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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第六章 堕神の聖都
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第十二話 天星地花

「……まったく。どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ」


 全員が空中庭園から転移門(テレポーター)で自国へ戻ったのを確認して、十二単からいつものフリルとレース、そして薔薇のコサージュで彩られた黒いドレスに着替えたボクは、和室の縁側に座って素足をぶらぶらさせながら、誰に言うともなく胸の内に渦巻くモヤモヤを口に出した。


「責任だか義務だか知らないけど、自分が死んだらお終いじゃないか。自己犠牲なんて本気で反吐が出るよ。命をなんだと思ってるんだい。そんなに軽いものじゃないだろう」

 わけがわからないよ。


 だいたい蒼神(デーブータ)もなに考えてんだか。『虚霧(きょむ)』の爆心地(グランド・ゼロ)は間違いなく、彼の本拠地――影郎さんによれば『蒼の塔』という建造物がこの大陸の中心部にあるらしい――そこなんだから、今回の騒ぎの元凶は十中八九、彼の仕業だろう。


 わざわざボクに“通行証”を渡して招待しておいて、いきなり世界を滅ぼし始めるとか……まあ、ぶっちゃけこちらからわざわざ罠満載だろう、敵の本拠地に乗り込むつもりもなかったけどさ。ひょっとして人質のつもりなのかな。『さっさと来ないとこの世界の生きとし生けるもの全てを滅ぼす』っていう。

 そんなことしたって無駄なのに。

 辿り着いてから1年もいないこの世界だ、大して愛着もありはしない。

 ここが駄目ならまた別な先を探して流離うだけさ。


「まあ人間ちゅうのは弱い生き物ですからなぁ。それを補うために集団になって社会を形成する。でもってその社会を維持するために、法律だの倫理だのの制限やら犠牲を必要とするのもやむなしってことでしょうなあ」


 隣で切ったスイカを口にしつつ、庭に向かって種を飛ばしながら――背後に控えている天涯の額に青筋が浮いているけど、まったく気にした風もなく――影郎さんが、同意してるんだか宥めてるんだか世間話しているんだか不明な、気楽な口調で相槌を打った。


「ふん。不完全な生き物だ。自己保存という本来の意味が形骸化しているではないか。まこと姫の仰られる通り、愚か者の極みであるな人間という生き物は」

 影郎さんに文句を言うのは取りあえず後回しにしたらしい。天涯が心底ウンザリした顔で吐き捨てた。


 まあ基本魔物っていうのは個体でほぼ自立している生物だからねぇ。死ぬも生きるも自己責任って割り切れる強さを持っているので、人間社会の複雑・曖昧さは歪に思えるんだろうね。


「まあ、だからこそ面白いって考え方もありますけどね」

 お盆の上に乗ったスイカ全部に塩をかけながら、気楽にコメントする影郎さん。


「まあそうなんだけどね。それにしたって、私の知り合いがほとんど全員地上に残って、見知らぬ他人を助けるとか、なんか本末転倒なんだよねぇ」


 はっきり言っちゃえば、ボクとしては見知らぬ他人が1億死ぬより、知ってる友人1人が助かるならその方を選ぶ。だけど人間は家族とか友人関係とかがあるので、そうした分を換算して、なお多めに見積もって10万人って指定したんだけど、肝心要のオリアーナやコラード君、獣王が、やれ責任だやれ義務だ……といった形のない幻想に縛られて、身動きが取れなくなっている現状がどうにも釈然としない。


「所詮、連中は姫の御慈悲を払い除け、滅びを選んだ愚か者。姫がお心を悩ませる価値等ございません。それに、人間などせいぜい100年生きるのが精一杯な弱き生き物でございます。多少、寿命が早まったと思えばよろしいのでは?」

 と天涯。まあ、ほとんど寿命なんてあって無きが如くだからねぇ、魔族は。


「まあ、人生長いか短いかじゃなくて、どんだけ満足したかですからな」

 相変わらずスイカを食べながら、気楽な口調で人生を語る影郎さん。


「……そういう意味では、全員満足してるってことなのかなぁ。相互理解って難しいね」

 根本的に人間関係に疎い人生送ってたので、よくわからん。


 ため息をついて、取りあえず気分転換にボクもスイカを取って、一口食べた。

「!? ――ぶはぁ!! しょっぱい! なにこれ?!」

 途端、()せる。


「なにって塩かけたんですけど? こうすると甘味が増すんですわ。お嬢さんご存じないんで?」

「知らないよ! 塩味しかしないじゃない! なんで甘いものに塩とかかけるわけ?!」

「なんでと言われてもこの方が美味いからですわ。お嬢さんだって昼に生ハムにメロン乗せて食べてたじゃないですか?」

「あれは生ハム主体だからいいの!」

「……相互理解っちゅのは難しいですな」

 影郎さんがしみじみ述懐した。




 ◆◇◆◇




【アミティア共和国首都アーラ】



 ここ数日、冒険者ギルド本部3階にあるギルド長室に泊り込みで、ほぼ不眠不休の業務を執り行っていたギルド長ガルテが、執務机の上に置かれた香茶に気付いて一旦手を休めると、ちらりとそれを置いた白い手の先――秘書の猫人族ミーアの顔を見上げた。


