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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
149/164

最終話 夢薔薇色

 森閑とした空間に、しばし、びりびりと乱暴に布を破り捨てる音がして、それが収まると「ふっ」と満足げな男の吐息がこぼれた。


 余人を介さない閉鎖された神殿。


 この世界の創世神にして、この神殿の主である青い髪の青年――蒼神は、己の身体の下で小さく震える乙女――緋雪の姿を見下ろし、喜悦の表情を浮かべた。


 柔肌に引っ掛かるようにして残っていた、全ての衣装と装飾品を投げ捨てられ、一糸纏わぬ姿にされた彼女は、まるで生まれたての小鹿のように震え、それでも必死に束縛から逃れようとしている。だが、体格、体重、腕力。全てが大人と幼稚園児ほども差がある相手から逃れられるわけがない。


 薔薇のコサージュが床に散乱する中、ほっそりと白くて瑞々しい細腕と、褐色の肌に筋肉が浮き出た自分の腕が絡みつく対比に、青年は征服感と加虐心を満足させながら、手にした長剣――『真神威剣ヴァーサス・アマデウス』――を収納スペース(インベントリ)にしまい込み、再び無造作な仕草で少女の指を折った。


「かあああ――っ!!」


 とめどなく涙を流しながら、痛みに背筋を反らせる緋雪の胸をぎゅっと掴み、必死の抵抗を片手で封じる。


「そろそろ自動回復(リジェネレート)スキルの効果も切れてきた頃合でしょうかね? 折れる指がある内におとなしくしてもらいたいものですが」


 優しげに言い含めるように喋りながら、さらにもう一本指を折る。

 緋雪の口からはもう悲鳴は出ず、ぐったりと仰向けに横たわるだけの人形と化した。

 虚ろに見開かれた瞳に映っているのは、白々とした光を放つ石の天井と、その一箇所に突き刺さったままの愛剣『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』の輝き。


「そう、それでいい」


 満面の笑みで囁きながら、蒼神は改めて緋雪の華奢な肢体を間近で眺め、余すところなく視線を行き来させる。


 完成された成人女性の官能的な体つきとは違うが、まさにこれから花開く寸前の大輪の蕾を連想させる、未完成ゆえの儚さと、凛と張り詰めた処女雪の静寂がここにはあった。

 片手ですっぽりと覆える小振りの乳房はいまだ固めながら、形良く新雪の如き白い山肌に散る桜色の頂の、なんと可憐なことか。片手で握っただけで折れそうな細くくびれた腰つきと、丸みを帯びた腰に至るなまめかしさ。ひっそりと咲く花弁の奥に湛えられた蜜は、どれほどの芳醇な芳香を放つのだろうか。


 狂躁状態だった蒼神が、ごくりと唾を飲み込んだ。


「元男性でゲームデータを元に作られた肉体というバックボーンを知ってはいても、魅せられるものですね。まあ、もともとデーブータという男自体が、生身の貴方に恋慕し邪な気持ちを持ってましたからね。女性と化した以上、誰はばかることなく想いを遂げられるというものです」


 僅かに興奮で荒い息になりながら、蒼神は緋雪の下肢に手を伸ばした。

 愛撫と言うには荒々しい手つきで蹂躙され、緋雪の柳眉が苦しげに歪められる。


 そのまま無理やり事に及ぼうとした――瞬間、蒼神は微震のような僅かな揺れを感じて、不快げに顔を上げた。


「……なんだ? 虚数空間に設置されたこの場に影響を及ぼす攻撃だと?」


 パチリと指を鳴らすと、天井が全面スクリーンのように変化して、いままさに渾身の力で虚霧(きょむ)に向かって攻撃を加えている、真紅帝国インペリアル・クリムゾン旗下の従魔や協力者たちの姿が映し出された。


「ふん。ゴミどもが主同様、往生際が悪い」


 鼻を鳴らしてその必死の様子を嘲笑う。


「マグレで閉鎖空間を揺らす程度はできるだろうが、虚霧を散らすには到底足りん。虚しいあがき……いや、見上げた忠誠と言うべきかな? なあ緋ゆ――くっ?!」


 その自信に満ちた態度が、思いがけない衝撃で中断される。

 背中に突き立ったそれ――僅かな衝撃によって天井から落ちてきた、緋雪の『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』――を見て、蒼神のイラつきが頂点に達した。


薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)……こんなナマクラ!」


 刹那、一連の出来事を受けて瞬間的に生気を取り戻した緋雪は、身体を捻った蒼神の背中に向けて、指の折れた手を伸ばした。


「ぐっ――貴様っ!」


 慣れ親しんだ愛剣の柄を握ると同時に、蒼神に蹴りを入れて半ば這うようにして距離を取る。


 1回の回復量は全ヒットポイントの1割強であるものの、クールタイムの短いヒールを連発して、折れた体中の骨を繋ぐ。


「ふん、そんな玩具で俺の真神威剣ヴァーサス・アマデウスと勝負になると思っているのか? おめでたいな!」

 収納スペース(インベントリ)から、輝く黄金の長剣を取り出して哄笑を放ちながら、無造作に緋雪との距離を詰める蒼神。


 ようやく回復した緋雪は立ち上がると、踵を返してその場所(、、、、)目掛けて裸のまま走り出した。


「ははははっ。尻を振りまくって、誘ってるのか?」


 瞬間、蒼神の姿が消えた――瞬間移動にも等しい、H S M(ハイスピードモード)である。

 あっという間に追いつくと、その足首目掛けて真神威剣ヴァーサス・アマデウスを薙いだ。


「まずはその足癖の悪い足だな!」


 風を切る音がして、ぎらり、とした閃光が足元を掬う。

 ぎりぎり一歩速く、床に両手をつけた前転の形でそれを躱した緋雪は、近くにあった柱を足場にして、弾丸のような速度で蒼神目掛け空中を直進しながら突きを放った。


 だが、プレーヤーの持つ武器などでは自分にダメージを与えられるわけもない。余裕の表情でその場に立ち、真正面から受け止めようとした蒼神の目が、緋雪の手にした武器を見て愕然と見開かれた。


 緋雪が手にしているのは薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)である。それは間違いない。確かにプレーヤーメイドの武器としては最高レベルに達している剣ではあるが、GM特権として『Indestructible(破壊不能)』属性を帯びている自分の身体に通用するわけがない。

 だがしかし、いま緋雪が手にしている薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)には、本来の刀身の上に巨大な水晶塊のような刀身が被せられている。言うまでもない、それはもともとこの本体である真神威剣ヴァーサス・アマデウスに被せられていた鞘にして、神威剣(アマデウス)の刀身であった。


 ハッと気が付いて見れば、傍らにはデーブータの遺体が転がり落ちている。

 無闇に逃げていたわけではない。緋雪は最初からここを目指していたのだ。そして、言うまでもなく神威剣(アマデウス)はGMの肉体であろうと斬り裂くことができる!


「――この、クソアマーッ!!」

 この距離と体勢ではH S M(ハイスピードモード)でも避ける事は難しい。下手に無防備な姿を晒せば致命傷になる。そう瞬時に判断した蒼神は、真神威剣ヴァーサス・アマデウスでの迎撃を選択した。


「はあああ――っ!!!」

(シャア)ーっ!!」


 二つの影が交差し、キーン!と澄んだ音と、ザシュッ!という鈍い音が同時に奏でられた。

 肩甲骨の当たりから斜め一文字に切り裂かれた緋雪の小さな身体が、デーブータの遺体の上に、血と薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)ごと両断された神威剣(アマデウス)と一緒に崩れ落ちた。


「……つくづく、とんでもない奴だ」

 血の気を失い――それでも満足げに微笑んでいる緋雪の顔を見て、蒼神は憎憎しげに独りごちた。

 その視線が、自分の鳩尾辺りに刺さったままの神威剣(アマデウス)の両断された先端部分に移る。

「確定された未来がなければ俺が負けていたかも知れないな」


 ため息をついた口から、鮮血がこぼれ落ちる。


「やはりお前の存在はイレギュラーだ。……いや、やはり腑抜けたデーブータの代わりに『形成の書セーフェル・イェツィラー』が用意した後釜なのだろうな。既存のシステムをバージョンアップする為のアップデートファイル、おそらくはそれがお前の役割だろう」

 納得した顔で頷きながら、胸元から神威剣(アマデウス)の刀身を引き抜き、両手で挟んで粉々に砕いた。


「だが、運命は俺に味方した。決定された未来へと収束される……」

 半分熱に浮かされたように呟きながら、倒れたままの緋雪の元に歩みを進める蒼神。デーブータ、緋雪、蒼神3者から流れ出る血潮が交じり合い床を斑に染める。


 ふと、足元で何かを踏んだ手応えを感じて見てみると、砕けたデーブータの命珠の破片だった。

 血で赤黒く染まったそれを一瞥して、そのまま歩みを進めようとする蒼神。だが、その瞬間、散らばった命珠の破片が、赤と青の輝きを同時に放ち――やがて混じり合い、紫色の光を発しながら、一斉に倒れ伏す緋雪の、その下腹部――子宮の辺りへと飛び込むと、緋雪の身体全体が眩い紫色の光を放った。


