番外編 冒険者は新婚を夢みる1
えーと、なんか書籍化作業の合間の気紛れで書いてみました。
基本、本編の1年後を描いた後日譚です。
「ただいまー」
自宅の玄関を開けると、いつも通り温かな明かりと空気、食欲を掻き立てる夕食の匂い、そしてなによりも光り輝くような妻の微笑が俺を出迎えてくれた。
「おかえりなさい、あなた。今日は早かったのね」
動きやすいように長い髪を後ろで縛っていたヒユキが、手馴れた仕草で俺の手荷物を受け取りながら、上機嫌にそう言う。
「ああ、西の山に黒竜が住み着いたっていうんで討伐依頼がかかったんだけど、巣穴に行く前に相手の方が山裾へ降りてきたんで、余計な手間がかからなかったよ」
あとは一発だったしな。と付け加える。
「それで予定より早かったのね。それにしても一人で黒竜を斃すなんて、さすがはアミティア一……いえ、大陸でも三本の指に入る冒険者ね。私も鼻が高いわ」
「はははっ。でも、有名になったせいであっちこちの国から依頼がくるからなあ。お前を残して留守にするのは正直嫌なんだけどな」
「仕方ないわ。そんな風に頑張っているあなたが好きで、私は一緒になったんですもの」
朗らかに微笑むヒユキ。
出会った頃のどこかふてぶてしくて気紛れな猫のような雰囲気がなくなり、いまではすっかりと打ち解けて穏やかで家庭的な女性となっている。
絶世の美人で家事一切が万能。そのうえ家庭的で常に夫である自分を立ててくれるまさに理想の妻だ。
そして、いまでは大陸に三人しかいないという超級冒険者となった自分。
その稼ぎで王都の一等地に一軒家も持てたし、温かな家庭を手にすることもできた。
広い庭にはペットも飼えたし――「にょわあああああッ」庭から件のペット・フンババの鳴き声が聞こえる――一生安泰な財産も手に入った。
まさに成功者。まさに薔薇色の人生である。
「~~~~~~~~っ」
俺は世界一の果報者だ。
とてつもない幸福を改めて噛み締めるそんな自分に向かって、ちょっとだけ悪戯っぽく笑ったヒユキが訊ねてきた。
「それで、ご飯にする? お風呂にする? それとも……タ・ワ・シ?」
「ん。じゃあタワシから」
幸せ一杯の頭で何も考えずに適当に答える。
途端、
「――ジョーイ。ボケにボケで返されると、対応に憂慮するんだけどねぇ」
とろとろに蕩けた表情から一転、真顔になったヒユキがヤレヤレと視線を外して、これ見よがしのため息をついた。
あれ? なんか微妙に違和感が……。
◆◇◆◇
最近テケテケ歩くようになった紫苑を命都らに預けて、天涯と七禍星獣を何名か連れて、視察を兼ねた暇つぶしにアミティア共和国のギルド総本部に顔を出したボクだけど、そこでいきなり待ち構えていたガルテ副ギルド総長、秘書のミーアさん、Dランク冒険者で魔法使いのフィオレによって、有無を言わさず別室へと拉致……もとい案内された。
「姫陛下、ちょっとご相談が」
「神帝様、個人的なことで恐縮ですけれど、内密のお話がございますのでぜひこちらへ」
「ヒ、ヒユキ様。ヒユキ様だけが頼りなんですぅ」
で、挨拶もそこそこに切り出されたのが――。
「は? ジョーイが変になった? ――いやそんなのいつものことじゃない?」
なにをいまさら、という視線を投げると、ガルテ副ギルド総長が渋い顔でため息をついた。
「そりゃそうなんですけどね。姫陛下が思ってらっしゃる意味とは、多分ちょっと違ってますぜ」
歯に衣着せぬ物言いは変わらないけれど、この一年で随分と白髪が増えた頭を掻くガルテ副ギルド総長。
……なんとなくアレだね。この全身から醸し出される管理職の悲哀というか、イジメてくださいオーラは、出会った頃のコラード国王(現在一児の父親で、かなりの馬鹿親)を髣髴とさせる枯れ具合だねぇ。
う~~む。やっぱり人間偉くなるとシガラミとかで心労とか増えるものなのだろう。
と憐憫の目でみたら、じろりと不機嫌な目で返された。
「なんスか、その生温かいような小馬鹿にしたような眼差しは?」
「いや、偉い人は大変なんだろうな~と思ってさ。同情するよ」
ちなみに副ギルド総長という役職は、アミティア国内の冒険者ギルドを統一して作ったもので、彼の事は本来はギルド総長に据える予定だったけれど、本人が断固として辞退したのでナンバーⅡにして、ナンバーⅠは直属部隊長と兼任でクロエ(アミティア国王妃で、実質旦那より偉い影の国王と呼ばれている)にお願いしている。
「そう思うんでしたら、さっさとこんな面倒な役職は解任してもらいたいところなんですな。つーか、偉いとかなんとか言うんでしたら、姫陛下こそ大変な立場だと思うんですけど。大陸を統一した皇帝……いや、神帝サマでしたっけか? すべてを統括する天上人ということで、迂闊にフラフラ出歩ける立場ではないと思うのですけど、そのあたりの自覚とかおありで?」
「――うっ……!」
痛いところを突かれたボクが思わず視線を逸らせると、視界の片隅でミーアさんと天涯が同時にウンウン頷いているのが見えた。
「ま、まあ私の事はいいんだよ。問題はジョーイだよ、ジョーイ。どこがどう変なわけ?」
慌てて話題を変えるものの、天涯もガルテ副ギルド総長もミーアさんも、もう一言二言ツッコミを入れたそうな顔でボクの顔を見返してきた。
アウェーだ。なんか完全にアウェーにいる。
世界征服してその頂点に立っている筈なのに、思いっきり世間と身内がアウェーだった!