「やはり避難する気はないのかミーア。いい加減蒸し返すようだが、あと3~4日で『虚霧(きょむ)』とかいう、訳のわからん現象がこの国……いや、世界を襲うんだ。避難場所として姫陛下のお膝元へ行ける人員は割り当てが決まっているそうだが、お前なら優先的に割り当てられると、コラード…国王も推挙しているんだがなあ」

 普段どおりの強面の顔に、さすがに張り付いたような疲れを色濃く滲ませながら、ガルテが力なく翻意を促す。


「いまさらですよギルド長。だいたい姫陛下のところへは、もともと結構な数の獣人族や亜人、魔物が避難済みらしいですし、いくら個人的に顔見知りだって言っても、私はギルドランクもない単なる事務屋に過ぎませんからね。例外を設けては示しがつきません」

「だがなぁ……」

 続けて説得しようとしたガルテだが、なぜかミーアがくすくすと思い出し笑いしているのを見て、太い眉を寄せた。


「ああ、すみません。昨日、ジョーイ君も同じようなことを言っていたのを思い出したので、他人のことはいえないなあと、自嘲していただけです」

「あの小僧がどうしたって……?」

「いえ、彼と相方のフィオレさんもギルドランクは足りませんけれど、姫陛下のところへ特例で避難できると、内密に受けていた言付けを話したのですが――」


 本来、退避できる冒険者はBランク以上の若手もしくは、それに準じる実績のある者となっており、現在Cランク冒険者のジョーイとDランク冒険者にして国家4級魔術師のフィオレは対象からは外れている。


「彼ったら『そんなインチキで逃げ出すわけにはいかないぜ!』と一考だにせず、要請を蹴りまして」


 あの小僧らしいな、とガルテは苦笑いした。

 そんな彼の顔を見て悪戯っぽい笑みと共に続けるミーア。

「それともうひとつ『この街を案内するっていうヒユキとの約束まだ果たしてないから、俺はこの街を守ります!』って言って剣を掴んで、そのまま飛び出して行っちゃいました。フィオレさんもそのまま追い駆けて行ったので、避難する気はないでしょうね」


 話の内容と、お手上げという顔で両手を天井に向けるミーアの表情に、ガルテはついに吹き出した。そのまま久々に腹の底から笑い声を上げる。


「まったく、あの小僧ときたら、駆け出しの頃から変わってないな。とうとう馬鹿は直らないでそのままか! 仕方のない奴だ・・・まったく。だが、まあああいう馬鹿が一人くらいいないと面白くないからな」


 冒険者は兵隊じゃない、生き延びるのが第一だ、と最初に言い含めたのはいつだったか。事実、機を見るに敏な冒険者達は、そのほとんどが大陸からの避難について、粛々と従っているというのに、あの馬鹿は世界を飲み込もうという災厄相手に剣一本でどう立ち向かうつもりだ?


「まったくですね。付き合わされるフィオレさんには同情します」


 さばさばした様子で肩をすくめるミーアの態度に、複雑な心中のまま次の言葉を探るガルテ。

「あぁその…なんだ。結局、フィオレは国家魔術師試験を通ったわけだが、相変わらずジョーイの奴と組んでいるようだが……いいのか?」


 言葉足らずの問い掛けだが、ミーアは正確にその内容を察して苦笑した。


「ええ。やはり私にとってジョーイ君は手の掛かる弟みたいなものですから・・・それに、どうも将来性とか生活力に不安がありますからねえ。お付き合いするなら、経済力と包容力のある年上の相手を選びますよ」

「そ、そうか……」


 安堵と失望とが半々の顔で頷きながら、香茶を口に運ぶガルテの傷だらけの顔を横目に見ながら、ミーアはあながち冗談とも言えない口調で付け加えた。


「ま、行き遅れたらギルド長にでももらっていただきますよ」


 パチンとウインクされ、ガルテは思いっきりお茶を気管に入れて噎せた。




 ◆◇◆◇




【クレス自由同盟国聖地『聖獣の丘』】



 切り立った断崖絶壁の台地の上。隔絶された聖地の中心部にある広大な一枚岩。

 いつの間に建てられたのかアステカ式のピラミッド――真紅帝国インペリアル・クリムゾンの肝煎りで造られた迷宮『聖獣の門』(実は緋雪の別荘)――を背後にして、獣王は集まった各部族の代表者達の顔ぶれを、満足げな顔で見回していた。


