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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第十八話 万白一紅

 相変わらず虚霧(きょむ)は視界のほぼ全てを占有し、こぼれたジュースがテーブルクロスに染み渡るように、僅かに残った大地をじわじわと侵食していた。


「――ふむ?」


 取りあえず魔導人形を使った時と同じように、歩いて虚霧へと向かう。もちろん今度は生身だけど。

 で、同じく10メートルほど手前で立ち止まり、ボクは左手を前に伸ばしながら呼びかけた。


薔薇の棘(ソーン・オープン)


 キーワードを唱えると、左手装備『薔薇なる鋼鉄アイゼルネ・ユングフラウ』の表面に巻き付いている薔薇の蔦が解放され、数本の鞭となって地面に広がる。


「よっ――と!」

 手首のスナップだけでそれを虚霧へと向かって振るう。

 ただの霧を相手にしているかのように、なんの手応えなく吸い込まれた――それを素早く手元に引き戻したが、僅かに手応えが軽くなった気がして見ると、案の定、霧に突入した部分が綺麗に削ぎ落とされていた。


「やっぱり、Lv99装備でもほぼ瞬殺だね。本当に大丈夫なのかな……?」


 不安半分…どころか九分九厘の心持で首を捻りながら、蒼神が寄越した『通行証』を掲げて、虚霧へともう何歩か近づいてみた。


「………」

 はしたなくも生唾を飲み込み、あと3~4メートルほどで虚霧に触れる――と思った瞬間、『通行証』から青い閃光(ブルー・フラッシュ)が迸り、ボクの身体を包み込む泡のような丸い光の膜が形成され、

「ぐおっ……!!」

「!!」

「あ痛――っ!」

「――くっ」

 従魔合身していた天涯(てんがい)、影の中に潜んでいた刻耀(こくよう)、『隠身(ステルス)』で姿を消してストーキングしていた影郎さん、空気中の水分と見分けの付かないレベルでまとわり付いていた零璃(あまり)の4名が、一斉に膜の外へと押しやられた。


「と、とととと。――みんな、大丈夫?!」

 慌てて何歩か後退すると、光の膜がシャボン玉みたいに消えた。


「大丈夫です。いきなり弾き飛ばされた衝撃に戸惑っただけです」

 黄金龍(ナーガラージャ)形態の天涯が、一声咆えて人間形態になると、軽く全身に付いた土埃を払いながら一礼した。


「――にしても、自分の隠身(ステルス)はともかく、従魔合身も無効ですか。これは厳しいですな」

 影郎さんも珍しく渋い顔だ。


「やはり駄目でしたか。どうやらどのような手段を用いようとも、姫様以外はフィルタリングされるようですな」

 悪い結果がでるにはでたけれど、予想していたという口調で周参(すさ)が淡々と分析する。それから、十三魔将軍でネイティブ・アメリカンの衣装を纏った半人半蜘蛛の【蜘蛛女神(コクヤングティ)始織(しおり)に視線を巡らす。

「姫様に付けた“糸”の方はいかがですかな?」


「防御膜の展開と同時に全て消滅いたしました」

 申し訳なさそうに頭を下げる始織。


「――結局、私以外はお呼びじゃないってわけね」

 あからさま過ぎる罠だねぇ。


「やはり反対です! このような姑息かつ悪辣な仕掛けを施す(やから)が待ち構える場所へ、姫がお一人で行かれるなど到底容認できません!!」

「そうだなあ。ただでさえアイツは緋雪さんに異常な執着を見せてたんだ、文字通り鴨葱も良いところだ。止めておいたほうがいい」

「そーよ! アイツがどんだけ変態で異常でキモいか教えてあげたでしょう! 女の子になってから日が浅いからピンと来ないかも知れないけど、身体と心に刻まれた傷はそりゃもう一生拭い去れない痛みなのよ!」

「逃げましょう、お嬢さん。世界の果てまでも。なに、自分の稼ぎでお嬢さん一人くらいは食わせていけます」


 この結果を受けて、天涯、らぽっくさん、タメゴローさん、影郎さんが口々に蒼神との直接対決を思いとどまるよう進言し、詰め寄ってきた。

 あと、影郎さんがどさくさ紛れに手と手を取り合って、そのまま駆け落ちしようとしたけど、稀人(まろうど)九印(くいん)凱陣(がいじん)琥珀(こはく)も一緒になった一団に取り囲まれて、タコ殴りされていた。

「てめーっ、この野郎、オレたち非公認ファンクラブの前で抜け駆けしようなんざ、いい度胸だ!」

「死ね、このボケっ!!」

「おおおおぅ! なんかドサクサ紛れに関係ない奴まで参加してるんと違いますか?!」


 ……取りあえず、見なかったことにして話を進める。

「まあ、私としても率先して係わり合いになりたい相手ではないんだけどさ」

 というか、知らずに済んでいれば、どれほど心穏やかであったことか……。

「相手の方から喧嘩を売ってくるんだからね。やり返さないわけにはいかないでしょう」


「ですが、状況を鑑みるにいささか不利かと……」

 普段であれば決して口に出さない気弱な発言が出てくるということは、天涯も勝ち目がないのはわかっているんだろうね。


 まあ、客観的に考えて有利な要素がなーんにもないからねえ。

 なにしろ相手は一切の攻撃を受け付けない上に、GMの持つ最強武器まで持っていて、なおかつこちらは身一つで敵地(アウェー)での対戦。ぶっちゃけ幼稚園児が目隠ししてパンチ一発で、ボクシングのヘビー級チャンピオンを倒せって言う位かそれ以上の無茶振りだろうね。


