第九話 悪鬼蠢動
気が付けば22万アクセスとか、本当にありがとうございます!
嬉しくて舞い上がる反面、そろそろ上げて落とされるんじゃないかとガクブルです。
「くそっ、ちょろちょろしやがって、この犬っころ!」
ジョーイが力任せに振るった剣の軌道を易々と見切り、ウォードッグは刃を躱して距離を取った。
「――すぐに右手側に跳んで!」
途端、飛んできた指示に従って、咄嗟に右に跳んだジョーイの足があった地点で、後ろから迫っていたもう一匹のウォードッグの牙が、虚しく空気を噛んでガシッと硬質の音を立てた。
「そのまま距離を取って、二頭とも視界の中に入れておく!」
言われるまま剣を構えて距離を取る。
「――畜生っ、もうちょっとなんだけどな!」
ジョーイの憎まれ口に、少し離れた大岩の上に座り、日傘を差したまま様子を窺っていた緋雪が柳眉をひそめた。
「・・・ちょっとどころか全然駄目だよ。動きが直線的で大振りだから簡単に避けられるし、振ったあとは体勢を崩すから隙だらけだし。なんか畑で鍬でも振ってるみたいだねぇ」
図星を指されてジョーイは耳まで赤くなった。
「しょうがねえだろうっ。実際、物心ついた時から畑仕事は手伝わされていたんだし……だけど、口減らしで街に出ることになってからは、自警団の団員とかには稽古はつけてもらって、いい線いってるって言われてたんだぞ!」
「そりゃあ若くて体力があるからさ。力任せに振るえば、村の盛りを過ぎた力自慢相手には通じるかも知れないけど、生きたモンスターの反射神経を相手に、そんな見え見えの攻撃なんて当たりっこないよ」
警戒して唸り声をあげているウォードッグ2匹の様子を窺いながら、ジョーイは口を尖らせた。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」
「相手の動きを見て、フェイント以外は自分から攻撃しないことだね。その犬――ウォードッグだっけ? そいつの攻撃は噛み付きだけみたいなので、そこだけ注意して、あとパターンは足を狙って動きをとめて、首筋の急所を狙うだけと動きも直線的なので、動いてからでも対応できるよ――と、足っ!」
緋雪の言葉に注意を向けているジョーイの態度を好機と見たのか、1頭が地を蹴り、言われるまま足元目掛けて振るったジョーイの剣が、偶然にその頭を断ち割った。
「――ギャン・・・!」
「やっ「前っ、もう1頭! 躱せないから突いて!」」
感慨に浸る間もなく、矢継ぎ早に飛んできた指示に従い、顔を上げたところへ怒り狂ったもう1匹のウォードッグの真っ赤な口が目前に迫り、反射的に突き出した剣先から鈍い感触が伝わり、必死にもがく前脚の爪が腕を引っ掻いていたが、徐々に動きが緩慢になり、やがてパタリと止まった。
途中から目をつぶっていたジョーイの耳に、パチパチと小さな拍手が聞こえてきた。
「討伐依頼、達成おめでとうっ」
恐る恐る目を開いたところへ、その言葉と緋雪の満面の笑顔が飛び込んできて、ジョーイは足元に転がる死体と、剣に串刺しになったまま絶命しているウォードッグに視線を移し、ようやく言われた言葉の意味を理解した。
どさっと音を立てて、強張っていた手から剣ごとウォードッグの死骸が地面に落ち、ジョーイは爆発した感情ごと、握り締めた手を天に向かって突き上げた。
「やったぜ――っ!!」
◆◇◆◇
「へえ、ちゃんと仕留めたのね。ジョーイ君おめでとう」
依頼達成の証拠として、カウンターの上に出されてたウォードッグ2匹分の牙を見て、ミーアさんも素直に賞賛の声をあげた。
「へっへ、どんなもんだい!」
悪戯の成功した悪ガキみたいな顔で胸を張るジョーイの態度に微苦笑をして、ミーアさんはその視線をこちらに向けてきた。
「実際、見ててどうだったのジョーイ君の戦いっぷりは?」
「ド素人もいいところだねぇ。今回のはマグレの域を出てないし、見ていてハラハラしたよ」
肩をすくめたボクの言葉に、ジョーイが膨れ、ミーアさんは「やっぱりねぇ」と含み笑いをした。
「まあ、でも良い経験にはなったろう。君は少し恐怖を覚えたほうがいいよ。冒険者は兵士ではないんだから、相手を倒すよりも、自分が生き延びることを最優先しないとね」
実際、聞いた話ではこの世界には蘇生魔術も蘇生薬もないらしい。つまり死んだらそれでお終いだ。
そんなリスクの高い状況で冒険者なんてヤクザな商売をするなんて、正直ボクには理解できないけど、この辺りも昨夜の食事の話と同じで、恵まれた立場にいる者の傲慢なんだろうね。
だから辞めろとは言えない。
そんなボクの言葉にミーアさんも頷いた。
「そうね。そのあたり特にジョーイ君には、たっぷり訓練所で教育する必要がありそうね」
「ちぇっ、なんだよ二人して! 少しは喜んでくれてもいいじゃないか」
不貞腐れるジョーイの子供っぽい態度に、思わずミーアさんと二人顔を見合わせて笑ってしまった。
「そんなことないわよ~。ジョーイ君の初の討伐依頼達成記念日ですものね。なんなら頬にキスしてあげましょうか?」
悪戯っぽく微笑んでウインクするミーアさんの言葉に、ボクも一口乗ってみることにした。
「いいね、それ。では、私も反対側の頬にキスしてバランスを取らないとね」
「な、なっ、なに言ってるんだ、お前らいい加減に・・・!」
茹蛸のように真っ赤になるジョーイ。ちょっとワルノリし過ぎたかな?