「なっ、なんだ、これはっ?!?」


 あまりの光量に思わず足を止め、両手で目をガードする蒼神。




 ◆◇◆◇




 同時刻、同僚の蔵肆(くらし)をはじめとする面々に連れられ(というか口に咥えられて運ばれ)て、虚霧(きょむ)の真上へときていた陸奥(むつ)が、眠りの中、夢うつつに通り過ぎる長身の人影へと向かって、静かに語りかけた。


「……道は作りましたぞ、御子様。姫様をお願いいたします……」


 それに応えて、しっかりと頷く“彼”の頼もしい後姿に、陸奥はこの上ない笑みを浮かべた。




 ◆◇◆◇




 ようやく光が収まり蒼神は瞼を開いた。

 変化がないはずなのに、どこか色褪せて見える周囲の光景に鼻白みながら、視線を戻したその目が驚愕に見開かれた。


「貴様、何者だ?! どこから入ってきた!?」


 そこにいたのは15~16歳と思える背の高い少年であった。髪の色は黒に、一房だけ前髪に色違いの銀髪が混じっている。瞳の色は右が緋色で左が青色の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)。鍛えられた肉体に、黒の軍服のようなコート付きの衣装を纏っている。顔立ちは一目見て忘れられないような美貌だが、現在はどこか不機嫌そうなやぶ睨みの目つきが全てを台無しにしていた。


「ここに入れるのは俺か緋雪のみ! それ以外の因子はフィルタリングされて拒絶される筈。どうやって入った?! いや、緋雪はどこへ消えた?」


 見れば、本来その少年のいた位置に居た筈の緋雪とデーブータの遺体、その両方の姿が消えていた。


「……どこにも行かない。ここにいるさ」

 自分の胸を指しながら、少年は背中に背負った鞘から、黄金に輝く長剣を抜いた。


真神威剣ヴァーサス・アマデウスだと?! 馬鹿な!」

 自分が手にしている剣と寸分違わぬそれを確認して、蒼神に狼狽が走る。

「貴様、まさかゲームマスターか!?」


「違う」

 手にした真神威剣ヴァーサス・アマデウスを正眼に構えて、少年は言下に否定した。

 ただ立っているだけでも、自分を圧倒するエネルギーを少年に感じて、対峙する蒼神の額に汗が浮かんだ。

「貴様は言ったな。この場はフィルタリングされ、自分と彼女の因子以外は侵入できない、と。なら逆を言えばその因子を併せ持つ存在ならば、この場にあってもおかしくはないということ。……まだわからないのか、愚かな俺の半身の暗黒面よ」


 静かに語られるその言葉に、怪訝な表情を浮かべた蒼神ではあったが、やがてその表情に理解の色が浮かんできた。


「……まさか。まさかお前は俺と緋雪の……?」

 喘ぐように問い掛ける。

 少年は無言で肯定した。

「………」


「馬鹿な! 矛盾している。なぜ未来に存在するお前がここにいる?!」


 狂乱ともいうべき蒼神の取り乱し様をつぶさに観察しながら、少年はどこか誇らしげに答える。

「母の愛が俺を産んでくれた。養父母たちの慈しみが、たくさんの人々の思いやりが俺を育ててくれた。そして、今を生きる全ての存在が道を切り拓いてくれた。――この場は時空間から隔離されたディラックの海に浮かぶ特異点なのだろう? そして未来が確定しているならば、時間の前後関係は関係なく、俺という因果律の結果が存在することになんの矛盾もない」


「それが……それが仮に事実だとして、貴様が俺に剣を向ける理由はなんだ?! いや、無駄だ、親殺しのパラドックスによって、貴様が俺を殺すことはできん!」

 話している間に正気を取り戻したのか、蒼神が勝ち誇った口調でそう言い切って、同じように少年に向け剣を向ける。


「いいや。すでに俺という存在が観測され確定している以上、直線的因果律を解脱し、円環状のさながらウロボロスの蛇として因果律に俺の存在が組み込まれている。故にこの場でお前を斃したところで、自分の存在を抹消することはない」


 少年の揺るぎのない言葉に、再び蒼神の顔に恐怖が宿った。


「馬鹿な! そんなことをして何の意味がある?! 仮に貴様が俺を斃した場合、創造神としての権能は無限ループの因果律に内包され、有名無実となるぞ!? いわば神不在に等しい! 世界を滅ぼすつもりか!?」


