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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第二十七話 喪神壊天

 蒼神は自分の胸元から生えた剣先と、半ば分断された己の上半身を確認して薄く笑った。


「……運命をひっくり返したか。流石は緋雪だな……そう、未来は直線ではない。いかに確率が高かろうと未確定の事象であり……お前は自分の望んだ未来をその手にできた。過去を振り返ってばかりの俺とは違う……見事だ」


 穏やかな表情と口調でそう言われ、神威剣(アマデウス)を押し込む手が一瞬止まった。


「――だが、まだまだ(ぬる)いな」

 蒼神は笑ったまま床に落ちているものを掴むと、串刺しになったまま片手で無造作にそれを放り投げてきた。


 それはボクが手放した愛剣『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』だった。

 顔面目掛けて飛んできたそれを躱すため、咄嗟に神威剣(アマデウス)から手を放す。

 間一髪、顔の脇を通過した『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』が、澄んだ硬い音を立てて天井へ突き刺さった。

 その瞬間、こめかみの辺りに強い衝撃を受け、ボクの意識が、二呼吸ほどの間刈り取られる。


 さっきとは逆だ。わざと追い込まれたフリをして隙を作り、動きを単調にして誘い込み、相手の武器を利用して反撃した。ボクの手と同じ。

 そう、相手の武器が使えるなら、蒼神にとってもそれは同じこと。これ見よがしにボクの『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』を使って見せて、動揺して動きが雑になったところを、素手で殴り飛ばされたのだ。


「甘い。さっさとトドメを刺せば良いものを、どこかで手心を加えようとするから、こうなる」


 胸元を貫通させたまま、刀身を掴んで床から抜き出し、立ち上がった蒼神がさらに力を込めて、剣を抜こうとする。


「させないっ!」

 痛みを無視して叫びながら突進したボクは、抜き取られようとする神威剣(アマデウス)の刀身を鷲掴みして、掌が切れて血が流れるのも構わず、そのまま力任せに真横――蒼神の心臓を両断する手応えを感じながら――へと、一息に押し込んだ。


 蒼神の身体をほぼ胸の部分で分断し、自由になった手の感触でようやく一時の興奮状態が治まったボクは、神威剣(アマデウス)の刀身から手を放した。


 甲高い音を立てて神威剣(アマデウス)が床へ落ちる。


 蒼神の傷からとめどなく流出する血潮が床にこぼれ、黒のローファーを履いたボクの足元を真紅に染めていった。


「くはははっ! まったく……手間取らせてくれたものだ」

 途端、瀕死の蒼神の口から吐血と哄笑が漏れる。

 その余裕の声に、ボクの中の警戒感が再び高まった。


 バックステップで距離を置くボクを、いまだ立ったままの蒼神が目で追い駆けながら、軽く苦笑を漏らした。

「安心しろ。俺の命脈は断たれた。俺の負けだ、従容と滅びを受け入れるのみ――今更、再戦など挑まん」


 ほっと肩の力が抜けたけれど、ボクの安堵は次の一言で吹き飛んだ。

「多少不安な面もあるが、まあ兎に角お前は『神殺し』を成し遂げた、古い神を殺してより強く若い神が成り代わる、『金枝篇』でもお馴染みの通過儀礼(イニシエーション)だが、これでお前が俺の居た座に就かざるを得ない……おめでとうというか、ご愁傷様と言うべきか……まあ、後のことは任せるぞ」


「ちょっ、どういうこと!? 神に成り代わるとか、そんなの望んじゃいないし、お断りだよ!!」


 慌てて詰め寄るも、蒼神は安らいだ――いっそ相好を崩して答えた。

「そう言われても、な。先に言ったろう『この場を維持している俺を斃さない限り逃れることはできない。』と、維持する者が居なくなれば俺の世界は崩壊する。

 地球世界のように、個々人のカルマ値が高く意識・無意識の観測で世界を定義し、神不在であっても確固たる法則を築いて揺るぎがない、ある意味完成された世界と違い、まだまだ幼く脆弱なこの世界には『神』が必要なのだ。そのため先代の神――まあ、魔王でも呼び名はどちらでも良いが――が斃されれば、自動で斃した勇者が、その座を受け継ぐようになる。受け継がねば、世界は早晩崩壊するだろう」


 なにその、いきなり死んだ親の莫大な借金を背負わされるような理不尽な展開は?!

