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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
エピローグ 旅立
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エピローグ

【鈴蘭女帝オリアーナの備忘録】



『あの日、世界は一変しました。


 大陸を覆う虚霧(きょむ)が消えた跡には、手付かずの広大な森林が広がり、多くの命が育まれていました。

 ですが失われた人命は戻らず、概算ですが大陸の人口は全盛期の6割程度に落ち込んだものと見られています。


 大陸中央部から発生した虚霧の規模と拡大速度を考えれば、この程度の被害で済んだのはまだしも幸運と言えるでしょう。これもひとえに人命救助の為に奔走した各国の冒険者達と、草の根で活動をした有志の方々、そして民族・種族・社会の垣根を越えて、惜しみない援助を施してくれた真紅帝国インペリアル・クリムゾンの力添えがあればこそと言えます。


 とは言え国家と個人が受けた損失は計り知れなく、その後、数年間にわたり領土問題に関する国家間の諍いや、民間人の衣食住問題、有事の際に国民を見捨てて逸早く逃れた各国首脳部に対する怨嗟の声に後押しされた革命、諸島連合による大陸への侵略など、一日として休まる暇なく様々な問題が発生し、忙殺されてきました。


「こうしたやり方は好かないんだけどねぇ」

 渋い顔をしながらも配下の魔将たちを率いて、姫陛下がその都度介入されなかったら、おそらく人間社会に深刻な影響が出て、復興には数百年規模での時間が掛かっていたことでしょう。


 姫陛下としては完全に自立した社会の構築の為には、ある程度の犠牲と時間も止む無し――と思っていた節もありましたが、生憎とわたしは人間……それも自他共に認める現実的な俗物ですので、そのような悠長なことは考えられません。使えるモノはハナクソでも使うのがわたしの流儀ですので、当然、彼女のような便利で使い減りのしない相手を放置しておくわけがありません。


 時には舌鋒鋭く。時には情に訴え。時には人に言えない取り引きを行い。彼女を説き伏せることで、こうして10数年あまりで、なんとか形の上では世界を安定に導くことに成功した、と自画自賛ながら自負しております。まあ、通常の場合であれば、いかにわたしが説き伏せようと、あの姫陛下がそう簡単に首を縦に振るものではありませんでしたが、幸いにも紫苑(しおん)ちゃんの存在が大きく、親馬鹿と化している姫陛下に、「陛下は紫苑ちゃんのために平和な世界を作りたくないのですか?」と殺し文句を言えば、ころりと態度を変節してくださいましたので、どちらかといえばわたしよりも、紫苑ちゃんのお手柄と言えるかもしれませんね。


 いまさらですが、紫苑ちゃんはあの日、姫陛下が虚霧を払って帰還された際に伴われていた赤子です。

 当初は姫陛下の隠し子かと、一時あの場がパニックとなったのですが、身元不明で親の居ない子供ということで、ゴタゴタしましたが、最終的に姫陛下が養子にするということで収まりました。


 正直、未婚で赤ん坊の相手をしたこともないという生粋の(わたしが言うのもなんですが)箱入り娘である陛下に子供の相手ができるとも思えず、当然、乳母に預けっ放しになるかと思われたのですが、

「いや~、なんか私以外だと全然懐かなくて。オッパイを飲ませるのも、最初に私のを含ませてからでないと飲まないので――いや、勿論母乳とか出ないんだけどさ――なんか安心するみたいで、私もなんかそうしてると本当の子供みたいな気がしてねぇ。なんか最近は本気で胸も張ってきたし。添い寝したりして、可愛いものだねぇ」

 と、蕩けるような笑顔で言われる子煩悩ぶりで、ほとんど一日過ごされていました。


 そのせいで陛下を恋慕する殿方の嫉妬と羨望が凄まじいものになったようですが、赤ん坊相手に勝負になるわけもなく、夜な夜な枕を濡らしたとか……関係ないですが、クリストフ大公子はいまだに独身で、毎回のように姫陛下に結婚を申し込まれています。一途なのは結構ですが、姫陛下の目には紫苑ちゃんしか映っていないのをいい加減認めて、さっさと正妻を娶って家督を継いだ方が建設的だと思うのですが。ままならないものです。


 国と言えばわたしが正式にグラウィオール帝国の皇帝として戴冠するのに先立って、正式に大陸を統一した『真紅超帝国エクストラ・インペリアル・クリムゾン』を発足させました。

 ちなみに北部を保護領とし、基本的に我が東部グラウィオール帝国と西部アミティア連合王国とが委託統治を行う形とし、南部はクレス自由連合に統治させた形で基本的に、超帝国は『君臨すれども統治さず』を基本方針として、不干渉を標榜し(まあ、面倒事を丸投げとも言いますが)余程のことがない限り社会に介入することはありません……まあ、たまに無聊(ぶりょう)(かこ)って姫陛下や魔将の皆様が騒動を起こすこともございますが、現在は暗黒大陸と大陸中央部を占める大樹海――通称『闇の森』――の探索を、冒険者と競合したり時には協力したりして行っているようで、まずは平和だと言えるでしょう。