「滅ぼすんじゃない。世界の権利を世界に帰すだけだ。それが母の願い。薔薇色の未来は誰かが作るんじゃない、自分たちで茨を切り拓きながら作るんだ」


「この脆弱な世界にそんな力はない!」

 絶叫しながら蒼神がH S M(ハイスピードモード)全開で、少年に向けて真神威剣ヴァーサス・アマデウスを振り下ろした。


 だが迎え撃つ少年の踏み込みと剣閃は、それを遥かに上回った。

「……人の力を信じられない。それが父達よ、あなた方の限界だ。人間は強く逞しい。そして世界は広い。どこでだって生きていける」


 その言葉が聞こえていたのかいないのか。一瞬の交差の後、存在核の全てを破壊された蒼神の姿が、素粒子レベルで破壊され拡散した。後には真神威剣ヴァーサス・アマデウスだけが墓標のように突き立っているばかりだった。

 同時にこの部屋――いや、空間自体が地震の様な、猛烈な震動に包まれる。


「奴が死んだことで亜空間が不安定になったか」

 呟く少年の身体にもノイズのような歪みが走った。


「どうやら俺がこの時間軸に居られるのも僅かなようだ。とは言え今現在なら『形成の書セーフェル・イェツィラー』にアクセスして、創造神としての権能が使える筈。最後に1つ……いや、2つばかり『奇跡』を起こしておかないと」


 半眼になった少年の手から真神威剣ヴァーサス・アマデウスが消え、代わりに光り輝く赤い球が生まれ、両掌で抱えるような形で徐々に成長し、一定の大きさになったところで弾け飛んだ。


「これで虚霧は消えた筈。あとは……」


 その少年の姿は随分と薄れ、いまにも消えそうな電灯のように存在が希薄になってきていた。

 再度、広げた両手の間に、30センチほどの紫色の柔らかな光の塊が発生した。


「これをどうするのかは母さん、貴女に任せます。ですが、貴女が俺を信じてくれたように、俺も貴女を信じています。――ありがとう母さん、俺を産んでくれて」


 その感謝の声を最後に、少年の姿は消え、入れ替わるように緋雪が――この部屋に入ってきた時と変わらぬ姿と衣装を纏った姿で――現れ、目を閉じたまま、ゆっくりと崩壊して行く蒼神の神殿とともに、真っ白な空間へと落ちて行った。

 緩やかに胸の前で組み合わされた両腕の中には、少年が最後に生み出した紫色の光と、黄金色に輝く長剣『真神威剣ヴァーサス・アマデウス』が握られていた。


 ……完全に神殿が虚空へ消える寸前、緋雪は愛しげにその名を呟いた。


「――紫苑(しおん)




