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番外編 閑話休題

連載終了から半年です。

記念にふと思い立って書いてみました。


紫苑(しおん)ともう3日も連絡が取れないんだよ!」

「……はあ、そうですか」


 この世の終わりのような表情をしている緋雪を前に、侯爵なんぞという地位を与えられ、『禁断廃園』と呼ばれる大陸中央に位置する広大な私有地の管理人を任されている稀人(まろうど)は適当な相槌を打った。

 ちなみにこの地は大陸に住まう住人からは『闇の森(テネブラエ・ネムス)』なんぞと呼ばれて、人跡未踏の地と呼ばれて恐れられているが、かつての《蒼神》が本拠地としていたイーオン聖王国の首都ファクシミレを中心として、大陸の半分ほどを覆った虚霧(きょむ)が消えた跡地に生まれた樹海を整備したものである。


 さすがに面積が広大すぎたので、さらに3分の2ほどを円卓メンバーで焼き払って人が住めるようにして、現在のこじんまりとした(それでも大陸の3割程度を占める大樹海ではあるが)森を残したのが現在の『禁断廃園』の先駆であった。


 元から居た野獣や魔物の他、希望する真紅帝国インペリアル・クリムゾンの国民や魔物を移住させた結果、原住民は迂闊に足を踏み入れられない、やたらと剣呑な場所と化した気もするが、中央にそびえる虚空紅玉城の別館である《瑠璃宮》の威容も併せて(ちなみにこれも現地では『魔皇宮』などと呼ばれているらしい)、真紅帝国インペリアル・クリムゾンの住民にとってはちょっとした別荘地感覚で、頻繁に訪れる者も多い場所である。


 かく言う稀人自身もここ五十年ほどは、本国よりもこちらで過ごしている時間が多い。まあ、理由としては割りと緋雪が顔を出す機会が多く、今日のように余人を交えずに会話ができるからとか、気に入った人間や住人が住む街が近くになるからとか、たまにふらりと大陸の各地に足を延ばせるからとか……様々な理由はあるが。


 それはともかく、ここのところしばらく……と言っても数ヶ月ほどだが、顔を出さなかった緋雪がやって来て最初にこぼしたのが、最大の恋敵に関する愚痴である。

 稀人でなくても白けた反応になろうというものだ。


 ちなみに永久の命を持つ本国の魔物たちは、年数による時間の経過にはけっこう無頓着である。そのあたりは限られた寿命で生き急ぐ人間とは感性が違うのだろう。

 いや、本来は自分もそうであるべきなのだろうが、まだまだ“魔物”としての自覚が乏しいのか、それとも“人間”だった昔日の想いがいまだ忘れがたいのか……ほろ苦い笑みを浮かべながら、ふと稀人はそんなことを思った。


「……なにが可笑しいのかな、君は? 人が真剣な悩みを抱えているというのに」

 ふと気が付くと、緋雪がジト目で睨んでいた。


「あ、いえ。違いますよ、ちょっと他の事を考えていただけで、別に姫の悩みを蔑ろにしていたわけでは――」

「上の空の時点で、充分に蔑ろにしていたような気はするけどねぇ。どうせ女の子のことでも考えていたんだろう。例の雑貨屋のアレに遊び感覚で手を出したら、いくら君でも赦さないからね」

「そんなことはしませんよ。第一、俺の本命は永久に姫様ただお一人ですから」

「説得力のない言葉だねぇ。まあ、兎に角、アレともう一人の娘は私にとって紫苑同様、私の子供のようなモノなので手を出さないこと、じゃないと酷い目にあわせるよ。いいね?」

「はいはい。わかってますよ――って言うか、酷い目って具体的にはどんなことですか?」


 特に考えていなかったらしい。

「………」

 考え込んだ緋雪は、しばし呻吟していたが。

「……えーと創作話が好きな笛吹(うすい)の取材に応じて、君の事を本にして今度の夏のイベントで配るとか」


 ちなみに笛吹(うすい)というのは真紅帝国インペリアル・クリムゾンの広報担当官のバンシーで、別名『ザ・プロパガンダー』或いは『芯まで腐った女』と呼ばれ恐れられている存在である。

 なぜ味方にまで恐れられているかと言うと、趣味が漫画を描く事で、大好物が「男同士の禁断の友情を描くもの」と公言してはばからないからである。


 稀人も以前、親友との美談をトンデモナイ形に歪曲されて彼女の本――別名『笛吹本(うすいほん)』に載せられるところだったのを、さすがに危惧した緋雪の鶴の一声でなかったことにされたという、思い出すのも恐ろしい思い出があるのだ。