 しかもキャンセルしようにも、怖いお兄さんたちがバックに居て、詰んでる状態からどーにかしろっていう投げっ放し感は!!


『この場』って言うから、てっきりこのメンタルとタイムの部屋みたいな空間だけを指しているんだとばかり思っていたら、『世界』そのものなんて詐欺だ――っ!!!


「永かった……」


 心臓を両断された状態で相当苦しいはずだけど、朗らかに笑いながら蒼神は続けた。


「『形成の書セーフェル・イェツィラー』によって世界構築のシステムに組み込まれた俺は死ぬことも出来ず、またシステムにとっては社会や生態、価値観の多様性の観測とデータの収集こそが重要であり、それを総括した『世界』そのものにこそ関心はあれど、個々人の生命など計上するものではないとの認識から、『綾瀬奏(あやせかなで)』もしくは『緋雪(ひゆき)』個人を復活させるという、俺の個人的な願いは叶わなかった」


形成の書セーフェル・イェツィラー』の傲慢さを責めるべきか、『世界』を創るという命題を無視して、死んだ人間を個人の都合で勝手に生き返らせようとした蒼神の身勝手さを責めるべきか、どっちもどっちと思えて、ボクは黙って話を聞いた。


 それにしても、いまさらだけどここにいるボクって何者なんだろうねぇ? 蒼神が作った複製じゃないとは思う(まあ、自分が本物だと信じている偽者の可能性もあるんだけど)けど、この場に居るということは、誰かの明らかな作為を感じるねえ。


「……とは言え実体として存在する以上、いつまでもただ独りではいられなかった。まあ、主観時間で5000年程は人間の存在しない世界にいたのだが、それを(よし)としない『形成の書セーフェル・イェツィラー』の干渉により、一部の動物が進化し獣の特徴を持った人類に酷似した種族が生まれたため、やむなく俺は人間の存在する世界を構築した。せめて醜い争いと無縁でいられるように、他種族と競合しないよう手厚く保護し、惜しみない助力を与え。だが、そうした場合必ずと言っていいほど、人間は堕落するか無気力となって衰退していった……」


 蒼神は大きくため息をついた。


「ならばと規範や道徳を宗教という形で浸透させ、さらに目に見える数値として『カルマ値』を設定したが、これまた時間の経過と共に個人・民族間の差別を助長する温床へとなった。

 人間同士がわだかまりを捨て手を取り合う方法はないのか? 俺は人間以外の外敵を作ることで協力体制を構築できるのではないかと、『E・H・O』エターナル・ホライゾン・オンラインMOBモンスターデータを元に、魔物を作り出しこれと敵対するよう仕向けた……だが、いつも同じだ。その場しのぎの対処療法にしかならず、人間は必ず堕落し、相争う。何度壊し、やり直したことか……まるで砂時計を毎度引っ繰り返すように、変わらぬ毎日の繰り返し。

 いつの間にか、理想の世界を作るという目的は見失い、惰性で日々を過ごしていた。死にたくても俺と言う存在は世界のシステムに組み込まれ、不可分と化しているためにそれすらできない。可能性としては『神殺し』が存在するのであれば、俺は解放される……だが、脆弱なこの世界からそうした者が生まれる可能性は、ほぼゼロに等しかった」


「――って、ちょっと待った! なんか妙に君の言動と感情がチグハグ……『俺のモノ』とか『オンナになれ』とか言うわりに、どーにもやる気がないというか、ぶっちゃけ欲情してる様子がなかったけど、つまるところ私のことなんてなんとも思ってなくて、ただ単に怒らせて自分を殺させ、嫌な役目をバトンタッチするのが目的だった――ってことだよね、それって!?」


 こんだけ堕落したこの馬鹿者のことなんて1ミリたりとも好きじゃないけど、好きでもないのに「好きだ」と連呼されて、「嘘ぴょーん」って、なんかそれはそれでムカつくねえっ!


