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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第十三話 薔薇迷宮

【虚霧発生から88時間後】



 真紅帝国インペリアル・クリムゾン空中庭園中央部に設置されている、100基にも及ぶ転移門(テレポーター)発着場。


 直径30~40メートル規模の環状列石(ストーンサークル)状の金属柱が立ち並び(以前、クレスに置いた転移魔法装置の模造品(イミテーション)は、ここから部品を流用したものだったりする)、通常なら巨大な祭祀場のような厳かな雰囲気のあるこの場所だけれど、ここ数日は絶え間なく転移門(テレポーター)が稼動し、大陸各地から避難してきた人々で騒々しくごった返していた。


 案内役の天使や獣人、人型魔物の指示に従って、不安げな表情をした人々が、ぞろぞろと指定された避難場所へと案内されていく。


 グラウィオール帝国に設置された転移門(テレポーター)が光を放ち、新たに避難してきた人々が、手荷物を持って、力ない足取りで転移門(テレポーター)の外へと出てきた。

 ある者は大きく深呼吸をして、ある者は物珍しげに周囲を見回し、ある者は知人を見つけて手を取り合う。


 転移門(テレポーター)を見詰めていたクリストフ君の唇が、不意にほころんだ。

「エルマー! ルーカス!」


 荷物を引き摺って――と言っても大部分は、見た目の容積以上に物品が入って重量が変わらない、魔具(マジック・アイテム)である収納バックに入っているみたいだけど――好奇の目で、周囲の様子を窺っていた、クリストフ君と同じ学校の制服を着た濃い金髪と赤毛の少年二人が弾かれたようにこちらを向いて、笑みを浮かべた。


「クリストフ!」

「無事だったのか!」

 お互いの無事を確認して、肩の力が抜けたのかお互いに肩を叩いたり、その場で小突き合ったりと、小犬みたいにはしゃぐ3人。


 ひとしきり交流を温め合ったところで、クリストフ君がおずおずと切り出した。

「どうなんだ、帝都の様子は?」


 途端に表情を引き締める2人。

「……ひどいもんだ。難民が街の外まで溢れる状態で、そこかしこで暴動やら略奪やらが起こっているそうだ」

「商人達もこの機会に乗じて、商品の買い占めや、暴利での販売をしているそうで、聞いたところでは白パンが1個銀貨1枚半だそうですよ。ざっといままでの50倍ですね」


「そうか……」

 予想していたこととは言っても、人間のそういう浅ましい部分を身近な人間から知らされ、衝撃を受けているらしいクリストフ君。

「『虚霧(きょむ)』の影響か。市民にはどの程度周知されているんだ?」


「公式見解ではイーオンで行われた魔術実験が暴走して、有害な雲が大陸全土に広まっている……という形になっているな」

 クリストフ君が『エルマー』と呼んだ金髪で知的な印象の少年が、ため息混じりに答えた。


「実際は『有害』どころではないんでしょうけど……」

 同じく『ルーカス』と呼ばれた赤毛のちょっと軽薄そうな少年が続ける。


「しかたがない、真実を知らせればどれだけの騒ぎになることか。……実際、皇帝陛下を始め皇族の皆様が帝都に残っていらっしゃるお陰で、民衆は『さほど大事ではないのでは』という希望的観測にすがってどうにかギリギリの平和を保っている状況だからな」

「貴族連中はとっとと極東方面へ逃げたったいうのに……まったく、嘆かわしいですよ」


 和気藹々……というには少しだけ張り詰めた雰囲気のある3人の学生の様子を、ちょっと離れて見ていたボクは、やがて人波が途切れた頃を見計らって、命都とあと2人ばかりメイド(どちらも人型従魔。お出迎えはなるべく人間に近い姿の連中が担当することになっている)を引き連れて、さりげなく顔を出した。


