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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第十七話 姫君決意

 ほとんど180度……どころか、体感では270度くらい視界を占める真っ白な虚霧(きょむ)を前に、さすがに気押されるものを感じて、10メートルほど手前で歩みを止める。


「見た感じ、単なる雲か綿の塊みたいなんだけどねぇ」


 普通に付き抜けて行けそうな感じもするんだけど、普通の霧とは違ってその領域から先は一寸たりとも見通すことができなかった。まあ現在の視力は普通の人間並なせいかも知れないけど。


 ふと気付くと虚霧が随分と手前まで迫ってきていた。周参(すさ)の観測では領域面積が広がったせいで、若干拡大速度は鈍ったらしいけど、人間レベルから見れば充分な脅威だよ、これは。


 取りあえず手にした長剣――硬度を高めることを追求しただけで、切れ味は二の次になっているナマクラも良いところだけど、頑丈さにかけてはかなりの自信作だとドワーフの刀工が胸を張っていた――を、虚霧の中へと突き入れる。


 軽く研削機(グラインダー)にでもかけているような手応えを感じて、すぐさま剣を引き抜くと、先端部分がカットされたかのように消え去っていた。


「おぉ怖っ」

 下手に手を突っ込んだら死ぬねこれは。


「――でも、敢えて突っ込んでみる」

 目前にまで迫っていた虚霧に向かって、ボクは無造作に歩みを進めた。


 真っ白い壁を付き抜けた途端、その身体が細かい光の粒に取り囲まれ、間もなく異変が生じた。

 身体が、衣装が(ほど)けていく。

 溶けているのではなく、なんていうのだろうか……まるで一本の糸で編まれたセーターを解いていくかのように、衣装や髪の毛が端から分解され、糸状に伸びて虚空へと消えていく。

 たちまち衣装が消え去り、露出した身体の末端から同じように糸状にほつれ、内部骨格も同じ運命をたどってトロけていき、ここでボクの意識も途切れた。




 ◆◇◆◇




「――何秒持ったの、周参」


 コントロール球から手を放して、隣に控えるでっかい目玉のモンスター、七禍星獣(しちかせいじゅう)№3にして筆頭【観察者(ゲイザー)】周参に確認してみた。


「突入から0.021秒で魔導人形№2との接続が断たれました」


 淡々とした周参の返答に首を捻る。 

「……体感では10秒くらい持った気がしたけどねぇ?」


 まあ、あの周囲に自分の分身体を幾つも放って、多角的に検証している周参の観測に間違いがあるとは思えないけどさ。


「内部と外部では時間の経過が異なるために、外界からの観測結果と乖離するのも当然かと。ちなみに私自身の分身体を突入させたところ、計7031回の試行の結果、最長時間が6.796秒で、最短が0秒でした。条件を変えても結果に共通性が見当たらぬことから、まったくのランダムのようですな」

「それって、たとえ膨大なヒットポイントを持っていようが、何重にも補助魔法(バフ)を掛けようが無駄ということ?」

「左様にございます。これを突破するには既知の物質・攻撃・魔術を用いた方法では、現時点で不可能と言えるでしょう」


 改めて伝えられた絶望的な事実に、思わず腕組みする。

「つまり、未知の物質か、未知の技術か、未知の魔法がなければ無理ってことだねぇ」


 無理ゲーだね。詰んだ――と両手を上げたいところだけれど、一つ心当たりがあったボクは、収納スペース(インベントリ)から、蒼神に渡された『通行書』を取り出した。

 見た感じ、手帳サイズの青みがかった金属板(プレート)なんだけど……。


「未知の物質に、未知の術式が埋め込まれているため、未知の作用が予想されます」

 一瞥した周参が、身も蓋もない分析結果を算定してくれる。

「ただし術法的には『防御』と『解放』に似ていますな。以前に姫様がこの世界の防御結界を無効化する稚拙な魔具(マジックアイテム)を手にしておられましたが」

 ああ、当時のアミティアの王都カルディアに潜入する時に、コラード君からもらったものだね。なんだかんだで懐かしいな。

「効果としてはあれに似ていますな」


「つまり、これを持っていけば虚霧に入れるってこと?」

「可能性は高いと思われます」


「周参っ。貴様、姫を危険に晒すつもりか?!」

 満面に怒気を漲らせる天涯。


「無論、畏れ多くもそのような考えなど微塵もございません。ですが、姫様がお望みとあらば私はそれにお応えするのみにございます」


「なにを馬鹿なことを! 姫がそのような愚かな決断をなされるなど――」

「………」

「姫……?」




 ◆◇◆◇




 空中庭園北西部――虚空紅玉城の正門からみて裏手にある自然区域。世界樹の森を抜けた更に先に、『墓地(セメタリー)』と呼ばれる区画があった。


 もともと死者を弔うという概念がない魔物にとっては不必要な場所であったが、1年近く前に緋雪の肝煎りで作られ、ほとんど利用者もなかったが、地上との交流を経て、ぽつぽつと墓標が目立つようになってきた。