 誰も彼も一癖も二癖もありそうな歴戦の古豪ばかりである。

 若い者でも中年以上、年配になると獣王すら上回る長老・古老クラスがゴロゴロしている。とは言え全員矍鑠(かくしゃく)たるモノで、どの顔も戦いを前にした高揚感から――さしずめ年老いて牙も爪も欠けた空腹の獣が、飢えていよいよ死を待つばかりとなったその瞬間、獲物を見つけた時のような――壮絶な笑みを浮かべていた。


「ここにおられたのですか、獣王様」

 慣れ親しんだ声と気配に振り返る獣王。

「ジシスか、久しいな」

 錆を含んだ呼びかけ声に、ジシス――獅子(ン・ゲルブ)族の相談役をしている老人――が恭しく一礼をした。


「お久しぶりでございます。本日ははばかりながら獅子(ン・ゲルブ)族を代表して罷り越しました」

「ふふん。久方ぶりの実戦だ、腕は錆び付いていないだろうな?」


 挑発するような獣王の言葉に、普段は温厚なジシスの目が鋭く光った。

「さて、自分ではいまだに若長にも負けるつもりはございませんが……と、そういえばお礼が遅くなりました。よくぞ若長とアスミナ様を止めてくださいました。重ねて御礼申し上げます」


「別にお主に礼を言われる筋合いはないぞ。儂にとっては馬鹿弟子と兄の孫娘だからな」

「わたしめにとりましてもお二方とも孫のようなものでございます。無事に生き延びられると知り、これほど嬉しいことはございません」


 再度一礼してから、ジシスは背後を振り返り、集まった連中の顔ぶれを確認した。

「それにしても……これまた見事に、使い潰しても問題のない顔ぶればかり集めたものですのお」


 古豪・歴戦の勇士といえば聞こえはいいが、実態は全員第一線を退いて久しい年寄り(ロートル)ばかりである。


「お陰で気兼ねなく戦えるというものだ」

 まあ戦うといっても直接戦火を交えるのではなく、一人でも多くの獣人族を逃がすため、『虚霧(きょむ)』の侵攻に合わせて周辺の部落を駆け巡り、避難者や怪我人、迷子などの救出をするだけなのだが。


 と、各部族の集団を割って、この顔ぶれに似つかわしくない若々しい長身の男が、獣王の元に進み出てきた。


「虎人族族長『豪腕』アケロン――だったかな」


 名乗る前に言い当てられ一瞬、虚を突かれたアケロンだったが、すぐさま満足げな笑みを満面に浮かべた。

「獣王様が自分如き若輩者の名をご存知とは、光栄の至りです」


「ふむ。若輩者とわかっているなら、なぜここにいるのだ? さっさと姫陛下の元へ行ってもらいたいのだが」


「そのことです。ぜひ私の参加を認めていただきたく「断る」」

 取り付く島もない返答に、さすがに怒りと不満の眼差しとなるアケロン。


「この戦は最初から負け戦だ。お主のような未来ある若者が参加するようなものではないな」

「……ですが、獣人族の族長として、このままなにもせずに尻尾を巻くなど屈辱以外のナニモノでもありません」

「別に黙って逃げろとは言っておらんさ。儂らが全滅した後の獣人族の存亡はお主等の双肩に掛かっておるんだからな。そっちの方がよほど大変な戦だぞ」

「――随分と身勝手なお話に聞こえますが」


 挑戦的なアケロンの眼差しと糾弾の言葉を、獣王をはじめその場に集まっていた老戦士達が軽く笑って受け流す。


「当然だ。若い者に面倒事や厄介事を託して、とっとと先に死ぬのは儂ら老人の特権というものだ。輝かしい過去の栄光は我々のもの。益体もない未来はお主等若者のものだ」

 身も蓋もない獣王の言葉に、周囲から同意の笑いが沸き起こる。

「そういうことで、ここは儂ら老人が最後に一花咲かせて、伝説の幕引きとするので、お主は邪魔ということだな。せいぜい頑張って、よりよい未来を築くことだ」


「……わかりました」

 ややぶ然とした面持ちで、アケロンは一礼をしてその場で踵を返した。


 その背中を見送る老人達の眼差しはどれも穏やかだった。


「未来を頼んだぞ……」

 獣王の呟きが聖地の風に乗って、遥かクレス自由同盟国全土へと溶けて流れて行った。

グラウィオール帝国編を書く時間がなかったです;;

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