 個人的な近況としましては、わたしは5年前に結婚しまして、既に2児の母親となっております。お相手は元ヴィンダウス王国の王族でもあったエルマー卿であり、聞くところによればクリストフ大公子とは士官学校で同期の親しい友人だったとかで、人間の意外な結びつきを感じるばかりです。


 アミティアのコラード国王夫妻には既に7人のお子様方がいらっしゃるそうで、こちらも姫陛下に負けず劣らずの子煩悩ぶりを発揮しているとか。そういえば、クロエ王妃は一時紫苑ちゃんの乳母もやっていらしたそうで、長女のジル王女と紫苑ちゃんとは乳兄妹ということで、第二の家族のような形で親交があるそうです。


 そうそう乳兄妹といえば、クレスの正式盟主に着任されたレヴァン代表とアスミナ様ですが、大方の予想通りアスミナ様の怒涛の攻勢が功を奏し、もう十年も前に正式なご夫婦となられましたが、いまだにレヴァン代表はちょくちょく失踪されては、先代獣王様と武者修行と称して雲隠れされるそうで、その際に敷かれる『アスミナ捜査網』は、クレスの風物詩と化しています。

 とは言え、そんな無茶が実ったせいでしょうか、昔姫陛下から下賜された武具の発動に成功されたとか。で、その際に正式に『獣王』を名乗ることを許可されたとかですが、その報を耳にされた姫陛下が、「どのくらい強くなったか試してみよう」と嬉々として即位式に参加され、結果、レヴァン代表の足腰が立つようになるまで式が延期されたのは、何と言えばいいのか……。


 さらに問題なのは紫苑ちゃん――いえ、もう成人した15歳ですから紫苑皇太子と呼ぶべきでしょう――が、何を考えているのか姫陛下は、本人にも自分の身分を偽って、揃って『闇の森』の中で半ば隠遁生活を送っていますので、おそらくいまだに自分と姫陛下の立場を理解してはいないでしょう。


「愛だよ愛。そういう余分な付属品のない、愛のある生活を送らせてあげたいからねぇ」

 と、陛下はおっしゃっていましたが、単に悪ふざけが過ぎた結果にしか見えないのは、わたしの気のせいでしょうか?

 兎にも角にもお二人が平和に暮らしているのであれば、わたしから……』



 と、そこまで書いたところで、私室の扉をノック音がして、オリアーナはペンを持つ手を休めて顔を上げた。

「入りなさい」


「失礼致します」

 侍従の一人が恭しく一礼して入室する。


「先ほど超帝国から使者が来訪されました」


 オリアーナの顔に緊張が走った。定期御前会議の連絡の他、こちらから使者を遣わすことはあっても、あちらから予定外の使者が来ることはほとんどない。あるとすれば、よほどの緊急事態だろう。

「本国からですか? なにか使者の方は言っておられましたか」


 侍従の顔に困惑が広がった。

「はあ……その……『紫苑様が家出された。姫陛下とも連絡がつかないので、至急協力を依頼する』とのことです」


 その言葉の意味を理解したオリアーナの全身から血の気が引き、続いて一度下がった血が一気に沸騰した。


「な――っ!? い、一大事なんてものではありません!! すぐに全軍……いえ、関係閣僚も招集して対応策を検討します! 可及的速やかに準備なさい!」

 その勢いに押されて、侍従は返事もそこそこに踵を返した。


 オリアーナは侍女に命じて本国の使者に会う身支度を整えながら、イライラと唇を噛み締めた。

「本当に、なにを考えているのよ、二人とも!」




 ◆◇◆◇




「「くしょん!!」」

 大型騎竜の鞍の上で、大小二つの影が同時にクシャミをした。


「むう。春先とはいえまだ肌寒いね。もっと暖かい格好をしないと駄目だよ、紫苑」

 鈴を鳴らすような澄んだ少女の声がして、後ろに座っていた小柄な影が背伸びして、掛けていたマフラーを外して、前に座って手綱を握っている長身の男性の首にそれを掛けた。


「ちょっ、やめろよ! そっちが風邪引くだろう」


 慌てて首に巻かれたマフラーを外そうとする彼――15~16歳と思える黒いコートに軍服のような黒い革製の上下を着た美男子――の手を、後ろからやんわりと制するこちらは見た目13~14歳のふんだんにレースやコサージュがあしらわれた黒いドレスを着た、長い黒髪の絶世の美少女。


「いいから付けといて。私はちょっとやそっとじゃ風邪なんて引かないんだから」


 軽く押さえられているだけにしか見えないが、関節を取られてピクリとも動かない自分の手を見て、少年が苦々しく眉をしかめる。

 こちらも少女に負けず劣らずの美貌であるが、特に人目を引くのは黒髪に一房だけ入った銀髪と、右が緋色で左が青色の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)であった。