 ふと、真新しい墓標に薔薇の花束が献花されているのに気付いて、稀人(まろうど)は足を止めた。


『ヴァルファング・アドルファス・カール・グラウィオール』


 名前の他は生没年が書いてあるだけの簡素な墓標は、とうてい世界最大国家の皇帝の陵墓とは思えないが、製作者の性癖を考えればなるほどと頷ける。彼女にとっては皇帝だろうが小鬼(ゴブリン)だろうが、変わらぬ命なのだろう。


 苦笑して墓に向かって一礼をすると、稀人はやや足早に目的地に向かった。


 なんとなく予想していた通り、その見晴らしの良い丘の上に立つ墓標の前に、黒い喪服を着た緋雪が蹲っていた。ヘッドドレスのリボンや薔薇のコサージュまで黒で統一したドレス姿の緋雪は、生来の長い黒髪と白い肌との対比もあって、ぞっとするほど妖艶でこの世のものとも思えぬほど美しく、普段から見慣れているはずの稀人であっても、迂闊に近づくことを躊躇うような、近寄りがたい気品と淡雪のような儚さを漂わせていた。


「……たまに思うんだよ」

 稀人が後ろに来ているのは当然わかっているだろう。緋雪は献花した目前の墓標に向かって語りかけるように、正面を向いたまま話し始めた。


「あの時にアシル王子と手を取り合っていれば。彼女の誘いに従って別荘に同席していれば。いや、いっそ好奇心から舞踏会の招待に乗らなかったら……なにかが違っていたら、アンジェリカは死なずに済んだんじゃないか。そして、君を甦らせたのは、贖罪でも哀れみでもなく、ただただ中途半端だったそんな自分を恨んで欲しかったからじゃないかなってね」


 立ち上がって振り返り、背後に立つ稀人の目を見る。

 無言のまま仮面を外した稀人――アシル・クロード――は、困ったように苦笑した。


「誰かを恨まなければいけないとしたら、まずは愚かだった自分自身でしょうね。姫様には感謝しています。俺と妹の魂、なによりアミティアを救ってくださって」


 前に進み出た彼に道を譲る形で脇に避けた緋雪の前を通って、稀人は手にしていた花束の一つを妹――アンジェリカ・イリスと書かれた(共和国になった国に対するけじめの為、あえて『アミティア』の姓は刻まなかった)――の墓前に捧げた。

 それから視線を転じて、妹の墓に隠れるようにして建つ、もう一つの墓標にも、緋雪の手になる花束が供えられているのを確認して、秀麗な顔を綻ばせた。


 無言のまま、『ジャンカルロ・エリージョ・ベルトーニ』と刻まれたそちらの墓にも献花する。


 しばし黙祷を捧げ、それから困ったように緋雪を振り返る。

「考えてみればここは天上ですし、祈るべき神も敵らしいですし、どこに何を祈ればいいんでしょうね?」

「心の中に居る、亡くなった人に対して祈ればいいんじゃないの」


 緋雪のごく真っ当な意見に、「それもそうですね」と頷いた稀人が、再度両方の墓前に祈りを捧げた。


 一通り気持ちの整理をつけたところで、稀人は立ち上がった。

「……いまさらですが、ここに二人の埋葬を許可してくださいまして、ありがとうございます。……そういえば、グラウィオールの皇帝陛下の墓標も立てられたのですね」


「まあね。勝手なことをと怒られるかとも思ったけど、オリアーナには感謝されたよ。まあ、あれから3日だからね。本人は健気に動き回っているけど、なかなかね…痛々しくてかける言葉がないねぇ」

「俺の時には結構キツイ事言われた気もしますけど……」

「ああ、私は女尊男卑だからね」


 堂々と開き直られて苦笑いの稀人。


「ま、俺なんてあのバイタリティーには脱帽しますよ。彼女がいま何をやってると思います? 虚霧が解消した後の国作りの骨子を描いて活動中ですよ」

「あらまぁ……彼女らしいって言えばらしいねぇ。気宇壮大というか」


 他人事みたいに能天気に笑う緋雪を、なぜか同情の眼差しで見つめる稀人。

「一応話を聞いたところ、目標は世界統一国家で、国名は『真紅超帝国エクストラ・インペリアル・クリムゾン』で恒久絶対国主として『緋雪神帝』を頂くそうです」


「――なにそれっ?!?」


 本人の預かり知らない間に、とんでもない御輿に乗せられかけていることを知らされ、緋雪の声が裏返った。


「ちなみに鈴蘭の皇女様は超帝国旗下の帝国の女帝に就任、俺は超帝国の侯爵あたりにならないかと打診されています」

「……打診って、誰から?」

 頭を抱えて非常に嫌な予感を覚えながら、恐る恐る尋ねる緋雪。


「あちこちからですね。昨日は天涯(てんがい)様からも話が出てましたから、この流れだと本決まりになりそうですね」

「天涯って……聞いてないよ?!」

「ああ、言っちゃ不味かったでしょうかね。円卓会議ではほとんど満場一致で同意がなされたそうなので、おそらく姫様を内緒にしていて、ビックリさせるつもりだったんじゃないでしょうか?」

