心を閉ざしてガードするなり~、排除しようと無意識に働くとぉ~思われま~す」

 解説しながら、ボクらの顔ぶれを一瞥した。


 で、最終的にボク、フィオレ、ミーアさんの三人の顔を見て、大きく頷いた。


「僕が見たところ~、この少年が~、心を開いて無防備に夢に入れるのは~、この中では姫とそっちの魔法使いのお嬢ちゃんと、猫の娘さんだけですね~」


「……なんちゅうか、見事に若い娘ばかりじゃのォ」

「がはははっ、まあ男だからな。察してやれ」


 呆れたように首を横に振る双樹と、口元から牙を剥き出しにしてバカ笑いをする壱岐。


「手前ッ、ジョーイ! さんざん目をかけてやった恩を忘れて、俺を拒絶するたあどういう了見だ!?」


 天涯とかが除外されるのは良くわかるけれど、古くからの知り合いで冒険者養成所の教官でもあったはずが、見事にハブにされたガルテ副ギルド総長が、憤懣やるかたないという風情でジョーイの肩を力任せに揺すっていた。


「姫を小僧の夢の中とはいえ、こちらの目の届かない場所にお連れするなど看過できることではないぞ。――夢の中に元凶がいるということであれば、お前が消し飛ばせば済むことではないのか?」


 明らかに気乗りしない口調で、天涯が横たわるジョーイと陸奥を見比べながら端的に尋ねた。


「まあ……通常なら~どうとでもなるんですけど~、なんというか~この妖草が少年の精神に根を張っている感じで、がんじがらめの状態なんですよー。だからぁ、無理に外そうとすると~、妖草も抵抗するから……僕と妖草と少年の精神が争う形になって~、そうなるとまず間違いなく、真っ先に一番抵抗力の弱い少年の精神が壊れるというか、消滅しますねー……一か八かやってみます?」


「よし、やれ! 私が許す」

「許さないよ! やめれっ!!」


 即座に首肯する天涯と、言われるままに行動しようとした陸奥をボクが慌てて止める。


「なんでもかんでも力ずくでどーにかしようとするのは良くないよ! とにかく、やれることはすべて試してから、最後に力ずくということにしないと!」


「「「やっぱり、最後は力ずくなんだ!?」」」


 きちんとモノの道理と因果を言い含めるボクの背後で、ガルテ副ギルド総長、ミーアさん、フィオレがなぜか戦慄したような声で唱和した。


 ◆◇◆◇


 そんなわけでジョーイを中心に右手側にボク、左手側にフィオレ、陸奥を挟んで背中合わせになる格好でミーアさんが横になった。

 ちなみにパジャマ姿のジョーイ以外は普通に普段着のまま。


 別に昼寝を楽しむわけじゃないからねぇ。


「――で、このまま眠ればジョーイの夢の中に入れるわけ?」


 夢のスペシャリストである〈白澤(はくたく)〉(獏は悪夢を見せる妖怪だけど、白澤は予知夢とか神託を夢で見せる聖獣)の言葉を疑うわけじゃないけど、直接、物理的な腕力とか魔術とかを使うわけではない、他人の夢の中に入らなければならないというもって廻った……というか、はなはだ迂遠な解決方法に思わず半信半疑のまま再度確認をした。


「そうです~。夢の中では時間感覚とか関係ないので、ある程度ばらばらに眠りに付いても、同じところに同じタイミングで入れますけど、さすがに何時間も違うとはぐれる可能性があるので~、なるべく全員同じようなタイミングで眠ってください~」


「いや、そんな、こんな時間にこんな状態で即座に眠りに付くとか、あや取りと射撃が特技の小学生でもなけりゃ無理だと思うよ」


 いちおうカーテンは閉めて薄暗くしているとは言え、まだ午前中で、しかも衆人環視の中で眠るとか、どんな羞恥プレイだって感じだよねぇ。


 と、傍らに控えていた天涯が、いつもの仏頂面だけど微妙に嬉々とした雰囲気で一歩前に出ると、

「それでは、僭越ながら私めが心地よい眠りを誘う子守唄など――」

 そう提案しつつ、どこからともなくマイクを取り出した。


 途端、真紅帝国インペリアル・クリムゾン関係者全員が、顔面を蒼白にして仰け反った。


「全員就寝っーーーーーっっっ!! 耳を塞いで三秒以内に眠るんだーっ!」


 ボクの絶叫に、事情――真紅帝国インペリアル・クリムゾン最大の脅威にして、最凶のイベントと呼ばれる『天涯リサイタル』――を知らないガルテ副ギルド総長たちが面食らった顔を見合わせる。


 咄嗟に両耳に手を当てるよりも早く、天涯の自慢の喉(!?!)を聞かされ、瞬時にボクらの意識は根元からばっさりと刈り取られたのだった。


 ついでに付け加えると部屋の中にいた全員も後を追うように倒れ、さらにはこの日、調子に乗って四時間ほどぶっ続けで続けられた『天涯リサイタル』によって、首都アーラの都市機能はほぼ麻痺したとのこと。


 あと、当然ながらボクたちをフォローするはずだった陸奥も白目を剥いて倒れ、結果的にボクら三人はジョーイの夢の世界の中、独力でどーにかするしかなくなった……。

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