 それを今回は解禁するという。


「ちょ――っ、ちょっとそれ洒落になりませんよ! やめてください!!!」


 本気で嫌がったのがわかったのだろう。

「わかればいいんだよ、わかれば」

 案外あっさりと引いてくれたのに、心底安堵して稀人は心からため息をついた。


「その話はやめましょう。それで、王子の件でしたか? たかだか三日くらい連絡がないくらいで、それほど心配することはないと思いますけれどねえ」


 まして潜在能力だけなら、この世界の支配者である目の前の少女を遥かに上回る能力の持ち主である。心配するだけ損だと思うのだが。


「……そりゃ、私だってちょっとは過保護かなぁ、とは思うけれど。今回、紫苑が向かった先が、いまだ謎の多い『未確認大陸』だよ。何があるか確認のしようがないじゃない」


 拗ねた様な焦った様な顔で俯く緋雪の愛らしい姿に、猛烈な庇護欲を駆られた稀人が、思わず抱き締めようと両手を広げかけたところで、

「――こほんっ」

 お目付け役として同行していた、いつものメイド服姿の熾天使(セラフィム)――命都(みこと)が、さりげなくそれを制した。


「……そ、そうですね。確かに心配ですね。確かあの大陸には得体の知れない結界が張られているんでしたっけか?」

「うん、そうなんだ。目には見えないけどドーム上の結界があって、能力が高いものほど顕著に効く……具体的に言うと、能力が制限されて弱体化する上、無理に魔力を放つと反動がくる。それも能力に比例するので、高レベルの者ほど弱体化したり、自爆する可能性が高い」

「厄介な結界ですね。円卓の皆様の力でもどうにもならないんですか?」


 水を向けられたと思ったのか、命都が一歩前に出てきた。

「難しいですね。外側から術自体を中和したり、力技で解除するのは施術者でなければ無理でしょう。――まあ、大陸ごと消し飛ばせといわれれば可能でしょうけれど」


 緋雪も苦笑いで続ける。

「さすがにそれは最後の手段にしたいからねぇ」


 それでも最後の最後になったら、やる気なんですね、と思った稀人だったが、ここでツッコミを入れると、自分を比較的常識人と疑いもなく信じているらしい緋雪の機嫌を損ねそうな気がしたので、適当に思いついた質問に切り替えた。


「施術者ですか……蒼神の置き土産でしょうかね?」

「可能性は高いと思うけど、なんとも言えないねぇ。それにしては微妙にスケールが小さい気がするし」


 大陸ひとつを丸ごと隔離して『小さい』という緋雪の物言いを頼もしく思いながら、稀人は軽く肩をすくめた。


「それにしても、なんでまた王子様は『未確認大陸』なんぞに向かったんですか?」

「さあ? なんか帝都で冒険者と知り合いになったらしいんだけれど、その冒険者がどうもあの(、、)ジョーイの子孫らしくてねぇ。聞かれるままにジョーイのことを喋ったら、なんか興味を持ったみたいで、彼の足取りを追って……」

「それで未確認大陸ですか。そういえば奴の最後の消息もあそこでぷっつり切れてましたね」

「知ったのは随分と後になってからだけどね」


 まあ、当時は慣れない子育てで悪戦苦闘していたので、それどころではなかったのは家臣のものであれば知らない者はいない事実である。


「奴らしいというか……そうすると、王子は単独で未確認大陸(あちら)に?」

「いや。面白がって(いちじく)も同行している。彼もジョーイとはいろいろと因縁があったからね、気になってたんだろう」

「なるほど……」


 それなら戦力的にかなり安心かな、と稀人は胸を撫で下ろした。


「まあ、心配されるお気持ちもわかりますが、たかだか三日ですし、あの二人ならケロリとして戻ってきますよ」

「……だったらいいんだけど。問題は最後の連絡の言葉が妙でねぇ」

「と言いますと?」

「『見つけた! 見つけましたよ、彼を!』という興奮した声を最後に、念話も使い魔も魔眼(イービル・アイ)のバイパスすら届かなくなったんだ」


 深刻な事態を前に驚くより先に、稀人は顔色を変えた。

「ちょっ――ちょっと待った! 『見つけた』って、まさか奴を見つけたわけじゃないですよね!?」

「そこまではわからないけれど、あの興奮の様子は尋常じゃなかったね」

「いや、だって……あれから百年以上ですよ!? 仙化しているオリアーナ女帝はともかく、普通の人間が生きているわけがないでしょう?! ましてや未開の大陸で!」


 興奮する……というよりも混乱して、自分に言い聞かせるように喋る稀人を前に、緋雪も困惑した様子で首を捻った。


「そう……なんだけどさ。なにしろ相手はあの(、、)ジョーイだよ? 何があってもおかしくないような気がするのは、私の感覚が変なのかなぁ……?」


 言われて呻る稀人。

「……確かに。あの(、、)ジョーイですからねえ。可能性はゼロでない気がします」

「だろう?」


「「う~~む……」」

 揃って腕組みをして眉根を寄せる。

 そんな二人の苦悩とは無関係な世界で、命都は穏やかな笑みを浮かべているのであった。


 大陸はある意味、今日も平和である――。

ブタクサ姫を更新した後、わりと一瞬で書けてしまいました。

こそこそと裏話的な設定的なお話となっています。

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