「ビックリしたしたよ!! 危うくショック死するところだったよ!」


 顔を真っ赤にして怒る緋雪様も可愛いな、と呑気な感想を思いながら稀人は何気ない風を装って付け加えた。


「まあそんなわけで、我が国は挙国一致で新たな国作りの為に邁進していますので、姫様にはなにがなんでも無事にお帰り願わないと、倒れるのは屋台骨どころではないので、お願いいたします」


 軽い口調に隠された切実な想いを感じ取って、気勢を削がれた緋雪が、困ったような顔で背の高い稀人の顔を見上げた。


「……まったく、そんなに私は顔に出やすいのかな」


「皆、俺同様、姫様を好きでずっと見てますからね、変化があればすぐにわかりますよ」


 甘い表情で甘い言葉を囁く稀人を半眼で見据える緋雪。

「そーいえば、初対面でいきなりプロポーズした誰かさんだけど、随分と女の子を泣かせてるって、私の耳にも届いているんだけどねぇ」

「いやいや、そこはそれ……岡惚(おかぼ)徒情(あだなさけ)という奴でして、ご婦人方からの熱意をすげなく袖にするわけにもいかないので、俺としても苦慮しているところですよ」


 目を泳がせた稀人の説得力皆無の言い訳に、さらに眼差しを氷点下以下まで凍らせた緋雪がため息をついた。

「はあ~~っ……考えてみれば、こんなのが、唯一まともに告白してくれた相手なんだからねぇ。説得力に欠けるわ」

 やっぱり今からでも女の子相手にした方がいいかなぁ…とか、呟く緋雪。


 一方、稀人はその態度から、いまだ緋雪には特定の意中の相手が居ないことを察して、密かに闘志を燃やした。


 ――無事に姫様が戻ってきたら、今度こそ本気で愛を伝えよう! アホ餓鬼ジョーイとか、直結鬼(九印)とか、ぽっと出(クリストフ)には負けん!!


「ああ、そうそう。一応伝えておくけど、万一の場合に備えて、空中庭園のコントロール権を一時的に影郎さんが使えるようにしておいたので、私の帰りが遅くなった時には、彼をフォローするのをお願いするね」


 思い出したように付け加えられた依頼の中身の重要さに、稀人は眉をしかめた。

「影郎って言うと、あの姫様とは別口の吸血鬼ですよね。いいんですか、ラポック殿やタメゴロー殿でなくて?」


 ほんの数時間前に、同属――それも同じ親を持つ眷族――として甦った2人のプレーヤーの方が、この場合適任に思えたのだが、緋雪は困った顔で頬を掻いた。


「まあ、そうなんだけどね。いざという場合を考えた場合、彼ほど臨機応変に対応できる人はいないからねぇ。第一、なにがあっても死にそうにないし」


 苦笑する緋雪だが、そこには影郎に対するある意味全幅の信頼が垣間見えて、稀人は密かに嫉妬と危機感を覚えた。


 ――荊州には伏龍と鳳雛あり…とか言うけど、これは、ひょっとして思わぬところに伏兵が潜んでいたのか!?


 まったくノーマークだった男だが、緋雪の中での存在感を考えれば、自分達は周回遅れである気さえする。


「――お兄様、しっかりなさいませ!」


 ふと、妹の叱咤激励する声が聞こえた気がして、稀人は反射的に背後の墓標を振り返った。

 無論、そこには花で飾られた墓石があるだけである。


「どうかした?」

 怪訝な緋雪の言葉に、そのままゆるゆると頭を振る稀人。

「いえ、なんでもありません」


「そうかい。なんか私はいま、アンジェリカの『しっかりして!』って声が聞こえた気がしたよ」

 軽く肩をすくめる緋雪。


 驚いて振り返った稀人は、ゆっくりと・・・満足げに頷いた。

「ええ。俺にも聞こえました」


「そう。――なら、しっかり頑張るしかないね」

「そうですね」


 微笑み合いながら、緋雪と稀人は迷いのない足取りで墓地(セメタリー)を後にした。

アンジェリカちゃんのお墓について、出そう出そう幕間にでも書こうと思って3ヶ月。やっと登場できました、、、

次回からいよいよクライマックスです。

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