「……いつまでも子供扱いするなよな」

 ため息をついて手を引っ込めたのを見て、少女も手を放した。


「そうは言ってもねぇ。まだまだ半人前だし、心配するもんだよ」

「だから、一人前になる修行の為に旅に出たんだよ! なのになんで付いて来るんだ?!」

「なんでって、別に問題はないんじゃない?」

「大ありだ――っ!!」


 思春期の少年としては、同じ屋根の下に育ての親とはいえ、妙齢かつ絶世の美姫が同居している状況に、日々悶々と耐えがたいものを感じて、置手紙一つ置いて出奔したというのに、元凶が後ろに付いて来るというのは、どう考えても本末転倒である。


「まあまあ、こう見えても私は結構顔が広いからね。旅先とかでも不自由はさせないよ」

「……それは知っている」


 だが、その『顔が広い』相手が毎回、各国の国王とか代表者クラスなのは、どういう交友関係なのだろう? 毎回聞いても「古くからの友人」としか答えないし、あちらに聞いても露骨にすっ呆けられるし……15年間暮らしているが、いまだに謎だらけの養い親であった。


「それともあれかな……ひょっとして、紫苑は私のことが嫌いになったのかな?」


 どこか途方に暮れた口調でそう言われ、少年は咄嗟に反論した。

「そんなわけないだろう! むしろ好きすぎて――」


 はっと口を閉じて、恐る恐る振り返って見れば、少女が輝くばかりの笑顔を浮かべていた。


「うん。私も紫苑が大好きだよ!」


 その無邪気な笑みに陶然となり……赤くなった頬を見られないように前を向いた少年は、話を逸らすべく思い付いたことを問い掛けた。


「そういえば、ここを真っ直ぐ行けばグラウィオール帝国の首都だっけか?」

「そうだよ。新首都の帝都ケイスケイ――鈴蘭って意味。ここにも知り合いがいるので、着いたら宿の心配はないね」


 なるほど、と聞き流しかけた少年は、秀麗な眉をしかめてまた振り返った。

「その知り合いって、まさかまた国王とかじゃないだろうな? いい加減仰々しいのは嫌なんだけど」

「ああ、違うよ。国王じゃないよ」


 あっさり否定され、少年はほっと胸を撫で下ろした。


「だったらいいんだ。そういえば、ケイスケイって海にも近いんだっけか?」

「海というか、大河の脇だからね。大型の魔導帆船とかも行き交っているよ。知り合いにそっち方面の関係者もいるので、良ければ乗れるように交渉してみるけど?」

「船か……」


 そしてまだ見ぬ“海”を想像して、少年は軽く身震いした。


「いいな。行ってみたいな」

「じゃあ、着いたらそっちにも顔を出すようにしようか」


 少女の言葉に少年は大きく頷いた。

 それから地平線の彼方に視線を移し、年相応の微笑を浮かべた。


「世界って広いんだな」

「そうだよ。旅は始まったばかりなんだから、これから沢山のものが見られるよ」


 少女のその言葉を咀嚼しながら、逸る心を抑えて少年は手綱を握る手に力を込めた。

 それから、ふと茶目っ気をだして上半身を捻って、きょとんとしている少女の腰――両掌を回しただけで、簡単に一周する細いそれ――を掴んで、軽々と引っこ抜くと、そのまま無理やり自分の前に座らせる。


「きゃっ――なに?!」

「こうすればお互いに寒くないだろう?」


 マフラーの端を解いて少女の首に回し、胸元ですっぽりと覆い隠すようにコートの位置を整え、改めて手綱を握った。


「う~~、なんか照れるねぇ。でもまあ、ありがとう」

「お互い様だ。旅は道連れって言うし、俺だっていつまでも……」


 大型騎竜の鞍の上で、1つになった影が軽口を叩きながらゆっくりと街道を進んで行く。

 まだ見ぬ世界を夢見て。

終わりました。

これにて緋雪ちゃんの冒険は一区切りとなります。


2013年8月12日開始で、11月30日、全150話と区切りの良いところで終了させていただきます。初めての長編、初めての連日更新、思いがけない反響と、はじめてばかりの『薔薇』ですが、お陰様で途切れることなく無事に終了となりました。応援してくださった皆様、読んでくださった皆様、まことにありがとうございます。


取りあえず一区切りとなりますが、エピローグでもあるようにまだまだ旅は続いていますので、いつかまた緋雪ちゃんのその後を描ければ、と思っています。


それでは、皆様には感謝の意を表しつつ、ここで幕を閉じさせていただきます。また次回作をお楽しみ願えれば幸いです。


追記:イラストコンテスト『Crafe』に関しまして。さっこ様、狛蜜ザキ様素敵な緋雪ちゃんのイラストありがとうございました。

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