「・・・でも、まあ実際、これで私も肩の荷が下りたよ。昨日、ジョーイに案内を頼んだせいで、先の依頼が駄目になったら心残りだったからねぇ」
そんなボクの言葉に笑みを引っ込め、真顔になるミーアさん。
うん、本当に頭の回転が速い女性だね。
「心残りって……ひょっとして、もう出立ですか?」
「そうなるかな。アーラ市でやるべき事も、知りたいことも、だいたいわかったのでね。次は王都に行ってみるつもりだよ」
どうせ質問されるだろうと思って、次の行き先を前もって教えておいた。
「――ちょっ、ちょっと待てよヒユキ! お前、予定では2~3日街の案内をしてくれって・・・なのに、今日だって俺の討伐依頼に付き合って、肝心の街の案内とかぜんぜんしてないじゃないか!」
「まあ予定は予定ということでね。もともと期間は未定だったろう? なのでちょっと早まったんだよ。ああ、別に依頼料をその分安くするとかは無いので」
「違うっ、そうじゃなくて・・・」
泣きそうな顔のジョーイから視線を外して、ボクはミーアさんに向き直った。
「――では、そのようなことで、これで依頼終了ということでお願いします」
「え、ええ。わかりました。――でも、よろしいんですか?」
ちらりとジョーイを見るミーアさん。
「ええ、後のことはお任せします」
その言葉に複雑な表情をし、それでもコクリと頷いてくれたミーアさんに、ボクは軽く頭を下げた。
お互いに何を言いたいのかはわかっている。本当に出来た女性だ。
ボクは再度ジョーイに向き直った。
「ジョーイ、短い間だけどいろいろお世話になったね。君のお陰で本当に楽しめたよ。まあ別にこれが今生の別れってわけでもないし、第一ここには君が一人前になるまで私のお金を預けておくんだ。早く一人前になって返してくれると嬉しいねぇ」
・・・もっとも人間の死なんてのは、けっこう呆気ないけどね。
ボクは前世での自分自身の最後を思い出して、その言葉を飲み込んだ。
「ヒユキ・・・俺は・・・」
うん、なにを言いたいのかはわかるよ。でもねぇ、君の幸せのためにはボクはいないほうが良いと思うんだ。
と、そんな空気を打ち破り、重い足音を立てながら強面の筋肉オヤジ――ガルテ副ギルド長が、急ぎ階段を降りてきた。
「どうかされたんですか、副ギルド長?」
ミーアさんの質問を無視して、ガルテ副ギルド長は真剣な顔で真っ直ぐボクの方へと向かってきた。
「ちょうど良かった、お嬢ちゃん。すまねえが、ちょいとギルド長が相談したいことがあるってんで、上に来てくれねえか?」
◆◇◆◇
焦げ臭い臭いが周囲に立ち込めていた。
配下の群れ以外に生きるものの居なくなったニンゲンどもの巣を見回し、それ――頭に5本の角を生やした、通常の大鬼より3周りは巨大な大鬼王は、不満の唸りを発した。
足りない。こんなささやかな餌では到底足りない。
もっともっと餌が必要だ!
その目はこの大森林より遥かな先、ニンゲンどもがウジャウジャと群れ集う巨大な巣を差していた。
その巣の名はアーラ。
大森林を抜け草原を横断しての大移動になるだろうが、途中途中に小規模なニンゲンの巣があるのはわかっている、小腹が空いたらそこで腹ごしらえをすればいいだろう。
途中、邪魔しようとするニンゲンどもがいるかも知れぬが、問題は無い。
なにしろこちらには大森林の大鬼の全部族約1500名と、配下の妖魔約5000匹がいるのだ。
まったく問題にならんだろう。
瞬時にそう結論を下した大鬼王は、全ての配下に号令を下した。
すみやかに全軍をもってニンゲンどもの巣アーラへ進撃すべし!!
ジョーイ君と緋雪ちゃんくっつけチャイナよ!
というご意見もあるのですが、いまのところジョーイ君では心身とも力不足かな、と判断しての今回の緋雪の決断でした。
まあ反対意見も多々ありそうですけど(`-д-;)ゞ
12/18 脱字の追加修正を行いました。
×いい線いってるて言われてたんだぞ!→○いい線いってるって言われてたんだぞ!