 ボクの不本意そうな顔を見て、蒼神――いや、デーブータさんはほろ苦く笑った。

「いまさらだが、俺にとって君は特別なひとだ。だから……変わらぬ君がこの世界に現れた時、思った。君にこの世界を託そうと。君は俺が間違っていると言ったが、その通り……俺は間違っていたのだろう。だが、間違いを正していまさら善人面をするには、俺の手は汚れ過ぎている。……だから、最後に全ての過ちと、全ての罪を背負って俺は逝く。迷惑を掛けることになるが、どうかこの世界の行く末を頼む」


 そう言うと、デーブータさんは力尽きたのか、その場に崩れ落ちた。


「………」


 段々と命の火が消えかけているのだろう。苦しい息の下、俯いて肩を震わせているボクを見て、蒼神が満足げに微笑んだ。

「……泣いてくれるのか。だが悲しむことはない。また、君に罪はない。あるのは神の名を騙る罪人が1名消え去り、この世界の不幸が終わるのだから」


 穏やかなその言葉に、とうとう我慢できなくなったボクは、顔を上げて倒れ伏すデーブータさんの胸元を引っ掴んで、無理やり上半身を引き上げた。

「だから君は駄目なんだよっ!!」


 怒りに震えるボクの剣幕に、棺桶に身体の9割方突っ込みかけていたデーブータさんが、戸惑った顔で続く言葉を飲み込んだ。


「なんでそう安易に諦めるわけ! 自己完結で全部決めるの!? この世界に生きる人をどうして信じないの!! だいたいねぇ、皆が皆、自分に出来ることを背一杯頑張っているっていうのに、狭い世界に属して、なに満足してるわけ!? なにが『この世界の不幸が終わる』だ! 知った口をきいて! 自分で前に進まず、他人任せにして……怖いから目をつぶっていただけじゃない! 最期は死に逃げ? それも面倒事は人に任せて!」

 ボクは右手に『完全蘇生(リザレクション)』の魔法の光を灯した。

「このまま状況に流されて、おちおち死ねると思わないことだね! 死ぬなんて許さない――君には生きて償ってもらうよ!」


 宣言するなり有無を言わさず右手をデーブータさんに向ける。

 ボクの本気を感じたのだろう、唖然とした彼の顔が、困惑、苦悩、煩悶……と次々に変化して、最後に諦めに変わった。


「まあ、それほど難しく考えることはないさ。さっきの話じゃないけど、半分くらいは私が肩代わりしてあげるから。――あ、オンナになるとかいうのはナシでね」


 ボクの言葉に苦笑して、デーブータさんは目を閉じて頷いた。

 安心して完全蘇生(リザレクション)を彼に掛けようとした――瞬間、ゾブッという鈍い音が自分の体内から響いてきて、同時に猛烈な熱さを下腹部辺りに感じた。


「……え……?」


 見れば、デーブータさんの半ば断ち切られた傷口から、細い男の右手が蛇のように伸び、一撃でLv99の戦闘ドレス『戦火の薔薇アン・オブ・ガイアスタイン』を貫手がやすやすと貫いていた。ボクの背中に鋭い爪の先端が現れている。


「が――はあっ!?」

 これらを認識した途端、カッと燃えるような猛烈な痛みとともに、口から大量の血が流れた。


 ブン!と、まるでゴミでも掃うかのように一振りされた腕によって、軽々と放り投げられたボクの身体が、近くにあった石柱に叩き付けられて、ずるずると血の跡を残しながら床へと落ちた。


「ぐ……く……う」

 通常のヒールでは足りないので、上位呪文の連発プラス自動回復リジェネレートスキルの重ね掛けをして、一息に危険領域(レッドゾーン)に突入する勢いで減少しかけていたヒットポイントを、多少手間取りながらも満タン状態に戻し、風穴を開けられたお腹の傷も消すことができた(まあ、穴の開いた『戦火の薔薇アン・オブ・ガイアスタイン』は修理するしかないけど)。


