第十六話 剣王無慙
久々の1日2話更新です♪
「うおおおおおっ!! 蒼神、貴様よくも!!!」
血反吐を吐くような絶叫を放つらぽっくだが、その両手はまるで別人が操っているかのように正確無比に動き回り、次々とその手に持つ剣に必殺の光を纏わせる。
一連の動きを淀みなく繰り返した彼は、最後に両手でしっかりと愛剣にして、『E・H・O』中最強――レベル120の大規模戦闘級モンスターから極まれにしかドロップしない。全ての数値でプレーヤーメイドの武器を上回る魔剣を、さらに8回の強化に成功した――奇跡の剣である大剣『絶』を握り締め、残り8剣を周囲に浮遊させたまま、急激に勢いを弱める炎――タメゴローの作った残り火――の中心に立つ、蒼神目掛けて全力で斬りかかった。
「――メテオ・バニッシャー!!」
自身のHP・MPの半分を犠牲にする代わりに、相手の防御・HPに関わらず3分の1の確率で致命傷を与える技。本来は1刀のみの単発スキル『奥義・ジャガーノート』を、9剣同時に扱うことで可能とした、らぽっくのみが使えるオリジナルスキル。
それが蒼神目掛けて炸裂した!!
この技のこれまで成功した最高は、かつて大規模戦闘級モンスター『ヨグ=ソトース』を斃した時にできた、7連続クリティカルが唯一無二の大記録である。だが、死んだタメゴローが味方してくれたのか、あるいは自身の気迫が乗り移ったのか、いまこの瞬間放った技は、その記録をも上回ったクリティカルの手応えを感じていた。
――斃した!!
相手の命脈を断ち切った確かな手応えを感じ、らぽっくの顔に笑みが広がる。
だが――
「無駄だ」
どこか気だるい声と共に、薄い膜のようになった火柱を断ち割って、巨大な刀身が横薙ぎに繰り出されてきた。
「くっ――!」
反射的に『絶』他9剣を盾にしたらぽっくの身体が、氷を砕くような音と共に軽々と弾き飛ばされ、同時に粉砕された9剣の刀身がボタン雪のように周囲に降り注ぐ。
がらがらと壊れた宮殿まで飛ばされたらぽっくの身体の上に、崩れた瓦礫が折り重なる。
「……くそ……」
折れた愛剣『絶』を杖代わりにして、瓦礫を払い落としながらよろよろと立ち上がるらぽっくだが、先ほどのスキルの反動とカウンターを受けて、そのヒットポイントは危険領域へと突入していた。
「なんなんだ、その剣は……?」
かすむ目でほとんどダメージらしいダメージを負っていない(ローブに穴が開いている程度)蒼神と、『絶』を含む9剣を一撃で粉砕した剣とを見比べる。
「ふん。この神威剣が気になるか? こいつは貴様の“自称・最強”ではなく、『E・H・O』システムにおいて、真に最上位に位置する最強剣だ。
貴様の『絶』や緋雪の『薔薇の罪人』如きでは及びもつかん。
その攻撃力は使用者のレベルに併せて天井知らず、さらに装備することで一切の状態異常、攻撃魔法、弱体魔法、特殊攻撃を無効化する。さらにこれで攻撃を加えた場合、対象の特殊能力、防御能力、付加魔法をすべて無効化する、当然回復も不能だ」
「……完全にゲームバランスを崩してるじゃないか。そんなチートな武器が、本当にゲーム内に存在していたのか?」
驚愕よりも当惑の顔で唸る。そのらぽっくの問い掛けに、蒼神は軽く肩をすくめた。
「当然、お前達は知らんだろう。本来がゲームマスター用の武器だからな」
その言葉に、固まるらぽっく。
「GMだと?! まさか、お前――!?!」
「……どうでもいいことだ」
彼の狼狽を無視して、ローブの下から先ほど握り潰したものと同じ命珠――ただしこちらは内部に白銀色の炎が揺れている――を取り出し、足元へ転がした。
「時間稼ぎにもならなかったな」
無感動に呟いてコロコロと転がる命珠目掛けて、神威剣の剣先を向ける。
「――くっ。すまんタメゴロー……」
文字通り刀折れ矢尽きた状態のらぽっくが、倒れ伏した彼女の死体を見て奥歯を噛み締めた。
と――。
「なんの真似だ皇帝?」
らぽっく、オリアーナともにその場から一歩も動けないで居た、死屍累々たる屠殺場のような戦場の只中に、まるで散歩中のような悠然たる足取りで進み出た皇帝ヴァルファングⅦ世が、転がっていたらぽっくの命珠を、ヒョイと抱え上げた。
「なに、他のものが動けないようなのでな、手の空いている我自らが動いただけだよ、蒼神」
「……無駄なこと。この距離であれば、貴様如き命珠諸共塵一つ残さず消し飛ばせる」
神威剣の剣先が皇帝の心臓を向いた。
「それはそれは」
だが、明確な死を前にしても彼の表情は微塵も揺るがない。
それは豪胆だからではない、彼にとって生も死も等価値であるが故に、生を望まず、また自ら死に至る事もない、だから何の気負いもなくその場に立っていることができるのだった。
