番外編 冒険者は新婚を夢みる2
えらく遅くなりました。そしてまだ続いています、、、。
清潔なシーツが敷かれたベッドの上で、頭に紅白のチューリップを咲かせたジョーイが、大口を開けて寝ていた。
「むにゃむにゃ……喰いねえ喰いねえ、アーラっ子だって? 駆けつけドンブリ三杯って……むにゃむにゃ」
「……ナニコレ?」
さんざんぱら周囲を不安と混乱に陥れておいて、この能天気な姿。
涎を垂らして、「もう食えねえよ……三十六段重ねのケーキとか無理……むにゃむにゃ」と、寝言を呟いているのを見ると軽く殺意が湧くけど、さすがに前後不覚で昏睡している人間を足蹴にするわけにはいかないので、イラッとした気持ちをぐっと堪えて押さえ込む――
「姫にご足労いただいた眼前で、寝床のままとはいい身分だな、小僧っ!」
ボクはそれで済んだけど、煽り耐性ゼロでボクに関することでは可燃性ガスより簡単に火が点く天涯が一瞬の躊躇も斟酌もなく、寝ているジョーイをベットごと足蹴にした。
爪先で蹴られたベッドは一瞬でバラバラに砕け、それに併せて空中に飛んだジョーイは、錐揉みしながらもんどりうって床に倒れたけれど、「流しパスタか~? 三回転とかちょっと激しいなー」と、やたらマイペースに寝言の続きを呟いている(怪我ひとつないとか、どんだけ悪運が強いんだろうねぇ)。
……てゆーか、これ本当は起きてるんじゃないの? ウケ狙ってない?
「冗談にしか見えないけどねぇ……」
「こんなくだらない冗談で神帝陛下にご足労を願うほど我々も命知らずではございません」
きっぱり言い切るミーアさん。ガルテ副ギルド総長もうんうん頷いて同意している。
どーでもいいけど、最近ボクに付けられるようになったこの『神帝』って通り名はなんなわけ? 天涯をはじめとした円卓の魔将とかは「まあまあですな。姫様の偉大さを知らしめるためにはもう少々修飾語に欠ける気もしますが、無知蒙昧な民衆どもに多くを期待しても無駄でしょう」と満足してるし、影郎さんとかは面白がっている向きがあるけど、『神』なんて誰が好き好んで名乗るもんかい。蒼神の二番煎じみたいで縁起でもない。
とはいえ世間的には『実は邪神だった蒼神』と、それに騙されていた『元信者』となった聖教の影響力とイーオンの残党はまだまだ残っているので、これから時間をかけて洗脳――もとい、思想教育を施す必要がある……というのは、コラード国王やオリアーナ女帝などの共通見解だ。
「そういった工作は得意ですわ」
「教育を充実させることは国家百年の計ですからね」
やたら嬉しそうな顔で黒い笑みを浮かべていたふたり。
なにか、こう……教育って名の美辞麗句に飾られたマインドコントロールが行われようとしている気がするのはボクの考えすぎだろうか?
悩むボクに向かって、
「まあ、手っ取り早いのは宗教には宗教で対抗することですね」
と打開策を口に出したのは、そのイーオンで聖教の表も裏も実質取り仕切っていた、らぽっくさん。
「いっそこのまま緋雪さんを教祖か御神体にして宗教を立ち上げませんか? ま、それに反対する人間も当然いるでしょうから、理想としては対抗する教義のふたつの宗教があったほうが、バランスよく取り込めるのですけどね」
冗談めかしていたけど、どことなくこちらを値踏みするような目つきが気に食わない。
これはなにかたくらんでいる目だね。
「宗教の親玉とか面倒臭い。パスッ!!」
「パス2っ! あたしもやだな。もう抹香臭いのはコリゴリよ」
露骨に顔をしかめて即座に断るボクとタメゴローさんの態度に、説得は難しそうだと判断したのか、らぽっくさんは軽く肩をすくめてその話を切り上げた。
と思ったところで、
「――ちなみにですが、お嬢さんならどーいう名前の宗教がいいですかねー?」
面白がって混ぜっ返すのは影郎さんだ。
「『ネコの肉球ぷにぷに教』」
教義の基本は一日、ヌコを構ってまったりするというもの。
「宗教戦争が起きたら、敵側がイの一番で『猫シールド』とか『捨て猫バズーカ』とか使って攻撃してきそうですなー」
はっはっはっはっと陽気に笑う影郎さん。
「姫様の思し召しとあらば!」
と、バカ話のはずが他の面子が本気で行動に移り始めたので、慌てて止めるのに奔走する羽目になったし。ほんと、洒落が洒落で通じないところがこの世界の怖いところである。
ということで回想終わり。
相変わらずぐーすか寝ているジョーイの太平楽な様子に業を煮やした天涯が、片手でパジャマの襟首を掴んでガクガクと前後左右に揺らす。
見舞いに来たはずが一方的に無慈悲な暴力を振るう天涯の傍若無人さに、止めたいんだけど、立場と実力の関係でどうすることもできず、さっきから顔色を失って声にならない悲鳴をあげ続けているフィオレ。