 それから投げられた衝撃でふらふらしながらも、立ち上がったボクの目の前で、デーブータさんの肉体の殻を破って、白い手――いつの間にか左右両手に増えていた――が、メキメキと傷口を上下に軋ませながら、さながら昆虫が脱皮するが如く、割れ目を押し広げ、筋肉繊維や血管を引き千切り始める。


 あまりのグロテスクさに目を背けたくなるのが我慢して見詰める間に、すでに意識のない(死んでいる?)デーブータさんの抜け殻を破り捨て、一人の男が上半身を持ち上げた。その男は、青い長髪を一振りして、ボクの顔を見ると、にやりと嗤い下半身も引き抜いて、軽やかな仕草で床の上へと舞い降りた。


 見た目は20歳前後の青年に見える。人種は不明。身長は185センチ前後ってところだろうか。等身は高くて手足が長い、無駄な筋肉やまして贅肉など一切ない野生動物のようなプロポーションだった。

 瞳は海のような蒼で、彫りの深い顔立ちは中性的で、そこには男性の逞しさと女性の優しさ、同時に男の暴力性と女の残酷さが混在していた。


「まったく、どこまでも使い物にならない出来損ないだ。――お陰で、この俺が表に出ないとならんとは」


 面倒臭そうに言うデーブータさんから出てきた謎の男は無視して、ボクは事切れているデーブータさんへ向けて、改めて中断していた、完全蘇生(リザレクション)を掛けようとした。その瞬間、魔法のように(ま、実際魔法なんだろうけど)、男の掌の上に、部屋の隅に1個だけ残っていた無色透明の『命珠』が現れた。


「おっと。俺が居る状況で、この馬鹿を復活させるのは二重存在の矛盾を生じさせる。そいつは御免こうむらせてもらう」


 意味不明な戯言を無視して、ボクはデーブータさんへ向け完全蘇生(リザレクション)を放つ。


 パキン!と軽い音を立てて、男の手の中にあった命珠が粉砕され、同時に完全蘇生(リザレクション)がデーブータさんの身体を包んだ。

 けれど――


「効かない?! なんで?」


「命珠を破壊したからな。存在自体が消え去ったんだ、完全蘇生(リザレクション)は効果がない」

 手の中に残った命珠の残骸を、デーブータさんの死体の上に投げ捨てながら、男は軽い口調で答えた。


「命珠って……なんで、それって……?」


 疑問が多すぎて言葉にならないボクを見て、男はサメのように尖った歯を見せて嗤った。


「奴はこれをお前――いや、『エターナル・ホライゾン・オンライン』の『緋雪』のデータが入っていた抜け殻だと思っていたようだが、事実は違う。奴は何度も自分のことを『空虚』と言っていたが、まさにその通り、この『透明の命珠』こそが奴自身の命珠だったのさ」


 足元に落ちているデーブータさんだった遺体を見下ろし、哄笑を放つ謎の男。

 彼の言葉を無視して、何度か完全蘇生(リザレクション)を掛けたけれど、宣言通り効果がないのを実感して、ボクは諦めて意識の矛先を、この謎の男へと向けた。


「――で、そういう君はいったい誰なのかな?」


 ボクの問い掛けに青年はニマニマ笑いながら、おどけた調子で肩をすくめた。

「見ての通り、このデブの『中の人』って奴だ。いまさらだが、ハジメマシテと言うべきかな緋雪ちゃん? 俺が蒼神であり、『形成の書セーフェル・イェツィラー』に世界創造を委託された、この世界の真の創造主となる」


 そう大仰に両手を広げて堂々と宣言する自称・真の蒼神。


 確かに見た目は神々しくはあるんだけれど……なんでこいつも素っ裸のまま、恥ずかしげもなく見せびらかすんだろうねぇ!?



 ボクはなんかいろいろ一杯一杯のせいか、どうでもいいことを考えて、ため息をついた。

中の人登場ですが、ラストスパート。

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