「お……」
その背中に必死に呼びかけようとするオリアーナだったが、それは声にならない嗚咽となった。聡い彼女には、もう全てが手遅れなのが理解できた――できてしまった。
「くだらんくだらん。実に無価値で不完全だ、お前等は」
爪先で蟻を潰す程度の力加減で、剣先をそのまま押し込もうとする蒼神。
そんな彼に向かって朗らかに――いっそ勝利者のような笑みを浮かべ――皇帝が告げる。
「我はここで死ぬであろう。だが、全てに絶望した我にとって死は逆説的な喜びである。だが、汝はどうであるかな? 人としての業を忘れぬまま、この無限地獄に取り残されたまま、孤独を抱え永遠に流浪する……蒼神よ。我らは先に逝く。せいぜいいつまでもその場に足踏みしていることだ」
「貴様っ――――貴様ァァァ!!」
怨嗟に満ちた叫びがフードの奥から漏れる。激情に任せてその剣を振り抜きたい思いと、それをすることで彼の思惑通りに事をなす手助けをするという理性の狭間に立って、剣先がブルブルと震えた。
「――では、頼んだぞ」
その僅かばかりの躊躇いの瞬間に、皇帝は手にした命珠を、らぽっくの方へと放り投げた。
その後の一連の出来事は、オリアーナにとってまるで音のない夢を見ているようだった。
僅かに舌打ちした蒼神が巨大な剣を振るい。
振り返った父皇帝が微笑み。
幻のようにその姿が消え去り。
満身創痍のらぽっくの胸から赤い髪をした天使が飛び出し。
空中にあった命珠を素早く掴んで両手で携え。
翼を力の限り振り一直線にその場から離れる。
たちまち小さくなるその背中に向かって蒼神が剣を振るった。
見えない刃が残っていた王宮の屋根を吹き飛ばす。
避けようとした天使の背中が柘榴にように裂け片羽根が千切れ飛ぶ。
そのまましっかりと身体で命珠を抱いたまま天使が落ちた。
その後を確認する暇もなく、呆然と立っていたオリアーナと傍らの地面に横たわっていたタメゴローの死体とを無理やり抱えると同時に、らぽっくが蒼神に背を向けて駆け出した。
気が付いた蒼神が追撃しようとしたところで、
「――むっ」
地面を割って折れた9剣が同時に襲い掛かってきた。
土煙がもうもうと立ち上り視界を塞ぐ。
「小細工を」
間を置かずに残った9剣の柄の部分を全て破壊したところで、らぽっく達の姿が完全に見えなくなっているのに確認して、蒼神は不快そうに鼻を鳴らした。
それからフードの下、首を巡らせ命珠が落ちたあたりを眺め、独りごちる。
「手応えはあった。なら程なく虚霧に飲み込まれるだろう。せいぜい緋雪のところにでも御注進することだな」
神威剣を再び懐へ仕舞うと、そのままその場で踵を返した。
その身体が青い光の膜に包まれると、虚霧が二つに別れ真っ白な道のようなものができた。
「……くだらん時間を費やした。労力に見合った成果とは言えんが、まずは緋雪に対しての警告にはなったか。あとは賭けるだけ…か」
自分で口に出した言葉に、微かに背中を震わせる蒼神。
「“賭け”か。久しく使わなかった言葉だな」
その背中が虚霧の中へと消えて行った。
◆◇◆◇
城の客室に寝せられたらぽっくさんが語る内容に、全員が咳一つせずに聞き入っていた。
「……その後は皇女様の指示に従って、転移門のところまで行って、移動呪文を唱えて転移しようとしたんですけど、ほぼ同時に虚霧が殺到してきて……どうにか門が作動したのは奇跡のようなものですね」
ちなみに門は無差別に使えない様に、前もって登録してある何人かが起動呪文を唱える必要がある。
今回は幸いオリアーナを登録しておいて、呪文も教えておいたのが幸いしたようだけど、確かに危ないところだった。
「そういえば皇女様は……?」
「無事だよ。いまは親族がついて別室で休ませているよ」
「そうですか。親族がいたんですか。よかった……」
肩の荷が下りた表情でため息をつくらぽっくさん。それから、はっとした顔でボクに向かって頭を下げた。
「すみません、ご迷惑をかけて。本来なら緋雪さんに顔向けできる立場ではないですけど」
「気にしないで良いよ。しまさんの時にはこっちもお世話になったしね」
「そうそう、昔のことは水に流すっちゅうことで。番頭さんも反省してますから」
ひょいと顔を出した影郎さんが、他人事みたいにボクの肩を気安くぽんぽん叩きながら言う。
『お前が言うな!』と、ツッコミを入れたいところだけれど、その前にらぽっくさんが、影郎さんの顔を見て幽霊でも見た表情になった。
……そういえば、教えてなかったっけ。
「――なっ…なんでお前が生きてるんだ?!」