「こんにちは、クリストフ君のご学友ですね? はじめまして。ご無事でなによりです」

 両手でスカートの裾をつまみ、一礼(カーテシー)する。


「あ――は、はいっ。はじめましてレディ」

「はじめまして、ご丁寧な挨拶痛み入ります」

 急に話しかけられて面食らったようだけれど、二人とも貴族の子弟らしく慣れた様子で返礼してくれた。


 それからなぜかギリギリと壊れたブリキの人形みたいに、揃って妙に血色の良いクリストフ君のにこやかな顔を見て、またボクの方を向いた。

「……失礼。少々クリストフと個人的な話があるので、少しばかり席を外します」

 エルマー君が丁寧に一礼する。


「――? あ、はい。荷物が邪魔になるようでしたら、こちらでお預かりしていますけれど?」

 そう提案すると、「お願いします」と二人とも背後のメイド服姿の3人をチラリ見て、手荷物をその場に置いた。


 で、事の成り行きに対応しきれずほけっとしていたクリストフ君の手を、両方で掴んでそのまま宇宙人でも連行するように、近くにあった転移門(テレポーター)の柱の陰へと連れて行く。


「――どういうことだ?!」

「なにが?」

「あの美少女ですよ! なんですか親しげに『クリストフ君』とか。どこのお姫様で、どんな関係なんですか?!」


 押し殺して話しているみたいだけれど、この程度の距離なら余裕で筒抜けになる。


「どんなって……えーと、その……」

「……ああ、なるほど。つまりそういうことか『クリストフ君』」

「なるほど。言わなくても、その顔でわかったぞ『クリストフ君』。……しかし、まあ、これが平時でなかったのが不幸中の幸いか」

「だなぁ、じゃなければファン倶楽部の御令嬢方が発狂したろうになあ……」

「いや、結構貴族の御令嬢方も避難している筈だし、これは今後ひと波乱――どころではなく荒れるぞ」

「世界の滅びよりも、そっちのほうが一大事かもしれないなぁ」


 深刻な様子で揃って乾いた笑い声をあげるエルマー君とルーカス君だったけど、不意に笑いを止めると顔を見合わせ、「「はあ~~~っ」」と力ないため息をついた。


 面白い友達だねぇ。学友って等しくこういうものなんだろうか?




 ◆◇◆◇




 空中庭園は実のところ内部が複数層に別れていて、その中に様々な環境――灼熱の溶岩地帯や吐く息も凍る極寒地帯、淡水湖や海と見まごう広さの塩湖である基底湖――の地区が存在して、生息の異なる魔物たちの集落(コロニー)が形成されている。


 正確な延べ床面積は不明だけど、多分トータルで文字通り小さな国くらいの面積はあると思う。

 ちなみに目に付く第一層は基本的に居城である虚空紅玉城を中心として、背後に世界樹の広大な森が広がり、正面には城下町……というか商店街が軒を連ね、その他には先ほど使った転移門(テレポーター)発着場など、重要施設が軒を連ねている。


 基本的に居住区は地下(というか空中庭園が空に浮かんでいるので、この表現は微妙なんだけど)第二層からになり、もともと住人が1万程度(まあ未確認の妖精とか妖怪とか住み着いてはいるらしいけど、氏名の登録がある分としてはこの位らしい)、地上との交流を行うようになって住み着いた転居組が5000名程度なので、デッドスペースはそれこそ山のようにあるため、もともと作ったはいいけど使わなかった居住施設を開放して、彼らにはそちらに移り住んでもらう形にした。


 基本的にはこちらは反社会的な行動をしなければ放置と言う感じで、自然と各国で、皇帝(エンペラー)国王(キング)総統(ヒューラー)議長(チェアマン)大統領(プレジデント)、その他大きな権力を持った血族の関係者が、イニシアチブをとってまとめ上げていたようだけど、基本的にこちらからはノータッチの姿勢で傍観していた。




 ◆◇◆◇




 そんなわけで、最大国家であるグラウィオール帝国の皇族であるクリストフ君も、本人が望むと望まないとに関わらず、いつの間にか取り纏め役のような立場になり、あの後も多忙な日々を過ごしていたようで、落ち着いて話ができるようになったのは3日後。