「まあ結果がどうなるかはわからないけど、だからといって目を閉じて、家に閉じこもっているってのも業腹だしね。一発位ぶん殴らないと気がすまないからさ。それに第一、空中庭園にいれば安全なんて保証もないしね」

 軽く肩をすくめて付け加える。

 多分、蒼神が本気になれば、空中庭園も危ないんじゃないかな。今のところは生殺しで、じわじわボクを追い立てている段階だけど。この世界が虚霧(きょむ)に覆われた次は、直接乗り込んでくる公算が高い気がするよ。


 そのボクの言葉に制裁の手を休めた――というか、気が付いたらいつの間にか殴られていた筈の影郎さんが消え去り、代わりに制裁対象が九印に入れ替わっていた(けど全員気が付かないフリをして私刑(リンチ)を続行している)――稀人が、懐かしげな表情で相槌を入れてきた。


「変わらないですねえ、姫様。俺の時もそれでやりあったんでしたっけ」


「そーいうこと。いちいち先のことを気にして、何もしないのは私の流儀に反するからね。間違っているかも知れないし、後悔するかも知れないけれどね。でも、やっぱり逃げ回るのは嫌だからね。だから自分らしく行くことにしたのさ」


 結局は我儘だとわかっている。こういえば皆、納得はできないまでも止めることができないことも承知だ。だから、

「――ごめんね」

 そう言うしかなかった。


「……お嬢さん、それは掛ける言葉が違いますわ」

 いつの間に復活したのか、影郎さんがけろりとした顔で人差し指を振った。それからその指で、周囲を取り囲む、ボクを心配して見送りに来てくれた面々を指差した。


四凶天王。

 天涯(てんがい)黄金龍(ナーガ・ラージャ)

 命都(みこと)熾天使(セラフィム)

 空穂(うつほ)【白面金毛九尾の狐】

 刻耀(こくよう)暗黒騎士(ダークナイト)


十三魔将軍。

 斑鳩(いかるが)【ヨグ=ソトース】

 出雲(いずも)【アザゼル】

 白夜(びゃくや)【ハヌマーン】

 牙門(がもん)【テューポーン】

 武蔵(むさし)沈黙の天使(シャローム)

 真珠(しず)【デモゴルゴン】

 森螺(しんら)【バロン】

 始織(しおり)蜘蛛女神(コクヤングティ)

 那智(なち)【ジャバウォック】

 久遠(くおん)神魚(バハムート)

 鞍馬(くらま)死神王(ア・プチ)

 泉水(いずみ)守護精霊(フェイ)

 綺羅(きら)鍛冶王(テルキーネス)


七禍星獣

 零璃(あまり)【水の最上位精霊(番号外)】

 壱岐(いき)魔剣犬(ソードドック)(欠番)】

 双樹(そうじゅ)緑葉人(グリーンマン)(欠番)】

 周参(すさ)観察者(ゲイザー)

 蔵肆(くらし)【翼虎】

 五運(ごうん)五雲(ごうん)【麒麟の麒(雄)・麟(雌)】

 陸奥(むつ)白澤(はくたく)

 七夕(たなばた)【アプサラス】

 八朔(ほずみ)雲外鏡(うんがいきょう)

 九重(ここのえ)鬼眼大僧正(きがんだいそうじょう)


 その他にも、親衛隊長(さかき)を始めとした、親衛隊の面々。

 強引についてきた、九印(くいん)凱陣(がいじん)琥珀(こはく)、それに輝夜(かぐや)震夜(しんや)親子。そして、もっと沢山の空中庭園の仲間。


 近くには眷属の稀人や、まだ本調子でないらぽっくさん、タメゴローさんも掛け付けてくれている。


 そして、危険なのでここへは来てないけど、最期まで心配していたクリストフ君とオリアーナ皇女、レヴァンとアスミナ。

 まだ各地で戦っているであろう、コラード国王夫妻やジョーイ、獣王たち。

 さらに、ここまで命のバトンを繋いで亡くなった多くの人達。


 全員が優しい目をしていた。まるで我が子を見つめる父や母、兄や姉のような慈しみのこもった瞳で、微笑んでボクを見ていた。


 ……ああ、そうだね。結局、ボクはいつの間にか彼らが傍に居て過ごすこの時間が、掛け替えのない宝物になっていたんだね。


 素直にそれを認めた時に、胸の奥にストンと気持ちが落ちてきて、謝罪じゃない。言うべき言葉が自然と口からこぼれていた。


「ありがとう。皆のお陰で、皆に守られて、私は“私”としてここに生きてこられたと思う。だから、今度は私が皆を守る番だよ。本当にありがとう。私は、みんなの事を本当に大好きだよっ!」