普通の人間には聞こえない周波数での悲鳴だけど、同行している獣系の七禍星獣(番外)の〈魔剣犬〉壱岐やナンバー六で〈白澤〉の陸奥とかには聞こえるみたいで、鬱陶しげに耳をパタパタ動かしていた。
それでも起きることなく熟睡しているジョーイの幸せそうな頭の上で、チューリップがぶらぶら揺れている。それにしても、トロけそうな寝顔とアホみたいなチューリップが怖いほど似合う。生まれた時から付いてたみたいだなぁ……と、揺れるチューリップを見ながらそんな感想が浮かんだ。
ピシリ、と天涯の頭の上に比喩ではなく雷光が乱舞して、睨み付ける目が据わってきた。
「まあまあ、抑えて天涯。相手は病人なんだし、前後不覚なんだから、答えようがないよ」
「たとえ病身であろうと、危篤であろうと、姫様がお声を掛けられれば返答するのが道理というものでございます!」
うん、その道理はうちのマイルールなので、他所では通用しないと思うよ。そもそもまだ声掛けていないわけだし。
なので、一応声を掛けてみた。
「あー、もしもし、ジョーイ。大丈夫? 私の声が聞こえる?」
床で涎を垂らしたままのジョーイの耳元に囁きかけると、ピクリと指先と表情が動いた。
「「「おっ……!」」」
黙って成り行きを見ていたフィオレ、ガルテ副ギルド総長、ミーアさんが期待を込めた目でそれを見る。
「……うひひひひっ……ぐふふふふふっ……いいじゃないか、緋雪。もう夜なんだし」
気持ち悪い笑みを浮かべたジョーイが、寝ぼけながら幸せそうな顔で、天涯の腕に頬擦りして、即座に床に放り投げられた。
ぞわん! と名指しで指名されたボクの全身に寒イボが発生する。天涯が無言のまま、据わった目つきで片足を振り上げて、ジョーイの太平楽な顔を潰そうと狙いを定めて踏み抜こうとする。
「殺す」
「「「「ま、ま、ま、ま、待った待った!!」」」」
やばい! この勢いだと跡形もなく抹消される。そうなったらさすがに蘇生はできない。
慌てて止めに入るボクと副ギルド総長、ミーアさん、フィオレ。
あと、どーでもいい顔でぼけっと突っ立っていた随員である七禍星獣に、
「みんなも見てないで天涯を止めてよっ!」
と、ボクが注意したことで、「あ、止めるのか?」と気が付いた風で天涯を押さえにかかった。
◆◇◆◇
「ぎょえええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!」
ジョーイの頭の上のチューリップが、絞め殺されて断末魔のガマガエルみたいな絶叫を放っていた。
「おーえす、おーえす! ……なんか綱引きみたいになってきたねぇ」
ジョーイの体(というか首から上)を押さえる組と、しっかりと根を張ったチューリップを力任せに引き抜こうとしている組(ちなみにボクが先頭)。
いろいろと頑張ったんだけど、結局、有効な治療法が見つからなかったので、
「こんなもん力づくで引っこ抜けばいいんじゃないの? でーじょぶだ、死んでも私が生き返らせるから」
匙を投げたボクの投げ遣りな提案に従って、現在、荒療治を実行中という流れになっている。
なにげに天涯の暴力とたいして変わらないような気がするけど、この場合は治療するための前向きな暴力なのでノーカウントだろう。
「ぎょえええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!」
「ふむ、これは……マズイかも知れませぬな、姫」
謎のチューリップが放つ悲鳴に耳を傾けていた七禍星獣(番外)で〈緑葉人〉の双樹が、難しい顔で首を横に振りながらポツリと警告してきた。
「どうやらこやつは宿主の脳に寄生する妖草の一種のようですな。宿主を眠らせて無抵抗のまま養分を吸収する。それ自体はそう珍しくないのですが、同時に精神にも干渉しておるようで、無理に引っぺがすと良くて廃人、悪くすると脳味噌が初期化されてパー……トコロテン状態へなりますのぉ」
「「「「えっ……!?」」」」
その言葉に、思わずボクをはじめとする一部が引っ張る手の力を抜いた。
刹那、無関係に引っ張ったり押さえたりしていたほかの面々がバランスを崩して、ジョーイを道連れに病室の壁をぶち破って外へ転がっていった。
「「「「あ…………」」」」
呆然と見詰める視線の先で、なぜかこの期に及んで怪我ひとつないジョーイの頭の上のチューリップが、「けけけけけけけっ!!」勝ち誇ったように笑っていた。
次回でいよいよ舞台は夢の中に行きます。
あと1話か2話で終えます。たぶん・・・。