 いよいよ帝都アルゼンタムに『虚霧(きょむ)』が、差し迫ったという報が届いた日のお昼時だった。


 虚空紅玉城にある庭園のひとつ『薔薇迷宮』。

 ハイエルフや植物系モンスターの庭師が毎日手入れをしている広大な庭には、落ち葉一つ、枯れた花一輪すらない、年中さまざまな種類の薔薇が咲き誇る、ボクのお気に入りの庭の一つ。

 ちなみにもう一つのお気に入りは、延々と桜並木が続く『桜円環』だけど、こちらは春のみのお楽しみになる。


 太い柱で四方を囲まれただけの吹き曝しの四阿(あずまや)

 薔薇の生垣がぐるりと取り囲んで壁の代わりになっているその場所で、簡単な昼食をともにしたクリストフ君は、スプーンとフォークを置くと、満足げにナプキンで口元を拭った。


「ご馳走様。美味しかったです」

「お粗末様です。お口にあったようでなによりです」


 そう答えると、目を丸くして――次いで狼狽えた様子で、綺麗に空になった皿とボクの顔とを交互に見比べた。


「あの……もしかして、これって姫陛下のお手製ですか……?」

「ええ。全部ではありませんけど、私が作ったのはボロネーゼとカルボナーラ、ぺペロンチーノのパスタ3種類とシーザーサラダ、チキンの赤ワイン煮込み、白身魚のバルサミコソース、トルティージャ、デザートのパンナコッタってところですね」

 とりあえずイタリアンで統一してみました。


 引き続き唖然としているクリストフ君。

「……おかしいですか、私が料理を作るのが?」

「あ、いえ、おかしいというか……まさか緋雪様御自ら台所に立たれるとは、ちょっと予想もしてなかったものですから」

「趣味みたいなものです。貴族のお姫様らしくなくて申し訳ありませんけど」


 苦笑いすると、クリストフ君は慌てて首を横に振った。

「そんなことないです! それに実はうちの母もお菓子作りが趣味でして、子供の頃から母の手作りのチーズを使ったお菓子を食べるのが楽しみでした」


 クリストフ君の横顔に隠しきれない望郷の念が浮かぶ。


「……心配ですか、ご家族のことが?」


 聞いた後で、馬鹿なことを口にしたと反省したけれど、クリストフ君はほろ苦い笑みを浮かべただけで、特に明言はしないで、背後――薔薇垣に隠れて見えない出口の方を振り返った。


「ここは良いところですね。家の中に入れば暑さ寒さも調節できるし、水も明かりも使い放題、食べ物も美味ばかり、見たことのない娯楽も沢山あって」

 年齢に似合わない、大人びた表情でため息をつく。

「でも、集まれば皆、故郷の話ばかりです。忘れようとしたって忘れられない。きっと僕らが年老いて死ぬ瞬間まで、故郷のことを忘れることはないでしょうね」


「……こんなことを言うと不謹慎ですが。クリストフ君が少し羨ましいです」

 クリストフ君が不思議そうな顔で首を捻った。

「私には懐かしく思える故郷も、温かな家庭の思い出もありませんから。……きっと私の本質は空っぽなんでしょうね」


 そんなボクを困ったように見詰めたクリストフ君。

「それは、ちょっと違うと思いますよ、緋雪様」

「?」

「思い出は思い出として大事ですけど、別にそれが唯一無二ってわけじゃないと思います。寄る辺がなければ自分で作ればいいですし、温かい家族だって……その」

 なぜか意を決した顔で、ボクの顔を覗き込んできた。

「緋雪様なら絶対に作れますっ。空っぽなんてとんでもないです。こんなに魅力的な方なんですから、きっと素晴らしい家庭を築けます! な、なんでしたらその役目を僕が――」