 彼ら全員を抱擁できないのが本当に残念に思いながら、ボクは両手を精一杯に広げ、その場に居た全員に、心からの笑みを送る。最後に腰を折って一礼をして、間近に迫っていた虚霧へと向き直った。


「それじゃあ、行って来るよ。後のことはお願いね、影郎さん」

「はいはい、お嬢さん。なるべく早く帰ってきてくださいな」


 傍らに立ていた影郎さんが、おどけた様子で、そんなボクを気軽に送り出してくれた。


「そうだね。相手の都合もあるからなんとも言えないけど。――なるべく、ご期待に沿えるよう頑張るよ」


 それに答えて、軽く肩をすくめ。念のため、収納スペース(インベントリ)から『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』を先に取り出しておく。中で出せませんでした……じゃあ洒落にならないからねぇ。


 まあ、話に聞いた限りでは、らぽっくさんの『(ぜつ)』でも勝負にならなかったらしいので、あれより劣るこの子じゃ勝てるわけもないけど、蟷螂の斧でもないよりはマシだからね。第一、この子も苦楽を共にした相棒だから、感傷だけど最期まで一緒に戦いたいし(ちなみに他の装備はすでに決戦用本気装備に着替え済み)。


 右手に『薔薇の罪人(ジル・ド・レエ)』、左手に『通行証』を持ったまま、虚霧へ近づく。すると再びボクの全身が青い光の膜に覆われた。


 さらにもう一歩近づくと、まるで見えない手で紗幕を開くかのように、虚霧が押し退けられ白くて細い道ができた。


 恐る恐るその道へ足を一歩乗せる。

「………」

 特に身体に変化がないのを確認して、半透明の膜越しに背後を振り返り、安全をアピールするために片手を上げ、さらにもう一歩、もう一歩と歩みを進めてみた。




 ◆◇◆◇




 緋雪の姿が完全に虚霧の中へと消えるのに併せて、その進行上に発生していた道も消えた。

 その場に集まった全員が、その後姿が消えたあたりを注視したまま、身動ぎ一つせずにその場に留まっていた。


「……どうする気じゃ、天涯。この後は?」

 大きなため息をついた口元を扇で隠した空穂が、その場に根を生やしたかのようにじっと佇む天涯を横目に見た。


「無論、姫がお帰りなるまでこの場で待つのみだ」

「待つといっても、虚霧は相変わらず拡大しているので、場所を移動する必要がありますね」

 梃子でも動きそうにない天涯に、命都が柔らかく言い募る。


「私はここに残る。お前達は避難しろ」

 聞く耳を持たない天涯の様子に、空穂がため息をついた。

「……やれやれ、まるで駄々っ子じゃな。そんなことをしても何もならぬぞ。しゃんとせぬか。姫様のご不在の間、空中庭園を守るのはお主の役割であろうが!」


「わかっている……わかってはいる……だが、なんだ、この無力感は……」

 空穂の叱責を受けて、普段であればいきり立つ彼が、力なく俯いた。


 これには口に出した空穂も命都も驚いたようで、顔を見合わせ……次いで掛ける言葉が見つからず、同じく無言になった。

 しばし、沈黙が支配したその場に、不意に朗々としたテノールの美声が響いた。


「姫様は我々に守られていたと言ったが、それは間違いだったということだ。この1年近く、そして暗黒の100年、さらにそれ以前の戦いの日々も、我々はいつでも守られていたのだ。姫様のあの手があれば、我らは恐れるものはなかった。どんな危険な道でも、どんな暗闇でも、あの手が我らを導いてくれたからだ。だから天涯よ。皆よ、恥じることはない。ただ今は少しだけ自分の足で歩いて、今度はこちらからあの手を見つければ良いのだから」


 はっと胸を突かれた面持ちで、天涯たち四凶天王3人の視線が、美声の主――四凶天王の刻耀を見詰めた。


「……そうか。そうであったな。自分を見失うところであった、礼を言うぞ、刻耀」

 礼を言って右手を差し出す天涯。その手が、パンと音を立てて刻耀の右手と打ち合わされた。

「今後は交代制で姫の帰還をお待ちするために、このポイントを維持したまま虚霧の監視を執り行う。取りあえず今日のところは四凶天王からは刻耀、十三魔将軍は真珠と那智、七禍星獣は周参を残して、全員、空中庭園へ帰還せよ。戻り次第、今後の予定を決定するために円卓会議を開催する。なお、現地の指揮は周参に一任する。――以上、なにか質問等はあるか?」


 その言葉に誰も反応しなかった。と言うか、その場にいた全員の視線がただ一点――刻耀に向けられていた。

 この瞬間、四凶天王以外、驚愕の表情を浮かべた全員の脳裏に浮かんだ感想はただ一つ。


刻耀(こいつ)、喋ることできたのか?!!』


 これだけだった。

十三魔将軍今回全員名前が出ました。

やっとですけど、もう出番も描写もないんです(ノ_・。)

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― 新着の感想 ―
[一言] なんでこんなにまともな刻耀があんなふうになってしまったのか……
2021/07/25 17:43 退会済み
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