「いや~っ、反応が初々しくていいですなぁ。やっぱりこうでないと」
してやったりの表情を浮かべる影郎さん。きっとこれがやりたいがために、ずっと出番を待ってたんだろうねぇ。
「まあ話せば長いんですけど、実はお嬢さんがお二人に渡した薬…吸血鬼化に必要な神祖の血を、あん時に自分も服用してまして、そんなわけで現在吸血鬼ですけど、元気に生きてます」
「………」
続く言葉が見つからないという風に絶句したらぽっくさんだけど、じわじわと喜色が浮かんできた。
「じゃあ、同じく命珠を壊されたタメゴローも復活するんですね?」
「いまのところ唯一の成功例だけど、他に実例がないからねぇ。通常の眷属化でも100パーセント成功するわけでもないから、安請け合いは言えないね」
「わかってます。ですが、成功する可能性があるのを知っただけでも救われました」
「まあ結果が出るまでに3日3晩くらいは掛かると思うよ」
ボクの言葉になぜか暗い顔をするらぽっくさん。
「3日ですか。では、その時俺は確認できませんね」
「なんでさ?」
「俺の命珠は、多分まだ帝都に転がっている筈ですからね。程なく虚霧に飲み込まれるでしょう」
「ほほう。なら番頭さんも自分の仲間になるわけですな。無事に眷属化したあかつきには、取って置きの血を一升瓶丸ごとプレゼントしますで。ほとんど手をつけてませんからな」
その中身に身に覚えのある天涯が、あらぬ方向へと視線を逸らす。
「そういえば楓のことでも緋雪さんに謝らないといけませんね。すみません、俺の力足らずで」
楓というのは、らぽっくさんの従魔の天使だけど、もともとはレア個体でボクが同時に2体捕獲に成功したんだけど、当時は他の従魔の育成とかてんてこ舞いだったので、1体をらぽっくさんに譲った経緯があった。
「いいえ、ラポック様。妹は最後の最後まで主の為に働けて幸せだったと思います。どうかお顔を上げてください」
と、その時に同時に捕獲して引き続きボクの従魔をやっている、姉に当たる天使の椛が前に進み出た。
長い髪をポニーテールにしている以外、外見上楓と見分けが付かない彼女の顔をじっと見て、らぽっくさんは無言のまま頭を下げた。
「……それとお願いなのですが」
頭を上げたらぽっくさんが再びボクの方を向いた。
「多分、あと何時間かで俺の命珠は壊れると思います。それで、もし…もしも俺が居ない間に、タメゴローが復活できなかったら、俺のこともそのまま眠らせてください。お願いします」
らぽっくさんの言葉に影郎さんが口を尖らす。
「なんや、イケズですなぁ番頭さん。お嬢さんの為に頑張ろうって気概はないんでっか?」
「……すまないとは思います。ですが、逆の立場ならタメゴローも同じ事を言ったと思いますから」
揺るぎのないその瞳に、こちらとしては「はい」と言うしかなかった。
「まあ仕方ないですな。その時には、自分がしっかりとトドメ刺しますんで、安心して往生してください」
沈痛な口調とは裏腹に、嬉々として収納スペースから白木の杭とか、いつの間にチョロマカシタのか聖堂十字軍の聖剣・十字剣とかを取り出す影郎さん。
「……気のせいか随分と嬉しそうに見えるが」
「気のせいですわ。別に最強剣士をこの手でぶち殺せるんで楽しみとか、そんなこと寸毫たりとも思ってませんわ」
嘯きながら、らぽっくさんの枕元に次々と武器を並べていく影郎さん。
「取りあえず吸血鬼化も含めて後の処理は自分がしますので、お嬢さんは皇女様の見舞いでも行った方がいいんと違いますか?」
影郎さんの好意――だよね?知人を手に掛けたりする汚れ仕事を率先してやろうという気遣いだよね?――に甘えることにして、ボクは一度オリアーナの様子を見に行くことにした。
クリストフ君が傍についている筈だけど、女の子同士(?)傍に居た方が心強いだろう。
「番頭さん。首刎ねるのと、心臓ぶち抜くのとどっちが好みですか?」
「お前、本当は本気で楽しんでるだろう?!」
部屋を出る時に聞こえた遣り取りに懐かしさを覚えながら、ボクは天涯たちを伴って廊下に出た。
それから一面ガラス(に似た強度の高い謎物質)越しに、常に闇に覆われている空中庭園の空を見上げた。
この空の向こう。大地の上では蒼神が世界を無に帰そうとしている。
そしてその狙いはやはりボクらしい。
彼の言うことがどこまで本当で本気なのかはわからないけれど、確実にボクを誘っているのは確かだろう。
「負けっぱなしってのも悔しいかな……」
「――は? なにか?」
自然とこぼれた呟きを聞きとがめた天涯に、なんでもないと答えてボクはオリアーナの休む客室目指して歩みを進めた。
明日は通常通り1話更新です(´・ω・`)