 ◆◇◆◇




 虚霧の突然の変化に、その場に集結していた真紅帝国インペリアル・クリムゾンの万を数える精鋭たちが、最大限の警戒体勢で一斉に距離を置いた。


「何事だ?!」

「不明です。これまでにないエネルギーの変動を感知。いや、これはまた別の正体不明のエネルギーが?」

 一団のリーダーである【黄金龍(ナーガラージャ)天涯てんがいの問い掛けに、周参(すさ)が夥しい数の分身体とリンクしながら、冷静に答えた。


 虚霧の表面に真紅の輝きが斑点のように現れ、見る間にその面積を拡大していく。


「赤――これは、もしや姫陛下がなにかされているのでは?!」


 急上昇で上空に待機した蔵肆(くらし)の背中から、この様子を逐一観察していたオリアーナ皇女が、咄嗟に浮かんだ想像を口に出した。


「……だとしたら、どちらが勝ったんだ」

 同じく上空に逃れていたレヴァンが、奥歯を噛み締めながら誰にともなく問い掛ける。


『…………』

 無論、誰も応える者もいない。


 やがて全員が見守る中、虚霧全体へと広がった赤い光が一瞬、強い輝きを放ったかと思うと、あっけなくシャボン玉が割れる感じで、虚霧が消え去った。


『……消えた?』


 一目瞭然の事実だが、思わず……という感じで、全員が力の抜けた呟きが漏らした。


「――姫っ! 姫はご無事か?!」

 はっと我に返った天涯が、血相を変えて周囲を見回す。


 虚霧が消えた大陸中央部、そこは見渡す限りの鬱蒼とした大森林と化していた。地平線の彼方まで続く緑の樹海と、広大な大河、群れ集う鳥や獣達。

 かつての文明の痕跡すらない、手付かずの自然を前に呆然としていた一同だが、天涯の叫びで正気を取り戻すと、次々と地上へと飛び降りて緋雪の捜査を始めた。


「姫様、見つけた」

「発見しました。この真下です」

「ご無事でございます!」


 探査系の能力の持ち主である、八朔(ほずみ)、周参、始織(しおり)が、同時に歓声を上げた。

 その言葉に緊張していた場の空気が緩み、続いて、その意味するところ――緋雪が勝利を収めたこと――を理解した彼らが、一斉に喝采と勝利の雄叫びを上げた。


『うおおおおおおおおおおおおおっ――――っ!!!! 姫様万歳っ!!』

『インペリアル・クリムゾンよ、永遠なれ――っっっ!!!』

『勝利は常に姫様とともに!!!』

『姫様! 我らが姫様!! 我らが光!!!』


 その勢いの凄まじさに、周囲数十キロ圏内の魔物や動物たちは、一斉に逃げ出し一時騒乱状態になった。仮に近くに人里があれば、おそらく『暴走』(スタンピート)に巻き込まれてひとたまりもなかったことだろう。




 ◆◇◆◇




 地鳴りのような聞き覚えのある騒音に、ボクはまどろみから無理やり意識を覚醒させられた。


 ――眠い。疲れた。今日くらいゆっくり眠らせてよ……。


 なんとなく横になっている場所が、ベッドではなくもっと固いような気がしたけれど、眠気が先に立って自堕落に、ごろりと姿勢を変えて横になる。

 その拍子に何かがお腹の上から落ちて、もぞもぞと動き回り、顔の方へと近づいて来たかと思うと、ぷにぷに頬を軽く触ったり、つんつん髪の毛を引っ張ったりして、ちょっと鬱陶しいかなぁ……と思ったところで、


 ――ちゅっ。


 唇に甘い感触を感じて、ボクは慌てて目を見開いた。


「なっ――誰っ?!」


 見れば、まだ生後4~5ヶ月くらいに思える赤ん坊が、慌てふためくボクの顔を不思議そうに見ていた。


「……って、本当に誰?」


 勿論、赤ん坊が答えるわけもない。けどなぜかニコニコ笑いながら、這い寄ってくるので反射的に抱き上げた。

 どうやら男の子のようだ。まだ赤ん坊だっていうのに、将来が楽しみな整った顔立ちをしている。黒髪に前髪のところに一部銀髪が混じっている。特徴的なのは瞳の色で、右が緋色で左が青色の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)だった。


「なんか中二病満載な特徴の子だねぇ。親はどこかなぁ」

 途方に暮れるボクの困惑など知ったことじゃないとばかり、その子はなぜか安心しきった顔でこっくりこっくり船を漕ぎ出した。


 思わず振り仰いだ空は晴れて、どこまでも澄んだ青が広がっていた。

 改めて周囲を見回してみれば、ジャングルの中にぽっかりと円形に空いた更地――まるで、何かの建物があったのが消え去ったかのよう――のど真ん中の地面に座り込んでいる。


 はっとして自分の恰好を確認してみたけれど、虚霧に乗り込む前の装備と変化がない。虚霧も消えていて、まるで夢のようだけれど、夢じゃない証拠にボクの傍らには、2メートルほどの黄金の剣『真神威剣ヴァーサス・アマデウス』が転がっている。


「結局、どーなったのかなぁ?」

 最期は、蒼神相手に相討ち狙いで剣を振るった覚えがあるけれど、その先は記憶にない。虚霧が消えているってことは、撃退できたってことなんだろうけれど、そうであるなら『創造神』となっている筈。けど、そんな実感はまるでない。わけのわからない状況に、ボクは首を捻った。


 やがて、ボクを呼ぶ大勢の声が天空や四方八方から聞こえてきた。

 どうやら空中庭園の皆もこの場に集まっているらしい。


 最悪、また別世界にでも来たんじゃないかと心配していたけれど、どうやらそういうこともないようで、ボクは安心して赤ん坊をあやしながら立ち上がった。


 それから、もう一度青空を眺めて目を細めた。


「今日もいい天気らしいねぇ」


 取りあえず変わらぬ今日があるだけで幸せだと、自然と微笑が浮かんでいた。

@1話、エピローグを入れる予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 結局、誰か一人を選ぶことなく落胤が…… でもこれでようやくブタクサ姫の方であった蒼神の恋人説が理解出来た
2021/07/25 19:14 退会済み
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