「あ、はい。それなんですか」
と、周りの雰囲気にも流されず、張り詰めた表情で悄然と俯いていたフィオレが、ソファーから立ち上がって懸命に訴えかけてきた。
ナイス、フィオレ!
「三日ほど前に師匠が依頼を受けて、一人で闇の森に出かけたのですけれど」
「――ちなみに依頼内容は『アズロの実を所定の容器一杯に採集してくる』というものです」
素早くミーアさんがフォローしてくれる。
「アズロの実?」
「最近、闇の森で発見された果物で、鳳梨に似た形と大きさですけれど、皮は椰子の実に似た感じです。そのままでは食べられませんが、焼いて食べるとホクホクして美味しいです。ちょっと香りにクセがあるので評価は分かれますけれど」
「ほーっ」
あとで試食してみよう。
「食べるとなにか幸せな気分になれるとか、生のまま砕いて何種類かの香辛料と一緒に使うと、なぜか病み付きになってまた食べたくなるとか」
「それ麻薬だよッ! すぐに取り締まらないと!」
「あ、大丈夫です。その店は店主が試食のし過ぎで『俺は神だ! クァーッカッカカカカカ!』とか錯乱して騒いで潰れましたので」
いや、そもそも食べるのを禁止しようよ。
「それを採りに行った師匠が翌日になっても戻らなかったので、あたしも仲間と捜索に行こうかとしていたのですけど……」
「仲間?」
「あ、はい。二月くらい前からパーティを組む仲間がふたりできまして」
「へえ、ジョーイのお守りでは大変じゃないの? 今度挨拶したいねー」
そう言うと、なぜか半笑いを浮かべたまま硬直するフィオレ。
「えええ……と……その……」
「……勘弁してください姫陛下。副ギルド総長に逢った時でさえ、緊張してひとりはテンパリ、ひとりは卒倒したくらいなんですから、陛下となったら洒落抜きで心臓が止まりますぜ」
救いを求めるような視線を受けて、げんなりした顔で取り成すガルテ副ギルド総長。
そう言われちゃ引き下がるしかないけど、なんかハブられているみたいで面白くないねえ。
今後はこっそり名前とか変えて出歩くようにしようかな。謎の聖女とか。
「えーと、それで、皆と打ち合わせしているところへ、師匠を乗せた騎鳥が戻ってきたわけなんですけど」
「けど?」
「……なんというか、もう見るからに師匠が変になってました」
「???」
頭を抱えて言葉を探すフィオレの様子を見かねて、ミーアさんが助け舟を出してきた。
「言葉で説明するよりも実際に見てもらったほうが早いと思います。ジョーイ君はギルドに併設された施療院にいますので」
この冒険者ギルド総本部はちょっとした城くらいの敷地があり、中には練習場とか厩舎とか魔術実験棟とか、犯罪者収容所など多岐に渡った施設が併設されている。
施療院もそのひとつで、基本冒険者ギルドの会員で会費を払っている者であればかなりの優遇措置がとられし、割と最前線で戦う冒険者が相手なので技術も高い。
そこに入院しているのならかなり高度な医療・治癒術が用いられたと思うんだけれど……ひょっとして洒落抜きで重篤なのかな、ジョーイ。
にわかに心配になったボクは、ミーアさんに促されるまま席を立ち、足早にその後に続いて歩き出した。
たぶん3~4話で終わります。