「姫様! ご歓談中のところ失礼いたします」


 そこへメイド姿の鬼人・琥珀(こはく)が慌しく駆け寄ってきた。

 人手が足りないからということで駆り出されたんだけど、2メートルの巨体と王冠のような5本の角、服の上からでもわかる荒縄のような筋肉に、背中に背負った2本の巨斧と――美人ではあるけれど、どうみてもメイドというより百戦錬磨の人食い鬼です。本当にありがとうございました。


 なんか熱っぽい瞳で話しかけていたクリストフ君も、さすがに毒気を抜かれた……というよりも、腰の引けた様子で黙りこくるけれど、琥珀は気にした様子もなく、ボクの方だけ見て早口で用件を口に出した。


「グラウィオール帝国の首都アルゼンタムが虚霧に飲み込まれました。ただちに転移門(テレポーター)を閉鎖する予定でしたが、原因不明の発光現象が起き、現在、調査中です」


「な――っ」

 その報告に息を呑むクリストフ君の背後に、植え込みの下から赤毛のルーカス君が飛び出してきた。

「なんだって?!」

「――おいっ、ちょっと待て、なんでお前がここにいるんだ?!」

「それどころではないだろう、アルゼンタムのことだぞ」

 同じく金髪のエルマー君が悠然と現れた。

「エルマー! お前まで覗きか!?」

「いや、一応俺は止めたんだが。さっきの場所へは妙な目の細い男に案内されてな……だが、まあ細かいことは気にするな。それよりも事態を確認するのが先だろう」


 全員の視線がなぜかボクに集まった。


「それじゃあ、全員で転移門(テレポーター)の発着場へ向かいましょうか」

 無言で頷くルーカス君とエルマー君。釈然としない顔で友人二人を横目で睨みながら、クリストフ君も一拍遅れて頷いた。




 ◆◇◆◇




 ボクたちが辿り着いた時には、転移門(テレポーター)の異変は収まる寸前だった。

 一際大きく閃光が放たれ、落雷のような稲妻が環状列石(ストーンサークル)全体を走り、眩しさにその場にいた者全員が目を閉じた。


 雷が引き起こしたオゾン臭と、焦げ臭い臭いに眉をしかめながら、瞳をこらす――その目が、無意識のうちに大きく見開かれた。

 人間、魔物、亜人の区別なく、その場にいた全員が即座に武器を抜いて戦闘態勢を取る。


 焼け焦げた白銀の鎧を身に纏った、金髪の20歳半ばと思われる剣士がそこにいた。転移門(テレポーター)の中心部に片膝をついている。

 先ほどの異常な転移による影響なのか、身体のあちこちから焦げたような煙が立ち上っている。


 元は純白だったマントがボロボロになり、身体の前に覆い被さっていた。

 やがてマント自体が自重に耐え切れなくなり崩れ落ちた。


 それに併せて白いものが青年の抱えた両手からこぼれ落ちた。息を呑む。

 それは腕だった。少女のものと思しい、白くて華奢な手だった。


「らぽっくさん……?」

 ボクは意を決して――慌てて周りが止めるのも無視して――彼に近寄って行った。


 無言で蹲るらぽっくさんの腕の中を確認する。

「――――っ!?」

 思わず呻き声が漏れた。


 らぽっくさんが両手で2人の少女を抱えていた。

 1人は白銀の長い髪をした白いドレスの小柄な少女。

 もう1人はそれよりも3~4歳年上のワンピースを着た、菫色のショートカットの髪をした少女。

 どちらも良く知っている顔だった。


「オリアーナ……タメゴローさん……」

 閉じられた瞼にも、力なく投げ出された手足にも生気は欠片もない。


 と、らぽっくさんがノロノロとボクを見上げた。

「皇女様の方は無理な転移の衝撃で心臓が止まったので、緋雪さんがすぐに手当てすれば助かる。だが、タメゴローの方は……」


 呟いたらぽっくさんの身体が、力なくその場に崩れ落ちた。

らぽっくさんは中ボスの予定だったんですけどね。

なぜか予定外に動いてます。


11/15 誤字修正しました。

×なりほど→○なるほど


ご指摘感謝です。

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